深淵の底

ページ名:深淵の底

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ストーリー

ーーああ、またこの悪夢だ。

このところ同じ夢をよく見る。

しかも、見るたびに心が蝕まれていくのだ。

憎い......誰かを殺さずにはいられない......。

そう考えることが多くなってきた。

きっと私に残された時間はわずかだ。

理性が完全に飲み込まれる前に、

これまでの恐ろしい経験を記録しよう。

私のような愚か者が、

禁じられた城に足を踏み入れることが

ないようにーー

 

ある日......

私の先生であるグレーテル・ホークの書斎で

仕事の手伝いをしていた時だった。

書斎には絶対開けてはいけないと

先生から言われている鍵のかかった本棚がある。

今日に限ってなぜかこの本棚が気になり、

つい開けてしまった......。

そこで見つけたのは、とある古文書だった。

見たこともない文字で書かれていて、

理解することができなかったが、

地図のページに切れ端が挟まっているのを

見つける。

手に取って見てみると、

現代の文字で『ボナペラ』と書き記されていた。

 

禁じられた古城『ボナペラ』を

私が初めて知った時だったーー

 

こっそり古文書を呼んだことを先生が知ると、

私の目の前で慌ててその切れ端を焼き払ったのだ。

そして、その古城へは

決して近づいてはならないと強く警告してきた。

 

グレーテルは考古学探検家としていつも明るく、

ユーモアと冒険心に富んだ人だったが、

この時だけはとても厳しく、

ひどく慌てた様子だった。

先生が取り乱したことが珍しかったせいか、

私は強烈な好奇心と探究心にそそられ、

警告に聞く耳を持たなかった。

 

もしあの時、先生に従っていれば、

自分に残された時間など

気にすることもなかっただろうーー

 

私は自分の記憶を頼りに、

頭の中で古文書の中の情報をつなぎ合わせた。

『ボナペラ』という古城を指し示していた場所は、

ドワーフの探検家達が口々に言っていた、

『ハトール』と呼ばれる新大陸だった。

 

古城を探すため、

私は先生に手紙を残さないまま旅に出た。

数カ月間も商船に乗り続け、

新大陸『ハトール』を目指したのだったーー

 

新大陸にたどり着いた私は、

さっそく先住民達に古城までの道案内を

頼もうとした。

だが、私が『ボナペラ』を目指していると知ると、

突然彼らにしかわからない言語で話し始め、

そそくさと去って行った。

まるで『ボナペラ』のことを

隠しているかのようだった。

ここまで来て手ぶらで帰ることなどできない

私は、

手当たり次第話しかけて......。

ついに、1人の先住民を説得し、

道案内をしてもらうことに成功した。

だが、案内は古城の近くまでで、

中には決して入らないという条件付きだった。

 

数日後ーー

私達は歩き続け、

やっとの思いで古城までたどり着いた。

海辺に建てられたはずの古城は、

今では半分以上海の中にある。

約束通り私は、

1人で古城に足を踏み入れたのだった......。

 

私はこの数日間を振り返った。

先住民は道案内をしながら、

『ボナペラ』にまつわる話を教えてくれたのだ。

彼らの言葉では、この古城のことを

『沈んだ地』と呼んでいて、

先住民達がこの地に住みつく以前から

存在しているそうだ。

そして、この場所に近づくとだんだん理性を

失い、

気が狂ってしまうという言い伝えが

いつしか広まり、先住民達は決して

近づかないようにしているというーー

 

思い返せば、彼はここにある未知の邪悪を

警告していたのかも知れない。

しかし先生の警告同様、

あの時私は全く気にしていなかったのだ。

 

そんなことを思い出しながら、

古城の中を進んで行くと、

至るところが海水に侵食されていて、

行く手を阻まれる。

ふと、周りを見渡してみると、

建物内はかなり特徴的な建築様式で、

どの古文書にも載っていない独特な構造だった。

もしかしたら、かつてはここで

文明が栄えていたのではないだろうか......。

考古学探検家の血が騒ぎ始める。

 

私は丸2日間、城の中を調査し続けた。

長い年月が経っているため、

壁も柱もボロボロだったが、

それでも私の目には

どれもが貴重な宝物のようだった。

 

そして調査3日目ーー

滝のように水が落ちる音に気づいた私は、

水の出どころを探し、突き止めた。

海に面している場所に、

城全体を見回せる見張り塔のような

建築物が建っていて、

その頂点から水が出ていたのだ。

壮大な滝を形成している光景に、私は息を呑んだ。

それは見事な奇景だった。

神でさえも創造することはできないかもしれない。

滝の真下には、巨大な断層が広がっていて、

覗いても底が見えないほど深かった。

ずっと眺めていると、

吸い込まれそうな不思議な感じがした。

 

その日の夜ーー

私は見張り塔の中に泊まることにした。

焚き火を付け、

濡れた服を乾かしながら、

非常食を少し食べるとすぐに眠りについた。

それからどれぐらい時間が

経ったのだろうか......。

夢うつつの中で、

滝が流れ落ちている深淵の中から低い声を聞く。

私の頭の中に

直接語りかけてきているような気がして、

なんだかすごく嫌な気分だった。

嫌な夢にうなされていると、

突然、地面が大きく揺れて私は跳び上がった。

どうやら、震源は深淵の底のようだった。

私は先生からもらった望遠鏡で、

深淵の底を慌てて覗き込んだ。

この望遠鏡のレンズは、

ヴェルディア連盟の特殊な水晶で作られていて、

暗いところでも見ることができるものだ。

ここまで探究心だけでやってきたが、

この時なぜだか私は

心の中で何も見えませんようにと祈っていた。

だが、現実はそう甘くはなかった......。

深淵の中から太くて巨大な触手が

地面に向かって這い上がってくるではないか。

私は大急ぎでそこから逃げ出そうとしたが、

触手はすでに地上まで這い上がってきていて、

建物に絡みついていた。

そして、この世の物とは思えない無数の生物が

ヌルヌルした触手を伝い、

古城の中へと入り込んできたのだ。

 

言葉ではうまく表せないし、表したくもない。

だが、一つだけ言えることは、

あれは絶対に創造神ホーナスが

作り出した種族ではないということだった。

これまで先生と一緒に

大陸の隅々まで冒険してきた私は、

身の毛もよだつような生物を何度も見てきた。

墓地で腐っている死体や恐ろしい亡霊、

とある貴族が住む屋敷の地下室では

獰猛な野獣や凶悪な悪魔など......。

しかし、これほどおぞましいものを見たのは

初めてだった。

いや、果たしてこれを生物と呼べるのだろうか。

一体どんな恐ろしい呪いを受けたら

このような姿になれるというのか!

そんなことを考えながらも、

あと少しで城の出口。

もつれそうになる足に力を入れて走る。

だが、その努力は報われなかった。

一部の怪物が私の存在に気づき、

近づいてきたのだ。

 

恐怖、嫌悪、絶望が一気に私の全身を駆け巡る。

四肢は麻痺し、そこに立ち尽くしてしまった。

 

(もう......終わりだ。先生、すみません......)

 

そう思った瞬間ーー

突然後ろに引っ張られ、我に返る。

振り向くと、

一匹の巨大なウミガメが立っていたのだ。

いや。よく見れば、ウミガメの特徴を持った

ヴェルディア連盟の者だった。

私は自分の認知範囲内にある

正常な『生物』を見てホッと一息ついた。

ヴェルディア連盟の者は、

片手で私を後ろに引っ張りながら、

もう片手で巨大な金槌を振り回し

怪物を撃退しようと試みた。

だが、金槌が怪物の身体に触れた瞬間、

砂のように消滅したのだ。

それを見た私は絶望したが、

彼は私のように恐怖に怯えるどころか、

怪物に対する怒りを見せていた。

ヴェルディア連盟の者に引きずられながら、

海に近づいていく。

すると、海面に渦巻きができ、

その中から精霊が現れ、

ヴェルディア連盟の者と共に怪物と戦い始めた。

どうやら2人は仲間のようだった。

その時ーー

私の頭の中で、またあの魂が奪われそうな

低い声が響き渡り......。

慌てて耳を塞ぐが、

声は直接頭の中に語りかけてきているため、

全く効果がなかった。

 

気づけば多くの醜い怪物が四方からやってきて

我々3人は囲まれてしまった。

しかし、精霊が負けじと雄たけびをあげると、

城の中から巨大な波が押し寄せ、

怪物たちを飲み込み、

そして深淵の底に消し去ったのだった......。

 

波は私にも襲いかかる。

だが、今の私には

水流に抵抗する力が残っていなかった。

波に飲み込まれ気を失う直前、

大きな手がまた私を救ってくれたーー

 

気がつくと私は旧大陸に向かう商船の上にいた。

船乗り達が言うには、

甲板の上に私が倒れているのを発見したという。

きっとあのヴェルディア連盟の者が

私を船に乗せてくれたのだろう......。

 

月日は流れーー

私は旧大陸のエスペリアに戻り、

ブライト王国大聖堂の管理下にある修道院で

精神治療を受けているが、

治療効果はあまりよくない。

いまだにあの不気味な声が頭に響くのだ。

夜になり、眠りに落ちると、

あの醜い触手が這い上がってきた深淵に

飲み込まれる悪夢を見ている。

ヴェルディア連盟の者と精霊は

どうやってこの恐ろしさを乗り越えたのだろうか。

私はごく一般の人間に過ぎないため、

この先、精神が完全に飲み込まれるまで、

ずっと悪夢に苦しめられるに違いない。

 

深淵の底にある邪悪な存在は

いずれ必ずまた這い上がってくるだろう......。

 

その時はまたあの2人が

深淵に追い払ってくれることを祈るばかりーー

 

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