守護の誓い

ページ名:守護の誓い

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ストーリー

月明かりが照らす中庭に、

一本のロープが垂らされている。

人影がそのロープを滑るように伝い、

音もなく庭に下りた。

軽やかに着地したのは、

ライアン家の長女セリスであったーー

セリスが着ているのはいつもの淑女然とした

優雅で動きにくいドレスではなく、

飾りの少ないシャツに、乗馬用のキュロットと

靴を履いていた。

そして......。

 

腰には一振りの片手剣を提げていた。

 

セリスは姿勢を低くして、

音を立てずに素早く庭の回廊を渡り、

裏庭へと回った。

何年も手入れされていない裏庭は雑草が生い茂り、

錆びた鉄格子に蔓が絡まるなど荒れ放題......。

その中を縫うように走り抜けていく。

......記憶の中の裏庭は、花々が咲き乱れ、

小鳥たちがさえずる美しい場所だった。

兄たちとよくここで

鬼ごっこをして遊んだものだ......。

 

しかし、兄も父も、今はもういない。

皆、一族の誇りと共に

戦場で散ってしまったから......。

 

ブライト王国随一の将軍を輩出する

名門ライアン家生まれであれば、

当然覚悟していたはずの運命であった。

だが、ライアン家はその不幸が

短い間に訪れすぎたのだ......。

いずれこの裏庭のように、かつての栄光を失い、

没落していくのではないか。

セリスは堪らない気持ちになる。

 

そんなことを思いながら、

セリスは庭の中央にある乾いた噴水へと

走っていったーー

 

噴水のそばには、

執事風の男が静かに佇んでいる。

この男の右袖はだらんと垂れていて、

通す腕もない。

月が照らす庭で一人、

セリスと同じように片手剣を提げていた。

 

「先生......」

 

セリスが声をかけると、

男は黙って頷き、腰から剣を抜いた。

同じようにセリスも剣を抜き、

二人のにらみ合いが続く。

風に舞った木の葉が地面にカサリと音を立てて

落ちた瞬間ーー

セリスは足を強く蹴り出し、攻撃を仕掛けると、

鋭い剣戟の音が庭に響き渡る......。

 

これはセリスと少女の剣の師であるセインが

毎晩行う二人だけの秘密の訓練だった。

ライアン家の男性が全員戦死してから、

家を復興すると誓ったが、

少女は戦い方を知らない。

まずやるべきことは、

貴族の女性としての教養を学ぶことではなく、

将軍としての訓練や勉学に励むことだった。

その中で、セリスは剣術の師として

ライアン家の執事であったセインを選んだ。

その昔、家が大勢の敵に襲われた時、

セインが一人で窮地を救ったことがあったからだ。

 

セインは剣術の稽古をしてほしいと

頼まれた時、一介の執事である自分が

剣を教えるなどできないと断った。

しかし、セリスの決意の固さと、

諦めない精神に根負けして頷いたのだった。

そして、セインは自身の戦闘技術を

少女に伝授すると告げたのだ。

 

日々の訓練を経て、

剣の持ち方さえ知らなかったセリスは、

武術に精通した少女へと変化していった。

しかし最近は、伸び悩むようになり、

焦りを感じて......。

今日のセリスはいつもより気合いを入れて

稽古に臨んでいた。

 

セリスの渾身の連続攻撃を

セインは僅かな動作と最小限の防御で受け流す。

隻腕の隙を突こうとしても、

まるでそこに攻撃が来ると

分かっているかのように弾かれる。

どこをどう斬りつけても防がれてしまい、

セリスは不安と焦りが滲み出てくる。

その隙をセインが見逃すはずがなかった。

 

セインの剣が閃いたかと思った次の瞬間ーー

 

気づけば自分の喉元に剣の先を向けられていた。

数ミリでも前に動けば、赤い血が流れるだろう。

 

「参りました」

 

セリスは剣を下ろし、一歩後ろへ下がる。

すると、セインも剣を鞘に収め、

今の稽古の改善点を淡々と話し出した。

 

「お嬢様は攻撃しようという気持ちが強すぎます。

心ばかりが先走り、身体が追い付いていません。

気持ちは乗せるものでございます。

決してそれだけで動いてはなりませぬ」

 

落ち込むセリスを見てセインは一言付け加えた。

 

「お嬢様の気持ちの強さは、

ライアン家復興において唯一無二の

長所でございます。

しかし、戦いには冷静な観察と思考、

判断が必要です。

これらは指揮官としても大切な要素でございます」

 

セインの言葉を聞き、

セリスは肩を落とし嘆息をもらす。

 

「私は、父上のような指揮官には

なれないかもしれません」

 

「誰かになる必要はありません。

お嬢様はお嬢様の道を行けばよろしいかと」

 

今にも泣きそうな顔で俯いているセリスに

セインなりの励ましの言葉を贈る。

 

「では、先生の道はどんな道ですか?」

 

セリスはずっと不思議に思っていた。

セインの剣の腕はブライト王国において

五指に入るだろう。

なぜそれだけの剣術を持った者が

こんなところで無名の執事をしているのか......。

 

「ーー今日の訓練はここまでにいたしましょう。

お嬢様の剣術は私に届きつつあります。

さすがはライアン家の血筋ですね。

やはり、足りないのは心でございます」

 

セインは質問には答えなかったが、

セリスもそれ以上追究はしなかった。

少女は剣を収め、セインに礼をする。

そして来た道を駆けていった......。

 

セインはふとーー

今は亡きライアン家の親友、

バートンのことを思い出した......。

剣を教えてほしいと頼みに来たセリスの目は、

自分を救うために犠牲になった友の目と

同じだった。

 

「私の道は......バートン。

彼の代わりにこのライアン家を

守ることでございます」

 

セインはセリスが去っていった方向を見て、

心の中でそう呟いたのだったーー

 

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