米空軍勇士之碑

ページ名:米空軍勇士之碑

米空軍勇士之碑

倉橋島中部の丸子山にあります。

倉橋島・江田島に隠れている日本海軍残存艦艇を狙った昭和20年7月の第二次呉軍港空襲の際に、機体に損傷を受け藤の脇の民家に墜落しに亡くなった米兵の墓です。

正確には空母艦載機のパイロットであるため米『海軍』勇士の碑とするが正しいのですが、当時の藤の脇は小さな漁村であり碑を建立した区長もそこまで詳しく知らなかったためといわれています。

この碑の下に遺体が埋葬されたかは不明ですが、米兵を意識してか碑の形は十字架になっています。また、米軍機が墜落したのは太平洋戦争終戦直前ですが、碑が建立されたのは終戦から7年以上経ったサンフランシスコ講和条約の後でした。

この時に撃墜された航空機は土佐沖に展開していた空母ベニントンから出撃したアベンジャー雷撃機(3人乗り)で1人は脱出できず即死し、2人脱出しましたが1人はパラシュートが開かずそのまま墜落死、最後の1人は捕虜となりました。

なお、この機体を撃墜したのは情島に停泊していた戦艦日向でした。

余談ですが、戦艦日向が対空戦闘のため三式弾を撃つと倉橋島の民家の窓ガラスが割れたという話も残っています。

 

備考

・明徳中学校バス停から国道487号線を西へ2分ほど行くと「丸子山公園登山道 明徳地区同友会」の看板があるのでそこが登山口

・登山口から慰霊碑までは8分程の登山

・時期によっては腰の高さ位まで草木が生い茂っている時があるのでその場合は入山しない方がいい

・同じ趣旨の慰霊碑として広島市の中国憲兵隊司令部跡がある

住所

広島県呉市倉橋町長谷8738

駐車場 なし
トイレ なし
竣工 不明
公開 常時
登山難易度 易しい
サイト

分類 記念碑
アクセス

・広島電鉄バス「明徳中学校」バス停から徒歩10分

・広島電鉄バス「藤の脇」バス停から徒歩13分


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