吉名のレンガ工場

ページ名:吉名のレンガ工場

山陽煉瓦

山陽煉瓦株式会社は竹原市吉名にあるレンガ工場

吉名はレンガの原料となる鉄分を豊富に含む良質な赤土が取れる上に、瀬戸内海に面しているため輸送に適しており明治時代からレンガの生産地として知られていました。

レンガ建築が主流だった明治時代は、呉線の呉ー三原間まだ開通しておらず自動車も存在しなかったため、船で大量に輸送する方法が最も迅速でした。そのためこのような臨海地域にレンガ工場が建設されました。

吉名では明治28年から登り窯を使用したレンガの生産が始まり、大正14年にはより生産性の高いホフマン式窯が導入されさらなる大量生産が行われました。

呉市や周辺に残るレンガ造りの建築物には、吉名で生産されたレンガが使用されており現在でも山陽煉瓦をはじめとするレンガ工場が残っています。

山陽煉瓦の塀と社内神社

山陽煉瓦株式会社のレンガ塀と社内神社

レンガの工場だけあって立派なレンガの壁が残っています。

呉市にも企業や民家のレンガ塀が多く残っていますが、純粋にレンガだけで作られこのような高さと長さを持つ塀は非常に珍しいです。塀に刻まれた「SRK」の刻印は山陽煉瓦株式会社を指しています。

また、レンガの産地であることから道路や排水溝までレンガで作られており、社内神社もレンガで建てられています。

ホフマン式窯の大煙突

国の近代化遺産に登録されたホフマン式窯の煙突

具体的な建設時期は不明ですが、おそらく吉名にホフマン式窯が導入された大正14年以降のものと思われます。

ホフマン式窯は19世紀に「窯業の父」と称されたドイツ人、フリードリッヒ・エドゥアルト・ホフマンによって発明されたレンガ焼成用の窯です。ホフマン式窯は窯を環状に配置し、連続して焼成することで窯入れと窯出し作業を短縮し大量生産を可能にしました。

ホフマン式窯は円形または楕円形の大きな窯と長い煙突が特徴であり、この煙突近辺には大型の窯も存在したと考えられます。

なお、ホフマン式窯が最初に日本で建てられたのは明治初期です。

旧東亜煉瓦の危険物倉庫跡

山陽煉瓦から西にある旧東亜煉瓦の倉庫跡

イギリス積みの危険物倉庫が残っていますが、東亜煉瓦はすでに廃業しておりこの付近一体にあった工場群やレンガ造りの事務所などは無くなっています。

ここも目の前が瀬戸内海でレンガで作られた堤防というめずらしいものがあります。

松本煉瓦(ワールドブリック)

こちらはかなり大きな敷地のレンガ工場。

現役の大規模工場という感じです。

 

備考

・3つの工場は同じ吉名町にあるが距離がある

・吉名町の公共交通機関である竹原市福祉バスは65歳以上の竹原市民でないと利用できない(そもそも1日1往復便しかない)

・吉名駅は無人駅でタクシーもいないのでマイカー等がない人は頑張って歩こう

・吉名駅に停車する電車自体も便数が非常に少ないので注意

・吉名駅の近くに光海神社があるので電車の待ち時間に観光するといいかも

・同じ呉線沿いの安芸津町にもレンガ工場があった

住所

山陽煉瓦: 広島県竹原市吉名町4514-1

旧東亜煉瓦:広島県竹原市吉名町4402-2

松本煉瓦: 広島県竹原市吉名町517

駐車場 なし
トイレ 吉名駅にあり
竣工 不明
公開 常時
登山難易度
サイト

http://www.tanet.ne.jp/renga/

分類 遺構、近代文化遺産
アクセス

・吉名駅から徒歩40分


山陽煉瓦

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旧東亜煉瓦

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松本煉瓦

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