ゼクス【怠惰の鑑】
概要
呼称 | 怠惰の鑑 |
陣営 | カタストロフ |
ストーリー
(1)
ゼクスは長いあくびとともに眠りから覚め、
ゆっくりと体を起こした。
彼はカタストロフだ。
だがゼクスは、
自分がカタストロフであることに
不満を感じているのだ。
騒がしい戦争にも、無駄な血を流すことも、
自ら策謀するのもまったく興味がなかった。
人間とカタストロフが作り出した
ゴミのようなものが、
エスペリアの長い歴史に埋もれている。
どちらの勢力に加わるにしても、
面倒くさいことに変わりはない。
「生きるって……面倒くさい」
ゼクスを長い眠りから覚ます唯一の方法、
それは飢えだった。
彼は今、お腹が空いている。
(2)
マタル城の城下町周辺に住んでいる
漁師たちは、真面目で仕事熱心なことで
知られている。
ここの名産品はマタル真珠で、
彼らの手によって海底から収穫されていた。
ケイリン城の城下町に住んでいる
貴婦人たちが、質が良いと噂するほど
有名なものだった。
この辺りの漁村にトッドという男がいた。
彼は怠け者で有名で、村人たちからは、
『怠け者トッド』と呼ばれている。
ゼクスはトッドのように、
怠惰な人間を気に入っていた。
なんとか近づこうと隣村の村人に姿を変え、
素知らぬ顔でトッドの前に現れる。
気が合う2人はすぐに仲良くなった。
ゼクスたちは船の影に寝転がり、
破れた網越しに漁師たちが海に出る姿を
眺めていた。
「みんなよく頑張るなぁ」
トッドも漁師であるのに、
まるで他人事のように呟く。
トッドの怠け癖は筋金入りだった。
長年ほったらかしにして
くたびれてしまった自分の家さえ
直そうとしない。
だが、祖先がこの海の漁師だった
ということは自慢げに話すのだ。
トッドの周りには、
いつも怠惰なオーラが漂っていた。
ゼクスは、それがとても心地よかった。
だが、物足りない。
一度トッドの怠惰の味を知ってしまうと、
もう戻ることができない。
味を占めたゼクスは、
それをより多く求めるようになった。
「今朝、城のほうからまた税務官が来たな」
いくら怠け者のトッドでも、
今日は真珠の収穫に行かなければならなかった。
「仕事熱心で真面目な漁師たちには、
今年から納税額が3割増しだってよ」
真面目な漁師たちの海に出る時間は、
かなり増えてきている。
彼らは真珠を売ったお金で、
より性能が優れた船と漁具を買っていた。
その中でも、人一倍熱心な漁師がいた。
名前はクーパー。
「まったく憎ったらしいヤツだ!」
クーパーは同じ年頃の若者の中で、
漁師としての才能が一番ある人物だった。
城下町を毎日ブラブラしている者とは違い、
野心と夢を持った若者で、
家族のために朝から晩まで必死に働いていた。
ほかの漁師が仕事を切り上げても、
クーパーはギリギリまで海に潜り、
真珠の収穫に励んだ。
「クーパーはあと数年もすれば、
マタルの城下町に家を建てられるように
なるんだろうなぁ……」
トッドは羨ましそうに話す。
「頑張って働けば、今よりももっと
楽な生活が送れるって死んだ親父が
言ってたけど、本当にそうかもしれない」
「どうだかな?」
ゼクスは海に潜っていく若者たちを
眺めながら答えた。
当然、その中にクーパーもいる……
クーパーが漁をしていると、眩しい光を放つ
大きな真珠が目に飛び込んできた。
こんなにも美しい真珠は、
生まれて初めてだった。
クーパーは真珠がある場所まで必死に泳ぐも、
一向に近づけない。
目の前にあるのに決して手が届かない。
幻のようだった……
(3)
珊瑚の茂みに隠れていたゼクスは、
クーパーの心臓めがけて
鋭い爪を突き立てた。
クーパーの瞳孔は一瞬大きく開いたが、
次第に光を失っていった。
金色の夕焼けが海をオレンジ色に染めていく。
穏やかな時間の中、
クーパーの心臓は動きをとめた。
「真面目、それは地獄への一番の近道だ」
漁師の中で一番深くまで潜れるクーパーは、
永遠に届くことのない真珠のために、
命を捧げたのである。
だが、その真珠は狡猾なカタストロフが
魔法の力で作り上げた幻だった。
「真面目、仕事熱心、努力……
そんなことをしても、快適な生活を
得ることは決してない。
トッド。いくら頑張っても、
すべては無駄に終わるんだよ」
若い漁師の耳元で、
狡猾なカタストロフが囁いた。
その声に驚き、トッドは体を起こす。
「えっ、今ーー…………あれ?」
先ほどまでトッドと一緒に
寝転がっていたはずの仲間がいない。
ふとトッドを覆う影に気がつき
空を見上げると、
信じられない光景が目に入る。
体を大きく伸ばして空高く舞い上がり、
大きな翼を広げている仲間は、
人間の姿ではなかった。
ゼクスの赤く染まった瞳に、
そう遠くない繁栄したマタル城が映った。
『砂漠の真珠』と呼ばれるこの海辺の都市は、
日が落ちると栄えた城下町らしく、
灯火によって輝き始める。
今夜、城下町で開かれるオークションで、
真珠が高値で競り落とされるだろう。
そして、マタルの都心部は
ますます輝かしいものになる。
だが、比例するように、周辺一帯の税収は
増えていくに違いない。
「お前の父親は、お前がマタルの城下町で
暮らすことを望んでいると言っていたな?」
ゼクスは狡猾な目をさらに細め、
笑みを浮かべながら話した。
「トッド。私と……組まないか?」
カタストロフに空から見下ろされている
トッドは、恐怖で動くことができなかった。
それに、どうしてカタストロフに
付き纏われているのかも理解ができない。
「マタル城の城下町には、
行く宛もない浮浪者たちがたくさんいる。
お前はそんなヤツらの一番上に
立つべき人間だ」
ゼクスは少し興奮した様子で話した。
これまでトッドと一緒に過ごしてきて、
トッドなら城下町の先導者にピッタリだと
思っていたのだ。
『怠け者トッド』が牽引役となれば、
さらなる傲慢と怠惰が作り出せると
ゼクスは胸を躍らせていた。
今までもなかなかの味わいであったが、
ゼクスはずっと物足りなさを感じていたのだ。
エスペリアのカタストロフにとって、
怠惰は数ある味わいの中のひとつに過ぎない。
怠惰がもたらす苦しみ、絶望こそが
カタストロフの腹を満たす本当の食事と
言えるだろう。
さて、次はどこにするか?
「盲目な人間よ。
家畜のように働けば働くほど、
鞭に打たれれば打たれるほど、
これがお前の本来あるべき姿だと
嘲笑されるだろう」
ーーゼクス
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