インヴィディル【嫉妬に燃える影】
概要
呼称 | 嫉妬に燃える影 |
陣営 | カタストロフ |
ストーリー
楽屋の中でろうそくの光が揺らめき、シンシアは息を殺して、ゆっくりと濃厚な毒液を数滴、ティーカップに注いだ。
彼女は入り口を見つめた。
キャサリンの軽やかな足音が近づいてくるにつれ、彼女の心は錆びついた機械のようにギシギシと音を立てた。
「さあ」と彼女は小声でつぶやいた。
「これを飲んだら、まだそんな高慢な態度で私を見下ろせるかしら?」
彼女の目の前で過去の光景が今と重なり合い、時計の音が彼女の思考をあの喧騒の朝へと引き戻した。
記憶の断片は、長い間しまわれていた舞台衣装のように、すでに色あせていた......
5年前、鹿角劇団のポスターの前に人だかりができていた。
シンシアとキャサリンは期待に胸を膨らませてオーディションの結果を待っていた。
二人はオーディションで初めて知り合ったが、すぐに意気投合し親友となり、互いに最高の舞台で輝くことを誓い合った。
事は順調に運び、二人とも劇団の一員となった。
劇場に足を踏み入れた瞬間から、台詞を暗記し、演技を磨き上げ、きつい衣装に耐えることが彼女たちの日常となった。
しかし彼女たちは、自分たちが新しく醸造されたワインのようなもので、時間をかけて熟成させれば独特の香りを放つようになると信じていた。
しかし、時が経つに連れてすべてが変わっていった。
キャサリンは際立った才能を見せて頭角を現し、舞台の上でも注目の的となった。
一方、出世を渇望していたシンシアは、劇中で名もない侍女を演じ、キャサリンのためにドレスの裾を整え、衣装を整理する役になった。
団長はシンシアに、適役があれば必ずチャンスを与えると約束したものの、その間に、キャサリンはスポットライトの下でますます輝き、名声を博していった。
一方、不遇な生活を送っていたシンシアは、しばしば舞台裏で同僚たちの冷やかしを耳にした。
「シンシア、あなたがキャサリンを見た時のあの目つき、まるで嫉妬の悪魔に取り憑かれているみたいよ......気をつけなさい、本当に悪魔が来ちゃうかもしれないわ!」
このような嘲笑や皮肉を聞くたびに、彼女の心の中に燃えている嫉妬の炎は一層激しくなる。
さらに恐ろしいことに、キャサリンが彼女を見る目つきからも以前のような親密さが感じられなくなり、むしろ自分のことを使い捨ての小道具や、言いなりに動く人形として扱っているように感じられた。
その無力感と卑屈さ、そして疎外感が、徐々にシンシアの自信を蝕んでいった。
そこで、突然の事故により、偽りの「平穏」は打ち破られた。
ある日、キャサリンが舞台の端で足を踏み外し、舞台から転落してしまった。
劇団は一瞬にして混乱に陥った。
彼女の苦痛に満ちた表情と青紫色のアザを見て、団長は顔を曇らせた。
間もなく公演があるのに、主役が欠席してしまっては収拾がつかない。
誰もが途方に暮れていたそのとき、キャサリンは突然自分の代わりにシンシアを舞台に立たせるよう提案した。
この提案を聞いたとき、シンシアは喜びを隠せなかったが、必死に冷静さを保とうとした。
こんな非常時に、これが唯一の選択肢かもしれない。
団長は熟考の末、キャサリンの提案に同意した。
その瞬間、シンシアはまるで長い間閉ざされていた扉を開いたかのように、ついに念願通り彼女だけの輝かしい瞬間を迎えることができた。
キャサリンが怪我の治療のために引きこもっている間、シンシアは寸暇を惜しんで台詞や立ち回りの練習に励み、これまでの悔しさや無念を晴らそうと心に誓った。
ついに、公演の日が訪れた。
シンシアは不安な気持ちを抱えながらスポットライトの下に立った。
満員の客席は最初、息をのむほど静かだったが、次の瞬間、雷鳴のような拍手が沸き起こった。
公演が終わり、楽屋に戻ったシンシアは、テーブルの上に花束や手紙が山積みになっているのを見て驚いた。
かつてはキャサリンだけのものだったバラの花が、今や彼女のために咲き誇っていた。
貴族たちも彼女の才能を称えて賞賛の言葉を寄せてきた。
その後の数日間、花束と拍手が絶え間なくシンシアに送られてきた。
彼女は栄光に身を浸し、自分の時代がついに到来したと確信した。
彼女が夢物語みたいな想像に酔いしれているとき、楽屋のドアが開き、団長が喜色満面である知らせを伝えてきた。
「キャサリンが回復して戻ってきたぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、つい先ほどまでシンシアを囲んで、彼女にへつらっていた人々は、引き潮のように姿を消した。
シンシアはその場に固まったまま、つかの間だが彼女のものだった拍手や注目、寵愛が再びキャサリンの元に戻っていくのを見送った。
自分が苦心して得た成果は、キャサリンにとって気まぐれに貸し出した華やかな衣装にすぎなかったかもしれない。
シンシアは爪の先に力を込めてバラを握りしめ、茎をねじ曲げた。
突然彼女は、この数日間で起こったドラマチックな出来事が、全てキャサリンからの露骨な嘲笑にすぎなかったことに気づいた。
彼女はもう二度と卑しい脇役に戻りたくない。
キャサリンをこの世界から完全に消し去ることでのみ、永遠にスポットライトを自分に向けさせることができるのだ。
意識がぼんやりしている中、ドアの開く音がシンシアの回想を中断させた。
キャサリンがそっとドアを開け、彼女と熱い抱擁を交わし、その後公演の進行状況について気遣わしげに尋ね、自分はいつでも舞台に立てると述べた。
抑えきれない怒りでシンシアの両手は震えが止まらなかった。
彼女は必死にこびへつらうような笑いを浮かべ、キャサリンにお茶を差し出した。
「戻ってきてよかった......あとのことはあなたに任せるわ」
キャサリンは笑いながらお茶を一口すすった。
シンシアが黙り込んでいるのを見て、何か異常な感覚に襲われた。
「シンシア、どうしたの?」
シンシアの返事を待つ間もなく、キャサリンは突然めまいを感じた。
彼女は慌ててテーブルの角をつかんだが、全身の力が一瞬にして抜けていくようだった。
「シンシア......」
キャサリンは苦痛に満ちた表情を浮かべ、足に力が入らなくなり、よろめいて床に倒れ込んだ。
シンシアは無表情のまま床の上で痙攣し、もがくキャサリンを見下ろし、彼女が息絶えるのを見届けた後、まだ温かい彼女の体を麻袋に詰め込んだ。
暗闇が静かに川岸を覆い、冷たい風が刃物のようにシンシアの頬を擦り寄せた。
静寂の水面にキャサリンの蒼白く硬直した横顔が映り、シンシアは躊躇なく彼女を水中に押し込んで、波が証拠を洗い流すのをじっと待っていた。
水面が静まり返った瞬間、シンシアは長い間心を縛っていた鎖が轟音とともに断ち切られたのを感じた。
長年抑圧されていた欲望と憎しみが、ヒステリックな喜びへと変わり、彼女は夜風の中で我を忘れて笑った。
翌朝、キャサリンの失踪で劇団は混乱に陥った。
彼女はよく行く場所をすべて探したが、何も見つからなかったと言う人もいる。
開演まであと15分もない。
団長は焦りを隠せなかった。
誰もが途方に暮れていたこのとき、主役の衣装を着たシンシアが突然現れた。
「キャサリンがいないなら、私が代役を務めます」
人々は顔を見合わせ、疑念を抱いたが、もう時間がない。
団長はシンシアを舞台に立たせるしかなかった。
光が厚い舞台幕を通して差し込み、観客たちは首を長くして主役の登場を待っていた。
シンシアは廊下の奥で自分の襟を正し、薄暗い廊下の天井を見上げた。
かつてない満足感で彼女の胸がいっぱいになったーー
これからは、彼女こそがスポットライトを浴びる主役なのだ。
彼女が舞台に向かおうとしたとき、廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「主役がまだ到着していないのに、開演するつもりなの?」
シンシアは慌てて振り向くと、あまりにも見慣れた姿を目にした。
身だしなみがきちんと整っており、穏やかな笑みを浮かべていたその人を見た瞬間、シンシアの喉は刃物で切り裂かれたかのようだった。
「そんな......私は確かにあなたを......」
その人は何も答えず、少し首を傾げ、まるで入念に演出されたパフォーマンスを鑑賞しているかのようだった。
シンシアは足の裏から冷たさと痺れが伝わってくるのを感じ、まるで深い闇の中に立っているかのような気分になった。
周りは静寂に包まれ、忙しく動き回る人々は全くキャサリンの存在に気づいておらず、狭い廊下は静止した世界のようになってしまった。
キャサリンは軽く笑った。
「観客たちのことなら気にしないで。彼らは私たちの舞台に含まれていないわ。今この舞台は......私とあなただけのものよ」
空気中に腐敗したような甘い臭いが漂い、シンシアは助けを求めようとしたが、喉が締め付けられたかのようで声が出ず、ただ恐怖に満ちた目でこの非現実的な「復活劇」を見届けるしかなかった。
キャサリンの笑みは蜜を塗った刃のようだった。
「愛しいシンシア、どうしてそんなに怖がっているの? まさか、ちょっとした毒で私を殺せると思った?」
「いったいいつ......キャサリンをどうしたの?」
目の前の人が一歩前に進み、廊下の灯りがその瞳に潜む不気味な影を照らし出した。
「キャサリン? そんな人、最初から存在しなかった。ふふ......あなたの目に映るキャサリンは、ずっと私だったよ」
「いや......」
シンシアは震えながら後ずさりした。
そしたら、絹をさくような低い囁き声が聞こえてきた。
「あなたの心は、嫉妬の種を埋め込むのに最適な土壌だった。あなたの中にある闇を育てるため、嫉妬の実を膨らませるため、わざわざここまで仕組んでやったかいがあった」
「キャサリン」の首が不自然に曲がり、顔一面に満悦らしい微笑が浮かんだ。
「嫉妬の悪魔は気付かれない片隅に潜み、歪んだ魂を吸い取るのを待ち構えていると人間はよく言うでしょう。ほら、私はただあなたに刺激とチャンスを与え、そしてそれを奪っただけだよ」
「ああ、甘さと苦味、栄光と屈辱! なんて素晴らしい芝居だ」
その悪魔は段々と人間の姿から逸脱し、ゆっくりと近づいてきた。
冷たい笑い声が、長い間こもっていた湿気のように廊下に広がっていく。
「あなたの嫉妬心は熟成されたワインのようだ。さあ、たっぷり味わわせてもらおうか」
シンシアは目を見開き、漆黒の幕のような不気味な影が自分を飲み込んでいくのを見つめた。
廊下の突き当たりにある蝋燭の炎がかすかに揺れ、やがて果てしない闇に飲み込まれた。
幕の外では、人々はまだ公演の開始を待っていた。
舞台裏で起きたことを、誰も知る由もなかった。
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