「小字の表記ゆれはなぜ起こる?」
小字を調べていると、地図や文献によって同じ小字でも表記が微妙に異なる場合がある。同じ発行元のものであっても時期によって異なることや、ひどい場合には同じページの中で異なる表記が入り混じっていることさえある。市町村名や大字・町名の表記ゆれも稀には見かけるが、小字名の表記ゆれは日常茶飯事である。
表記ゆれにはいくつかのパターンがある。まず、漢字表記のゆれである。これは「台」と「臺」のような旧字体・新字体のゆれや、「富」と「冨」のような異体字間のゆれである。他に多いのは、「ケ」と「ヶ」のようなカタカナの大小、カタカナ/ひらがな/漢字の間のゆれ、送り仮名の有無などがある。これらは表記は異なるがもともとの意味は変わらないので、比較的無害といえる。
一方、「免」と「面」、「裏」と「浦」のように読みは同じだが漢字が異なるものや、「道」と「通」のように読みも異なるもの、「諏訪入」と「諏訪」のような文字脱落などは、表記ゆれという範囲を超えて、誤記の可能性も疑う必要がある。ただし、文字脱落でも「~耕地」「~町」のように意図的に外されたと思われるものもある。
これらの表記ゆれがなぜ起こるかを考える前に、そもそも正しい表記はどこにあるのかを考えてみよう。現在に続く小字は明治の地租改正において土地の調査が行われ、字単位の図面である字限図が作成されたときに定められたと思われる。その後、土地台帳により土地が管理されるようになり、さらに戦後に不動産登記簿に役割が引き継がれた。現在では登記簿は電子化された登記情報となっている。
したがって、登記情報に書かれている所在地を見れば正しい小字名が得られるということになる。しかし、ここでも問題がある。まず、登記情報の中でも小字名の表記ゆれがあること、また登記情報をソースにしていると思われる文献の間でも表記ゆれがあることである。
まず、登記情報の中の表記ゆれであるが、これは同じ小字でも地番ごとに表記が異なっている可能性がある。たとえば昭和59年の埼玉県告示第804号では大宮市大字指扇字井戸尻と字井戸尻耕地が地番によって書き分けられている。これは元となる登記情報で地番ごとに表記が異なっているのを律儀に書き写した結果だと思われる。おそらく字限図から土地台帳、さらに登記簿と情報を書き写していく際に表記ゆれが混入したのではないか。
また、文献間の表記ゆれの原因についても、元となる登記情報が時代によって書き換わっている可能性がある。たとえば川越市大字北田島にある、多くの文献では根ヶ羅ミ町となっている小字が、現代の登記情報では根ヶ羅三町となっている。これは登記情報を電子化した際の入力ミスか読み間違いによるものと考えられる。
地名の表記が時代によって変わる一つの理由に、国語表記の標準化の流れがある。地名の中の旧字を新字に直したりするのはその代表例といえる。現在に続く小字が制定されたのは明治時代のことなので、当然漢字の表記には旧字が使われていた。また、当時は異体字や送り仮名などの表記が現代よりかなり自由で、同じ文献の中でも異なる表記が使われたりしていた。字限図から土地台帳、不動産登記簿、電子登記情報と地名が書き写されていくたびに、少しずつ表記も新しいものに更新されていったのではないだろうか。そしてこのように地名が何度も書き写され、書き改められていくなかで、当然のように転記ミスも起こり、さまざまな表記のバリエーションが生まれていったものと考えられる。
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧