1.シュメールの大母神
※母神は、類似の女神が極めて多いため、同じと思われる女神をまとめてニンフルサグとして扱っているが、全く別個の神格の可能性もあることを留意されたい。この項では特に「ニンフルサグ」と「ニンマフ」(「ニンマハ」、「大いなる女主人」の意)を同じ女神として扱っている。)
ニンフルサグ「山の女主人」、ニントゥ「(万物を)産む婦人」、ニンスィキル「清浄な女性」などの名を持つ大女神。シュメルの母神、地母神、出産の女神、植物女神、豊穣の女神。メソポタミア諸王の守護女神であり、ケシュ、ラガシュ、アル・ウバイドに神殿があった。
神的性質としての第一義は、母神、出産女神であるということ。ニンフルサグのシンボルは "Ωを逆さにした形" で、子宮を表すとされる。またニントゥは『ハンムラビ法典』碑文にも登場し、出産を司る役割が強調されている。
2.植物女神の側面――『エンキとニンフルサグ』
ニンフルサグの植物女神(豊穣女神)としての側面は、神話『エンキとニンフルサグ』を参照されたい。
同神話において、ニンフルサグはエンキの子を産むが、エンキはその娘を襲い、更には生まれてくる孫娘たちをも毒牙にかける(ニンフルサグは予め娘たちに忠告を与えていたものの、結果としていずれもエンキに襲われてしまった)。
ニンフルサグは、曾孫にあたるウットゥからエンキの子種を抜き出し大地に蒔いたものの、その植物すら結局エンキの物となったことに腹を立てて姿をくらましてしまう。エンキは病み苦しむこととなるが、ニンフルサグは結局彼を許し、8柱の神々(女神?)を生んで彼を癒す。
こうしてニンフルサグに生み出された神の多くは植物と関係しており、ニンフルサグが豊穣女神、植物女神であることを示唆している。
3.障碍者はなぜ生まれたのか――『エンキ神とニンマフ女神』
神話『エンキ神とニンマフ女神』は、人の創造についてのお話。
ニンマフ女神は酔った勢いで、戯れに次々と障碍者を作り、エンキ神との知恵比べをする。ニンマフは、人の体を良くするのも悪くするのも思いのままだと豪語し、目の異常者や不妊の女性などを作っていったのだが、それに対してエンキは、各人に最適の職や対応策を答えていく。最終的には、逆にエンキが生み出した者に対してニンマフが相応しい職を見出すことができず、恨み言を述べておしまいとなる。
この神話は、人の創造や障碍者が生まれる理由について神話的に解釈したお話と考えられている。古代世界において、人がこの世のあらゆる物事を解釈・納得するために神話を利用していた実例の一つと捉えることができるだろうか。
4.神統譜
⑤神統譜については、この女神が大女神であり複数の母神を習合したとみられるために諸説あるものの、エンリルの妻としている説が多いか。ニンフルサグは「山の女主人」という意味だが、エンリルも山に関係しているので関係性が感じられる(詳しくはエンリルの項目を参照のこと)。
また『ルガル神話』においても、ニンマフ女神はエンリル神の妻であり、同神話では特にニンウルタ神の母という関係性が強調されている。ニンウルタ神は悪霊アサグを破り、治水に成功するが、その働きに母神ニンマフは当惑してしまう。一方で、ニンウルタは自らの勝利を記念して、母の名をニンフルサグ(フルサグはシュメル語で「渓谷の頂」すなわち「山」を意味する)と改名して母を祝福した。ニンマフ女神 ≒ ニンフルサグ女神として整理される理由の一端である。
5.エンリル神の配偶女神について
いくつかの神話においてニンフルサグはエンキの配偶であるものの、上記の神統譜に基づく場合は、ニンフルサグ(ニンマフ、ニントゥ)は、多くの神話でエンリル神の配偶女神とされているニンリル女神(スドゥ女神)と同一視できそうな気もする。ただ、ニンリル=スドゥは元々穀物神であるため、母神・出産女神であるニンフルサグと比べた時、性質は必ずしも一致しない。そのため、この名鑑では別の神格として扱っている。
6.「ダムガルヌンナ」について
「ダムガルヌンナ」という言葉は、多くの場合ダムキナ女神のことを指す。ただニンフルサグ女神の異名として「ダムガルヌンナ」を使う場合もあるようである。ただ、考古学者レナード・ウーリーはウルでの発掘調査の最中、像の背にダムガルヌン(ニンフルサグ)と刻まれたものが見つけたとしている。ウーリーの発見が現在の定説に照らして正しいのか不明だが、備忘録として記しておく。
(出典神話等)
『洪水物語』、『エンキとニンフルサグ』、『シュルギ王讃歌』、『アトラ・ハシース物語』、
『テリピヌ伝説』、『ハンムラビ法典碑』、『エンキとニンマフ』、『エンキ神の定めた世界秩序』、
『ルガルバンダ叙事詩』、『ルガル神話』、『人間の創造』、『ウルの滅亡哀歌』
(参考文献)
「星座神話の起源」、「古代メソポタミアの神々の系譜」、「シュメル神話の世界」、
「シュメル神話の世界」、「古代メソポタミアの神々」、「文明の誕生」、「カルデア人のウル」
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