フロストバンシー

ページ名:フロストバンシー

ストーリー

シェミーラは、

とある冬をよく思い出すようになっていた。

 

当時ーー

ダイモンはまだ2歳になったばかり。

よちよち歩きで、見るものすべてに対して

好奇心旺盛だった。

 

「しょうがない子ね」

 

そう言いながらも、シェミーラは母親として

喜びに浸っていたのだ。

ただ少し残念なことは、

ダイモンが生まれて間もなく、

夫のニルの出征が決まり、

家族みんなで一緒に過ごす時間が

大幅に減ってしまったことだった。

そしてこの冬、

ニルは帰って来なかった。

 

出征後、ニルは軍医となったため、

ほとんど家に帰ることができなかった。

いつ戦争が終わるかわからないこの日常に、

シェミーラは日々焦りを感じていた。

子どもの成長というのは早いもの。

彼女は息子がぐんぐんと成長する

この大事な数年間、

ニルにも一緒に見守ってほしかった。

それに、ダイモンには父の教育で

育ってほしいと願っていたのだ。

 

だが、無情にもブライト王国は

緊迫した状況だった。

グレイヴボーンの侵略は

いまだ終わりを告げない。

生きとし生けるものとアンデッドは

戦いを繰り広げている。

軍医は兵士のように

最前線には配置されないものの、

シェミーラは無事を祈っていた。

 

ニルがいない日々を、

シェミーラの育児のかたわら、

父が経営する仕立屋で手伝いをしていた。

彼女の裁縫の腕は抜群で、

街の貴婦人たちは彼女を指名して

服を作ってもらうことが多かった。

その年は初雪で例年よりも早く、

間もなくして本格的な冬が到来する。

冬になると裁縫の仕事はあまりなく、

シェミーラはダイモンと一緒に

裏庭でよく雪遊びをしていた。

初めて雪を見たダイモンは、

雪だるまを作ってみたり、

寝転んでみたりと大はしゃぎだった。

楽しそうにしているダイモンを見て、

シェミーラは心温まる思いで

いっぱいだった。

だが......同時に不安でもあった。

 

この違和感をシェミーラは今でも

忘れることはないと言う。

 

本格的な冬も終わりが近づいてきた頃ーー

ニルが突然家に帰ってきた。

短い間の帰省ではあったものの、

久しぶりの一家団欒に

シェミーラはこの上ない喜びを感じていた。

しかし、現実は彼女を奈落の底に

突き落とす。

帰ってきたニルは、まるで別人のように

性格が変わっていたのだ。

息子のダイモンに目もくれず、

メスを片手にぼんやりしていたり、

わけのわからない言葉を呟いたりしていた。

 

「私は戦場でグレイヴボーンたちを見た。

兵士たちがあれは死者だと言っていたが、

私にはわかる。

奴らは死んでなどいない。

ただ別の形で生きているだけだ。

そう、苦しみという形でな......」

 

ニルの表情は、

狂気で満ち溢れているようだった。

 

雪が吹き荒れる山脈の向こう側には

死者の骨が集められた墓場がある。

そこから聞こえてくるのは不気味な風の音。

そのはずだが、まるで死者の叫び声のように

聞こえるのだったーー

 

「......っ!」

 

冷たく柔らかい何かが腐乱した頬に当たり、

過去に思いを馳せていたシェミーラが

はっとする。

それが雪だということはわかっていたが、

彼女はそれを視認できる目を

もう持っていない。

雪の形も、ダイモンの姿も......

彼女は生前の記憶を呼び起こすことでしか

見ることができない。

だが、温かい思い出ばかりではない。

つらく苦しい記憶のほうが

より多く刻まれている。

 

ニルの極刑、ダイモンの死......

 

「死者には苦しみがないと

ニルが言っていた。

でも......わたしはどうして

苦しみを感じるの?」

 

吹き荒れる雪に向かって、

シェミーラは両手をいっぱいに広げると、

墓場で彷徨う怨霊たちが

彼女に集まり周囲を回り始めた。

これらの怨霊たちはシェミーラの魂と

共鳴している。

彼女の心の奥にある悲しい記憶に

共感するかのように唸っていたからだ。

その様子はまるで大雪の中、

悲しみの挽歌を歌っているようだった。

 

気づけば......

空から舞い降りる雪と彼女の周りを回る

怨霊の姿が、白く輝く『衣装』に

変わっていたのだったーー

 

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