宇品中央公園(旧陸軍船舶司令部(暁部隊))
陸軍船舶司令部は通称「暁部隊」(あかつきぶたい)と呼ばれる陸軍の海上輸送などをおこなう部隊です。
周囲を海に囲まれた日本の陸軍には古くから輸送船や揚陸艇また太平洋戦争では潜水艦や空母まで陸軍が保有しており、それらを扱う専門部隊として『陸軍船舶隊』がありました。
元々は明治27年に日清戦争開戦を受けて輸送のため軍用鉄道宇品線と宇品港が完成しその運行や物流を管理する『陸軍運輸通信支部』がここに設置されたのが始まりです。
日清戦争当初、陸軍は日本から大陸への輸送は海軍に依頼する予定でした。しかし、軍港呉が近くにあるにも関わらず海軍の協力が得られなかったため陸軍は独自に輸送船を建造し運用しました。
その後、明治29年に『陸軍運輸通信部宇品支部』に改称し、明治35年に『陸軍運輸部宇品本部』に昇格しました。さらに日中戦争が勃発した昭和12年に『第一船舶輸送司令部』となり太平洋戦争中の昭和17年に陸軍船舶隊と改称しました。
太平洋戦争のころになると主戦場は島嶼部となり海上輸送の必要性も格段に上がりました。同時に、輸送船も航空機や潜水艦などの攻撃に晒され始めたため自衛のために対空砲や爆雷などで武装しはじめ、それらを扱う兵科として船舶砲兵という兵科も作られました。
さらに、陸軍の船舶を建造するのための造船所として宇品と金輪島に野戦船舶本廠も設置されました。ここでは最盛期には約30万人が船員や工員として金輪島周辺で働いていました。
戦争末期になると戦局悪化から海上輸送よりも直接戦闘を行う部隊へ変化し江田島や似島で海上挺進戦隊(特攻隊)を創設し戦闘へ参加しました。
昭和20年8月の原爆投下では爆心地に近い広島城の第五師団が壊滅したため、損害軽微であった船舶司令部に第二総軍司令部より出動命令が出されました。
原爆投下35分後には出動し消火作業を行い、負傷者を似島や金輪島へ搬送しインフラの復旧などを行いましたが、多くの隊員が二次被爆し終戦後に亡くなりました。
凱旋館建設記念碑
宇品凱旋館は昭和14年に建てられた陸軍の福利厚生施設
当時の陸軍はすでに日中戦争開戦から2年経過しており宇品港から戦地に出征する将兵、または戦傷病して帰還してくる将兵が多くなっている状態でした。
連日多くの将兵や軍用船が出入りするにも関わらず陸軍運輸部宇品本部にはその将兵を送別・慰安する施設が無かったため、全国からの寄付金によってこの宇品凱旋館が建てられました。
宇品凱旋館は高さ22メートルの鉄筋コンクリート3階建てで本館と別館に分かれた造りになっており、広島では珍しい大ホールや大食堂、貴賓室、洋風・和風宿泊室や病室なども完備されていました。
昭和17年6月に陸軍船舶隊が発足するとこの凱旋館の中に船舶司令部が設置されました。
昭和20年8月の原爆投下では爆心地から4.6kmであったため損害は窓ガラスが割れる程度と軽微でしたが、中心部から避難してくる負傷者が殺到し船舶軍医部の臨時救護所として使われました。
太平洋戦争終戦後は引き揚げ民事務所、ABCC、海上保安庁として使用されていましたが、昭和45年以降は使用されなくなり、残念ながら昭和49年に解体されました。
現在は宇品港も戦前のような兵站拠点・物流拠点ではなくなったため面影は残っていませんが、かつてはこの辺りは凱旋館の前に映画館や旅館などが建ち並び遊郭もあるなど大きな歓楽街でした。
宇品凱旋館
陸軍船舶司令部が置かれていたころの宇品凱旋館の写真
広島平和記念公園の平和記念資料館に展示されています。
暁橋
宇品地区と元宇品をつなぐ橋
明治22年に宇品港を築港した際に当時は島であった元宇品と本州の間を埋め立てし陸続きにしました。
しかし、この埋め立てによって航路が失われたため船舶は遠回りしなければならず、利便性を戻すため明治26年に埋め立て地を掘り返し眼鏡橋がかけられました。
太平洋戦争中の昭和17年にさらなる船舶往来のため水路を拡張し新たな橋がかけられました。この時に設置された陸軍船舶司令部(暁部隊)の隊員たちが作ったので『暁橋』と呼ばれています。
現在、戦前からある宇品港周辺の陸軍の遺構はすべて無くなってしまいましたが、この暁橋だけは今でも名前が引き継がれており陸軍兵站拠点であったころの宇品港を偲ぶことができます。
余談ですが、有名な日本の唱歌「みなと」はこの暁橋から宇品港の景色を見て歌われた歌です。
備考 |
・暁橋は宇品中央公園より離れたところにある ・唱歌「みなと」の記念碑も宇品中央公園内に建てられている ・同じく原爆の救護に派遣された部隊として東広島市の賀北部隊と海軍賀茂病院がある ・牛田にも工兵第五連隊が作った工兵橋がある ・比治山陸軍墓地に船舶工兵隊と船舶砲兵隊の慰霊碑がある ・近くに宇品波止場公園(旧陸軍桟橋)と宇品駅陸軍糧秣支廠倉庫跡と元宇品高射砲陣地跡と宇品灯台(旧宇品島南端信号塔)がある |
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住所 |
宇品中央公園:広島県広島市南区宇品海岸3丁目11-50 暁橋:広島県広島市南区宇品海岸2丁目23-22 |
駐車場 | 少し遠いが宇品港にあり |
トイレ | 園内テニスコートにあり、近くの宇品波止場公園にあり |
竣工 |
陸軍船舶司令部:明治27年 暁橋:昭和17年 |
公開 | 常時 |
登山難易度 | - |
サイト |
- |
分類 | 基地跡、記念碑、インフラ |
アクセス |
宇品中央公園: ・広島電鉄路面電車「海岸通り」電停から徒歩10分 ・広島電鉄バス、広島バス、広島交通バス「湾岸合同庁舎前」バス停から徒歩すぐ 暁橋: ・広島バス「シーサイド病院入口」バス停から徒歩すぐ |
陸軍船舶司令部跡
暁橋
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