aklib_story_数字の問題

ページ名:aklib_story_数字の問題

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数字の問題

スノーズントは、自身の人生初の論文が学術誌の編集部に投稿されたことをクロージャから知らされる。しかし、その結果を心待ちにする暇もなく、絶望的な事実を知らされてしまったのだ。


[スノーズント] えっ? もう投稿していただけたんですか?

[クロージャ] うん、今日の朝、印刷した論文をトランスポーターに渡したら、すぐに出発しちゃったよ。まー、雑誌に載るかどうかは査読者の評価次第だね。

[スノーズント] ありがとうございます、クロージャさ――いえ、クロージャ先生!

[クロージャ] ちょっと、先生はやめてよ。君の研究課題の領域に関して、教えられることなんて何もないし。あたしがやったのはせいぜい構想を整える程度のことだからね。

[スノーズント] うぅ……

[スノーズント] ですが、論文を書くこと自体、クロージャさんからの提案じゃないですか!

[クロージャ] だって君みたいな人材が埋もれてるのはもったいないじゃん。

[スノーズント] それにクロージャさんは論文の書き方も指導してくれました!

[クロージャ] 君の人生初の論文だからね。ちょっとくらいアドバイスするのは当然だよ。

[スノーズント] しかも昨日の夜、最後の修正と添削もしてくれました!

[クロージャ] ……

[クロージャ] スノーズントちゃん、それ言われちゃうとあたし――

[クロージャ] (あくび)

[クロージャ] よしっ、これで眠くなくなった。

[スノーズント] え……?

[クロージャ] 君が独学でここまでやってきたことも、ずっと研究に明け暮れてたから、刊行物向けに論文を書いたことがないのも知ってた。

[クロージャ] でもどうしてあたしを論文の筆頭著者にしたのさ? あたしを論文剽窃の犯人に仕立て上げるつもり?

[スノーズント] ちょ、著者の表記順番にそんな意味があるとは知らなかったから、クロージャさんへの感謝を示そうと思って、それで……

[クロージャ] あたしは責任著者だから、名前は君の後ろ! ったくもう!

[スノーズント] ううっ……

[クロージャ] それと文章記号の誤りに小見出しの行間誤り、引用箇所の表記も、ただ参考文献を文末に全部ずらっと並べてあるだけだし……

[クロージャ] もし次の論文も同じような感じだったら、添削費を取るからね! 一文字1000龍門幣で!

[スノーズント] ごめんなさい!

[クロージャ] それとスノーズントちゃん、一つだけどうしても聞きたいことがあるの。どうして……

[クロージャ] (物凄く眠そうなあくび)

[クロージャ] ……手書き原稿なの?

[クロージャ] 今時手書きの原稿を受理してくれる学術誌なんてないよ! 昨日は夜に文字を全部一回打ち直したら、深夜からは君が描いた色んな図をスキャンして印刷データに貼っつけてたんだからね!

[スノーズント] 紙とインクの費用を計算したら、プリントアウトは手書きよりも2龍門幣高かったから……

[クロージャ] (両手で頭を抱える)

[クロージャ] スノーズントちゃん、あたしの記憶が間違ってなければ、確か君の夢は大科学者になることだったよね?

[スノーズント] はい。

[クロージャ] 大科学者になるには、論文をいっぱい発表しなければいけない――そうだよね?

[スノーズント] はい、クロージャさんがそう教えてくれました。

[クロージャ] じゃあ、論文を発表するにはインクと紙以外にもどんな費用がかかるか知ってる?

[スノーズント] えっ、どんな費用ですか?

[クロージャ] 掲載料だよ。

[スノーズント] け、掲載料……そ、それって、いくらくらいですか?

[クロージャ] 刊行物にもよるけど、最低でも四桁はいくかな。

[スノーズント] よよよよ四桁??

[スノーズント] そそそそのお金、どこから捻出すればいいのかちょっと計算してみますね……

[スノーズント] (端末を取り出す)

[スノーズント] (まず、実家への仕送りは絶対に削れないでしょう……)

[スノーズント] (それと研究課題が今三つあって……)

[クロージャ] (大きなあくび)

[クロージャ] まあ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

[スノーズント] (ダメ、研究経費も全然削れない……)

[クロージャ] スノーズントちゃん?

[スノーズント] (こうなったら食費を削るしかないか……うぅっ……)

[クロージャ] もしもーし、聞こえてるー?

[クロージャ] うーん、まあいっか。

[クロージャ] とりあえず、あたしは今から仮眠を取らせてもらうよ。十分後にケルシーとミーティングがあるし。

クロージャはそこら辺にあった本を適当に取ると、顔に被せ椅子に倒れこんだ。すぐに規則正しいいびき音が部屋に響く。

[スノーズント] (掲載料ってどのタイミングで払うのかな……今すぐの支払いじゃなければ、なんとかして捻出できるかも……)

[スノーズント] あ、あの、クロージャさん――

[スノーズント] ……寝てる。

[ジェシカ] あの、スノーズントさん?

[ジェシカ] クロージャさんはお休み中なんですか?

[スノーズント] はい、寝ちゃったみたいです、わたしのせいで……

[ジェシカ] それはスノーズントさんのせいじゃないですよ。

[ジェシカ] 初めてのことに挑戦したんですから、失敗は付き物ですよ。きちんと謝って、次に活かせればいいんだって、わたしもリスカム先輩からいつもそう励まされています。

[スノーズント] はい、ありがとうございます……

[スノーズント] 本当にすみません。無駄足を踏ませちゃった上に、こうして食堂で白湯を飲むのに付き合わせてしまうなんて。

[ジェシカ] 構いませんよ。

[スノーズント] それでジェシカさんは、クロージャさんに何の用だったんですか?

[ジェシカ] 実は通信機に不具合が起きてるのですが、エンジニア部は最近立て込んでいるようで、通常の手続きだと、修理まで三ヶ月待たないといけないんです。

[ジェシカ] それで昨日……メイヤーさんに頼もうと勇気を出してラボ・ルトラまで行ったのですが、メイヤーさんも忙しいようで……

[ジェシカ] だから、ついさっきクロージャさんに相談しようと覚悟を決めて訪ねたのですが……お休み中だったんです。

[スノーズント] それってかなり大問題じゃないですか?

[ジェシカ] それが、時々通信が途切れ気味になるだけで、使用自体に大きな影響があるわけではないんです。修理が数ヶ月先になったのも、優先順位が低いと判断されたからでしょう。

[スノーズント] 中を開けてみましたか? 単純な接触不良であれば、自分で直せるかもしれませんよ。

[ジェシカ] うっかり部品を壊してしまうのが怖くて……

[スノーズント] でしたら、わたしがやってみましょうか?

[ジェシカ] いいんですか?

[スノーズント] もし直せそうになかったら、何もいじらずに元に戻しますので、安心してください。

[ジェシカ] もう修理してくれたんですか?

[スノーズント] 端末の源石回路に使われている小さな金属部品が錆びていたので、交換しておきました。これで通信が途切れ途切れになることはもうないはずです。

[スノーズント] はい、どうぞ!

[ジェシカ] すごい……試してみますね。

[ジェシカ] ……

[ジェシカ] あっ。

[スノーズント] どうしたんですか?

[ジェシカ] 誰に連絡したらいいのか分からなくて……用もなく通話をかけるなんて、相手の迷惑になっちゃいませんか……?

[スノーズント] うーん……でしたら、手あたり次第にかけてみるというのは?

[ジェシカ] が、頑張ってみます。

[ジェシカ] あっ……リスカム先輩ですか?

[ジェシカ] はい……端末が直ったので……

[ジェシカ] 今のところは全く途切れていません……ザザッというノイズもないです……

[ジェシカ] はい、これでやっとフランカ先輩が真面目な話をしているのか、冗談を言っているのか、ちゃんと聞き分けられます……

[ジェシカ] はい!

[ジェシカ] 分かりました! 失礼します!

[ジェシカ] 本当に助かりました、スノーズントさん。それで、いくらお支払いすればいいんですか?

[スノーズント] え、払うって……お金をですか?

[スノーズント] そんなのいらないですよ。たったの部品一つのことですし、その部品だって買ったのではなく、エンジニア部からもらってきただけですので……

[ジェシカ] 部品とスノーズントさんの労力は別の問題です。

[ジェシカ] 先程リスカム先輩も端末の修理を頼みたいと言っていましたし、同じ考えの人は他にもたくさんいるかもしれません。そうなったら、毎回自腹で部品代を出すわけにはいかないでしょう。

[ジェシカ] お金を取るのは当然の権利だと、わたしは思います。

[スノーズント] (たくさんの人から……修理を頼まれる……お金を取るのは……当然の権利……)

[スノーズント] (掲載料!!)

[スノーズント] そ、それじゃあ……お言葉に甘えちゃいますよ?

[ジェシカ] はい。

[スノーズント] (深呼吸)

[スノーズント] でしたら……20龍門幣でどうでしょうか……?

[ジェシカ] 20龍門幣??

[ジェシカ] だけど掲載料は最低でも四桁かかるんですよね?

[スノーズント] 20龍門幣が少ないのは分かっています。ですが、薄利多売こそビジネスの正攻法です。価格を高く設定しすぎると、誰も依頼したがらないので……

[スノーズント] だから、20龍門幣で十分なんです。

[スノーズント] ふぅ……これでよしっと。

[スノーズント] えーとタグは……

[スノーズント] この二つはリスカムさんとクルースさんの端末。

[スノーズント] それとバニラさんのペット用ウォーターサーバーとジュナー教官の電卓。

[スノーズント] あと昨日ジェシカさんから頼まれた端末を合わせれば、依頼数は全部で五件。

[スノーズント] つまり20龍門幣かける5だから、一日で100龍門幣か……いい感じのペースだよね?

[スノーズント] 四桁の掲載料……仮に5000龍門幣だとすれば……現時点では――

[スノーズント] 五十分の一稼いだのか……

[スノーズント] もっと頑張らなきゃ。

[スノーズント] でもどうして一斉に端末が同じ不具合を起こしたのかな?

[スノーズント] わたしの端末はなんともないのに、不思議だなあ。

[スノーズント] はーい、開いているのでどうぞ。

[ジェシカ] 失礼します、ジェシカです。

[スノーズント] あっ、ジェシカさん! ちょうどさっき修理が全部終わったところなので、こちらお渡ししちゃいますね。

[ジェシカ] ありがとうございます!

[ジェシカ] では、これがみなさんから預かってきたお金です。全部で100龍門幣あります。

[スノーズント] えっ、支払いは動作確認をしてからの方がいいのでは……

[ジェシカ] いえいえ、この程度の修理、スノーズントさんほどの方に依頼すること自体、役不足だってジュナ―教官が言っていたんですから。

[スノーズント] えっ、ジュナー教官がそんなことを! 今度会った時にお礼を伝えておいてください。

[スノーズント] お代はありがたく頂戴しますね。

[スノーズント] そういえばジェシカさん、どうしてどの端末も同じ部品が原因で不具合が起きたのでしょうか? 通信機の設計に何か問題がある可能性はないですか?

[ジェシカ] リスカム先輩が言うには、性能と引き換えに品質をある程度犠牲にしているらしく、それで源石回路に錆びやすい素材が使われているようです……

[ジェシカ] 恐らくそれがスノーズントさんの言う金属部品のことかと。

[ジェシカ] 通常の環境でなら製品寿命までは問題なく使用できるのですが、外勤の多いオペレーターは高温多湿の環境で業務を行うことも多いため、端末の損傷が早まってしまうのだそうです。

[スノーズント] その金属部品を使わない方法はないのですか?

[ジェシカ] 分かりません……クロージャさんですら解決できなかった問題ですので。

[スノーズント] うーん……

[ジェシカ] そうだ、ジュナー教官から伝言を預かっていたんでした。

[ジェシカ] ウォーターサーバーや電卓の類はそのまま修理していただいても大丈夫ですが、端末のような統一して支給されている備品は、エンジニア部で一斉メンテナンスをしてもらった方がいいとのことです。

[スノーズント] どうしてですか?

[ジェシカ] エンジニア部の許可なしでの備品のメンテナンスは、原則として認められていないからです。個人でやられると部品にバラつきが出てしまい、今後のメンテナンスコストが上がってしまうんだとか。

[スノーズント] そんな……ど、どうしましょう? ジュナー教官のところに行って……

[ジェシカ] 落ち着いてください。

[ジェシカ] ジュナー教官は最後にこう言っていました。スノーズントさんの事情とエンジニア部で山積みになっている依頼を考慮して、今回の件は目をつぶってくれると。

[ジェシカ] 教官はただこのことを伝えたかっただけで、後のことはスノーズントさんの考え次第です。

[スノーズント] (ほっと息をつく)

[ジェシカ] では、また端末の修理依頼が来たら、引き受けてくれますか?

[スノーズント] それは……

[スノーズント] 考えておきます。

[スノーズント] オーキッドさんの万年筆、20龍門幣。

[スノーズント] ハイビスカスさんの料理マシン、20龍門幣。

[スノーズント] エイプリルさんの音楽プレイヤー、20龍門幣――いや、ボタンの部品代が2龍門幣で、本人も気付いてなかったむき出しのイヤホンコードの部品代が1龍門幣だったから、やっぱり17龍門幣で。

[スノーズント] ドゥリンさんの爪切りは……

[スノーズント] バラバラになった爪切りを組み立てるのに、スキルなんて全くいらないし、やっぱりお金はいいや。

[スノーズント] 全部合わせると……今週の稼ぎは57龍門幣か……

[スノーズント] こんな調子じゃ、5000龍門幣貯まるのはいつのことになるんだろう……

[スノーズント] 掲載料ってそんなに待ってくれるのかな?

スノーズントは椅子の背もたれに体を預ける。その視線は無意識のうちに、デスクに置かれた修理待ちの端末八個に向けられた。

[スノーズント] あれを全部直したら160龍門幣……!

[スノーズント] ……ってダメダメ! エンジニア部の規定を知らなかったのならまだ仕方ないかもだけど、知った上でやるのは絶対にダメ。

[スノーズント] でも掲載料が……

[スノーズント] ううっ……大科学者の夢への第一歩をお金の理由であきらめるのなんていやだよ……

[スノーズント] そうだ! いっそのこと、源石回路の構造ごと交換して、金属部品を使わない方法を探してみるのはどうだろう。それなら規定違反にはならないよね?

[スノーズント] でも、クロージャさんにもできなかったことを、わたしにできるはずないか……

[スノーズント] ……

[スノーズント] ダメ、掲載料のためにも、やるだけやってみなきゃ。

[スノーズント] みんなの端末は一旦今まで通りの方法で修理して、源石回路のテストは自分の端末を使おう。

[スノーズント] 頑張れ、スノーズント! 論文発表のために! 大科学者になるために! 一日三食のスイーツのために! あなたならきっと成し遂げられる!!

[スノーズント] 仕事……課題……端末の修理……全部終わった……

[スノーズント] もう1時か。

[スノーズント] 寝るのはもう少し後にして、まずは端末内部の源石回路の接続方法を確認してみよう……

[スノーズント] まだ10時半なのにもう手が空いた。今日は運がいいな。

[スノーズント] 回路図を見てみよっと。

[スノーズント] この接続方法は失敗っと……こっちも失敗……

[スノーズント] はぁ……端末の源石回路だけで何週間もかかっちゃった。

[スノーズント] でも、これを使えば――

[スノーズント] あっ! 今日の課題、まだ終わってないんだった。先にそっちをやらないと……

[スノーズント] ふぁ~あ……

[スノーズント] この接続方法ならイケる……そんな予感がするの。

[スノーズント] よし、今夜は徹夜で頑張ろう!

[ジェシカ] えっ? 修理した端末をもう一度メンテナンスするから回収してほしいって、どういうことですか?

[スノーズント] あの錆びやすい金属部品を使わずに済む新しい源石回路の接続方法をみつけたんです。

[ジェシカ] 本当ですか?

[ジェシカ] それってクロージャさんにすらできなかったことですよ!

[スノーズント] そういわれると、確かに……そうかも?

[ジェシカ] えっと、スノーズントさんに端末の修理を依頼したのは確か……

[スノーズント] あっ、依頼は全て帳簿をつけてありますから、それを確認していただければ大丈夫ですよ。

[ジェシカ] わたし、リスカム先輩、クルースさん……

[ジェシカ] そうだ、今回は端末のバージョンアップみたいなものですし、さすがにもう20龍門幣というわけにはいきませんよね?

[スノーズント] はい、これはわたしが自分の判断でやることなので、お金なんて取れないですよ。

[ジェシカ] ……へ?

[???] ふ~ん、スノーズントちゃん、なかなか意識が高いじゃん。

[スノーズント] えへへ……

[ジェシカ] わたしはそうは思いません。スノーズントさんはみなさんの端末のためにこれだけの時間をかけたのに、一銭も取らないなんてさすがに――

[ジェシカ] ク、ク、クロージャさん!?

[クロージャ] まさかタイミング良く裏取引の現場を目撃しちゃうなんてね。

[クロージャ] ジェシカちゃん、君は先に宿舎に戻ってて。まずは主犯の処遇を決めてから、共犯者である君と話をつけに行くから。

[ジェシカ] は、はい……

[クロージャ] スノーズントちゃん?

[スノーズント] ……

[クロージャ] びっくりして固まっちゃった?

[スノーズント] ……い、いえ。

[クロージャ] じゃあ中で話そっか。

[クロージャ] ドア、閉めて。

[スノーズント] はい……

[クロージャ] まず確認したいんだけど、普段の業務と抱えている課題の進捗はどんな状況? 修理屋の仕事でどれくらいの遅れが出てるの?

[スノーズント] そ、それは大丈夫です! 業務は全て通常通り終わらせてますし、課題も予定通りに進行中です!

[クロージャ] ほんと? えっ、毎日何時に寝てるの?

[スノーズント] えーと……午前3時とか、4時くらいですかね。

[クロージャ] ……

[クロージャ] コホンッ、話題を変えよう。

[クロージャ] その怯えようじゃ、勝手に修理屋を開くことがどんなリスクをもたらすのか、よーく分かっているみたいだね。

[スノーズント] はい……

[クロージャ] 言ってごらん。

[スノーズント] 統一して支給された備品を勝手に修理することは、エンジニア部のメンテナンスコストの増加に繋がる可能性があります……

[クロージャ] うんうん、よく分かってるじゃん。誰に聞いたの? ジェシカちゃんかな?

[スノーズント] ジュナー教官です。

[クロージャ] ジュナー?

[スノーズント] (コクリ)

[クロージャ] やっぱり古参はよく分かってる……

[クロージャ] って待て待て、君に教えただけで、止めもしなければあたしに報告もしなかったってこと?

[クロージャ] オッケー、話をつけなきゃいけない相手がまた一人増えたよ。

[スノーズント] ジュナー教官は関係ありません! 全部私が勝手にやったことです……

[クロージャ] 他人のことを心配してる場合?

[クロージャ] エンジニア部はもう大量のオーダーに依頼でパンク状態なんだよ。もしかしたら、今回の端末メンテナンスの件がとどめの一撃になっちゃうかもしれないの。ことの重大さ、ちゃんと分かってる?

[クロージャ] 端末の金属部品はね、同じロットのものを使っていて、多少は前後するけど大体同じ時期に壊れる計算なの。エンジニア部は今なんとかスケジュールを調節して、一斉交換する予定を立ててるんだよ。

[クロージャ] 勝手なことをされて、修理されたものとないものが出てきたら、修理済みかどうか調べる余計な工程が必要になっちゃうでしょ。

[スノーズント] えと……帳簿をつけてあるので、誰の端末が修理済みなのかはすぐに分かります……

[クロージャ] それは知ってる。

[クロージャ] でも帳簿があったとしても、交換した金属部品が同じロットであると保証できるわけ?

[スノーズント] できません……

[クロージャ] つまり今後のメンテナンスのことを考えて、エンジニア部は結局、君が修理した端末をもう一度修理しなきゃいけないの。それって資源の無駄でしょ!

[クロージャ] 今回は金属部品十数個のことだからまだよかったけど、気付くのが遅くなってたらもっと大事になってたかもしれないんだよ!

[スノーズント] 分かってます……本当にごめんなさい……

[クロージャ] (思いっきり厳しく説教してやろうと思ってたのに、こんな風に素直に謝られたら拍子抜けしちゃうな……)

[クロージャ] コホンッ。

[クロージャ] とにかく! スノーズントちゃんの修理屋は本日をもって無期限営業停止! これはエンジニア部の責任者としての通達だよ。

[スノーズント] はい、分かりました……

[スノーズント] ぐすっ……うぅっ……

[クロージャ] (ヤバい、泣いちゃったよ……ちょっと言い過ぎたかな?)

[クロージャ] ほら、泣かないで。

[スノーズント] (鼻をすする)

[クロージャ] そもそもどうして急に修理屋なんて開こうと思ったの?

[スノーズント] 掲載料を払うお金がないから……

[クロージャ] 掲載料?

[クロージャ] いやいや、それは前に言ったじゃ――

[クロージャ] あっ、言ってなかったかも。

[クロージャ] (ダメダメ、いくら可哀そうでも、今回のことはしっかり反省してもらわなきゃ。すぐに折れて優しくしちゃダメ!)

[クロージャ] とにかく、もう二度目はないからね。

[クロージャ] 帳簿を貸して。一体いくら稼いだのか見せてよ。

[クロージャ] 純利益たったの1000龍門幣?

[クロージャ] 材料費も自腹だし、頼まれてない部分の修理までやってるの?

[クロージャ] しかも無料修理までしてる!!

[クロージャ] 最終的に、百件近い修理依頼を受けてるのに、一件につき10龍門幣ちょっとしか稼いでないの!?

[スノーズント] 薄利多売を心掛けて、修理費は一律20龍門幣に設定してるんです……

[クロージャ] 薄利多売にも限度ってもんがあるでしょ!

[クロージャ] あたしなんか、この前ドクターの電気ケトルの電源コードを交換した時、ドクターが書類の処理に追われてる隙を狙って50龍門幣も請求したんだからね!

[スノーズント] えっ?

[スノーズント] 電気ケトルの電源コードってそんなに高くないですよね? それに新しいコードを買ってきて挿し込むだけじゃないですか。

[クロージャ] コホン、い、今のはただの例だよ。

[クロージャ] 確かに電気ケトルのコードに50龍門幣を取るのはちょっと高いかもしれないけど、君が修理してるのは端末だよ!

[クロージャ] 端末のような精密機器を修理するには、専門の工具で分解しなきゃいけないし、部品を交換する時にも細心の注意を払う必要があるんだから、50~60龍門幣くらい取るのは当たり前だよ!

[クロージャ] ふぅ……ところで、君の論文はほぼ受理されたよ。ちょっとだけ修正すれば発表できるってさ。

[クロージャ] さっきだって、君に査読者のコメントを渡しに行ってたんだよ。そしたら、君が宿舎の入り口前で修理屋を開いてる場面を見ちゃったからさあ。

[スノーズント] ク、クロージャさん……今、なんておっしゃいました? わたしの論文……あと少し修正すれば発表できるって……

[スノーズント] 夢じゃないですよね?

[クロージャ] さあね。どう思う?

[クロージャ] それだけじゃないよ。もう一ついいニュースがあるんだ――

[クロージャ] (小声)初めに言わなきゃいけないことだったけど、今教えても遅くないよね。

[クロージャ] 実は掲載料もね、スノーズントちゃんが払う必要はないんだよ。

[スノーズント] えっ、い、い、いまなんと?

[クロージャ] あたしは君の責任著者。ロドスは君の職場。なら掲載料は当然経費として申請できるから、お金の心配はいらないよ。

[スノーズント] !?

[スノーズント] やっぱり、ほっぺたをつねって確認しなきゃ……

[スノーズント] いたっ!

[スノーズント] ……

[スノーズント] やったぁーー!!

[スノーズント] うれしいです、クロージャさん! わたしの論文が本当に発表されるなんて!

[スノーズント] うぅ……やっと、発表されるんですね……わたしの論文が……

[クロージャ] 落ち着いた?

[スノーズント] (目をこする)

[スノーズント] はい!

[クロージャ] 掲載料は元々2000龍門幣なんだけど、君のために特別支援措置を申請しておいたから、1500龍門幣支払えば大丈夫。

[クロージャ] そしてこの1500龍門幣もロドスが代わりに払うから、もう毎日徹夜して修理屋をやるのはやめなよね。

[スノーズント] それって……

[スノーズント] ふと思ったんですけど、それって結局ロドスがわたしの代わりに掲載料を払ってくれてるってことですよね?

[クロージャ] そうだよ。それがどうしたの?

[スノーズント] それは……なんだか……

[スノーズント] ……

[クロージャ] なんだか?

[スノーズント] わたし、決めました……

[スノーズント] もしかしたら、掲載料はやっぱり……

[スノーズント] 自分で払った方が……いいと思うんです……

[スノーズント] ロドスにもクロージャさんにも、普段からすごく親切にしてもらっているのに、今回の件でたくさん迷惑をおかけしてしまいました。なのに、その上お金を払っていただくなんてできません……

[クロージャ] それは素晴らしい心意気だとは思うけどさ、まだ500龍門幣足りないじゃん。

[スノーズント] 足りない分は、引き続き修理屋で稼げば……

[クロージャ] はぁ!?

[スノーズント] いえ! もう絶対に支給された備品には触りませんから! 万年筆とかウォーターサーバーとかしか修理しません!

[スノーズント] ごめんなさい! せっかくクロージャさんが今回のことを大目に見てくれたのに、本当にごめんなさいです!

[スノーズント] ですが、人様からただでもらったお金で掲載料を払ったりしたら、わたし、きっと申し訳なくって夜も眠れなくなっちゃうと思うんです!

[クロージャ] ……

[クロージャ] スノーズントちゃん、本気なんだね?

[スノーズント] っ――

[スノーズント] (深呼吸)

[スノーズント] はい、わたし本気です。

[クロージャ] 普段の業務と課題に遅れが出ない保証は?

[スノーズント] できます!

[クロージャ] 端末の修理が無くなっちゃえば、仕事が来なくなるかもよ?

[スノーズント] 大丈夫です。

[クロージャ] ほんとに?

[スノーズント] 修理が必要なものは絶対にあるはずです! な、なければ、わたし皆さんにお伺いしにいきます!

[クロージャ] (苦笑い)

[クロージャ] だったら好きにしな。

[スノーズント] それって……修理屋を続けてもいいってことですか?

[クロージャ] 何その確認? まさか考え直してほしいの?

[スノーズント] 違います違います! クロージャさん、ありがとうございます!

[クロージャ] ちゃんと値上げするんだよ。20龍門幣とか、あたしまで損した気分になっちゃう。

[スノーズント] はい!

[クロージャ] それと、日付け変わる前にちゃんとベッドに入ること。

[スノーズント] それはちょっと……

[クロージャ] これについては交渉の余地はなし! 他の人が夜更かしで体調を崩したら病気休暇を承認するけど、君の場合は……お給料を引いちゃうからね!

[スノーズント] わっ! 分かりました!

[クロージャ] あと、ジェシカちゃんとの会話で聞こえたんだけど、あの金属部品をなくす方法を見つけたんだって?

[スノーズント] はい。

[クロージャ] 図面はあるよね? 見せて。

[クロージャ] うん……

[クロージャ] ほんとにいけそうだね。

[クロージャ] この図面、ちょっと改良したいからさ、持ち帰ってもっとじっくり見させてよ。何事もなければ、エンジニア部の端末一斉アップデート作業は君に任せるからさ。

[スノーズント] えっ? わたしに……ですか?

[クロージャ] 君の発想に、君の図面。しかもそれを徹夜して仕上げたのも君なんだから、任せるのは当然でしょ?

[クロージャ] それに、このアイディアすっごく斬新だしさー、仕事が一段落ついたらもうちょっと研究を展開させてみなよ。もしかしたら、二本目の論文のヒントになるかもしれないしね。

[スノーズント] に、二本目の論文!?

[スノーズント] ですがクロージャさん、一本目もまだ発表されていないのに、もう二本目のことを考えるなんて、本当にいいんですか?

[クロージャ] 何がいけないのさ? 能力の高い人はたくさん働く分、いっぱい見返りをもらうもんだよ。

[クロージャ] さて、話も終わったし、ジェシカちゃんとお祝いでもしてきなよ。あたしはこれからミーティングがあるから、もう行かなきゃ。

[クロージャ] おっと、忘れるとこだった。はいこれ、査読者からの手紙!

[クロージャ] じゃあね~!

原稿採用のお知らせ

スノーズント様:

本誌にご寄稿いただきました論文原稿(No.011224)は一次審査を通過しました。同時にいくつかの修正が必要であることをお知らせいたします。

査読コメントを同封しておりますので、期限内に修正済みの原稿を本誌編集部までご提出をお願いいたします。その他ご不明な点がございましたら、お気軽に本誌編集部までお問合せください。日頃より学術研究にご尽力いただき、感謝を申し上げます。

『龍門エンジニアリング』編集部

査読評を同封しておりますので、期限内に修正済みの原稿を本誌編集部までご提出をお願いいたします。その他ご不明な点がございましたら、お気軽に本誌編集部までお問合せください。日頃より学術研究にご尽力いただき、感謝を申し上げます。

......

............

..................

総評:

本論文において不足している点は明白である。

例えば著者は、本領域における最新の研究成果への理解が不十分であり、理論の導出において「車輪の再発明」の問題が随所に表れていること、そして実証実験と机上での論証にこだわり過ぎているせいで、本領域における新たな技術的手段の応用を無視してしまっていることなどが挙げられる。

しかしながら、著者の独自性や、問題点を敏感に察知する能力、また論証の過程における真面目で丁寧な姿勢は、称賛に値する。

そして何より、著者は常人をはるかに超えたその根気強さと勤勉さにより、上述した諸問題を克服し、我々に深い印象を与えた。

著者がこの貴重な勤勉さを保ち続け、学術の道を遠くまで歩み続けられること、心より期待する。

著者による次の寄稿を期待している。

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