宮原11丁目の防空壕跡
宮原中学校前の国道487号線沿いにあります。
道路沿いに4つの防空壕の入口が並んでいます。このうち3つにはパブリックの防空壕としてはめずらしくT字型やI字型のコンクリート防火壁が付いています。
太平洋戦争末期の空襲では『焼夷弾』と呼ばれる火災を発生させる目的の爆弾が使われました。呉市周辺でよく見る「斜面に穴を掘っただけの横穴式防空壕」では周りの建物が燃えることによる熱風と炎で中の人が蒸し焼きになったり、煙が防空壕内に大量に流入して窒息死する人が多数ででました。
そのため、防空壕の入口に炎や熱風を遮るための遮蔽物が必要とされました。
多くの防空壕には防火用の木板や木塀が取り付けられましたが、焼夷弾により発生した火災は約2000℃まで達するため防火の板塀も燃えてしまい効果がありませんでした。また、中には防火用の板塀すらない防空壕もありました。
宮原11丁目の防空壕のようなコンクリート製の防火壁がある防空壕や、板に泥を塗って燃えにくくした防火用板塀を設置している防空壕は死傷者が比較的少なかったといわれています。
防空壕には通常、決められた地域の住民が避難します。しかし、空襲が始まると周囲は火の海となるため防空壕にたどり着くまでに命を失う人が多かったうえに、たどり着いても満員なので断れることもあったようで、必ずしも希望の防空壕へ入れるとは限りませんでした。
空気孔
防空壕跡の上の畑に空気孔が残っています。
通常、市街地にある市民向けの防空壕には空気孔がついていないものがほとんどです。もしかすると防空壕ではなく呉海軍工廠の地下工場や倉庫の可能性もあります。
太平洋戦争末期の呉海軍工廠周辺では、空襲を避けて兵器製造を継続するため多くの地下工場が作られました。
備考 |
・宮原中学校の前(国道487号線沿い)ににある ・宮原町には他にも宮原4丁目の民家の防空壕跡と宮原7丁目の防空壕跡と宮原9丁目の防空壕跡がある ・他に入口に防火板壁が設置されていた防空壕として此彼堂(城家防空壕跡)がある ・近くに坪の内町の防空壕跡がある |
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住所 |
広島県呉市宮原11丁目1-34 |
駐車場 | なし |
トイレ | なし |
竣工 | 不明 |
公開 | 常時 |
登山難易度 | - |
サイト |
- |
分類 | 遺構 |
アクセス |
・広島電鉄バス「串山」バス停から徒歩3分 ・広島電鉄バス「宮原11丁目」バス停から下側の道路に降りてすぐ |
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