阿賀骸炭製造所ガス圧送室跡

ページ名:阿賀骸炭製造所ガス圧送室跡

広島ガス呉支店(延崎火力発電所跡)

阿賀南にある現在の広島ガス呉支店

明治43年に阿賀・警固屋・音戸の電灯電力を供給するため呉瓦斯株式会社が設立され、翌44年にここ延崎(現在の阿賀南)に火力発電所を建設し操業を開始しました。

大正元年には広村・仁方町・川尻村まで供給を拡大し最盛期の大正3年には2459戸3475燈に送電しました。

しかし、第一次世界大戦後の不況や水力発電の方が発電コストが安い等の理由で大正7年に廃止となりました。

広島ガス阿賀工場(広島瓦斯電軌阿賀骸炭製造所跡)

大正時代に入ると呉海軍工廠広海軍工廠という呉市二大工業地帯の燃料需要増加を受け燃料生産の必要性が高まります。

そのため、大正7年に廃止された延崎火力発電所跡地は燃料の生産工場へ転用が決まりました。

呉瓦斯株式会社を吸収合併した広島瓦斯電軌株式会社(現在の広島ガス)により大正10年に『阿賀骸炭製造所』として竣工し、廃止からわずか3年で操業を再開しました。

骸炭(コークス)とは石炭を炉で蒸し焼きにすることでできる燃料の一種で、1500℃以上の高温燃料を必要とする製鉄所等で使われます。また、骸炭を生産する際に副産物として「コークス炉ガス」というガスが発生するためこれも燃料となります。

その後、阿賀骸炭製造所は海軍省指定工場となり広島瓦斯電軌株式会社の主力工場となりました。

戦後も骸炭は達磨ストーブ等の家庭用燃料として使用されましたが、電気や石油等の普及による需要の低下から昭和47年にコークス炉は停止となりました。また、平成13年にはガス事業も生産ガスから天然ガスへ切り換えとなり工場は再び廃止されました。

しかし、平成25年に今度は太陽光発電所として転用が決まり12年ぶり3度目の操業が開始されました。

明治43年より110年以上も続いている工場ですが現在も姿を変えながら電源開発や燃料生産のため稼働しています。

ガス圧送室跡

阿賀骸炭製造所唯一の遺構

骸炭を生産する際の副産物「コークス炉ガス」を呉海軍工廠広海軍工廠へ送るための施設

この圧送室から高圧で送り出されますが途中の整圧器や導管で減圧され海軍工廠に届くころには低圧になります。

呉海軍工廠へはかなり距離がありますがガス管が埋設されていました。

広島ガス呉支店駐車場の遺構

広島ガス呉支店の駐車場北側に残るレンガ造りの遺構

遺構と思われますが詳細不明です。

広島ガス阿賀工場入口のレンガ

入口のコンクリート地面に埋まっているレンガ片

遺構と思われますが詳細不明です。

 

備考

ガソリンスタンドから南の空き地は広島ガスの社有地のため無断立入は厳禁

・ガス圧送室跡は広島ガスの南にあるガソリンスタンドから見える

・公開されていないので敷地内に入ることはできない

・広島ガスの駐車場も社有地のため無断立入禁止

・広島市安佐北区にもレンガ造りの発電所として太田川漁業協同組合(旧亀山水力発電所)がある

住所

広島ガス呉支店:広島県呉市阿賀南7丁目1-56

広島ガス阿賀工場:広島県呉市阿賀南7丁目1-44

駐車場 なし
トイレ なし
竣工 明治43年
公開 非公開
登山難易度
サイト

https://www.hiroshima-gas.co.jp/

分類 インフラ、海軍工廠
アクセス

・呉市生活バス「塩谷」バス停から徒歩すぐ


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