エンキ(エア)

ページ名:エンキ(エア)

1.神々の知恵者

 シュメル語名エンキは文字通りには「大地の主」、別名ヌディンムドゥは「創造者」(nu「人、者」、dim「創る」、mud「生む」)を意味する。アッカド語名エア、別名としてニニギグは『ギルガメシュ叙事詩』に出てくる呼び名。ヒッタイトに持ち込まれ『クマルビ神話』にも登場するが、フルリ語なまりの「アヤ」と記述されている箇所がある(※このアヤは「アヤ女神」とは異なる)。
 水と知恵と創造の神、シンボルは魚、亀、船、山羊頭の杖で、しばしば「水が流れ出るツボ」を持った図像で描かれる他、円筒印章図像では両肩から水が流れ出てその中を魚が泳いでいる。カッシート時代以降には、従獣として山羊魚を従える。聖数は40。
 特に数々の神話において「神々の知恵者」として登場し、『ハンムラビ法典』碑文においても知恵者の側面が強調されている。またその性質ゆえ、物語上の問題を、エンキの発案で解決(好転)することが多い(『ズーの神話』、『クマルビ神話』など)。また呪術を司る神として、悪霊を払う祈祷師の儀式の際、彼らはエンキやダムキナやアサルルヒを称える。


2.人類を救う・・・?

 神話においては、しばしば "人間を助ける" 役割を負う。『洪水神話』に連なる『アトラ・ハシース物語』や『ギルガメシュ叙事詩』(洪水の場面)では、それぞれジウスドラ、アトラ・ハシース、ウトナピシュティムに命令を下し、人類の絶滅を回避させた。また『アダパ物語』においても、主人公アダパのために助言を与えて窮状を救う。
 ただし見方を変えると、エンキ(エア)の言動には、自らの意とする範囲内で事態を留めようとする傾向がある。『ギルガメシュ叙事詩』において、ウトナピシュティム夫妻は(最終的にエンリルの裁定によるが)生き延びたものの、 "川の河口" (ギルガメシュの放浪からして、都から遠く離れた僻地) に住まうことを決定づけられてしまう。また『アダパ神話』においては、アダパはエアの助言に従ったがためにアヌの不興を回避できたが、忠実でありすぎたがゆえに、永遠の生命を手にするチャンスをふいにしてしまった。
 洪水神話におけるエンリル神とエンキ神のスタンスを検討した場合も、エンキ神(エア神)の "陰" が感じられる。人類を「全滅」させようとするエンリルに対して、エンキの態度は「救済」というよりは「削減」である。ウトナピシュティムら少数を救うことは是としているものの、より多くのものを救おうとする姿勢はないため、人類に対して全面的に好意的という印象を抱くことは難しい。


3.豊穣の属性

 神話上において、エンキそのものに豊穣神としての性格は薄いが、全く関係が無いとは思えない。
 一つは、神話『エンキとニンフルサグ』の解釈による。神話の舞台ディルムンは、はじめ水が無く生物が本来の生命力・活動性を発揮していない土地であったが、水のエンキ神によって、実り豊かな土地に変わった。
 もう一つは、配偶女神からの考察である。同じ女神を他の名で呼んでいるものも含め、ニンフルサグ、ニントゥ、ニンマフ、ダムガルヌンナ、ダムキナという具合に、豊穣や出産に関する女神であるため、エンキ自身も間接的に豊穣性と結びついている可能性がある。


4.人間ぽさ ―― 好色で酒好き

 聡明で知恵深いエンキ神であるが、やらかしてしまうことがある。
 神話『エンキとニンフルサグ』では、ニンフルサグとの間に娘(ニンムたち)を設けたが、その後次々に実娘と交わって孕ませてしまう。
 また神話『イナンナ女神とエンキ神』では、酔った勢いで、イナンナに様々な「メ」を与えてしまう(※シュメール語 me 。文中では「神力」と訳されていることが多い。神話的世界観で、それぞれの神様が職能に応じてそれぞれの分野を所掌している。日本語訳では「掟」と訳されていることが多い)。メを持ち逃げるイナンナを、我に返ったエンキが追いかけるというのが話の筋立てである。
 知恵者でありながら、特にシュメール期の神話には人間ぽい失敗談が多い神様だ。


5.神統譜と2つの系譜

 神統譜について。父神アヌと母神ナンムとの子、配偶女神は、はじめニンフルサグ、後にダムキナ。子どもは、アサルルヒ、ネルガル(神話『エレシュキガルとネルガル』による)、ニンム、ニンクルラ、ウットゥ、古バビロニア時代以降は、マルドゥクとナンシェ女神も子となる。従神はイスィムド。
 神統譜については、興味深い指摘がある。前田徹「メソポタミアの王・神・世界観」によれば、シュメールにおける神統は、 "ニップール・ウルク系統のエンリル、アン、イナンナの系譜" と、それとは別に古い神話層として、"都市エリドゥのエンキを中心とした系譜" があったと紹介している。エリドゥ(現代名アブ・シャハレーン)は、シュメルにおいて最も古い都市の一つであり、極めて古い祭壇跡が見つかっていることで有名。シュメルの神統譜については前田氏が指摘するように元々2つの系譜があり、それがシュメール全体として一つの大まかな流れにまとめられたのだろうか・・・? 謎である。


6.東方世界との関り

 エラム地方のスーサのアクロポリス丘で、エアとエンザグのための神殿で建てられたという。このことは、エアがメソポタミア地方にとどまらず、より東方世界と関係していることを印象付ける(参考:後藤健「メソポタミアとインダスのあいだ」、あるいはこの辞書の「エンサグ」を参照のこと)


7.参考動画

 以下、エンキ(エア)についての参考動画です。
 


 ゆっくりギルガメシュ 第16話 神神の決断(https://www.nicovideo.jp/watch/sm24603898
 

 徹底解説『洪水物語』他 (ゆっくりギルガメシュ 第17.5話)(https://www.nicovideo.jp/watch/sm24915751
 

 【昔話風】 虫歯のお話 【古代メソポタミア】(https://www.nicovideo.jp/watch/sm36257212


(出典神話等)
 『人間の創造』、『農耕のはじまり』、『洪水物語』、『エンキとニンフルサグ』、『イナンナの冥界下り』、
 『ウルの滅亡哀歌』、『シュルギ王讃歌』、『悪霊に対する呪文』、『エヌマ・エリシュ』、
 『アトラ・ハシース物語』、『虫歯の物語』、『ギルガメシュ叙事詩』、『ネルガルとエレシュキガル』、
 『アダパ物語』、『エラの神話』、『エタナ物語』、『ズーの神話』、『イシュタルの冥界下り』、
 『クマルビ神話』、『ハンムラビ法典』、『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』、
 『エンキ神の定めた世界秩序』、『羊と麦』、『イナンナ女神とエンキ神』、『ニンウルタ神のエリドゥ詣で』、
 『シュルギ王とニンリル女神の聖船』、『エンメルカルとアラッタの君主』、『ルガルバンダ叙事詩』、
 『ギルガメシュとエンキドゥと天牛』、『ビルガメシュ神の死』、『ニンウルタ神と甕亀』
(参考文献)
 「古代メソポタミアの神々」、「古代メソポタミアの神々の系譜」、
 「文明の誕生」、「メソポタミアの王・神・世界観」、「古代オリエント集」、
 「メソポタミアとインダスのあいだ」、「メソポタミアの神々と空想動物」

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