「小字を調べる難しさ」
ある地域の小字を調べたいと思ったとき、どうすれば良いだろうか。手っ取り早いのは、小字の情報が書かれた文献を見つけることである。そして真っ先に選択肢に挙がるのは角川日本地名大辞典だろう。角川書店から出版されたこの辞典は各都道府県で巻が分けられており、質・量ともに日本一の地名辞典といえる。小字については辞典の本編ではほとんど触れられていないが、多くの巻では巻末に小字の一覧表が付けられている。これを見れば、少なくとも小字のリストは手に入ることになる。
しかし、ことはそう簡単ではない。埼玉県の場合、角川日本地名大辞典の巻末に載せられている小字一覧は「武蔵国郡村誌」という文献から取られたものである。これは明治初期に政府の地誌編纂事業(未完)のために埼玉県が提出した郡村誌の控えをまとめて刊行したものである。この調査が行われたのがちょうど地租改正の時期とかぶっていたため、掲載されている小字は地租改正前後のものが入り混じっている。小字は江戸時代以前から土地の小区画を指す地名として使われていたが、明治の地租改正において大幅な再編整理がなされたため、改正前後で大きく変わってしまっている場合がある。現代につながる行政区画としての小字について調べるためには、地租改正以後の情報を探す必要があるのだ。そうなると、もはや小字一覧のような便利なものは存在しない。
そこで次に当たることになるのは、自治体単位で編纂されている郷土史である。一部の郷土史には小字に関する情報が書かれていることがある。たとえば浦和市史には明治14年の「各村字届書」が掲載されており、地租改正直後の小字のリストが入手できる。所沢市史には独自調査に基づく地誌情報がまとめられており、小字についても詳細に取り上げている。また郷土史ではないが、自治体や地元の郷土史家が作成した地名調査書が出版されている場合もある。しかし、この方法で調べられるのは一部の自治体のみに限られる。
現存する小字については、地図に記載されているものもある。埼玉県の場合、通常の地図には小字は載っていないことが多いが、昭文社の地図などには小字も載っている。また、さいたま市や川口市などが作成している地形図にも小字が書かれている。しかし、新しい町名が付けられた区域などで既に消滅してしまった小字を調べることはできない。消滅した小字を調べる方法として、古い市街地図や住宅地図を見るというのがある。名前だけでなく場所もわかるという利点があるが、都合良く小字が書かれているものがあるとは限らない。
これまで調べてきた中で一番困ったのが旧大宮市の小字である。現存する小字はさいたま市の地形図で調べられるが、消滅した小字についてはなかなか情報が見つからない。大宮市史に書かれている情報は武蔵国郡村誌の転載なので使えず、古い地図にはほとんど小字が載っていない。1950年代に新しい町名が付けられたような区域はともかく、平成に入ってから消滅した小字の情報すら見つからない。ほとほと困っていたところ、埼玉県報のバックナンバーに消滅した小字の情報が載っていることがわかった。これにより、これまで不完全だった旧大宮市の小字リストをだいぶ補完することができた。
埼玉県報は旧大宮市に限らず新設された町の旧字の情報が得られるため、現町名と小字の対応付けに大いに役に立つ。しかし、埼玉県報の古いバックナンバーを調べるには熊谷の県立図書館まで行かなければならず、また書庫にある資料のため一回の訪問で調べられる冊数に限界がある。これはもうライフワークだと思って地道に調べていく必要がありそうだ。また県報にすべての情報が載っている訳ではなく、住居表示実施に伴って町が新設される場合は、旧字・地番を列挙する代わりに区域を示す地図が載せられており、正確な情報がわからない。結局のところ、万能な資料はないということである。
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