aklib_story_画中人_WR-8_夢幻_戦闘後

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画中人_WR-8_夢幻_戦闘後

十年も絵巻の中を渡り歩いたサガは、朦朧とした夢が醒めるようについに「シー」の真実の姿を目にする。


[サガ] ……

[サガ] ……

[サガ] …………

明鏡止水。

その齢でそれに至るか。

白光は煙と消え、心思は寂滅する。あらゆるものが、その身体から遠ざかる。

最後に、平穏な心の泉に感情が再び浮かび上がる――

――それは悲哀か?

[サガ] 先生! お邪魔致す!

[講談師] 夢から醒めたか……どれほどの時を過ごした?

[サガ] 拙僧、梅の花が咲き散りゆくのを十度、見申した。

[講談師] 私が筆を持たず、絵の世に変化が訪れなければ、花の咲き散る様子など見られぬはずだが。

[サガ] 実を言うと、拙僧はあの天岳の絵巻に入ってから、日にちを指折り数えておりましたゆえ。おおよそそれくらいの歳月でありました。

[講談師] ……となると、十年?

[講談師] 私の絵の中に、十年もいたと?

[サガ] 大きくは違わぬはずです。

[講談師] 一介の客僧が、私の下で十年もの歳月を無駄にしたというのか? 何故そのような苦行を?

[サガ] ああ、壮大な夢でした。食には困らず、凡俗に乱されることなく、天災に逃げ惑う必要も、感染を恐れる必要もない……実のところ、拙僧はとても良い心地でした。

[講談師] ……そうだとしても……十年もの夢を見たのだ。

[講談師] それほど長い間、初心を保ち続けられる人間は少ない。自分が何者かすらも綺麗さっぱり忘れて、永遠に絵巻の中に留まる者も多い。

[サガ] むう、それは恐ろしき事。

[講談師] お前の目には恐れが見えぬが。

[サガ] 先生は心優しき御方。そういった者たちの意識が消滅しかかれば、彼らを起こすのでございましょう?

[講談師] なに? 何故そう思う?

[サガ] 天岳山頂で釣りをする老爺、不帰(かえらず)湖の湖畔で機織りをする老婆、無界原で矛を掲げる将官、龍門旅館の女店主……それと婆山町の講談師――先生は、幾度も拙僧に忠告をしてくださった。

[サガ] それは拙僧が、あたかも時を忘れ、幾度起こされても気付かぬふりをしていたからであろう。拙僧は謝らねばならぬ。生きた人間を一人、絵の中で世話するのは、大変なお手間であったでしょう?

[講談師] 心配せずともよい。お前が山に入った時は秋風が吹く頃だったが、今はまだ立冬を迎えたばかりだ。夢は長いようで、一瞬だ。

[サガ] おお! 拙僧はここで長く怠けていたことで責められはしないかと密かに心配しておったのです。現世ではほんの少しの時間しか過ぎておらぬとは……安心し申した。

[講談師] お前は天岳で自身の置かれている状況を悟ったな? 全ては絵だと分かっていて、どうして無為に時を過ごしたのだ?

[サガ] 拙僧は夕娥が月に昇った真相が、ずっと腑に落ちませんでした……狂人が自分の力だけで天空より愛を奪い返そうと考えた。そのように愚かな話であれば、彼女を惜しむ人など誰もおりませぬ。

[講談師] ほう……ならば、夕娥の運命ですら、私があえてそう描いたからというだけのもの――つまりは「偽」のものであると言ったら?

[サガ] 各国の伝説、名著、典籍、神話には、「偽」のものや、質素な生活と無縁のものはいくらでもありましょう。その「偽」の一字のみを取り上げて、それらの意義を否定する必要はあるのでしょうか?

[サガ] 拙僧は、それは違うと思いまする。

[講談師] お前はまことの奇人だな。

[サガ] 奇人という言葉には、変わり者という以外に奇才という意味もございまする。先生、それは褒めすぎでござりましょう。

[講談師] ……ふ。

[講談師] あの頃のお前の師匠とそっくりだ。年は若く活力に溢れ、赤子のごとき、澄み切った心を持っている。

[講談師] いいだろう、お前の師匠に免じ……加えて私の暇つぶしに、ほんの少しの歳月付き合ってもらった礼だ。私に会うことを許そう。

[サガ] ん、会うとは?

[講談師] はは。本当に自力で扉を開けて、目覚めたと思っていたのか?

[サガ] ……! もしや拙僧は今もなお絵の中に?

[講談師] 気を落とすことはない、何ら不思議ではなかろう。

[講談師] もしも本当に容易く破られてしまったなら、私の面子が立たないではないか。

[講談師] よし。

[講談師] 目覚めなさい――

星は点雪に覆われ、月は晦明に隠る。

[シー] ……目が覚めた?

[サガ] あ……

[シー] 起きなさい。床に大の字になって、見苦しいわよ。

[サガ] あっ……! 承知いたした……

[サガ] …………

[シー] どうしたの?

[サガ] いえ……拙僧は……先生の正体が、このようなお姿だとは思ってもみなかったゆえ……

[シー] ふっ。

[シー] さあ、聞きたいことを聞くといいわ。

[サガ] 拙僧は……拙僧は……

[サガ] 拙僧は百余の絵巻を旅し、先生の人生の半分は拝見したであろうと考えていましたが、それがまさか……先生が描いた絵のほんの一部でしかなく、まだまだ語るに足らないものであるとは……

[シー] 誤った考えに固執し、最後には自ら望んで絵の中で死を選ぶ愚か者もいなくはないわ。

[サガ] 分かる気がします……

[シー] だけど、そういうことが聞きたいわけじゃないでしょう?

[サガ] あ、はい。驚きのあまり大事なことを聞きそびれるところでした。申し訳ござりません。

[サガ] 先生、拙僧は住職様の部屋の屋根裏で『拙山尽起図』を見たことがございまする。当時、その中に真意があることは分かりましたが、それが何かは理解できませんでした。

[サガ] 住職様にも尋ねましたが、山を下りて答えを探すよう言われただけでした。拙僧は俗世に下って、各地を放浪し、少々考えが浮かんだものの、まさにこの俗世によって、迷いは強くなるばかりでした。

[サガ] ですが幸いにも先生にお会いできました。なにとぞ拙僧に――

[シー] 多少なりとも考えが浮かんだのなら、どうしてまだ問う必要があるのかしら?

[サガ] 長短を補い合い、漏れがあれば繕うため、とでも申せば良いでしょうか。拙僧はやはりあの絵の真意が理解できません。なぜ滝を一筆で跳ね上げて完成とし、数寸の余白を残したのですか?

[シー] あなたはどう考えてるの?

[サガ] ――拙山尽起とは、絵巻の天地が無限に広がるといった意味と考えました。滝の最後の一筆を天まで届かせ、余白を残したのは、それにより絵巻に収まり切らぬ山河を表しているのではないかと……

[シー] …………

[サガ] ですが、あくまでこれは拙僧の勝手な憶測に過ぎませぬ。先生、勿体ぶらずに教えてくだされ。拙僧、恥じ入るばかりでござる。

[シー] どういう意味かは、見る人自身の解釈に拠るのよ。

[シー] だけど、たったこれだけのために……あなたはそこまで考え抜いてきたの?

[サガ] 人生とは、何かの答えを求め続ける旅にありまする。

[サガ] しかし、この小さな心のわだかまりのおかげで、拙僧は運良く先生の山水絵巻の中で視野を広げることができたのですから、良いことではござりませぬか?

[シー] ……それもそうね。

[シー] だけど、あなたが疑問を抱いたあの絵は、ただ気分で描き始めて、気分で描き終わりを決めただけ。最後の一筆があれで終わってるのは、それだけの理由よ。

[サガ] へっ?

[シー] 当時、あそこまで描いて筆が止まり、そのまま放っておいた。後で見ると、そのあるがままの様子にとても味わいがあると思ったの。それで適当な名前を付けて、あのとぼけた修行僧にあげたのよ。

[サガ] お――

[サガ] ――思い至りませんでした、まさかそういうことだったとは!

[シー] がっかりした?

[シー] 絵の中で無駄な歳月を重ねて、得られたものがこんなにも味気ない答えだなんて――

[サガ] そんなことはござらん! 絵巻の中における遊歴で、拙僧は多くの学びを得ました。先生の回答も、非常に興味深いものでござった!

[サガ] 興起ちて筆を振るい、興収まりて筆を止める……拙僧は全ての物事には当然意味があると思っていました。そして時が過ぎ行くと共に一層深みにはまり、その考えから抜け出せなくなっておりました。

[サガ] そうだ、その通りだ。どうしてその真意に悩む必要があろうか……もしたった一つの答えしかないのならば、あれこれと色んな答えを考えて何の意味がある?

[サガ] 住職様から教わった、「本来無一物、何れの処にか塵埃を惹かん」という言葉――何も無いところに埃など寄り付かぬという考えに近いのではなかろうか?

[シー] ……ふっ。

[シー] 人には皆、それぞれ別の考えや解釈がある……それを理解した上で自己満足するのは、何も悪いことではないわ。

[サガ] ああ……先生のお教え、拙僧は心に刻みまする。

[シー] あの日あなたのとぼけた師匠に絵をあげた時、絵の意図を訊かれて私は『拙山尽』とだけ伝えた。それからあれを『拙山尽起図』という名前にしたのは、あなたの師匠なの。

[サガ] 『拙山尽』とは、「古拙な山が尽き途絶える」といった意味でありましょうか? となれば「起」とはつまり……?

[シー] あなたの師匠が当時、何を見たか知ってる?

[サガ] 先生と一緒に、美しい山河を見たのでは?

[シー] 違うわ。

[サガ] うおっ!?

[サガ] せ、拙僧はまた絵の中に……?

[サガ] あ、よもやこれは住職様が当時見た――

[サガ] ――――

[サガ] あれは……住職様?

[シー] そうよ。

[シー] 彼は擦り切れた両足を引きずって、飢えによる目眩と戦いながら、餓死者で溢れる荒れ地を三日三晩歩いた……

[シー] そして、二千二十四回もの心からの祈りを捧げたのよ。自分の生死など考えもしなかった。只々、悲しみとやりきれない気持ちで一杯だった。

[サガ] 先生は……ここで再び住職様をお救いになったのですか?

[シー] 苦潭江で一度救ったきりよ。この時は手助けしていないわ。

[シー] 想像してご覧なさい。

[シー] この若さでこんなにも悲惨な光景を見た修行僧が、どうやってあなたの記憶の中の穏やかで慈悲深い住職様になったのか。

[シー] そして、なぜあの絵に「起」という字を付け足したのか。

[サガ] 住職様……

……いたるところが難民で溢れかえっていた。

見、聞き、語られることの全てが、惨劇だった。

昔日の若き極東の僧侶は、一歩歩いては足を止め、念仏を唱えた。

ここでの時間は、水溜まりの如く淀んでいた。

[サガ] サガという名前は、拙僧が山を下りることになった際に、住職様がくださったのです。

[シー] ……そう。

[シー] あの経験あってか、彼は人の世の過酷さを見ても心を折らず、天岳の崩壊を前にしても顔色を変えなかった。

[シー] それから極東に戻って、身寄りのない子供たちを引き取り、山中に寺を建て、あなたの知る住職様になったのよ。

[シー] なかなかできることじゃないわ。

[サガ] あの絵に、「山河は未だ尽きず」という意味を付けたのは、住職様であったとは……

[サガ] ……うむ、その方が断然良い! 拙僧、住職様に替わってもう一度この大地の風景を見て回ろうと思いまする!

[シー] ふっ、好きにしてちょうだい。

[シー] あなたの心のわだかまりが解決したのなら、ここを離れなさい。

[サガ] お、お待ちくだされ、先生!

[サガ] それは拙僧が元々抱いていた疑問に過ぎませぬ。絵巻の中を放浪して十年……溜めてきた思いを問いかけねば、すっきり致しません!

[シー] ……いいわ。

[シー] だけどあと一つで最後にして。くどいのは好きじゃないの。

[サガ] 絵の中の人――画中人は、はたして「真」か「偽」か……一体どちらでござりましょうか?

[シー] ……面白い質問ね。絵の中の人間だと知りながら、わざわざ真偽を問う必要があるのかしら?

[サガ] 拙僧はつまらぬ経文を聞くと居眠りをするような人間ですが、それでもぼんやりと、「真を求める」という言葉は覚えております……しかし、絵巻の中を数年彷徨ってもなお、分からないのです。

[サガ] お教えください先生。真とは何でござりましょう?

[シー] 真、ね……

[シー] あなたが絵の中の人間を見るとき、自分自身は「真」の人で、彼らを「偽」の人として見ているから、その「偽」の彼らが歩む人生を楽観的に見ていられる。

[シー] じゃあ私たちも絵の中の人間に過ぎず、ある日突然、雲散霧消してしまう存在だったとしたら、あなたは平然としていられるかしら?

[サガ] 人は皆、いつかは死にます。どうしてそのために思い悩まなければならないのでしょう? 今現在の拙僧の本心を語れば、死とは当然のもので、自由自在で、いささかの恐れもござりませぬ。

[シー] 人は自由であるとは限らないわ。私が描いてきた真偽は、すべて自分に対する問いなの。

[サガ] いえ、人は生まれながらに自由であるべきです。

[シー] 違うわ。あなたも私も皆、画中人なのよ。

[サガ] …………

[シー] 自分のことをわかったつもりになっていて、その実自分が何者かは理解していない。だとしたら、その自分は真と言えるの?

[シー] 翻って、何が真で何が偽か……あなたは本当に線引きができるの?

[シー] できないなら、それを真面目に考える必要がある?

[サガ] 先生はまさか……今もまだ、拙僧が絵の中にいるとおっしゃりたいのですか?

[シー] ……あなたが私の絵巻から抜け出したのは事実よ。これは嘘じゃないわ。

[シー] だけどあなたは、どうやってこの大地が、もっとつまらない別の絵巻の中じゃないってことを証明するの?

[サガ] …………

[シー] あなたが歩いた道、出会った人、老いや病、生と死、運命の悪戯。それら全ては、もしかしたら誰かが筆を執って、ひとときの興味で描いただけで、何の意味もないことかもしれないの。

[シー] あなたたちが生涯をかけて求めている「真」というもの自体、真か否かのジレンマに取り憑かれてるの。

[シー] 私たちがこの絵巻の中であれこれやっても、絵巻を見ている人は、ただ一幅の絵巻に向けて喝采したり、唾を飛ばしたりするだけ。

[シー] 生とはみな夢幻の泡影……露のようにはかなく、電光のように一瞬で過ぎていくものよ。

[サガ] …………

[シー] ……少し話しすぎたわ。こんな所でくどくど油を売ってしまって、全く煩わしいったら……

[シー] 他の人間も私が機会を見て絵巻から追い出すわ。あなたは先に行きなさい。

[サガ] ラヴァ殿は先生に会うため、遠路はるばるいらしたというのに……どうしてそんなに冷たくあしらうのです?

[シー] あなたには関係ないわ。

[シー] 彼女たちがどうして来たかも知らないのに、首を突っ込まないで。

[サガ] ですが――

[シー] ――三度目はないわよ、サガ。

[シー] それ以上質問するつもりなら、相応の罰を受けてもらうわよ。

[サガ] ですが拙僧はラヴァ殿に約束しました。少なくとも、これを先生に渡さなくてはなりません。

[シー] あなた――これは……!?

[ニェン] ……見つけたぞ。

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