団らん

ページ名:団らん

関連人物

ストーリー

ーー男が目を覚ますと、

キャンプ道具や荷物が散乱し、

馬車の中も荒らされていた。

金目のものは全て奪われ、

馬車を引く馬の姿もなかった......。

月明かりがその惨状を残酷にも照らしている。

 

男は霧がかっている森を見渡し、

死体が転がっていないことに安堵した。

 

「よかった......!

レグニッツはうまく逃げてくれたようだ。

きっと安全なところに隠れているのだろう」

 

彼の名前はジョーラ。

レグニッツという息子を持つ、旅の商人だ。

今回は成人して間もない息子を連れて、

仕入れの旅に出ていた。

彼は息子と2人きりの旅をとても大事にしている。

長年レグニッツに寂しい思いをさせてしまった

罪滅ぼしのようなものだ。

 

ジョーラの妻は、身体がとても弱く、

レグニッツを出産すると同時に帰らぬ人と

なってしまったのだ。

レグニッツにとっては、

ジョーラが唯一の家族である。

しかし彼は、レグニッツがまだ幼いというのに、

世界各地を飛び回る仕事をしていたため、

隣の夫婦の家に息子を預け、

長年家を空け続けていた。

年に数回、家に戻ってくることもあったが、

忙しいジョーラは生活費だけ渡して、

すぐに旅立っていった。

彼は息子を構ってあげられなかったことに

ずっと後悔していた。

それゆえに、息子が成人すると、

ジョーラはレグニッツを自分のそばに置き、

2人で商売の旅をするようになったのだーー

 

彼らの旅は順調に進んでいた。

特に今回の旅で、

ジョーラはレグニッツの意外な才能を

目の当たりにしたのだ。

今まで父親の後ろで

商売を見ていただけのレグニッツに

初めて交渉を任せてみたのだ。

すると、初めてとは思えないほど

顧客とうまく接していた。

さらに、お金の計算に関しても抜け目がなく、

商人としての素質を持っているようだった。

ジョーラはやはり、商人の息子は商人なのだと

嬉しくなるのだった。

 

だがーー

不運なことに2人は野盗に襲われてしまって......。

 

なぜかジョーラの記憶は曖昧だった。

覚えているのは、

キャンプの準備をしている最中に

突然野盗の集団がやってきたということと、

レグニッツに早く逃げるように言って、

野盗集団と戦ったということ......。

 

その後の事は何も覚えていない。

 

ジョーラは長年旅をしていたので、

ここ一帯で野盗が出現する事はよく知っていた。

本来ならば、

賞金稼ぎを雇って警護を依頼するべきだが、

仕入れに予算をほとんど使い切ってしまったため、

雇えなかったのだ。

それに、ジョーラは息子と2人の時間を

邪魔されたくなかった。

商人のいろはをレグニッツだけに教えたいという

思いから、2人だけで旅をすると決めていたのだ。

 

だが、まさかこんなことになるとは......。

 

ジョーラは息子を捜しに行こうとしたが、

どの方角に逃げたのか全く思い出せなかった。

立ち止まっていても仕方ないと考えたジョーラは、

まずは自分の勘に任せて捜そうと動き出す。

 

森の小道を進んで数時間ーー

 

気のせいだろうか......。

ここは以前も通った道のように思える。

だが、それがいつなのか......全くわからない。

 

周りは霧に包まれ、

まるで自分の心と比例しているかのように、

焦れば焦るほど霧もどんどん濃くなってく。

時折、背後に気配を感じて振り返るも、

鬱蒼と茂る森と霧しかなかった。

 

(レグニッツ......どこにいるんだ?)

 

目を凝らしながら森を進んでいくと、

人影のような物が横切っていった。

 

「レグニッツなのか!?」

 

急いでその場所に向かったが、

誰もいなかった。

こんなことが何度か続き、

ジョーラはだんだんと疲弊してくる。

彼は恐怖心を紛らわせるため、

息子を捜すことだけに集中して先に進んだ。

 

しばらく歩いていると......。

突然、霧の向こうから声が聞こえてきた。

今度こそ......と思い、駆け寄ると、

枯れ木の下に8、9歳くらいの男の子が

倒れていたのだ。

男の子は白い服を纏い、

小声でなにかつぶやいていた。

こんな森深くにどうして子どもがいるのか、

不思議に思いながらジョーラは話しかけた。

 

「坊や。私は今、息子を捜しているんだ。

年は15歳、名前はレグニッツ。

背はあまり高くなくて、灰色の服を着ている。

この近くで姿を見なかったかい?」

 

男の子が顔を上げると、

まるで大病を患っているかのように

顔面蒼白だった。

その子はゆっくりと首を横に振る。

 

「見てない」

 

消え入りそうなぐらい小声で答えてから、

再び顔を下に向け、誰かに話しかけた。

 

「キキ、君は知っているの?」

 

男の子の目線を追ってみると、

そこには人形が置いてあった。

 

「キキも知らないって」

 

「キキ?」

 

「うん。本当の名前はスティッキ。

友達なんだよ。僕はキキって呼んでるんだ」

 

男の子は立ち上がりながら、

人形をジョーラの目の前に持ち上げた。

 

「キキ、ごあいさつだよ!

あのね。キキは人と話すのが大好きなんだ!」

 

ジョーラは少し困惑していた。

人形はところどころ破れていて、

縫い合わせた跡が見える。

開いている口を見ていると、

なぜか自分に向かって笑っているように感じた。

だんだんと怖くなってきたジョーラは、

キキと呼ばれる人形を直視できず、

つい目を背けてしまった。

 

「キキが好きじゃないの?」

 

そんなジョーラの反応に

男の子が少しガッカリした様子で尋ねる。

彼は慌てて取り繕い、

人形に視線を合わせて挨拶をした。

 

「や、やあ! キキ。

はじめまして。よろしくね」

 

「ふふ。キキもよろしくって言ってるよ」

 

「それじゃ坊や。

私は息子を捜しに行かないといけないから。

君もこんなところにいないで

早くお家に帰りなさい」

 

「僕のお父さんとお母さんなら、

おじさんの捜してる人を知ってるかもしれない」

 

「なんだって!?

君のお父さん達はどこにいるんだい?」

 

「あそこにいる」

 

男の子は霧の向こうを指しながら言った。

 

「それじゃお父さんとお母さんの所に

連れて行ってくれるかな?」

 

「いいよ!」

 

男の子は嬉しそうに答え、

軽い足取りで案内を始めたのだった......。

 

ジョーラは男の子に連れられ、

森の奥深くまで進んでいく。

ふと、男の子の後ろ姿を見ると、

白い服を着ているのではなく、

包帯が巻かれていたのだ。

それに気づいた瞬間、怯んでしまったが、

レグニッツの行方を知るためなら......と、

気持ちを切り替えて付いていくのだった。

 

しばらく進むと、

薄っすらと明かりが見えてきた。

近づいてみれば、

それは篝火だということに気づく。

 

「お父さん、お母さん!」

 

男の子がその明かりに向かって走っていくので、

ジョーラも一緒に行くと、

その篝火の前には男と女が座っていたのだ。

男はやせ細っていて、

生気が感じられないくらいの顔色だった。

女は失明しているのか、

両目に布があてられていた。

 

「おかえりなさい」

 

女はとても優しい声で男の子を迎え、

頭をなでている。

そして、小声でなにかを話すと、

男の子は頷き、すぐに霧の中に消えていった。

 

「迷子の旅人さん、

こちらで少し休まれてはいかがですか?」

 

女は目が見えないはずなのに、

ジョーラの方向に顔を向けて話しかけた。

 

(この一家、なんか変だ......)

 

ただならぬ空気を感じたジョーラは、

2人に近づくかどうかしばらく迷ったが、

息子を捜しに来た目的を思い出し一歩踏み出した。

 

「実はーー」

 

彼は息子の行方を聞いて、

もし知らなければすぐにここを

離れようと思っていた。

しかし、話し終わる前に男が口を挟んできた。

 

「何を捜しているか私は知っている、ジョーラ」

 

「ど、どうして私の名前を?」

 

自分が何者か名乗っていないのに、

ふいに名前を呼ばれて後ずさってしまう。

男は自分のそばに来るよう手で合図しながら

話を続ける。

 

「レグニッツがどこにいるか知っている」

 

(もしかして、さっきあの子が教えたのか?)

 

なぜ自分の名前や息子を捜していることを

知っているのかは気になるところではあるが、

背に腹はかえられない。

ジョーラはすぐに警戒を解き、男に近づいた。

 

「息子はどこに?」

 

「その前にジョーラ。

ここがどこだか知っているのか?」

 

「ここはミールタウンから

約200km離れたカラスの森でーー」

 

「違う。こおは魂が眠る場所、迷魂の地だ」

 

ジョーラは男の言うことが理解できなかった。

いくら記憶が曖昧だからといって

自分がどこにいるか間違えるはずがない。

しかし、それでも息子の行方を聞き出すため、

彼は気持ちを落ち着かせながら言った。

 

「迷魂の地? 聞いたことがないな」

 

「ここは迷える魂が集う場所。

人間は誰もが長生きすることを望む。

そして中にはそれを望むあまり、

自分の死を受け入れられず、

魂になった後も自分が死んだことを

忘れてしまうことがある。

彼らは自身が認めたくないことは

忘れてしまうのだ。

そんな迷える魂がたどり着く場所はただ一つ。

生前の未練が投影される、

生と死の世界の狭間......迷魂の地だ。

本来ならばここは、魂同士は隔離されるが、

一瞬だけ触れ合う時がいくつか存在する」

 

男が篝火に薪を加えると、

さっきまでパチパチと静かに燃えていた炎が

その勢いを増した。

 

「死の神アンナが封印されて以来、

この世界の死の法則が乱れ始めている。

迷魂の地もまさにその乱れから生まれた産物と

言えるだろう。

このような無秩序の中で、迷える魂達は

投映されたこの地にいつまでも留まり、

輪廻を繰り返している。

自分の死を受け入れない限り、

彼らは永遠の時をこの霧の中でさまようのだ」

 

「な、なぜ私にそのようなことを?」

 

男は聞いてもいない話を

なぜ自分に聞かせるのだろうか。

ジョーラはひどく混乱した。

しかし、男は彼の質問には答えず、

ただ見つめていて......。

 

「まさか......そ、そんな、ありえない!」

 

ジョーラはやっと男の言う意味を理解したが、

その事実を認めたくなかった。

そう......『認めたくない』のだ。

 

「これは事実だ。

ここへ来るまで不思議な現象が起きただろう?

見覚えのある道、なぜか懐かしいと感じる人影。

生前の出来事が、薄っすらと記憶のどこかに

残っているがゆえの現象だ」

 

この男の言う通り、

たしかにここに来るまで見た光景は

懐かしく感じていた。

ジョーラは言葉を失った。

ガンガンと頭の中で警鐘が鳴り響く。

渇き切った喉から嫌な呼吸音が聞こえるも、

ジョーラは力を振り絞って声を出した。

 

「もし私が死んでいるとしたら、

私はどうやって死んだ?」

 

「あなたは野盗に殺されたのよ」

 

横にいた女がため息混じりで答える。

 

「でもあなたは息子に対する未練が残っていて、

自分が死んだことを認めようとしなかった」

 

「それじゃレグニッツは......私の息子は

無事なのか?」

 

自分の死よりも、

息子の安否のほうが心配だったジョーラは、

すがるように女に問いかけると......。

 

「あの子はその場から逃げ、生き延びたわ」

 

ジョーラはレグニッツの無事を確認できて、

安堵する。

ほっとしたのも束の間、

ジョーラは男が先ほど言っていたことを思い出し、

しばらく考え込んだ。

 

「あんたたちがさっき言っていた、

『輪廻を繰り返す』って、

私は......どれぐらい繰り返している?」

 

「今回で34回目だ。

今宵は迷魂の地に魂が帰ってくる日。

毎年この日の夜に、魂の輪廻がおこなわれる。

お前は33年前、野盗に殺されてから、

毎年この日を迎えている」

 

「33年......?」

 

男が口にした果てしない年月を聞いて、

ジョーラは愕然とした。

かつては仕事で息子の少年時代を

一緒に過ごしてやることができず、

やっと一緒にいられるかと思ったら、

今度は33年もこの場所で

さまよい続けていたなんて......。

レグニッツは私のいない人生を、

一体どのような気持ちで過ごしてきたのだろうか。

 

「それじゃレグニッツは......。

あれからどうなったんだ?」

 

「彼はあなたの跡を継いで商人になったわ。

今ではブライト王国で一番大金持ちの大商人よ」

 

「そう、か......。

ああ......分かっていた。

あの子はきっと立派な商人になれると......」

 

自分がきっちり教えなくても、

レグニッツは必ずいい仕事をすると思っていた。

ジョーラは涙ぐみながら誇らしげに話す。

 

「あんたたちはどうして私に

このことを教えてくれるんだ?」

 

「あなたを助けるため」

 

「お前をここから解放させるためだ」

 

女と男がほぼ同時に答えたあと、

男はジョーラをじっと見つめる。

それまで感情もなく淡々と話してきた男の瞳が

なぜか悲しみで揺れているように見えた。

 

「どうやって私を助けるのだ?」

 

「彼を見つけてやろう」

 

男が立ち上がると、

いつの間にかその手には大きな鎌が握られていた。

そして鎌を持ち上げ、

霧に向かって大きく振り下ろした直後、

裂け目ができたのだ。

その空間の向こう側には、

ジョーラのように霧の中で迷子になっている

中年の男が立っていた。

その男は豪華な服を着ていて、

とても気品があるようだったが、

何かを捜すようにキョロキョロと

辺りを見渡している。

気づけば、その裂け目はだんだんと大きくなり、

ジョーラ側の空間と一つに融合しようとしていた。

やがて空間が一つになると、

中年の男はこちらに気づき......。

 

「どうも、こんばんは。

まさかこんなところに人がいるとは......。

実は私、2人の子どもを捜していまして。

ひとりはアンジェロ、

もうひとりはロワンといいます。

ふたりとも今、家を出ているのですが、

託したい重要な事があるんですよ」

 

「レ......レグニッツ?」

 

一目見て、目の前の人物が

息子だということに気づいた。

既にだいぶ老けた顔つきになっていたが、

それでも若い時の面影はまだ残っている。

 

「......どちら様でしょうか?」

 

「レグニッツ、我が息子よ。

私は......私は......」

 

彼はそれ以上言葉にできなかった。

レグニッツはジョーラの顔を

食い入るように見ると、はっと息をのんで

驚きの声で言った。

 

「ちっ、父上!?」

 

「そうだ、我が息子よ」

 

「ど、どうしてここに......?

あなたは......すでに......これは一体!?」

 

レグニッツは驚きを隠せなかった。

しかしそれはジョーラも同じ。

レグニッツがここにいるということは、

自分と同じ運命を辿ったということ......。

ジョーラは男と女に懇願する。

 

「彼はまだ若い! ここに来るべき人じゃない。

頼む、レグニッツを助けてやってくれ!

お願いだ!」

 

「彼の命はすでに尽きている。

これだけはどうすることもできないわ」

 

「......一体どういうことだ?

ここはどこだ? あなた達は誰なんだ?」

 

混乱しているレグニッツは、

同じ質問を繰り返すばかりだった。

 

「レグニッツ......」

 

ジョーラは息子に真実を伝えようとするが、

なかなか口にできない。

すると、男が彼に代わって答えた。

 

「レグニッツ、お前は2ヶ月前に死んでいるのだ。

ここは迷魂の地、魂がさまよう場所だ」

 

「何を言っている? 死んだだと......?

そんなことはありえない!

私は昨日、財務大臣とお茶を飲んでいたんだ!

それが......2ヶ月前に死んでいるなんて!」

 

男はもう一度、レグニッツに告げる。

淡々と話すその様子から、

こういうことには慣れているようだった。

レグニッツが膝から崩れ落ちると、

枯れた声でポツリポツリと話し出す。

 

「私の商会には、まだ私が処理すべきことが

たくさん残っている......。

それにロワンはまだ幼い。

一人前になるにはまだ時間がかかるんだ......。

アンジェロにはまだ伝えてないこともある。

私はあいつの事をいつも誇りに思っていた。

だから、望んでいる道を歩んで欲しいと

伝えなければならない......。

私は彼らを捜さなければならない使命がある!

まだやり残したことがたくさんあるんだ!

死ぬわけにはいかないんだよ!」

 

必死になって叫ぶレグニッツを見て、

ジョーラは男の言葉を思い出した。

自分の死を受け入れず、未練を残している者は、

ここで永遠に同じことを繰り返し、解放されない。

 

「聞いてくれ、レグニッツ」

 

レグニッツに自分と同じ思いをさせまいと、

真剣な眼差しを向けながらジョーラは話し始める。

 

「全てを受け入れよう。

子どもたちは、お前がいなくても

きっとうまくやっていける。

だからもう手放してやりなさい。

ここからは私がお前と一緒に歩んでいくから」

 

彼はレグニッツの肩にそっと手を乗せる。

すると、肩が小刻みに震え始めて......。

 

「どうしたんだ、レグニーー」

 

言い終わる前に、ジョーラははっと気づく。

レグニッツの瞳には、

悔しさで溢れた涙が溜まっていたのだ。

 

「すみません、父上......。

あの時、私が逃げずに父上を助けていたら、

こんなことには......っ!!!」

 

地面に腕を叩きつけ、レグニッツは泣き崩れた。

 

「お前のせいじゃない。

あの時はあれが一番の選択肢だったんだ。

さあ、一緒に最後の旅に出よう」

 

レグニッツはまだ未練を断ち切れないのか、

しばらくその場に留まっていた。

しかし、瞳から零れ落ちる涙もおさまると、

父親を見ながら小さくうなずく。

そして2人はそのまま霧の中へと消えていった。

 

「ねえ、あのおじさんとおじさんの子ども、

一緒になれたかな?」

 

男の子は枯れ木の後ろから顔を出しながら聞いた。

 

「2人は一緒になれたんだ、ダイモン」

 

男は静かに答える。

 

「よかったね!

キキ、あの2人一緒になれたよ!

僕とお父さんみたいに!」

 

男の子は人形を嬉しそうに抱き上げる。

 

「僕たちもお家に帰ろう!

お父さん、お母さん」

 

男の子はピョンピョン跳ねながら

霧の向こうへと走っていった。

篝火を消した男と女は、

男の子の後を追うように、

ゆっくりと霧の中へと消えていったのだったーー

 

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧