aklib_story_シラクザーノ_IS-ST-1_長患い

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シラクザーノ_IS-ST-1_長患い

夢から覚めたテキサスは、自分の過去が訪ねてきたことに気付いた。暗雲垂れ込めるウォルシーニに、雨期がやってくる。


クルビアの通りは概してシラクーザよりはるかに広く、賑わっているものだ。

けれども、道を歩いていると時折、自分がよそ者であるかのような虚しさを感じることがある。

[軽薄なクルビア人] おい、洗車工。お前、シラクーザから来たんだってなあ。聞きたいことがあるんだが。

[洗車工] 俺の仕事は洗車だ。質問に答えることじゃねえ。

[軽薄なクルビア人] そんなに冷たくすんなって。

[軽薄なクルビア人] 安心しろ、お前みたいな貧乏臭い田舎者には手ぇ出さないからさ。

[軽薄なクルビア人] 実は今日、お前と同郷の奴らがこの街に来てるらしくてな。そいつらがどこにいるか知りたいんだよ。

[洗車工] そんなこと知ってどうすんだ?

[軽薄なクルビア人] そーだなあ……昔話でもするか。

[洗車工] 昔話、な。

[軽薄なクルビア人] おうよ。うちの祖父さんはいつも、「自分がシラクーザ人であることを忘れるな」って言ってたしなあ。

[洗車工] あんたには……「シラクーザ人」らしさなんざ、まるでないように思うが。

[軽薄なクルビア人] ハッ、シラクーザ人ねえ!

[軽薄なクルビア人] クルビアこそが未来なんだぜ、友よ! なんたってクルビアン金券を持っててその未来だからな!

クルビアの若きマフィアたちは皆、「俺たちはシラクーザから来たんだ」と先祖に聞かされて育っている。

しかし彼らからすればそれはどうでもいいことだった。

[洗車工] ……

[洗車工] でも、あんたらのルーツがシラクーザにあることに変わりはねえ。

[ご機嫌なクルビア人] おいおい、そんなことにこだわるのは頭の古い奴だけだぜ。

[ご機嫌なクルビア人] クルビアは開拓の国だからな! ルーツなんてもん、俺たちには必要ないのさ!

[軽薄なクルビア人] その通り! わかったらさっさと教えてくれよ。お前だって自分の店に……「アクシデント」なんて起きてほしくねえだろ?

[洗車工] ……そいつらなら、向かいのバーにいる。

[ご機嫌なクルビア人] 賢いねえ。こんな利口な狼ちゃん、なかなかいないぜ。ハハッ!

開拓は混乱を意味する言葉でもあり、クルビアのマフィアたちはその混乱の中で本来あるべき秩序というものを失っていった。

だが、シラクーザにおいては、秩序は法律にも勝るものだ。

洗車工は若者たちの騒ぐ声など気にも留めず、落ち着いた様子で身をひるがえして引き出しを開けると使い慣れた道具を取り出した。

それは鋭く重い、少し前に彼が丁寧に磨いたばかりの代物だ。刃に反射する輝きがシラクーザの月を思わせる。

そうして彼は、こちらに背を向けたバカどもにゆっくりと近づいていく。

店を開ける前に床の掃除をしようとする、単なる洗車工らしく。

一人のシラクーザ人らしく。

テキサスはハッと目を開いた。

暗闇の中でもはっきりと視界に飛び込んできたのは、エクシアが無理やり貼りつけていったポスターだ。

他方で手に触れているのは、クロワッサンが大特価を口実にして、季節の変わり目に売りつけてきた布団……

室内には、安眠用のソラのCDも流れている。

このすべてが、彼女を少し安心させてくれた。

彼女には、今の夢が現実のことではないというのはわかっていた。クルビアのマフィアたちには、シラクーザからの訪問者に自分たちからちょっかいを出すチャンスなどないし――

あの洗車工にしても、一度会ったことがあるだけの人だった。

これは自分がシラクーザ人であることを思い出させる、それだけの夢だ。

とはいえ、龍門に来てから彼女は長い間この夢を見ていなかった。

今さらこんな夢を見たのはなぜなのだろうか。

彼女はふと、窓の外の夜景が見たくなった。

月はなおも白く輝き――

龍門の夜景は今日も色彩にあふれている。

しかし、その中に周囲の一切と相容れない存在があった。

窓の外、月下の屋根の上から、こちらを見つめる一匹の狼。

周りにあるすべてを文明の産物と呼ぶのなら、この狼はいわば荒野の象徴だ。

それはこの場所にふさわしからぬもので、決してここにいるべきではない。

だが、堂々と姿を現したそれは、周囲すべての上に君臨しているかのようにすら見えた。

来い。約束を果たすべき時が来た。

[テキサス] ……

テキサスは一瞬にして理解した。あの夢を見た理由を。

夢と現実は地続きでこそない。

だが、夢は時に一種の予兆となるものだ。

今夜見た夢は間違いなく――

彼女の過去が扉を叩いていることを示唆していた。

[ザーロ] この地で耳に届くは止まぬ喧噪、眼に映るは虚飾の繁栄。鼻を刺すのは腐敗のにおい……

[ザーロ] 斯様な場所でのうのうと暮らしているとは、お前も堕ちたものだ。

[ザーロ] とはいえ――私がここまで足を運んだことも徒労ではなかったようだな。

[ザーロ] お前は、こちらを見た瞬間に私を殺すことを考えていたのだから。

[テキサス] 本当にそうしてもいいんだぞ、ザーロ。

[ザーロ] やったところで、結果は変わらぬ。七年前と同じようにな。

[ザーロ] ――喜ぶがいい、テキサスファミリー最後の狼よ。我々の取引は今も有効だ。いうなれば、お前には借りを返すチャンスがある。

[ザーロ] 荒野は常に公平なのだ。

[テキサス] 荒野の代弁者面をするのはよせ。

[テキサス] それは人と取引などしないものだ、「狼主」よ。

[ザーロ] ハッ、お前は荒野に十分近づいたことがないと見える。

[テキサス] ……

[テキサス] 回りくどい言い方はやめろ。私に何をさせたいんだ?

[ザーロ] 私と共にシラクーザへ戻り、我が牙の力となれ。

[テキサス] ……「牙」……

[ザーロ] そやつの要求を満たしさえすれば、お前への貸しは帳消しだ。

[ザーロ] その場を去るも故郷にとどまるも好きにしろ。私はそれに関心も向けなければ干渉もしない。

[テキサス] いいだろう。

[エンペラー] おいおい、狼主ザーロさんよぉ。

[エンペラー] 俺の街へ急に上がり込んできた挙句、うちの部下をかっさらっといて何のお咎めもなく帰れるとでも思ってんのか?

[エンペラー] ついにそのカワイソーな脳ミソにもガタが来てると見える……おっと悪い、うっかり忘れてたぜ。お前にゃそもそも脳なんてもんがないんだったな。

[ザーロ] エンペラー、哀れな同胞よ。

[ザーロ] 二百年、あるいは三百年ぶりか?

[ザーロ] しかし、その装いはまったく気に入らんな。お前はいったい何になろうというのだ?

[ザーロ] 前に持っていた楽譜は、そして指揮棒はどうした? リターニアの高塔に据えられた白黒の鍵盤を弄り回すのにようやく飽いてきたということか?

[エンペラー] お前にゃ関係ねえだろうが。いつぶりの再会かなんて覚えておくのもめんどくせえし、前回も次回もないほうがいい。ついでに今回のことも忘れさせてほしいもんだな。

[ザーロ] わからんな。それならば、邪魔立てせずにすべて忘れて帰ればいいものを。

[エンペラー] そんじゃもう一回、今度はわかりやすく言ってやるぜ。――さっさとシラクーザに帰れ。俺の部下をてめえの面倒ごとに巻き込むな。

[エンペラー] しかし、お前の兄弟のことはつくづく理解できねえ。いつまでもお前が飼いならしたガキどもと家族ごっこをしてんのをほっぽっておくとはな。

[ザーロ] 勝つ方法などいくらでもあるが、これは私の選択だ。お前には関係ない。

[エンペラー] へえ、そうかい。――確かお前らには内輪で決めたルールがあったはずだよなあ。

[エンペラー] たとえば、じゃれあうのはてめえらの縄張りだけにして、人間のことには干渉しない……とかよ。

[ザーロ] 私のことを言えた義理か? 人間の社会に溶け込み、人と変わらぬ暮らしをしているお前が、「人間のことには干渉しない」などとよくも口にしたものだな。

[ザーロ] その手に握った小さな玩具は、何千年と凍てついたままの氷河と何の関係がある? その滑稽な黒い眼鏡は、長き極夜に比すべきものなのか?

[ザーロ] 極めつけはあの「音楽」だ。何よりも冷たき風を持つお前に、音楽などは必要ない。

[ザーロ] くだらぬものなど捨てろ、エンペラー。

[ザーロ] お前は本当の自分を、「我ら」の在り方を忘れている。

[エンペラー] そんなんはお前らが勝手に決めたルールだろうが。

[エンペラー] どう生きようと俺の勝手だ、狼ちゃん。

[エンペラー] あいつらが考えた新しいもんを気に入ればそれを受け入れる。簡単なこったろう。

[ザーロ] 我らは荒野に属するものだ。

[エンペラー] あの土地を荒野と呼ぶ奴ぁバカだ。俺はあそこが「荒」れてるだなんて思ったこたねえぜ。

[エンペラー] で、お前は人間とどんだけ違うつもりでいやがるんだ? シラクーザの森でごろごろしてたとこで、権力の旨味なんか味わえねえぞ。その欲望だの野心だのがどこから来たのか考えたことねえのか?

[エンペラー] ザーロ、お前は何千年も進歩してねえ上に、人間の一番バカな部分を学んじまったらしいな。

[ザーロ] (低く唸る)

[エンペラー] マナーのなってねえガキが。俺に牙なんか剥いてんじゃねえよ。

[ザーロ] ……

[ザーロ] 我らが争ったところで何の得もない。そこから生まれるものなど何もないのだからな。

[ザーロ] もとより私は、得るべきものを得るために来ただけだ。

[ザーロ] この娘に私の駒となる資格があるとは限らんしな。

[エンペラー] 俺の部下たちはどんな資格でも持ってるぜ。お前をぶっ殺す資格とかもな。

[ザーロ] お前の部下、か。

[ザーロ] エンペラー。この娘はお前のものではない。

[ザーロ] 本人にも問うてみればどうだ?

[テキサス] ……

[テキサス] 七年前クルビアを離れると決めた時、ザーロと取引をしたんだ。

[テキサス] 奴らに見逃してもらう見返りとして、いつかこいつのために働くという内容で。

[テキサス] この取引なくして、クルビアを生きて出ることはできなかった。

[エンペラー] チッ、んなこたわかってるよ。そんで、お前は行くつもりなのか?

[テキサス] すまない、ボス。約束は守らなければ。

[エンペラー] ……

[エンペラー] 約束も取引も俺にとっちゃどーでもいい。こいつが俺の部下だってことに変わりはねえ。

[エンペラー] テキサス、お前に休暇をやる。俺の慈悲深い心に感謝して、さっさとクソくだらねえ用事を済ませてこい。

[エンペラー] 結局のとこ、シラクーザにいようがなんだろうが、ペンギン急便の従業員は全員自由の身だからな。

[エンペラー] ――で、だ。ザーロ、お前がその自由の邪魔をしようってんなら、俺直々に巣穴を訪ねて、お前ら兄弟全員の尻尾の毛むしってほうき作ってやるから覚悟しな。

[ザーロ] フン。

[ザーロ] ここを発つ備えをしろ、テキサスの末裔よ。別れを告げたくば告げてくるがいい。

[テキサス] いや、必要ない。――ボス、あいつらに伝えておいてくれ。少し留守にするが、すぐ戻ると。

[エンペラー] オーケー。「シラクーザに戻るから長期休暇よこせ」って騒いだんで渋々行かせた、って言っとくぜ。

[テキサス] 仕方ない……埋め合わせに、土産を山ほど買って詫びるとしよう。

[ザーロ] 別れを告げぬのなら、行くぞ。

[テキサス] ああ。

そうして、一人と一匹は西へと向かい、夜闇の中へ消えていった。

街灯が明滅する。

ウォルシーニ 路地

[事務員] はぁ……はぁ……に、逃げ切れたかな……?

[冷静な殺し屋] ――いい質問だ。

[事務員] っ、いつの間に……!?

[冷静な殺し屋] さっきは運がよかったな。まさか落としたカギを拾おうとして俺たちの弾を避けるとは。

[事務員] あ、あんたら一体誰なんだ? 俺が何をしたっていうんだよ!?

[冷静な殺し屋] ハハッ……しかし、「逃げ切れたか」とは傑作だな!

[冷静な殺し屋] 空気と水から逃れられる人間がいるか? シラクーザに身を置きながら、この雨期を逃れる奴がいるか?

[冷静な殺し屋] あいつらから――いや、俺たちから逃げ切れる奴なんているか?

[事務員] っ……あんた、どこのファミリーだ? どうして俺に絡む? 俺は賭け事もしないし借金もない、建設部のオフィスで普通に働いてるただの事務員なのに……

[冷静な殺し屋] そう、問題は建設部だ。ウォルシーニで最近話題の、な。

[事務員] お……俺はベッローネの若旦那と知り合いなんだぞ……!

[冷静な殺し屋] お喋りはここまでにしよう。

[事務員] 俺は……

[事務員] (今だっ!)

[冷静な殺し屋] チッ、面倒だな。そう足掻いたところで意味はないってのに。

[冷静な殺し屋] ……にしてもこの雨、本当に長いな。

[エクシア] 食べないの? ここはピッツァの国シラクーザなのに!

[エクシア] グルメ雑誌に載ってた、「一度は食べてもらいたいあの味」をぜーんぶ買ってきたんだよ!

[クロワッサン] あんたはん、ほんまいつもと変わらんなー。

[クロワッサン] そんな調子で、今回やらなあかんこと忘れたりしてへんやろな?

[エクシア] だって、心配してもしょうがないでしょ~。

[エクシア] あたしたちも情報探ろうとはしてるじゃん。ただ単に、シラクーザの黒いスーツの人たちがみんな口堅すぎるだけでさ!

[エクシア] そういや、ベッローネっていうファミリーがお客さんを迎えたとかいうから屋敷のそばまで見に行ってみたけど……

[エクシア] 雰囲気めーっちゃ物々しかったんだよねえ。羽獣でもあそこを避けて飛んでいきそうなくらい!

[クロワッサン] そんなん聞いたら余計心配になるやん!

[エクシア] 平気だって。ここはあいつの「故郷」なんだし、そもそもあんだけ腕が立つんだからきっと大丈夫だよ。

[エクシア] それに、実際会えるかどうかはわからないって想定で来てるんだし……だよね、ソラ。

[ソラ] うん。

[ソラ] シラクーザのオペラってすごく発達してて、バーでも劇場でも色んなパフォーマンスをしてるんだって。どの階層のシラクーザ人もみんなそれで息抜きしてるらしいよ。

[ソラ] で、それはマフィアの人たちも例外じゃないんだとか。

[ソラ] だから、あたしがどこかの劇団に入れたら……

[クロワッサン] いやあ、MSRのツテで劇団に入り込むなんてよう思いついたなあ……

[ソラ] 偶然だよ。前に、マネージャーさんからシラクーザで経験を積んでみないかって聞かれたことがあって……その時は龍門を離れたくないから断ったんだけどね。

[クロワッサン] そーは言うても、シラクーザのオペラって、普段のソラのスタイルとはちゃうんやろ?

[ソラ] そうだよ。楽器の編成も歌い方も違うし、ステージの雰囲気もまるきり別だから結構挑戦的な感じなんだよね。

[ソラ] でも、向こうの人があたしのパフォーマンスを見て、やってみてもいいって言ってくれたの。

[ソラ] にしても、コンタクトの取れる劇団が見つかってよかったよ。でないと、今頃テキサスさんの帰りを待つことになってたしね。

[エクシア] ほんとに~? キミまで挨拶なしでいなくなったりしてなかった?

[ソラ] そんなことしないよ!

[ソラ] ……あたしにはそんな勇気ないもん。

[クロワッサン] ほんで、例の劇団の芸術監督はんとの打ち合わせ、そろそろ約束の時間やないの?

[クロワッサン] この手の面接って、前はどれも会社だのステージだのに行ってたよな気ぃするけども、今回はこんなちっぽけなレストランで待ち合わせなんやな。

[ソラ] 演者の素質を見極めるために、普段通りの相手と話したいって人もいるし、こういうこともあるよ。

[クロワッサン] 普段通りねえ……

[クロワッサン] こんな状況になってシラクーザに来るっちゅーこと自体うちの普段通りとはちゃうけども、うまくいくとええなあ。

[クロワッサン] ……龍門に戻ったら、テキサスはんに三ヶ月分……いや半年分はミルクティーを奢ってもらわんと!

[エクシア] たった半年分でいいの? せっかくのチャンスだし、たかれるだけたかろうよ~!

[クロワッサン] おっ、監督はんのご登場――

[事務員] た、助けてくれ!

[エクシア] え? どういう状況?

[クロワッサン] あかん、気ぃつけや!

[劇場の支配人] いやはや素晴らしい! 今のリハーサルは録画しておいたぞ!

[役者] あのう、ベルナルドさん……いかがでしたでしょうか?

[ベルナルド] ……

[ベルナルド] 悪くはない。

[役者] 本当ですか!?

[ベルナルド] だが、あくまで「悪くはない」というレベルだ。

[ベルナルド] レーナ、君は何もかもを表現しようとしすぎている。十人の評論家がいたとして、その演技の中に十二の感情を読み取ってもらいたいと強く望んでいるのだろう。

[ベルナルド] しかし、私にはそれほど多くの感情など必要ない。

[ベルナルド] たった一つ、君自身のものを見せてくれたらいいんだ。――君の悲しみを、激情を、あるいは破滅を。

[ベルナルド] 役者になるのは簡単じゃない。君は舞台の小道具ではないし、そんな立場に甘んじてはいけないんだ。いいね。

[役者] は、はい!

[劇場の支配人] 監督、そろそろ龍門からのお客さんが到着している頃です。

[ベルナルド] わかった。

[劇場の支配人] ですが、本当に監督自ら迎えに行かれるのですか? 龍門では多少名が知れた歌手のようですが、私が行けば十分なのではないかと……

[ベルナルド] ロレーノ。君がレーナの叔父として、ライバルを減らしてやりたいと思う気持ちは理解できる。

[ベルナルド] だが、もう少し言い方を選ぶこともできるだろう。

[劇場の支配人] ですが……あえてはっきりと申し上げますと、我々の劇場とMSRの間に深い関係はありません。

[劇場の支配人] というより、あらゆる手段でシラクーザ市場に参入しようとするあの会社のことを、シラクーザ中の劇団がよく思っていないくらいです。

[劇場の支配人] それなのに、あなたは彼らとの契約を受け入れ――MSR傘下の歌手にこの劇場でしばらく学ばせることを約束してしまいました。

[劇場の支配人] 感情面から考えても、道理の面から考えても、これは我々にとって何の得もない話です。その上、あなたが直々に迎え入れるなど……

[ベルナルド] 君の言う通り、彼女は龍門で少し名が売れているだけの歌手で、私が留意すべきところなど本来は何もない。

[ベルナルド] だが、この時期に「龍門から」来たことに特別な意味があるのだ。

[劇場の支配人] と仰いますと……

[用心棒] (耳打ちをする)

[ベルナルド] わかった。余計なことはするなと伝えておいてくれ。

[ベルナルド] これぞ我々の生活だ――そうだろう?

[エクシア] こいつら、爆弾矢なんか使ってるんだけど!

[ソラ] お兄さん、大丈夫?

[事務員] あ、ああ。

[事務員] だけど……あんたたち、外国の人だろ?

[事務員] 助けてもらっといてなんだが、首突っ込まないほうがよかったと思うぞ……! あいつらに関わったら殺されちまう!

[クロワッサン] ええ!? 白昼堂々人を殺しにかかってる連中をほっとくほうがおかしいやろ!?

[エクシア] んー、こいつら龍門のゴロツキよりずっと手強いね。

[思慮のある殺し屋] わざわざ面倒ごとに首を突っ込んでくるとはな。

[エクシア] へえ~、偶然! あたしの得意技No.2は面倒ごとに首を突っ込むことなんだよね!

[エクシア] ちなみに、得意技No.1はその面倒ごとを解決することだよ!

[冷静な殺し屋] ――ここはシラクーザだぜ。

[エクシア] それが何?

[冷静な殺し屋] お前はどれだけデカい面倒ごとに巻き込まれたかをわかってないってことさ。

[クロワッサン] そっちや、エクシアはん!

[???] あなたたち、どこのファミリー? 民間人に手を出すなんて!

[???] ここには秩序があるってことを忘れたわけじゃないでしょうね!

[冷静な殺し屋] チッ……こんな時に……

[思慮のある殺し屋] なるほど、こいつはラヴィニアの通勤路に向かって走ってたわけか……

[冷静な殺し屋] 行くぞ。

[エクシア] こらっ、待てー!

[事務員] ラヴィニア裁判官!

[ラヴィニア] あなたは、建設部の……一体何があったんですか?

[事務員] そ、それがさっぱりなんです! 俺はただ通勤してただけで……!

[ラヴィニア] 彼らの格好を見る限り、ルールは理解しているはずだというのに、どうしてあんなことを……

[事務員] 本当に、俺は普通の一市民ですし、マフィアとの繋がりなんてないんです……! なのに、それなのにあいつら……!

[事務員] 裁判官……最近なんだか、街の雰囲気が変じゃないですか?

[ラヴィニア] ……

[ラヴィニア] あなたたちも、お怪我はありませんか?

[エクシア] あたしは大丈夫! あいつらには逃げられちゃったけど……

[エクシア] いやー、でもまさかシラクーザがここまで荒っぽい街だとはねえ。

[ラヴィニア] そうですね……外からいらした方は、一層気をつけたほうがいいかと思います。

[クロワッサン] ところで、あんたはんは……

[ラヴィニア] この都市の裁判官、ラヴィニアです。あなた方のお名前は?

[エクシア] あたしはエクシア、こっちはソラ。

[エクシア] んで、そっちの人はクロワッサンだよ。

[ラヴィニア] よろしくお願いします。まずは、皆さんの勇気ある行動に感謝を。おかげで一人の罪なき市民が救われました。

[エクシア] いえいえ~。そうだ、連中を追っかけるの手伝おうか?

[ラヴィニア] いいえ、大丈夫です。彼らはこの都市を知り尽くしていますから、あなたが追い付くことはできないでしょうし……私が追跡の手配をしておきます。

[ラヴィニア] それで、皆さんはどちらからいらしたんですか?

[ソラ] 龍門からだよ。

[クロワッサン] そうそう、これウチらの名刺な。運んでほしいもんがあったら連絡してや~。

[ラヴィニア] 龍門のペンギン急便……物流会社ですか?

[エクシア] そうだよ! コインから駄獣まで、ちっちゃいものも大きいものもあなたのためになんでもお届け!

[エクシア] 昼も夜も「雨にも負けずお届けします」! お客様のニーズに応えることこそあたしたちの使命!

[エクシア] あっ、もちろん報酬はしっかりもらうけどね!

[ラヴィニア] ……ふふっ。

[エクシア] あれっ、うちの宣伝文句変だった?

[ラヴィニア] ごめんなさい、そうじゃなくて……最近は少し神経質になっていたので。

[ラヴィニア] そういえば、ウォルシーニにいらしたのはビジネス目的ですか? それとも旅行で?

[ラヴィニア] どちらにせよ、今はタイミングが良くないのですが。

[クロワッサン] あー、どっちでもないねんな。実はウチらの友達が……

[???] もうじき式典だというのに、この時期のどこが良くないタイミングだというのかな? ラヴィニア。

[???] このウォルシーニから、新しい都市が生まれようとしている……これはシラクーザの歴史上最大級の出来事と言えるだろう。

[???] 運が良ければ、そちらにいる友人たちもその誕生を見届けられるというのに。

[ラヴィニア] ……ベルナルド。

[ベルナルド] 安心したまえ。彼女たちはこちらの客人だ。

[ラヴィニア] こちらというのは、あなたのこと? それとも劇団のこと?

[ベルナルド] どちらであってほしい?

[ラヴィニア] できれば……どちらであってほしくもないんだけど。

[ベルナルド] それは残念だったな。答えは「どちらでもある」だ。

[ラヴィニア] ……

[ラヴィニア] エクシアさん。今すぐ龍門に戻れば、まだ間に合いますよ。

[エクシア] ? どういうこと?

[ベルナルド] いつもながら、私を誤解しているようだな、ラヴィニア。

[ベルナルド] 私から招待したわけではなく、ソラ君からの申し出でウォルシーニに来てもらったんだ。そうだね?

[ソラ] はい。受け入れてくださったデッラルバ劇団さんには、感謝してもしきれません。

[ラヴィニア] ……わかりました。あなた方がベルナルド……さんの客人なら、確かに安全面の心配はいらないようですね……

[ラヴィニア] ですが、何かあればいつでも連絡してください。こちらが私の電話番号です。

[エクシア] りょうかーい、ありがと~。

[ラヴィニア] 私はこちらの方への聞き取りがありますので……ごゆっくり。

[ソラ] と、いうか……ベルナルドさんって……

[ソラ] デッラルバ劇団の芸術監督さんですよね!?

[ベルナルド] そうとも。

[ソラ] お会いできて光栄です。わざわざ監督ご自身が来てくださるなんて……

[ベルナルド] 昔から、役者選びは自分でやっていてね。自らの選択ほど安心できるものはないだろう?

[ベルナルド] ところで、そちらのお二人は?

[ソラ] 友人です。シラクーザまで一緒に来てくれると言うので。

[クロワッサン] ボディガードも兼ねてってことでな。ウチはクロワッサンや。

[エクシア] あたしはエクシア、よろしく!

[ベルナルド] ほう、面白い名前だな。

[クロワッサン] そういや……場所を変えんでええの?

[ベルナルド] ああ。マフィアが何の理由もなく事を起こすことはないのでね。あの事務員がどんなトラブルに巻き込まれたかはわからないが、シラクーザにはシラクーザの秩序があるのだよ。

[クロワッサン] ははあ……あんま見かけへんタイプの「秩序」やなあ……

[ベルナルド] そうかね? そちらのサンクタのお嬢さんには馴染み深いものとばかり思っていたが。

[エクシア] いやいや、ラテラーノでもあれはさすがにヤバいって!

[ベルナルド] ふむ。シラクーザの女主人は常々、ラテラーノから「銃と秩序」を持ち込んだと公言しているが……君の反応を見るに、かなり違う環境のようだな。

[ベルナルド] ここの風習はよその人間には少々刺激が強すぎるかもしれない。しかし、しばらくの間シラクーザにいるつもりなら、なるべく早く慣れておくことを勧めるよ。

[ベルナルド] さて……ハプニングはさておき、仕事の話に移っても構わんかね?

[ソラ] あっ、もちろんです!

[ベルナルド] よろしい。台本にはまだ目を通していないだろう? これは我が劇団最新の傑作でね。君にはその登場人物の誰かを演じてもらうことになる。

[ソラ] た、大変光栄です……!

[ベルナルド] 対外的なタイトルは未定だが、制作チームはこの三幕の悲劇をこう呼んでいる――

[ベルナルド] 『テキサスの死』とね。

[クロワッサン] ……な、何やて?

[ベルナルド] ふむ。何やら興味がありそうな反応だな。ではゆっくりとお話しさせてもらおうか。

[ベルナルド] ――おっと、そういえばトラブルのせいで伝え忘れていたな。

[ベルナルド] ようこそ、シラクーザへ。

[冷静な殺し屋] チッ……またラヴィニアに出くわすとは、ついてないな。

[思慮のある殺し屋] おまけにあんなサンクタまでいるとは。あのよそ者、こんな時期にどうやってシラクーザに入ってきたんだか。腕も立つみたいだしよ……

[冷静な殺し屋] まさか、普段ミズ・シチリアのそばに控えてるあの人が、もうウォルシーニに来てるって噂は本当なのか……?

[思慮のある殺し屋] チッ、やめだやめだ。まずは戻って――

[冷静な殺し屋] 誰だ?

[カポネ] そうピリピリするなって。俺はお前の敵じゃない。

[冷静な殺し屋] ……お前、どこの人間だ?

[カポネ] んー……強いて言うなら、シチリア人かねえ。

[思慮のある殺し屋] シチリア人だぁ? 笑わせんじゃねえ。あの連中はとっくに追放されただろうが。

[カポネ] 確かにな。

[冷静な殺し屋] てめえとお喋りしてる時間なんざないんだ。死にたくねえならさっさと失せな。

[カポネ] おいおい、俺は忠告しにきてやったんだぞ。向こうで裁判所の連中が待ち伏せしてるから、逃げる方向は考えたほうがいい、ってな。

[冷静な殺し屋] 何……!?

[冷静な殺し屋] お前、一体何者だ? 迎えが来るなんて聞いてないが。

[カポネ] そりゃそうだろうさ。俺は迎えじゃないからな。

[カポネ] もう一つ教えといてやろうと思うんだが――

[カポネ] シチリア人は追放されたが、滅んだわけじゃないんだぜ。

[冷静な殺し屋] なっ――

[冷静な殺し屋] ぐっ……は……

[カポネ] ああ悪い、「お前らの口封じを頼まれてる」ってのも言うべきだったな。

[ガンビーノ] さっきからペラペラくだらねえこと喋りやがって、ラップランドのアレが移ったわけじゃねえだろうな。

[カポネ] ……そうじゃないことを祈っておこう。

[ガンビーノ] ああ、俺だ。こっちは片付いた。

[ガンビーノ] そこで待ってろって?

[ガンビーノ] チッ。ボスはあんただ、ノーとは言わねえよ。

[カポネ] ……

[ガンビーノ] ……

[ガンビーノ] どうやら、良くない時期に戻ってきちまったみてえだな。

[カポネ] 良くないってのは何のことだ?

[ガンビーノ] 雨だよ。

[ガンビーノ] 俺ぁ雨の日が一番嫌いなんだ。

[カポネ] 今は雨期だって帰る前に言っといただろうが……

[カポネ] お前の毛並みを毎日整えてくれる子分なんざもういないんだぞ。向かいの床屋で全身綺麗に剃ってもらったらどうだ?

[ガンビーノ] 口に気をつけねえと、てめえの髪を剃り上げてやるぜ。

[カポネ] 俺も考えたことはあるんだが、頭の形が悪いからスキンヘッドは似合わないって床屋に言われたんだよな。

[ガンビーノ] ……

[カポネ] ……

[カポネ] とはいえ、こんなに早く稼ぎ口を見つけられたのはお前の功績だ。

[ガンビーノ] 龍門に入り浸りすぎたんじゃねえのか、カポネ。

[ガンビーノ] 龍門のリンがすげえ奴だってのは認めるが、あいつでも龍門総督にはかなわねえだろう?

[ガンビーノ] その点、ここはシラクーザだ。何もかもをマフィアが牛耳ってる。

[ガンビーノ] 仕事拾ってくるくらい簡単だ。

[ガンビーノ] こんだけたくさんマフィアがいりゃあ、人手なんてどこも足りてねえんだからよ。

[カポネ] ま、確かに龍門に入り浸りすぎたのはあるかもな。しかし、まさかシラクーザを離れた当時に使われてたようなやり方が今でも流行ってるとは思わなかったよ。

[カポネ] マフィアたちは都市のすべてを支配している一方で、表舞台に立つことはない……

[ガンビーノ] 何が言いたい?

[カポネ] 新しい都市が生まれようとしている今、表面上は新都市の責任者選挙で大盛り上がりに見えるだろう。

[カポネ] だが実際には、候補者たちの背後にいるファミリー同士の競い合いでしかない。

[ガンビーノ] くだらねえ。街から出る羽目になってなきゃ、俺らも今頃そうしてただろうが。

[カポネ] ……シラクーザから離れて随分経ったよな。八年、いや十年か?

[ガンビーノ] それっぽっちで何が変わるってんだ?

[カポネ] 俺はいろんな物事に対する考え方が変わった。お前の視野の狭さのほうは変わらなかったみたいだがな。

[ガンビーノ] おいカポネ……俺たちは別に休戦したわけじゃねえんだぞ。決着はまだついてねえしな。

[ガンビーノ] そんなに死にたきゃ殺してやるぜ。

[カポネ] 死ぬのはお前のほうじゃねえか?

[ガンビーノ] ハッ……

[カポネ] フン……

[用心棒] なっ……!?

[用心棒] なぜ気づいた……!?

[ガンビーノ] 出てきやがれ、クソバーテン!

[クソバーテン] 驚いたよ。大したコンビネーションだな。

[カポネ] お前の稼ぎ口も言うほど信用ならねえな、ガンビーノ。

[クソバーテン] ああ、誤解しないでくれよ。あんたらが仕事をきっちりこなしてる限りは、不義理なことをする気なんざないさ。

[クソバーテン] この仕事を片付けたら、それなりの待遇を与えるつもりだが……今はまだ終わりじゃないってだけの話だよ。

[ガンビーノ] はめやがったな!

[クソバーテン] これがはめられたうちに入るなら、もっと視野を広げたほうがいいと思うぜ。

[カポネ] そんで、何をしろってんだ?

[クソバーテン] 実力を見せてほしいのさ。今、ここで。簡単だろ?

[クソバーテン] 生きてこの路地を出られたら合格だ。

[カポネ] そうかい。てっきり、お前一人で俺らとやり合って試す、とか言い出すもんかと思ったよ。

[クソバーテン] ははっ、そんな真似したら「通す気ないのか」って兄弟分に怒られるからな。

[ガンビーノ] 大口叩いてくれるじゃねえか。

[クソバーテン] そんじゃ、次会えるのを楽しみにしてるよ。

[ガンビーノ] 気取りやがって……街に慣れただけの獣風情が、人間のつもりでいるらしいな。

[カポネ] ……ハハッ、久々に聞いたな、そのセリフ。

[カポネ] どうやら、選択肢はないみたいだぜ。

[ガンビーノ] 選択肢がねえのはあいつのほうだって今に思い知らせてやるさ。

[カポネ] やれやれ。シラクーザに戻ったら命がけで戦うことになるってのがわかってりゃ、帰ってこなかったんだがな。

[ガンビーノ] それこそ、選択肢なんざなかっただろうがよ。

[カポネ] ……確かにな。こうでもしなきゃ俺らは今頃「ミルフィーユ」だ。

[カポネ] つっても、あの女に連れられてここに戻ってきたってのに、あいつのほうは何にも言わずにどっか行っちまうしよ。

[カポネ] 「故郷まで連れてきてあげたから、あとは自分たちでご自由に」とか言われてるような気がするぜ。

[ガンビーノ] そう思ってるとあいつが来るんだよ。ったく、最悪だ。

[カポネ] お前もそういう生活に慣れてきてるみたいだが。

[ガンビーノ] まあな。とにかく、あの女は必ず来るさ。

[カポネ] ほう?

[ガンビーノ] しつけのなってねえはぐれ狼一匹と、飼い主なくした負け犬二匹――このシラクーザでヤバい目に遭いやすいのはどっちのほうだと思う?

[カポネ] お前が自分を負け犬だと認めるとは思わなかったよ。

[ガンビーノ] 俺も自分が何もかもなくしたことを認めないほどバカじゃねえ。

[カポネ] もっと早く認めてくれりゃよかったんだけどな。

[カポネ] まあいい。なんにせよ、あいつがミズ・シチリアの目と鼻の先で火遊びしようとしてるのは事実だ。

[ガンビーノ] そうだな。あの女は俺たちになんざ目もくれねえが、俺は黙ってそれを飲み込む気はねえし、機会さえありゃぶっ殺してやろうと思ってる……

[ガンビーノ] とはいえ、あいつはミズ・シチリアさえ眼中にねえような奴だ。

[ガンビーノ] 手紙一つで俺らをビビらすあのミズ・シチリアさえ、な。

[ガンビーノ] しかも、手紙を見てもシラクーザには戻らなかったってのに、もう一匹のはぐれ狼のためならほいほい戻ってきやがった。

[ガンビーノ] ハッ……あの時あいつは、「そんなに彼女が怖いのかい」なんて聞いてきたよな。

[ガンビーノ] お前はどうだ? カポネ。

[カポネ] 正直、怖いさ。ミズ・シチリアに逆らうことなんざ誰にもできないしな。

[ガンビーノ] そう――シラクーザ人なら誰だって、あの人を怖がるもんだ。

[カポネ] で? お前はあいつがどう死ぬか見たいってのか?

[ガンビーノ] 俺が見たいのは、あいつがどう生きるかだ。

[カポネ] ……珍しく気が合うな。

[カポネ] そんなら、まずはこの場を生き延びるとしようか。

[過激なマフィア] 役人がまた襲われた? しかもベッローネについてる奴だって?

[忠実なマフィア] ああ、どう見ても挑発だろうな。

[過激なマフィア] ハッ、ざまあ見やがれだ。どうせロッサティの奴らがやったんだろうな。あいつらはそういう小細工が大好きな気色悪い連中だしよ。

[疑り深いマフィア] だが、例の新都市はベッローネファミリーが管理するってのを十二家のほとんどが支持してる今の状況で……

[疑り深いマフィア] こんな小細工に何の意味があるってんだ?

[過激なマフィア] 意味がないかはわからねえぜ。若旦那のレオントゥッツォは今、建設部の部長秘書をやってるからな。

[過激なマフィア] あいつを部長ごと始末できる奴さえいりゃ、チャンスはあるんじゃねえか?

[過激なマフィア] どうせあいつは、ファミリーのことなんかお構いなしで政府に通ってカタギの奴らに頭下げてるバカ野郎なんだしよ。

[疑り深いマフィア] そう言うのは簡単だが、この数年であの若造を見くびって痛い目見た奴がどれだけいたか……おっと悪い、お前もその一人だったな。

[過激なマフィア] フン……あのガキが多少やるのは認めてやるが、奴がいい気になってられんのはうちのドンが時機を待ってるからでしかねえ! ドンの命令さえあれば……

[忠実なマフィア] 確かに、ドンが口を開いてない以上、ベッローネもまだ勝利宣言はできねえだろうな。

[???] もういい。

それまでの騒ぎが嘘のように、一瞬でその場が静まり返る。

[???] 何を思っても構わねえが、今は軽率な行動を取るんじゃない。油断もするな。

[???] お前たちの考えは理解できる。

[???] 今この時、どっちに賭けるか決めてねえのは、十二家の中で俺たちサルッツォファミリーだけ――

[???] だが、まだその時じゃない。

[マフィアたち] はい。

これがサルッツォファミリーの在り方だ。

個人の考えを持つこと自体は許されるが、意見することは許されない――すべてはアルベルト・サルッツォが決めることだからだ。

アルベルトは自分の決定に疑問を呈することなど決して許さない。

ファミリーには誰一人として、それを不思議に思う者などいない。皆口をそろえて、サルッツォの繁栄はドンが常に正しいからこそだとそう言うのだ。

[???] みんな揃ってるみたいだね。あれ、よーく見てみたら懐かしい顔がたくさんいるなあ。

[過激なマフィア] あ、あなたは……

もっとも、反逆者がいないわけではなかったが……そのほとんどは消されていった。

声を上げる者などいない。

――ラップランドという白い狼を除いて。

彼女は、まるで部屋の主人であるかのように、椅子を引いてテーブルに足を投げ出した。

[アルベルト] こいつを入れたのは誰だ?

[サルッツォの用心棒] お、お嬢様が一人で外の連中を片づけて、無理やり入って行ってしまいまして……

[アルベルト] 会議中だ。今すぐつまみ出せ。

[忠実なマフィア] お嬢さ……いえ、ラップランドさん。ドンの仰せです、どうか……

[ラップランド] ひどいなあ。ミズ・シチリアからのランチのお誘いを断って、家路を急ぐ羽獣みたいにして帰ってきたっていうのに。

[ラップランド] にしても、この……ウォルシーニでの拠点は、サルッツォの本拠地と比べるとちょっとみすぼらしいね。

[ラップランド] ――アントン。本気でボクに冷たくするつもり?

[忠実なマフィア] あなたはもうファミリーの一員ではありませんので。

[ラップランド] アハハ! まさかボクがこのクソみたいな……おっと違った、「偉大なる」ファミリーに戻してくださいなんてあの老いぼれに尻尾振るために帰ってきたと思ってるの?

[忠実なマフィア] 言葉にはお気をつけになってください、ラップランドさん。

[ラップランド] もちろん、よーく気を付けるとも。不名誉な理由で追放されたとはいえ、心の中ではずっとファミリーのことを想っていたからね。

[ラップランド] だからこそこの大事な局面で、命の危険を冒してまで我が家へ帰ってきたんだよ。お父様がどんなに嫌そうな顔をしようと、重要な情報を届けてあげるためにね。

[ラップランド] どう? とっても感動的でしょう?

[疑り深いマフィア] ラップランドよお……ドンの娘だからって調子乗りすぎだぜ。

[疑り深いマフィア] ここはてめえが好き勝手していいような場所じゃ……

[疑り深いマフィア] ぐっ……あ……

[ラップランド] 見たことない顔だけど、新人かな?

[過激なマフィア] そ、そうです! お嬢……いや、ラップランドさん……!

[ラップランド] ボクの真心を疑うなんて残念だなあ。ね、お父様?

[アルベルト] ……

[アルベルト] 俺の机を汚しやがったな、ラップランド。

[ラップランド] そんなのいつでも取り替えられるじゃない。

[アルベルト] ……お前の言う重要な情報とやらを聞かせてみろ。

[ラップランド] テキサスのことだよ。

[アルベルト] お前が見逃したあいつのことか?

[ラップランド] そう、ベッローネがあの子を連れ戻したんだ。

[アルベルト] ……

ラップランドは目を細めて父を見やる。

彼女は、ファミリーのもとへ戻ることに対して何の感情も抱いていなかった。

ただ、この先何が起こるのか――あるいは、自分が何を起こすのかを考えて、少し愉快な気持ちになっていた。

というのも、これまで幾度となくそうした環境に身を置いてきたからだ。

彼女は帰ってきたのだ。

そんな考えのすべてが、彼女には可笑しかった。

[レオントゥッツォ] あの、チェリ……

[テキサス] テキサスでいい。

[レオントゥッツォ] わかった。テキサスさん、シラクーザに戻ってきた感想は?

[テキサス] 良くはないな。

[レオントゥッツォ] だろうな。俺だって、急にどこかへ向かわされるのはいい気がしないと思う。その行き先が故郷だとしてもな。

[レオントゥッツォ] だが、できればあんたにも想像してもらいたい。自分よりはるかに強い「用心棒」を父親から無理やり押しつけられるのも、あまり気分がいいことじゃないというのをな。

[テキサス] 理解はできる。

[レオントゥッツォ] ……

[レオントゥッツォ] だったら何よりだ。

[レオントゥッツォ] とはいえ、残念ながら俺にはあんたを帰してやれる力はない。

[レオントゥッツォ] それぞれのやるべきことをやるしかなさそうだな。

[レオントゥッツォ] 昔のテキサスファミリー式のデザインで、オーダーメイドの服を用意させてあるからそれに着替えてくれ。今夜は、俺の用心棒としてパーティーに出席してもらう。

[テキサス] ……わかった。

ベッローネファミリーが用意した、きれいにアイロンがけされた礼服がテキサスのそばに置かれている。

彼女は閉ざされた扉を見た。

なすべきことはわかっている。

ザーロとの約束を果たすために、この部屋を出て、どうでもいい人間を何人か殺し、混乱を引き起こして、最後に重要人物を殺しに行くのだ。

どうでもいいか、重要か……これこそ、シラクーザ風の命のとらえ方だ。

テキサス自身、昔はそんな考え方に慣れ切っていた。

そして、別の考え方を学んだ今も、この都市に身を置けば、やはり自分がその考えに慣れていることに気付かされた。

彼女は帰ってきたのだ。

そんな考えのすべてが、彼女には憎らしかった。

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