マルドゥク

ページ名:マルドゥク

1.バビロニアの国家神・最高神

 マルドゥクはバビロン市の守護神であり、バビロニアの国家神・最高神。神殿名はエサギル(「頂を高く掲げる家」の意)、ジックラト名はエテメンアンキ(「天地の礎の家」の意)。随獣はムシュフシュ(蛇龍)だが、これは他の神から得たもの(※「ムシュフシュ」を参照)。またマルドゥクのシンボルは "スペード形の鋤"(この形は「マッル」と呼ばれている)
 マルドゥク、マルドゥーク、ベル・マルドゥク、マリヤウト、ルガルティメル・アン・キ(「天地の神々の王」)。後代、「ベル(主)」と言うとマルドゥクそのものを指すようになった。なお、マルドゥクの名は、シュメル語の神名アマルウトゥ「太陽の如き雄牛」から生じたとも...?(参考:「古代メソポタミアの神々」)。


2.出自と興隆 ―― バビロンの象徴

 マルドゥク神は元々、農耕神であったと考えられている。バビロン(シュメールでは「カ・ディンギル」と呼ばれていた)でのマルドゥク信仰は初期王朝時代に確認できるが、はじめは一都市神にすぎなかったものの、バビロンが政治的に台頭したことに伴ってその地位を押し上げ、ついには最高神にまで至る。
 のちに作られた『エラの神話』においては、バビロンでの座を追われるが、これはバビロンが荒廃したことを神話的に理解したものと考えられる。バビロンが他民族に襲われた(あるいは征服された)際、マルドゥク神像がエラムに連行されたり、ヒッタイトに連行されたり、アッシリアに連行されたりと、マルドゥクは国家の象徴であるがゆえに、度々不遇な目に遭うこともあった。マルドゥクは、バビロンの盛衰そのものを体現した神と言える。


3.バビロンの神話的正当性としての『エヌマ・エリシュ』

 歴史的に、当初はただの一都市に過ぎなかったバビロンが有力な都市となっていくにしたがって、マルドゥクもその地位を上げたが、その神話的正当性を助けるのが『エヌマ・エリシュ』である(作そのものは、カッシート王朝時代とみられる)。
 同神話は、シュメルから続く伝統的世界を踏襲しつつ、マルドゥクが最高神となった経緯を物語る傑作である。


 マルドゥクはエア神とダムキナ女神の間に生まれる。父から特別の祝福を得て生まれたマルドゥクは、二倍の神性を持つ強者であった。(異名の "マリヤウト" は「私の息子、太陽」の意で、マルドゥクとゴロ合わせした称号であり、少しエンキ神の親心が垣間見えてほほえましい気もする)
 マルドゥクはやがて、エアらと対立するティアマトの軍勢に敵う逸材として抜擢される。ティアマト討伐にあたって、最高神となることを他の神々に約束させており、この約束がマルドゥクが最高神に収まるという終幕部につながる。
 ティアマト討伐後、彼女の亡骸から天を創り出すとともに、アヌは天、エンリルは空、エアはアプスーに住まうものと定めた。またそれぞれの神の「落ちつき場所」として星の位置を定め、月の満ち欠けや太陽の動きをも定めている。ティアマトからは雲が生まれ、彼女の眼球からチグリス川、ユーフラテス川が創り出している。
 ――以上『エヌマ・エリシュ』摘要。


 『エヌマ・エリシュ』は "バビロニアの創造神話" とも言われるが、物語全体を通して、"敵対者を退けて秩序を生み出す" という点はシュメルの伝統的な神話観を踏襲している(シュメールの『ルガル神話』に似ている)。
 最高神マルドゥクに神話的正当性を与えることは、バビロンそのものの国家的・政治的正当性に寄与している。


4.50の名、神格の習合

 マルドゥクは、神格の習合について具体例を伝えてくれている。
 (※習合:もとは別々の神格であるものが、一つにまとめられてしまうこと。多くの場合、神性が似通っている神格の間で起こり、政治的・信仰的に弱い神格がより有力な神格に吸収されてしまう例が多い)
 先述の『エヌマ・エリシュ』において、マルドゥクは神々の中で実権を握った後、50の名で呼び称えられるようになる。それぞれの名にはそれぞれの特徴や属性があるが、ここではあまり詳述せず、列挙するに留める。


 マルドク(元々の名、武勇と輝き)、
 マルッカ(創造神として)、
 マルトック(地の保護者、民の保護者として)、
 バラシャクシュ、
 ルガルディメルアンキア(ルガルは「王」、ディルメルアンキアは「天地の神」の意)、
 ナリルガルディメルアンキア、
 アサルヒ(「アサルルヒ」を参照。 ※アサルルヒはエンキの子とされるため、マルドゥクは元々エア(エンキ)とは関連性を持たず、アサルルヒを取り込んだことによって息子の地位を得たとも考えられる)、
 ナムティラク、
 ナムル、
 アサル、
 アサルアリム、
 アサルアリムヌンナ、
 トゥトゥ、
 ジウキンナ、
 ジクグ、
 アガク、
 トゥク、
 シャズ、
 ジシ、
 スフリム、
 スフグリム、
 ザハリム、
 ザハグリム、
 エンビルル(「エンビビル」を参照)、
 エパドゥン(すなわち「用水路掘削の神」)、
 グガル、
 ヘガル(「豊かな収穫」の意)、
 シルシル、
 マラハ、
 ギル(「ギビル」参照)、
 ギルマ、
 アギルマ、
 ズルム、
 ムンム、
 ズルムンム、
 ギシュヌムンアブ、
 ルガルアブドゥブル、
 パガルグェンナ、
 ルガルドゥルマハ、
 アラヌンナ、
 ドゥムドゥク、
 ルガルランナ、
 ルガルウガ、
 イルキング、
 キンマ、
 エシズクル、
 ギビル(「ギビル」参照)、
 アッドゥ(嵐神「アダド」を参照)、
 アシャル、
 ネビル(「木星」)。
  ※また、このことから、彼自身を≪五十≫とも言う。


 マルドゥクがこれほど多くの異名を持つことは、その神格の偉大さを象徴するとともに、様々な神を習合してしまっていることを象徴している。
 アサルヒやギビルなどは、もとは明らかに別の神格であり、必ずしもマルドゥクと神性が近いわけでもなかったのに、『エヌマ・エリシュ』では50の名の中に数えられてしまっている。マルドゥクの最高神としての偉大さを示すために、意図的にいろんな神様を混ぜ込んでしまったのだろうか...?


5.神統譜

 父はエア(ヌディンムド)で母はダムキナとされるが、ただし左記の「アサルルヒ」の補足内容に留意。
 妻はツァルパニトゥム女神。ナブ神は、はじめマルドゥクの従神であったが、やがてマルドゥクとツァルパニトゥムの子どもという地位を得ている(「ナブ」を参照のこと)。


(出典神話等)
 『エヌマ・エリシュ』、『エラの神話』、『バビロンの新年祭』、『ハンムラビ法典碑』
(参考文献)
 「古代メソポタミアの神々」、「古代オリエント事典」、「星座神話の起源」、
 「メソポタミアの神々と空想動物」、「古代メソポタミアの神々」、「ネブカドネザル2世」

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