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9章 関連テキスト
チェルノボーグで目覚めてから、どれだけ時間が経ったのだろう?
瞬きの間に、何もかもが一変してしまったように感じる。
まぶたを開けた時に見た光を、聞こえた呼び声を、覚えている。
[謎の声] ……ごめんなさい……
[謎の声] また苦しめることになってしまって。
少女の手のぬくもりを、覚えている。
[???] ......
[???] ドクター……
[???] ……手を……
[???] 私の手を握って!!
眠りに就いていた場所を出て目にした、荒れ果てた世界を、覚えている。
無数の敵が身を潜め、虎視眈々と目を光らせていたことを、覚えている。
[???] フンッ、逃げるか……
[???] だが、どこに逃げるつもりだ?
[???] 行け、奴らを八つ裂きにしろ。
戦いの中、唐突に訪れて、爆発的な猛威を振るった天災を……
――そして、その天災よりも恐ろしい敵のことを、覚えている。
[タルラ] 私が好む結末を贈ってやろう。
[タルラ] ――滅せよ。
……皆が大きな代償を、多くの犠牲を、支払った。
一人一人の名前も、姿も――あなたは、はっきりと覚えている。
それでも、ロドスのすべてを知りうる時間は、あなたに与えられていなかった。
チェルノボーグの暴動発生から間を置くことなく、ロドスは龍門へ急行したからだ。
それは、龍門がレユニオンによる無差別攻撃の次なる対象である可能性が高いと判断されたためだった。
龍門総督ウェイ・イェンウの信頼を得るべく、ロドスはスラムでの調査を行った。
スラムの至るところで、感染者の苦難を目に映したことを、覚えている。
そして、苦しみの中で抵抗を誓い、人々の間へ溶け込んで、彼らを取り込みつつあったレユニオン・ムーブメントの……
……真の目的は、一人の少女にあったことを、覚えている。彼女はただ巻き込まれただけだった。
純粋で優しかった彼女が最終的に選んだのは、自らの同胞を救うべく武器を手に取る道だった。
けれど、彼女自身には救いなど訪れなかったことを、覚えている。
[チェン] 本質的に、人の行動というものは予測しようがない。
[チェン] それが感染者であれば、なおのことだ。
[チェン] 力は人を狂わせ、欲望は人を堕落させる。
[チェン] まるで癌と同じ様に、少しずつ全ての美しい物事を侵食していく。
[アーミヤ] ……
[チェン] 形見として持ち帰りたいなら、それでもいい。
[チェン] いつの日か、そんなマスクが君の部屋を埋め尽くすだろう……
[チェン] 全ての人々が、自身の選択とその結果に責任を持つべきだ。それには感染者か否かは関係ない。
それと時を同じくして、チェルノボーグのとある区画で、ロドスの偵察小隊がレユニオンの集団を発見していたことを、覚えている。
[メフィスト] 仲間を見捨て脇目も振らず逃げ出した。
[メフィスト] 何かに勘付いたのか、僕たちが手を出す前に逃げ出したんだ。
[メフィスト] 移動都市群の連結を解き放ち、全速力で、可能な限りの手段を使って――
[メフィスト] 逃げられる場所なんてないのにね。
危機に瀕した小隊を救出する過程で、氷そのもののような少女と初めて出会ったことを、覚えている。
しかしそれもまた、レユニオンの罠だったことを、覚えている。
龍門外縁部にいたレユニオンの残兵を、近衛局の兵力が追撃していた時のことを、覚えている。
敵は近衛局を中心に、都市内部から攻撃を仕掛け、龍門を襲撃したのだ。
[チェン] ――私は無事だ。
[チェン] だが……
[チェン] ……
[チェン] ……レユニオンが近衛局の中枢施設を占拠し、スラム街から龍門外環に通じる道をこじ開けようとしている。
若き警官が、自らの手で近衛局を取り戻し、龍門で暴動を起こす敵を殲滅すると誓ったことを、覚えている。
挫折を味わった彼女がそれでも屈しなかったことを、覚えている。
[チェン] もしかすると本当に私は変わったのかもな。だから龍門への不満が減り、私のことを信頼してくれる者たちが増えたのかも知れない。
[チェン] お前ももうただのホシグマ督察官などではない。お前は私の友人であり、パートナーのホシグマだ。
[チェン] お前の盾がいつも私を守ってくれた。たまには私にもお前の盾をやらせてくれ、ホシグマ。
[ホシグマ] ……まったく…そんな恥ずかしい台詞をよく真顔で言えますね。
[チェン] しかしいずれにしろ、我々こそが近衛局だ。我々は暴徒でも、犯罪者でもない。
[チェン] 近衛局を取り戻すことに、諸君は必ずしも尊厳や正義を掲げる必要はない。
[チェン] 我々は龍門近衛局だ、奪われたものを取り戻す、ただそれだけだ。
[チェン] 揺るぎない信念に従い、職務を全うせよ! 総員戦闘準備!
[チェン] 時は来た。ビル内のレユニオンを一掃する。
彼女が果敢に敵陣へと乗り込んでいったことを、覚えている。
[メフィスト] 隊長さん、僕は君が一体何者なのか知ってるよ。僕のアーツは感染者にしか効果がないからね。
[チェン] だから何だ。
[メフィスト] 君は奴らのコマとして動いても、使い捨てにされるって分かってるのかい?
[チェン] その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。
ロドスが到着したその時が、まさにこの戦いの行く末を決定づける瞬間だったということを、覚えている。
[ファウスト] ――!
[ファウスト] 振りまいた血が燃えた? 術師にしては珍しいアーツ……
[ブレイズ] 私のなりが術師に見える? あなたたちの言う術師って、そこら中に放火して回る自意識過剰のチンピラたちでしょ。
[ブレイズ] 残念だけど、これは私の戦闘技術の一つってだけ。さあ狙撃兵さんたち、もう隠れられないよ!
近衛局を奪還し、反撃に打って出た時のことを覚えている。
ロドスと近衛局、それぞれの奮戦により、レユニオンは少しずつ後退していった。
[グレースロート] ……一人だけ?
[ファウスト] ……
[グレースロート] 振り向かないで。動けば撃つ!
龍門における戦いの最後に、対峙などしたくなかった敵と、再び向き合わねばならなかったことを、覚えている。
[フロストノヴァ] そうだ。今ここで……私と決着をつけよ。
[フロストノヴァ] 最後の戦いだ。
[フロストノヴァ] もしお前たちが私を破り、生き残ることができるならば――
よく、覚えている。互いに同じ理想を抱いていることを、はっきり理解していたのだ。
だからこそ、どちらも退けはしなかった。
[フロストノヴァ] 私はロドスの一員となり、お前たちの信条と共に感染者の敵と戦うだろう。
[フロストノヴァ] これは私が負うべき責任だ。
戦いの決着がついたその時――彼女は、既にロドスの一員となっていた。
しかし龍門におけるレユニオンの敗北は、タルラが打った最初の一手に過ぎなかった。
その影で、チェルノボーグの中枢区画が砂嵐に紛れ、龍門へと迫っていたのだ。
タルラの真の目的は、移動都市を利用した龍門への直接攻撃だったということを、あなたは覚えている。
この時、チェンは心を決めた。一人で龍門を離れることを選んだ。
一方でロドスもまた、近衛局との協定を破棄し、この事態に立ち向かうことを選択した。
襲い来るチェルノボーグ中枢区画へと上陸し、レユニオンの進攻を止めることにしたのだ。
[ケルシー] 各ドライバー、等速を維持。図面の通り、登攀ツールが使用可能な距離まで中枢区画下層部に接近する。では状況開始!
厳重に守られた中枢区画に戻ってきた時、かつての友と出会ったことを、覚えている。
[???] ......
[ロドス前衛オペレーター?] お久しぶりです、アーミヤさん、ケルシー先生。
死力を尽くし――
[ロスモンティス] あ……ああぁ……!
困難を乗り越えて。
「それ」は前へ向かって体を引きずるが、脆い翼では膨れ上がった重い体を支えられない。
「それ」の喉から、むせび泣くような声が、恐怖の川のように流れ出す。
[ケルシー] 自然ではない生物は、大抵歪んだ美学から生まれる。
[ケルシー] だが、その外見に惑わされてはならない。どれほど美しかろうと、周りの惨状を生み出している元凶であることには変わりない――
[ケルシー] ……
[ケルシー] 歌っているのか。
――強敵に打ち勝った。
最後のウェンディゴは、錆びた重い鉄扉が閉まるような音と共に、緩やかに動きを停めた。
兜の隙間から、何かが一雫、ぽたりと滴り落ちたように見えた。
......
一分が経った。
この永遠にも思える一分間、移動都市の動力機関が立てる、轟々という音以外は、何も聞こえなかった。
誰しも、己の心と向き合わねばならない。
彼女たちは、生まれ出でる疑心を強い意志で抑え、迷いを断ち切ったのだろう。
チェンは何度も逃げたことがある。
しかし逃げ続けはしなかった。
憎悪が膨らみ続けたところで、それで心が揺れることはなかったのだろう。
一連の嵐の中心である少女たちは、高塔の頂で相まみえ、互いの運命を決する定めだった。
こうして、龍門攻防戦には終止符が打たれた。
そこには勝者も敗者もなく……
宿願を果たした者たちが、それぞれに別の場所を目指し、去って行くばかりだった。
[アーミヤ] ドクター……
[アーミヤ] 今はお話をする気分ではありませんか?
[アーミヤ] ……わかります。今日までにあまりにも多くのことが起こりましたから。
[アーミヤ] でも、ドクターがここにいてくれて、私は……私は嬉しいです。
[アーミヤ] 一人では、成し得ないこともたくさんあります。
[アーミヤ] ……行く先にどれほどの暗雲が立ち込めていようと、ロドスは進み続けます。
[アーミヤ] それに、この大地にどれだけ残酷な物語があるとしても――
[アーミヤ] ――ドクターの心は温もりにあふれていると信じています。
[アーミヤ] おかえりなさい、ドクター。
あなたは、レユニオン・ムーブメントとの戦いをどれも鮮明に思い出せる。
けれど、あなたが本当に思い出すべきことは、記憶の奥底に眠ったままだ。
過去のこと、ロドスのこと。
あなたが本当に成し得ること。
――あなたは知っている。この先、歩むべき道のりは長く続いているということを。
……そして、これがほんの始まりに過ぎないのだということを。
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