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ストーリー
厚く重たい扉をゆっくり押し開くと、
響き渡る不愉快な摩擦音と共に、
血なまぐさい臭いが漂ってきた。
鼻を突くような臭いに、
ベリンダとルシウスは眉をひそめながら、
警戒心を高めるーー
数日前ーー
ブライト王国大聖堂のパレルモ司教が
このケンタ郡にある豪邸の調査を二人に命じた。
主は王国の功臣であったベイル伯爵だ。
十数年前に引退し、
ここで隠居生活を過ごしていたはずだったが、
ブライト王国大聖堂に届いた
一通の密告書によれば、
この屋敷の中ではカタストロフ崇拝が
行なわれているらしい......。
奥に進めば進むほど、
入り口で感じたあの嫌な臭いが強まってくる。
壁には血で書かれた不気味な魔法陣が
所狭しと描かれていて、
カタストロフの文字で記された
カビのついた巻物が床に散らばっている。
カタストロフがこの世界に溢れ出して以来、
恐怖で混迷したブライト王国全土に
数々の邪教団体や秘密結社が誕生した。
それらは終末論を声高く唱え、
生命の神デューラに対する信仰を捨て
カタストロフたちへ魂を捧げよと
人々をそそのかした。
もとより愚かな大衆は
恐怖や誘惑に支配された瞬間、
冷静さを失い、狂気に走るもの......。
だからこそ、聖職者による導きが必要なのだ。
ベリンダもルシウスも、
己に課された使命をよく理解している。
なにより大事なのは、
迷える子羊を正しい道へ帰すことだ。
しかし、
彼らもただ救いの手を差し伸べるだけではない。
罪深き異端者と邪悪な生物には、
『聖なる光』の名のもとに断罪をするのだ。
その時だったーー
突如、悲鳴が聞こえてきて......。
ベリンダ達は慌てて駆け出す。
どうやら声がしたのだ地下の酒蔵のようで......。
階段を降りていくと、一つの部屋が見つかる。
ゆっくりと扉を開け、中を覗くと......。
鼻がもげそうなほど強烈な悪臭が流れてきて、
吐き気をもよおす。
そして、薄暗い部屋の中心に、
猫背の老人が不気味な笑みを浮かべながら、
独り言をブツブツと囁いていたのだ。
二人はこの老人がベイル伯爵だとすぐに勘付いた。
伯爵の前にある祭壇には、
一人の少女が祀られていたが、
喉が引き裂かれ、血が溢れていた。
とても見るに堪えない光景だ。
揺れるロウソクの炎が部屋を明滅させる中、
ベリンダとルシウスはとあることに気づく。
壁に映るベイル伯爵の影が人の形ではなく、
角と翼が生えたカタストロフの姿を
していたことに......。
軽く視線を交わした二人は頷く。
そう......二人の考えは同じだった。
伯爵の魂は、既にカタストロフに
取り憑かれているとーー
ベリンダ達はまず周囲の状況を確認する。
すると、壁の隅にある巨大な鉄格子の牢屋を
見つけた。
中には、伯爵の子であろう数人の少年少女が
閉じ込められていて......。
彼らはこの後、自分達の身に何が起きるのか
わかっているのだろう。
すすり泣きをしていたり、
放心状態に陥っていたり......。
絶望に打ちひしがれていた。
伯爵は、カタストロフに媚びを売るために、
自身の子どもさえ生贄にしている。
祭壇の少女も、おそらく彼の子どもの一人だ。
あまりにもひどい惨状に、
ベリンダは唇を噛みしめる。
そして、ルシウスは一歩前に踏み出し......。
「ベイル伯爵に告ぐ。
カタストロフ崇拝及び背信の罪により、
ブライト王国大聖堂の名においてお前を断罪する。
速やかに抵抗をやめ、降伏せよ!」
目の前の『生き物』を
今すぐこの場で八つ裂きにしたいという
衝動をかろうじて抑え、ルシウスは宣告した。
怒りに身を任せてはならない。
『聖なる光』に仕えし騎士として、
あらゆる行動は私情ではなく、
正義のためであるべきなのだと、
理性が語りかけてくる。
「ーー時は来たれり......。
彼の者の降臨はもう誰も止められはせぬ......。
お前たちも、彼らの前にひれ伏すのだ......」
ブツブツと呟くベイル伯爵は、
不気味に笑いながらベリンダ達を見る。
「これはもう、手遅れでしょう。
完全にカタストロフに取り憑かれています。
これ以上の背信を起こす前に、
彼を消滅させなければ」
ベリンダは一息つき、魔法の杖を高く掲げた。
静かに目を閉じて、凛とした声で詠唱を始める。
すると、杖の先端に優しい『聖なる光』が灯り、
伯爵に向かって放たれた。
直撃した瞬間、灼熱の光となり、
伯爵は人間とは到底思えない絶叫をあげ
悶え苦しみだしたのだ。
だが、その光を受けた伯爵の身体が
みるみるうちに変化していく......。
皮膚が赤く染まり、
禍々しい角と翼が露わとなり......。
ついに、ベイル伯爵の魂に寄生していた
カタストロフが正体を現したのだった。
ベリンダの杖から放たれている光が
強さを増していき、あらゆる暗闇を消し去り、
部屋全体が光に包まれた。
牢屋にいた子どもたちも、
『聖なる光』に導かれ、
恐怖が少しばかり和らいだように見えた。
正体を現したカタストロフの眼は、
嫌悪と怒りに満ちていた。
『聖なる光』が天敵であるためだ。
カタストロフは、ここで負けるわけには
いかないと言わんばかりに
ベリンダに向かって突進してきたが......。
一つの聖なる盾が現れ、
カタストロフの攻撃を阻んだのだ。
盾に激突してきたカタストロフの力は強大で、
ルシウスの足がわずかに後ろへ下がる。
「くっ!」
ルシウスはなんとかその攻撃を耐え、
そこから一歩も引かずに防ぐ。
今、ベリンダを守れるのは自分しかいないからだ。
彼女の詠唱が終わるまで、守り抜く......。
カタストロフが怒号を上げ、
その鋭い爪でルシウスに襲いかかってきた。
だが、ルシウスの守りは固く、
ベリンダに一切近寄ることができなかった。
「聖なる光よ......!」
ベリンダが両目をパッと見開くと、
光線が雨のごとくカタストロフに降り注ぐ。
「卑しい人間め。
貴様らがやっていることは全て無駄だ!
強欲にして利己的、
そしてなによりその軟弱な心ッ!
貴様らの本性は我が一番よく知っている!
我が身を滅ぼしたとて、
この老いぼれのように醜く、
そして腐りきった人間どもが、
また我らカタストロフに魂を捧げるのだぁぁぁ!」
悪魔は苦痛を味わいながらも、
悔しさのあまりに嘲りの言葉を浴びせる。
そして『聖なる光』に
焼かれていくのだった......。
カタストロフの罵詈雑言を耳にしながら、
ベリンダとルシウスは悪魔が燃え尽きるまで
その場で静かに佇んでいた。
二人ともカタストロフの言っていたことが
あながち妄言ではないことをよくわかっていた。
人の心は弱い。
『聖なる光』の力で
カタストロフを退けたとしても、
人の心の闇を吹き払うことはできない。
きっと、この先もカタストロフに惑わされ、
忠誠を誓う人間は続出するだろう。
そうだとしても、
ベリンダとルシウスの信念は揺らぐことはない。
輝かしい人の心へたどり着くよう、
『聖なる光』が導いてくれると信じているからだ。
そして『聖なる光』が輝く限り、
二人の心の中に信仰心はあり続けるだろうーー
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