1.最高神、王権の源泉
エンリルは、地上世界・人間世界の支配者、大気神。
はじめシュメル神話の最高神であったが、やがてセム人の神話世界においても最高神となる。地上の王権のことを、エンリルを抽象化して「エンリル権」と呼ぶこともあり、王権を司る源泉とみなされた。エンリルの聖地はニップールであり、シュメルの王たちは同地での勢力拡大を競った。エンリルの聖数は60。
エンリルの異称として、ルガルドゥク(『エヌマ・エリシュ』に見られる呼称)が見られるほか、エルリル、エルラルは、エンリルがヒッタイト神話に持ち込まれ、フルリ語なまりになった呼び名。他に、ヌナムニル、ルガルドゥクの異名もある。
2.大気神
エンリルの名は「風の主」を意味するが、彼は「偉大な山」、「大いなる山」と称されることも多い。このことは、風が山から吹き下ろすことと関係すると考察される。ニップールにあるエンリルの神殿の名が "エクル" (山の家)であることも、この説を補強している。
3.荒ぶる神
最高神として地上の大権を司るが、同時に "荒ぶる神" でもある。このため数々の神話において、地上に大厄災をもたらす。例えばシュメル神話『洪水物語』では「アンとエンリルの名にかけて」洪水が起こっているほか、『アトラ・ハシース物語』や『ギルガメシュ叙事詩』でも、彼が主導的な役割を担って洪水(等)が送られている。『ハンムラビ法典』碑文においても、王権の授け手として、法典を守らぬ者の都市に災いをなすとされる。
4.王権の性質——イシュタルとの比較
王権を司るという神格について、イシュタルとの比較は興味深い。
両神とも王権と関わるが、エンリルは安定した統治を志向する王権(※その裏返しとして、王を不信任とすれば都市は破滅)、イシュタルは戦闘性を志向する王権として、性質の違う王権観で認識されていた可能性がある。参考として、前田徹「メソポタミアの王・神・世界観」にて詳しい検討がなされている。
5.神統譜
父神はアン神。神話『エンリルと鶴橋の創造』によると、天候神アンと大地キの結婚がエンリルを生み、エンリルは天を地から切り離し宇宙を生成したとされる。
配偶女神はニンリルで、息子はニンギルス。神話によって矛盾が生じやすいが、他の子としてスエン・アシムバッパル(ナンナル)、ネルガル・メスラムタエア(ネルガル)、ニンアズ、エンビビル(いずれも、神話『エンリル神とニンリル女神』)がいるほか、ナムタルを息子としているケースもある。
アルル女神と兄弟姉妹の関係にあるともされる。従神はヌスク神。
6.「ベール」という呼称
エンリルはシュメルの神であったが、やがてセム系のアッカド人にも受容され、「ベール」と呼称されるようになる(『イシュタル讃歌』におけるベールは、エンリル神を指すものと思われる)。
ベールは「主」を意味するセム語で、後世マルドゥク神を呼称する際に使われた言葉であるが、はじめのうちは、特定の神格に対して使われた言葉ではなく、ただ偉大な神を指す言葉であったとみられる。
7.参考動画
以下、エンリルについての参考動画です。
ゆっくりギルガメシュ 第16話 神神の決断(https://www.nicovideo.jp/watch/sm24603898)
(出典神話)
『人間の創造』、『農耕のはじまり』、『洪水物語』、『エンキとニンフルサグ』、『イナンナの冥界下り』、
『ウルの滅亡哀歌』、『イナンナ女神の歌』、『ババ女神讃歌』、『シュルギ王讃歌』、『グデアの神殿讃歌』、
『エヌマ・エリシュ』、『アトラ・ハシース物語』、『ギルガメシュ叙事詩』、『ネルガルとエレシュキガル』、
『エラの神話』、『エタナ物語』、『ズーの神話』、『バビロンの新年祭』、『イシュタル讃歌』、『羊と麦』、
『クマルビ神話』、『ハンムラビ法典』、『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』、『ギルガメシュと<生者の国>』、
『アガデの呪い』、『トゥンマル文書』、『ラブ神話』、『エンキとニンマフ』、『エンリル神と鶴橋の創造』、
『エンキ神の定めた世界秩序』、『イナンナ女神とエビフ山』、『エンリル神とニンリル女神』、『ルガル神話』、
『ナンナ・スエン神のニップル詣で』、『シュルギ王とニンリル女神の聖船』、『エンリル神とスド女神』、
『エンメルカルとアラッタの君主』、『ビルガメシュ神の死』、『アンギン神話』
(参考)
「メソポタミアの神々と空想動物」、「メソポタミアの王・神・世界観」、「ハンムラビ法典」、
「古代オリエント事典」、「古代メソポタミアの神々」、「古代オリエント集」、
「古代メソポタミアの神々」、「古代メソポタミアの神々の系譜」
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧