炎と矛

ページ名:炎と矛

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ストーリー

あの日から60年ーー

そう聞くと昔のように感じるかも知れん......。

じゃが、わしは昨日のことのように、

はっきりと覚えている。

死に対する恐怖心と肉親を失った絶望が

いまだにわしを苦しませているんじゃ......。

あの出来事が起こる前までは、

わしはこの集落の族長になるのだと思っていた。

その準備もしてきた。

だというのに、

現実というのはなんと無慈悲なものだろう。

過去の恐怖が拭われることもなく、

武器を持っていた手は

拳さえ握ることもままならない......。

あの日......わしの妹である、

サンドラの7歳になる誕生日という喜ばしい日。

わしはまだ12歳の子どもだったーー

 

ババリア部族は弱肉強食の世界。

弱き者は容赦なく排除される......。

わしらがいた集落は、弱者が多く生活していた。

そこを狙われたのだろう......。

タスタン砂漠の中で最も凶悪と言われている、

『サンドクロー』というノールの群れに

襲撃されたのだ。

奴らは人が一番警戒を緩めるといわれる、

食事の時間を狙って襲撃を仕掛けてくる。

抵抗する者は問答無用で殺し、

残った食事を貪りながら、

家畜や財宝を根こそぎ奪っていく野盗だ。

『サンドクロー』は財産を奪う以外にも、

生き残った子どもがいれば連れて帰る。

この欲にくらんだ野盗どもは、

どんな戦利品でも見逃さない......。

身体が小さく弱っている子どもは

奴隷として売り払い、

強靭な子どもには過酷な訓練を強いて、

自分達と同じく冷酷な野盗に

育て上げるのである。

 

そうして奴らの選別が終わり、

日が沈もうとする頃ーー

野盗達はとある水源地にキャンプを張っていた。

奴らは『戦利品』である、

わしとサンドラを2人の看守に任せ、

肉と酒を用意して宴の準備をしている。

その様子を見ながら、わしはずっと震えていた。

恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか。

それとも、どちらもなのか......。

いずれにせよ、

ひどく弱っているサンドラの姿を見て、

わしはかろうじてこの激情を抑えていた。

この先何があろうとも、機会を見つけ出し、

妹を助け出さねばならないのだから......。

 

まだまだ宴が続く夜更けーー

突然、叫び声が響き渡った。

 

「キャンプが2ヶ所燃えているぞ!」

 

一気に騒然となり、ノール達は慌てて火を消す。

 

「くそっ! 火種は全て消したはずだ!

なぜこんなにも燃え上がるんだ!?」

 

ノール達がいくら水をかけても、

火を完全に消し去ることができない。

ようやく鎮火させたかと思えば、

別のところから火が燃え上がるという

繰り返しだったのじゃ。

奴らが途方に暮れていたその時ーー

 

キャンプの近くにある砂漠の向こう側から、

鈴のように清らかな笑い声が聞こえた。

目を凝らして見てみると、

炎のように真っ赤な髪色をした少女が

まるで踊り子のように舞っているではないか。

じゃが、次の瞬間には、月影に身を隠し

わしの視界からはいなくなってしまった。

 

「おい、今の見たか!?

きっと火を放った奴だ! 追え!」

 

何人かの野盗が少女を追いかけて行き、

これはまたとないチャンスだと思ったんじゃ。

サンドラを助けるなら今しかない。

急いで縄をほどいていると、

運が悪いことに看守に見られてしまい......。

怒り狂った看守は、

手にしていた鞭を大きく振りかざした。

わしはとっさにサンドラを抱え、

鞭から守ろうとしたんじゃが、

不幸にも頭に直撃して......。

 

「ーー! ーーレイ!」

 

「............」

 

「アンドレイ!!!」

 

「!?」

 

どうやらわしは、気を失っていたようじゃ。

サンドラの声で目を覚ます。

ゆっくりと身体を起こし、辺りを確認すると、

知らない女がまるで狩りをする山猫のように

部屋の中で息を潜めていた。

そして1人の看守が動いた瞬間、

素早く仕留めたのだ。

目にも留まらぬ速さでもう1人の看守を倒すと、

持っていた武器をわしの前に投げて、

こう言ったんじゃ。

 

「妹を助けたければ、戦え」

 

この口調......。

父親が生前、自分を訓戒していた時と

同じものだった。

 

「生まれながらの勇士などいない......。

戦えアンドレイ。

恐怖に負けるな、恐怖に打ち勝て」

 

彼女の強い口調に、わしは心を打たれた。

サンドラを一目見たあと、

目の前の武器を拾い上げ、

歯を食いしばって彼女の後ろについていく。

そして共に戦ったのじゃ。

いや......そう思っていたのは

わしだけだったかもしれん......。

彼女が全てなぎ倒していったからのう......。

長矛を持った彼女の前に敵うものは

いなかったんじゃ。

気づけば、キャンプにいる『サンドクロー』は

全て倒れていた。

我々は自由になったのだ......。

張り詰めていた空気が一気に安堵へと変わる。

彼女のもとへ先程ちらっと姿を見せた

赤い髪の少女がやってきて、

合図を送った瞬間ーー

燃え上がっていた炎が次々と消えていったんじゃ。

不思議そうに眺めているわしを見ると、

少女は明るく笑ってみせた。

 

「あたい1人でみんな解決しちゃった」

 

屈託のない笑顔で言いながら、

こちらに近づいてくる。

わしは妹と一緒に心からお礼を言った。

 

「あなたがサンドラね?

ふふ......♪

あたいが初めてアンダンドラと会った時も、

あなたぐらいだったよ!」

 

赤い髪の少女は身を屈めて、

乱れたサンドラの髪を整えながら

話し始めたんじゃ......。

 

赤い髪の少女が

わしらに話しかけているにも関わらず、

女戦士は構わず歩き出していったんじゃ。

慌てて少女は追いかけていった。

 

「ねえ、どう!?

これであたいの実力も証明できたでしょ?

一緒についていってもいいよね!?」

 

「相手が弱すぎただけだ。

お前は神殿に戻ってヌミスの面倒でも見ていろ」

 

女戦士は冷たく言い放つ。

じゃが、なんだかんだ言いながらも

ふたりはとても仲が良さそうじゃった......。

そして、太陽が落ちる地平線の彼方へ

消えていった......。

あの2人にはあれから会っていないーー

 

「ーー族長のおじいちゃん、

それからどうなったの?」

 

わしの孫娘は目を光らせながら、

前のめりで問いかけてきた。

まるであの時の少女のように......。

 

「今日のお話はここまでじゃ。

さあ、もうそろそろ寝なさい」

 

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