aklib_story_場違い

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場違い

とある反乱の中、かつての戦友は互いに刃を向け、同郷の仲間は敵となり、サルゴンの軍人は反逆軍と化した。そんな中、ヘビーレインは辛い選択を迫られる。


血のような赤い炎の光は、人々をぼんやりとした黒い影に変え、廃墟に映し出す。

彼らはかつて肩を並べて戦い、共に死という谷を乗り越えてきた。

だが今となっては、睨み合う瞳に残るのは、憎しみと敵意のみ。

[ヘビーレイン] (一体何が起こっているのですか……?)

[ヘビーレイン] (みんな……どうかしてしまったみたい……)

[サルゴン老兵] *サルゴンスラング*!

[サルゴン老兵] せっかく命拾いしたっつーのに、温かい飯を一口も食えないまま、また前線に行って命をかけろだと?

[サルゴン近衛兵] 全員下がれ! 下がれと言ってるんだ!

[サルゴン近衛兵] お前ら、謀反を起こすつもりか!?

[サルゴン老兵] ああその通りだよ! まずはテメェからだこの*サルゴンスラング*がぁー!!

[サルゴン老兵] 奴を捕まえろ! 逃がすな。

[サルゴン近衛兵] どけ! 邪魔だ!

[サルゴン老兵] ヘビーレイン!

[サルゴン老兵] そいつを止めろ! 逃がすな!

[ヘビーレイン] (この人……知っているかもしれません……)

[ヘビーレイン] (名前は……なんでしたっけ?)

[サルゴン老兵] 何をぼさっとしてやがる! そいつを殺せ!

[サルゴン近衛兵] どけ!

[ヘビーレイン] うっ!

[サルゴン老兵] クソッ!

[サルゴン老兵] ヘビーレイン、なぜ奴を見逃したんだ!

[ヘビーレイン] (戦友たちがみんな、敵意に満ちた目で私を見ています。)すみません。

[ヘビーレイン] (まるで、私までみんなの敵になってしまったような気分です。)ですが、戦友を手にかけることはできません。

[サルゴン老兵] 戦友だと? ハッ……

[サルゴン老兵] あの畜生どもが戦友だと?

拳が真っすぐヘビーレインに向かって振り下ろされた。

老兵は肩で息をしながら、ヘビーレインから反撃が来るのを――すべての怒りを暴力にぶつけるのを期待していた。

だが彼のそんな思いとは反対に、ヘビーレインはただ盾をしまっただけだった。

その表情は極めて冷静で、そこには迷いも恐れもない。

[ヘビーレイン] すいません。

[ヘビーレイン] ですが、戦友に手をかけることはどうしてもできません。

[サルゴン老兵] ……

[サルゴン老兵] ケッ! 腰抜けが。

[年配の隊長] いい加減にしろ! 内輪揉めしている場合か。

[サルゴン老兵] なぁ隊長、ここから一斉に突破しようぜ。

[サルゴン老兵] 今なら逃げ切れる。

[年配の隊長] 逃げるだと? そんなことしたら故郷にいる家族はどうなるんだ?

[年配の隊長] 俺たちはみんな同じ地元の出だ。首長がその気になれば、俺たちの家族はあっという間に一網打尽だよ。

[サルゴン老兵] *サルゴンスラング*!

[サルゴン老兵] あの畜生ども、はなから俺らを生かすつもりなんぞなかったんだ。

[年配の隊長] だから早まるなと言ったろ。今さら後悔し始めたのか?

[サルゴン老兵] ……

[サルゴン老兵] 無理だよ、俺にはできねぇ。仲間たちが前線に投げ出されてゴミのように死んでいくのを、黙って見てるだけなんてよお。

[年配の隊長] 今となっては何を言っても、もう遅い。皆に出入口をしっかり見張らせろ。

[年配の隊長] 近衛兵と将校どもは全員貴族の出身だ。あいつらを人質にしている限り、外にいる連中も簡単には手出しできん。

[サルゴン老兵] ああ、分かった。

数年に渡る戦争によって、故郷と家族から引き離された彼らは、同じ部隊の仲間だけが支えとなっていた。

同郷のよしみもあるのだろう。互いに面倒を見合い、どんな時でも味方になってくれた。

だが抑圧された環境に長くいるせいか、争いごとも日常茶飯事なのである。

[サルゴン老兵] この前は、テメェら腰抜けどもが先に逃げやがってせいで、俺は敵に三日間もケツを食いつかれてたんだぞ!

[だらしない兵士] 誰が腰抜けだと!?

[だらしない兵士] そもそも俺がこんなとこでじっとしてなきゃなんねぇのも、てめぇらのような間抜けなせいだろうが、*サルゴンスラング*!

[サルゴン老兵] *サルゴンスラング*! もう一遍言ってみやがれ!

[だらしない兵士] やんのかコラァ! いいぜ、かかってきやがれ!

[サルゴン老兵] おおよ!

[ヘビーレイン] ……

[アナム] ここで眺めてるだけ? 手を貸さなくていいの?

[ヘビーレイン] 貸すって、どちらに?

[アナム] どっちの方が大切なの?

[ヘビーレイン] ……

[アナム] じゃあどっちが正しいと思う?

[ヘビーレイン] どちらも、間違っています。

[ヘビーレイン] サルゴンの兵士たちは、こんな風に意味もなく争うべきではありません。

[アナム] ……ヘビーレインってやっぱり変わってるね。

[ヘビーレイン] え?

[アナム] 兵士にとって、あるべき姿なんてないよ……

[アナム] あるのは、したいかしたくないか、従うか従わないか、それだけ。

[アナム] あなたがもらった食料、私のよりも少ないね。

[アナム] 古参兵の方が多くもらえるんじゃなかったの?

[ヘビーレイン] 構いません。これで足りますから。

[ヘビーレイン] 少しくらい増えても減っても同じことです。

[アナム] ……

[アナム] そ。

[ヘビーレイン] (アナムさんは何だかがっかりしたような、悲しいような顔をしています。)

[ヘビーレイン] (私のことを心配してくれていたのでしょうか?)

[ヘビーレイン] アナムさん。

[アナム] なに?

[ヘビーレイン] 実は……

[ヘビーレイン] 昼間に逃げたあの人は、私の知り合いなのです。

[アナム] 知り合い? 近衛兵は私たちなんかには関わらないのに、どうやって知り合ったの?

[ヘビーレイン] 前のあの戦いで、彼を死体の山から引っ張り出したのが私です。

[ヘビーレイン] 彼はイブラハムだと名乗ってくれました。

[ヘビーレイン] そして、私たちは共に術師の追撃から逃れたんです。

[アナム] つまりあの人はヘビーレインのお友達ってこと?

[ヘビーレイン] 友達ではなく、戦友です。

[アナム] 何が違うの?

[ヘビーレイン] ……うまく説明できません。

[ヘビーレイン] でも違うんです。

[アナム] あの時、なんで揉め始めたのか、きっかけは覚えてる?

[ヘビーレイン] 命令を受けた上官が、みんなをもう一度前線に向かわせようとしたのです。

[アナム] それで?

[ヘビーレイン] 古参の兵士たちは、死傷者が多すぎるから補給と休憩が必要だと抗議し、そのまま言い争いに発展しました。

[アナム] じゃあ、ヘビーレインはどっちが正しいと思ったの?

[ヘビーレイン] 兵士たちの気持ちも理解できます。ですが……

[アナム] どちらにしろ、あなたはあの時ためらってしまった。

[アナム] そして周りはそれを裏切りだと思っている。

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] 私は誰も裏切りません。

[ヘビーレイン] 分からないだけなんです……

[ヘビーレイン] どうして自分が助けた人を、殺さなければいけないのか。

[アナム] じゃあ、もしあの時、突っ込んできたのが違う人だったら?

[アナム] しかもそれが、過去にいざこざを起こした相手だったら?

[アナム] ヘビーレインは手を下してた? 下そうと思ってた?

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] 「いいえ」と言ったら、アナムさんは私を臆病者だと思いますか?

[アナム] 思わないよ……ヘビーレインならそう答えると分かってたから。

[アナム] あなたはみんなを戦友だと思ってるもの。

[ヘビーレイン] 私たちは戦友であり、サルゴンの軍人であり、かつて共に誓いを立てた仲間ですから。

[ヘビーレイン] 「危険を前にしようとも決して敵には屈しない。苦境に陥ろうとも決して戦友を裏切らない」。

[ヘビーレイン] 個人的な恨みや欲望は……どうでもいいんです。

[アナム] あれ……?

[アナム] ねぇ、見てよ!

[アナム] このご飯、お皿を逆さにしても落ちないよ!

[ヘビーレイン] 食べ物で遊ばないでください。本当に落としてしまったら、食べるものがなくなりますよ。

[アナム] はいはい。

[アナム] じゃあ、もし私がご飯を落としちゃったら、ヘビーレインは自分の分を私にくれる?

[ヘビーレイン] はい。

[アナム] 私がヘビーレインの戦友だから?

[ヘビーレイン] あなたが友達だからです。

[アナム] 友達……戦友……ヘビーレインはそればっかだね。

[アナム] 本当に違いなんてあるの?

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] あります。

忠義だ? 栄誉だ? 誓いだ? それになんの意味がある!?

中にいる反乱軍よ、よく聞け!

俺たちは普通のサルゴン人だ! みんな金を稼いで家族を養いたいだけなんだよ!

今すぐ人質を全員解放し、武器を降ろして投降するのだ!

ああ、へいへい、お偉い近衛兵様たちよ!

この戦いで俺たちの仲間が何人死んだかなんて、あんたら気にも留めやしないだろう。

これが最終通告だ!

いいぜ……どうせもう死ぬしかないんだ。

繰り返す。これが最後通告だ!

[???] ヘビーレイン。

[???] 起きてよ。

[ヘビーレイン] (敵襲!?)

[ヘビーレイン] (違う!)何が起きたのです!?

[アナム] 落ち着いて、私だよ。

[アナム] まずは武器を降ろして……ね?

[ヘビーレイン] (くっ……危なかった)あ……

[ヘビーレイン] (アナムさんを傷つけなくてよかったです。)すみません。

[アナム] 気にしないで。それより、助けてほしいことがあるの。

[アナム] ついて来て。

[ヘビーレイン] はい。

[アナム] ――というわけなんだ。二人とも高熱が下がらなくて震えも止まらないの。

[アナム] 早く治療を施さないと死んじゃうよ。

[ヘビーレイン] (傷口は手当てされていません。)

[ヘビーレイン] (かなり酷く化膿しているようですね。)私は何をすればいいのですか?

[アナム] 物資は全部、古参兵士たちが管理しているけど、頼んでも分けてくれなかったの。

[アナム] ヘビーレインならきっと物資の保管場所を知ってるよね? なんとかして手に入れられない?

[アナム] だってあなたたちは、戦友でしょ。

[ヘビーレイン] (戦友だなんて……)分かりました。

[ヘビーレイン] (わざわざ強調する必要なんてありますか?)試してみます。

[だらしない兵士] あんたが止めてなきゃ、とっくにあのクソ兵士どもに殴りかかってたぜ。

[だらしない兵士] さっきの奴、信頼できるのかよ?

[アナム] 大丈夫、ヘビーレインはいい人だから。

[アナム] ああ言ったからには、絶対にやってくれる。

[だらしない兵士] いい人だあ?

[だらしない兵士] 軍にいるのはバカかアホのどっちかだ。いい人なんざいねぇよ。

[アナム] ……

[アナム] そうだね。

[アナム] 誰!?

[???] *サルゴンスラング*、気付かれたか!

[???] 始末しろ。騒ぎにはするなよ。

[アナム] 待って! 私たちも脅迫されただけなんです!

[アナム] だから……交渉しませんか?

[ヘビーレイン] (真っ暗です……)

[ヘビーレイン] (薬品は確かこの辺りにあったはず……)

[ヘビーレイン] (これは包帯……なら消毒液はきっとすぐそばにありますね。)

[???] 誰かいるのか?

[ヘビーレイン] (まずい、気付かれないようにしないと。)

[ヘビーレイン] (とりあえず見つけた薬を服の中に隠して……)

[サルゴン老兵] 音が聞こえたぞ! そこに誰かいるのか!?

[年配の隊長] ……俺だよ!

[年配の隊長] 探し物をしてたんだ。

[サルゴン老兵] そうか。

[ヘビーレイン] ……

[年配の隊長] ……

[年配の隊長] ヘビーレイン、お前が持ってるのは薬品か?

[年配の隊長] 一人で来てるな?

[ヘビーレイン] (電気を消した?)

[ヘビーレイン] (一体どういうつもりなのです!?)

[年配の隊長] 落ち着け。ここにいることを他の奴らに知られたくないんだろ?

[年配の隊長] 何があったんだ? 誰か怪我したのか?

[ヘビーレイン] (話しても大丈夫でしょうか?)

[ヘビーレイン] (もしこのまま何も言わずに出ていこうとしたら、引き留められるのでしょうか?)

[年配の隊長] 話したくないのなら……出口はこっちだ。もう音を立てないよう気をつけろよ。

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] 新兵が二人、傷口が適切に処置されておらず、高熱を出しているんです。

[年配の隊長] なんの薬を取ったんだ?

[ヘビーレイン] これです。

[年配の隊長] ふむ……消毒液と包帯もあるな。処置の仕方は知ってるな?

[ヘビーレイン] はい、習ったことがあるので。

[年配の隊長] そうか、化膿した部分はちゃんと切り開いて消毒するんだぞ。

[年配の隊長] 麻酔薬はもうないから、痛いのは我慢してもらいな。

[年配の隊長] この抗生剤も持ってけ、いざという時に命を救ってくれる。お前に分けてやれるのはこんだけだ。

[年配の隊長] もちろん病院に行くのが一番だが、そりゃ無理だしな。

[ヘビーレイン] ありがとうございます……

[ヘビーレイン] それでは失礼します。

[年配の隊長] ……

[年配の隊長] ヘビーレイン、ちょっと待て。

[ヘビーレイン] はい。

[年配の隊長] お前は怪我してないよな? 体調も平気か?

[ヘビーレイン] はい、大丈夫です。

[年配の隊長] はぁ……お前のおふくろさんからお前を預けられた時、俺は反対したんだ。

[年配の隊長] いつも決まって若い奴らから……

[ヘビーレイン] ……

[年配の隊長] やっぱこの話はもうしまいだ。さっさと戻りな。気付かれるなよ。

[ヘビーレイン] 一つ聞いてもいいですか……

[ヘビーレイン] アビーおじさん。

[年配の隊長] は? な、なんだよ、いきなり。

[年配の隊長] そんな風に呼んでくれたのは久しぶりだな。

[ヘビーレイン] 私たちはかつて、サルゴンの敵を全て排除すると誓いました。

[ヘビーレイン] けれど今、私たちを包囲しているのは、サルゴンの兵士です。

[ヘビーレイン] 私たちに拘束され、人質にされたのも、サルゴンの兵士です。

[ヘビーレイン] 毎日争っている相手もまた、サルゴンの兵士です。

[ヘビーレイン] 敵というのは、一体誰のことなのですか? そもそも敵とは一体なんなのですか?

[ヘビーレイン] 私は……どうすればいいんですか?

[アビーおじさん] ヘビーレイン。

[アビーおじさん] 先に俺の質問に答えてくれ。

[ヘビーレイン] はい。

[アビーおじさん] もし怪我したのが俺だったら、お前は助けてくれるよな?

[ヘビーレイン] もちろんです。

[アビーおじさん] それはなぜなんだ?

[ヘビーレイン] 私たちはサルゴンの兵士だからです。戦友のことは決して裏切りません。

[アビーおじさん] じゃあ、もし俺がお前の戦友でもなければ、この服も着ていなかったら?

[アビーおじさん] 赤の他人である俺が、お前に助けを求めたら、それでも助けてくれるのか?

[ヘビーレイン] 助けます。

[アビーおじさん] 俺を助けるには、命の危険を冒す必要があるとしてもか?

[アビーおじさん] 自分のすべてを投げうって赤の他人を助ける――お前はそんなことができるのか?

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] 分かりません。

[アビーおじさん] サルゴンの軍人ってのはな……所詮この服のことに過ぎない。この服が俺たちを一つにまとめ上げているように見えるだけだ。

[アビーおじさん] だがこの服がなければ、お前はお前で、俺は俺でしかない。それは他の奴らも同じだ。皆それぞれの立場、考え、目的がある。

[アビーおじさん] お前だって、自分の考えがあるじゃないか。だからこうして、戦友のために危険を冒してまで薬を盗みに来たんだろ?

[ヘビーレイン] 私は……

[ヘビーレイン] ただ……

[アビーおじさん] ハハハッ、分かってるさ。

[アビーおじさん] お前は素直な子だ。軍人をみんな戦友だと思ってる。

[アビーおじさん] だけどよ、その服を脱いだら、お前は何者なんだ?

[ヘビーレイン] (この服を脱いで、サルゴンの軍人ではなくなったら……)

[ヘビーレイン] (私は一体何をすればいいのでしょうか?)

[ヘビーレイン] (家に帰ればいいのですか?)

[アビーおじさん] さて、俺も見回りに戻らないと。

[アビーおじさん] ヘビーレイン……自分を大事にしろよ。

[ヘビーレイン] はい……

[ヘビーレイン] アビーおじさん。

[サルゴン近衛兵] 裏切者はその場で殺して構わん。人質を守るのが最優先だ。

[アナム] 本当ですね? 私たちが内側から協力すれば……

[サルゴン近衛兵] もしお前たちが悔い改めて、この首長への反逆を止めてくれれば……

[サルゴン近衛兵] 上もきっとお前たちの処置を考え直してくれるだろう。

[だらしない兵士] ……その……俺たちは巻き込まれただけなんです。

[だらしない兵士] 首長に逆らおうだなんて、これっぽちも考えていませんでした!

[サルゴン近衛兵] ま、当然そう答えるだろうな。

[だらしない兵士] 本当です!!!

[サルゴン近衛兵] なら行動で誠意を示せ。

[弱気な新兵] アナムの姉貴、誰かが来たみたいっす!

[サルゴン近衛兵] お前らに与えられた時間は少ない。

[サルゴン近衛兵] よく考えることだな。

[ヘビーレイン] ただいま戻りました。二人の具合はどうですか?

[アナム] まだ熱が下がらない。薬は見つかった?

[ヘビーレイン] はい。傷をもう一度処置するので、手伝ってください。

[ヘビーレイン] まずは化膿している部分を切り開きます。かなり痛みますが、我慢してもらってください。

[ヘビーレイン] その後は、この抗生剤を飲ませてください。

[臆病な新兵] ヘビーレインさん……

[臆病な新兵] ありがとうございます。

[ヘビーレイン] いえ。

[ヘビーレイン] アナムさん、巻いてある包帯を解いてくれますか?

[アナム] 分かった。

[アナム] ごめん、ヘビーレイン、先に処置を進めてて。ちょっと物を取ってくるから。

[ヘビーレイン] はい。

[アナム] (小声)あんたたち、ついて来て。

[アナム] これが最後のチャンスだよ。どうする?

[弱気な新兵] 俺は……

[弱気な新兵] だけど、古参のやつらは……

[アナム] あんた、ビビってるの?

[弱気な新兵] ……

[アナム] こんなとこで死にたいわけ? あの間抜けどもと一緒に?

[アナム] じゃあ、あんたたちは?

[だらしない兵士] ……本当にやれると思うか? 人数はあっちの方が多いぞ。

[だらしない兵士] それによ、首長は本当に俺らを許してくれるのかよ。

[アナム] どうせ生きるために入隊しただけでしょ? どっちに付こうと大差ないって言ったのは、あんたじゃないの?

[アナム] それとも喉元に刀を突きつけられてからようやく、自分は無実だって外の連中に説明する気?

[だらしない兵士] (深呼吸)

[だらしない兵士] *サルゴンスラング*! 分かったよ、あんたの言う通りにする。

[だらしない兵士] あんたのあの友達とやらも、協力してくれるのか?

[アナム] ヘビーレインか……聞いてみるよ。

[アナム] やむを得ない状況になったら……

[だらしない兵士] 殺すのか? 友達を?

[アナム] あの子は私の友達だし、いい人だよ。

[アナム] でも自分の立場と、物事の優劣がよく分かっていない。誰に対してでも優しすぎるんだ。

[だらしない兵士] ……

[アナム] あんたが言ったことだよ。

[アナム] 軍にはバカとアホしかいない。いい人なんかいないって。

[アナム] でしょ?

[だらしない兵士] そうだな……

[弱気な新兵] ど……どうしてみんな俺を見るんだよ!?

[弱気な新兵] わ…分かりました、俺も乗ります……

[ヘビーレイン] 傷口の処置が終わって、薬も飲ませました。

[ヘビーレイン] 熱も下がってきているようです。

[ヘビーレイン] (アナムさん、少し様子がおかしいですね。)これならきっと問題なく回復してくれるでしょう。

[アナム] ねぇ、ヘビーレイン。

[アナム] 戦争が終わって軍隊を離れることになったら、何がしたいの?

[ヘビーレイン] (どうして急にそんなことを聞くのです?)

[ヘビーレイン] 考えたこと……ありません。

[アナム] やりたいことはないの? それか気になる人がいたりとかは?

[ヘビーレイン] やりたいことは……

[ヘビーレイン] ありません。

[ヘビーレイン] 気になる人は……

[ヘビーレイン] アナムさん。

[ヘビーレイン] それとみんな……

[アナム] まったく相変わらずね。

[ヘビーレイン] (さっきから周りの人たちが、チラチラとこっちを見ています。私の反応を確かめているようです。)

[ヘビーレイン] (それにみんな、装備を整理しています。)

[ヘビーレイン] (……)

[ヘビーレイン] アナムさん、言いたいことがあるのなら……

[ヘビーレイン] はっきり言ってください。

[アナム] ……

[アナム] 私たちと一緒に反乱者たちを捕まえてほしいって言ったら、協力してくれる?

[ヘビーレイン] えっ!?

[アナム] さっきの質問、あなたに何か考えがあったとしても、実際には選択の余地はもうないんだけどね。だって、私たちはもうサルゴンの敵なんだから。

[アナム] でも、運のいいことに、新しいチャンスが目の前に舞い降りてきているの。

[アナム] 生きるチャンスだよ。

[ヘビーレイン] (それって本当に運のいいことでしょうか?)

[ヘビーレイン] (生きる……)

[ヘビーレイン] (たったそれだけのために……)もう他に方法はないのですか?

[アナム] ないよ。

[アナム] いつまで現実から目を逸らしているの?

[アナム] あなたはあの人たちを戦友だと思っているけど、向こうはそんな風に思ってなんかいないんだよ。

[アナム] まだ分からないの?

[ヘビーレイン] (みんなの私への態度なんて……)分かっています。

[ヘビーレイン] (どうでもいい……)ですが、そんなこと気にしていません。

[ヘビーレイン] ただ生きるためだけでしたら、私にはできません。

[アナム] じゃあ、私が代わりにやってあげる。

[ヘビーレイン] (私はとんだ臆病者なのでしょうか……)アナムさん!

[アナム] ごめんね。

[だらしない兵士] ハッ!

[ヘビーレイン] うぐっ!

[だらしない兵士] 殺すのか?

[だらしない兵士] 正直、俺はお前が恐ろしいよ。いつか急に背後から、刺されちまうんじゃないかってな。

[アナム] ……

[アナム] とりあえず縛っておいて。

[弱気な新兵] そ、そうですね。ヘビーレインさんは……俺たちを助けてくれたこともあるし。

[アナム] ヘビーレイン、あなたは臆病者なんかじゃない。嘘に縛られているだけだよ。

[アナム] 首長はあなたが自分の欲を抱くことを望んでいないし、将校たちはあなたから憎しみを向けられることを恐れている。

[アナム] あなたはいい人すぎるんだ。

[アナム] だから今回は、私が代わりにやってあげる。

[アナム] これで借り一つね。

[アナム] だって、私を守ってくれると約束したじゃない。

[アナム] 私は生きたいの――

[アナム] あなたと一緒に。

[サルゴン老兵] あのガキはどうなってやがる?

[サルゴン老兵] 来てもうすぐ半年も経つってのに、いつもポツンと突っ立って俺たちを眺めているだけで、誰ともしゃべろうとしない。

[アビーおじさん] 人見知りな子なんだ。

[アビーおじさん] 本当はすごくいい子だぜ。

[サルゴン老兵] ……

[サルゴン老兵] おいガキ!

[サルゴン老兵] こっちに来な。ちょいと手を貸してくれ。

[ヘビーレイン] (私を呼んでいるのでしょうか?)

[サルゴン老兵] ほれ、このリストを持ってろ。あそこにまごついてる奴らがいるのが見えるな?

[サルゴン老兵] 新米どもだ。そいつらをこっちに連れて来い。

[ヘビーレイン] (また新しい人が来たのですか。)

[ヘビーレイン] (前回から一ヶ月も経っていないのに。)はい。

[アナム] ねぇ。

[アナム] あなたはここにずっと前からいる兵士なの?

[ヘビーレイン] (私よりも年下の子です。)

[ヘビーレイン] はい。

[アナム] この金の星の勲章を見て!

[ヘビーレイン] はい。

[アナム] 私が廃墟で見つけた戦利品なんだ。

[アナム] これあげるから、私がいじめられないように守ってくれる?

[ヘビーレイン] ……

[ヘビーレイン] どうしてですか?

[アナム] え? だってここでは新入りはいつも先輩にいじめられるって聞いたから。

[アナム] でもあなたは他の人とは違う感じがしたの。

[ヘビーレイン] いえ、そうではなくて、どうしてこれを私にくれたのかを聞いたのです。

[ヘビーレイン] これはあなたの物ですから、もらうわけにはいきません。

[ヘビーレイン] それに、私は戦友をいじめたりはしません。

[アナム] ……

[アナム] あなた、変わってるんだね。

[アナム] 私、アナムって言うの。

[ヘビーレイン] ……私はヘビーレインです。

[ヘビーレイン] そろそろ部隊に戻ってください。

鼻につく火薬の匂いと、聞きなれた恐ろしい雄叫びが、遠のいていたヘビーレインの意識を一気に引き戻した。

彼女は本能的に携えている武器に手を伸ばそうとするも、自分の体が柱にがっちり縛られていることに気づいた。

[ヘビーレイン] (くっ……勝手にこんなことするなんて、アナムさんのバカ……)

[ヘビーレイン] (絶対に見つけ出さないと……)

催涙ガスが部屋中に満ちている。

ヘビーレインは大声を出さないよう歯を食いしばる。そして激痛を堪えながら、腕の関節を外し縄から脱出した。

[サルゴン近衛兵] 反乱軍は全員殺せ!

[ヘビーレイン] (とにかく、アナムさんとアビーおじさんを見つけないと。)アナムさん!

[ヘビーレイン] (アナムさん……どこですか?)アビーおじさん!

[サルゴン老兵] (重苦しい呼吸音)フッ……フッ……

[サルゴン老兵] ハハハ、戦友だと?

[サルゴン老兵] そんなのクソ食らえだ! 結局みんなを裏切りやがって!

[ヘビーレイン] (裏切った?)あっ……

[ヘビーレイン] (何を言っているのです……?)傷の手当てをしませんと。

[サルゴン老兵] 寄るな!

[サルゴン老兵] この*サルゴンスラング*! 俺は騙されねぇぞ!

[サルゴン老兵] 俺を殺して手柄を立てるつもりだろ?

[サルゴン老兵] ああ! かかって来いよ!

[ヘビーレイン] (生死を共にしてきた戦友……)

[ヘビーレイン] (それとも、どちらかが死ぬまで戦い続ける敵?)

[サルゴン老兵] 俺はここで死んだとしても、それは栄誉ある死だ! *サルゴンスラング*!

[サルゴン老兵] だがお前は? 仲間を売って生き延びたクズめが。

[ヘビーレイン] (誰かを売ろうだなんて考えたこともないのに……)

[ヘビーレイン] (今は全員に敵だと思われています……)

[サルゴン老兵] お前は栄誉と誓いを盾にしている、臆病者に過ぎないんだよ!

[サルゴン老兵] お前はただ間違いを犯すのが怖いだけ。責められるのを恐れ、悪者になることを怖がっているんだ。

[サルゴン老兵] だけど、それがなんだってんだ! 間違った道を選んだとしても、俺は仲間のためにすべてを投げ出せる! 怖いものなんざねぇよ!

[サルゴン老兵] そもそもよ、兵士に正しいも間違いもあるかよ。

[ヘビーレイン] (私は……)

[サルゴン老兵] さっさとかかって来いよ。俺を殺すんだろ?

[サルゴン老兵] 俺は死んでも仲間たちがいる。それで十分だ!

[サルゴン老兵] だがお前はどうなんだ? 生き延びたとこで何になる?

[サルゴン老兵] ハッ!

[ヘビーレイン] ……あなたの言う通りです。

[アナム] ヘビーレイン、あなたは臆病者なんかじゃない。嘘に縛られているだけだよ。

[アナム] だから今回は、私が代わりにやってあげる。

[ヘビーレイン] (言うことを聞く素直な子でいなさいと、親からいつも言い聞かされていました。)家では一度も悪いことをせず、親が言ういい子でいようと頑張ってきたのに、結局追い出されてしまいました。

[ヘビーレイン] 家計が苦しくて生きていけない──たったそれだけの理由で。

[ヘビーレイン] (この場所では、誓いも道徳も栄誉も全部……)私は全ての人を戦友として扱い、全力でみんなを助け、間違いを犯さないようにしてきたのに……

[ヘビーレイン] (ただの嘘でしかないのでしょうか……)なのに、結局こんなことになってしまいました……

[ヘビーレイン] もし本当にあなたたちの言う通り……あるべき姿も、正解も間違いもないのなら……

[ヘビーレイン] (アナムさんが言っていたように……)私はアナムさんのために……すべての責任を負いましょう。

[ヘビーレイン] 私は彼女を守ります。

[ヘビーレイン] (ごめんなさい。)

[サルゴン老兵] ぐあっ!!

[ヘビーレイン] (盾だけを使えば……)フゥ……

[ヘビーレイン] (命を奪わずに済みます。)

[ヘビーレイン] アナムさん!

[ヘビーレイン] どこにいるんですか!?

[アナム] あんたを捕まえれば、この茶番も終わりだね。

[アナム] そうすれば、生きるチャンスを得られる。

[年配の隊長] 生きるだと? 強欲な奴だな……

[年配の隊長] お前にサルゴンの軍人を名乗る資格はない。

[アナム] サルゴンの軍人?

[アナム] そんなもの、本当に気にする人がいると思う?

[年配の隊長] 死ね。

[ヘビーレイン] (そんな……)アナムさん!

[ヘビーレイン] (どうしてよりによってアビーおじさんなのです?)アビーおじさん……

[アナム] ヘビーレイン!

[アナム] 手を貸して。

[ヘビーレイン] ……

[アビーおじさん] ヘビーレイン、本当にいいんだな?

[ヘビーレイン] (ごめんなさい……)アビーおじさん、私もこんな光景は見たくありませんでした。

[ヘビーレイン] (もし他に選択肢があれば……)ですが、アナムさんは私の友達なんです。だから……

[ヘビーレイン] 彼女を傷つけさせるわけにはいきません。

[アビーおじさん] 友達、か……

[アビーおじさん] ハハハハ! さあ! 見せてみろ!

[ヘビーレイン] なっ!?

[ヘビーレイン] くっ!

[アナム] ヘビーレイン! 危ない!

[アナム] 加勢するよ!

[アビーおじさん] どけっ!

[アナム] キャッ!

[ヘビーレイン] アナムさん!!

[ヘビーレイン] アビーおじさん!!!

[アビーおじさん] 友達のためか……よく言った!

[アビーおじさん] まだだ、ヘビーレイン!

[ヘビーレイン] くっ……!

[アビーおじさん] 防御だけじゃ俺は倒せんぞ。

[アビーおじさん] まだ戸惑っているのか?

[アビーおじさん] 俺という敵から、友達を守るんだろ?

[ヘビーレイン] (最悪の展開は……)

[アナム] ヘビーレイン! くっ、いたっ……

[アナム] あんたたちも援護して!

[アナム] あの反逆者を捕まえるの!

[アビーおじさん] ああ……もう時間がないようだ。

[アビーおじさん] じゃ今回はおじさんの独断でやらせてもらおうか。

[ヘビーレイン] え?

[アビーおじさん] ハッ!

[ヘビーレイン] ぐあっ!!

[アナム] ヘビーレイン!

[アビーおじさん] とどめだ!

[ヘビーレイン] (しまっ――)

[ヘビーレイン] (いや!)うあああああ!

[アビーおじさん] やあっ!!!

振り下ろされる刃に対し、ヘビーレインは盾をぐいっと持ち上げ、全力で受け止めようと身構えた。

だが、視線が盾によって完全に遮られた瞬間……

長年戦場で戦い続けたその兵士は……

刀身をクルリと回転させ……

自分の体に刃を一気に突き刺した。

[ヘビーレイン] どうして!!!!!!!

[ヘビーレイン] いやああ!!!

[ヘビーレイン] アビーおじさん!! どうして!?!?

[ヘビーレイン] なんでこんなことを!?

[アビーおじさん] 俺の刀を持て。

[ヘビーレイン] いや……

[アビーおじさん] 持て! 早く!

[アビーおじさん] 奴らに気づかれてないうちに!

[ヘビーレイン] いや! いやだ!

[ヘビーレイン] 倉庫! 倉庫にまだ薬がある!

[アビーおじさん] *サルゴンスラング*!

[アビーおじさん] *サルゴンスラング*、持てっつってんだろ!

[アビーおじさん] ほれ!

[ヘビーレイン] アビーおじさん……

[アビーおじさん] ヘビーレイン、お前はいい子だ。

[アビーおじさん] 戦友を守り、友達を大切にし、こんな老いぼれのことも気にかけてくれる。

[アビーおじさん] 俺は、嬉しいよ。

[ヘビーレイン] いや……

[アビーおじさん] ゴホッ……みんなを戦友だと思って接せる。私怨を捨てて、誰にでも手を差し伸べてくれる……

[アビーおじさん] お前は、俺たちのような薄情野郎よりずっと立派だよ……だが、な……ゲホッ……

[アビーおじさん] 簡単に縛られんな。自分の道を、しっかり踏みしめろ。

[アビーおじさん] お前がいい子ってことは、おじさんが、ちゃんと分かってる。

[アビーおじさん] だけどな……その優しさってのが、仇になることもあるんだ。

[ヘビーレイン] 分かってます。

[ヘビーレイン] 分かってますよ……

[ヘビーレイン] おじさん……

[アビーおじさん] あまり、自分を責めるな……一人くらい、伝言を預かってくれる奴が……生き残って、くれないとな。

[アビーおじさん] 家を出て、もう随分経つ……俺たち老いぼれも、そろそろ帰る、頃合いだ。

[アビーおじさん] みんなの認識票……ちゃんと預かっててくれ、信じてるぜ、戦友よ……

[アビーおじさん] みんなを……ゴホッ……つれ、て……

[ヘビーレイン] (アビーおじさん!!!!)!!!

[ヘビーレイン] いや!! おじさん!!!

[アナム] クソ……ヘビーレイン……

[サルゴン近衛兵] 離れろ! 他の奴らも散れ!

[サルゴン近衛兵] 今度騒ぎを起こした奴は、その場で処刑だ!

[ヘビーレイン] アナムさんから離れて。でなければ容赦しませんよ!

[ヘビーレイン] アナムさん、怖がらないでくださいね!

[アナム] うん……

[サルゴン近衛兵] いい加減にしろ! これ以上罪を重くする気か?

[サルゴン近衛兵] 小隊0374! お前らは首長を裏切り、軍人の誓いを破った。

[サルゴン近衛兵] これが罪を償う最後のチャンスだぞ!

[サルゴン近衛兵] 今回の任務で、行動をもってお前らの忠誠心を証明しろ。

[アナム] ハァ……生き延びれたって思ったのに。

[アナム] 結局、首長は私たちを見逃す気なんて、さらさらなかったんだ。

[アナム] どうしようか?

[ヘビーレイン] 安心してください。

[ヘビーレイン] 相手が誰であろうと、アナムさんには指一本触れさせません。

[アナム] ……

[ヘビーレイン] (アビーおじさん……)

[ヘビーレイン] (必ずみんなを連れて、故郷へ帰ります。)

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