aklib_story_狂人号_SN-ST-11_メインマスト

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狂人号_SN-ST-11_メインマスト

スペクターとアマイアは戦いの中で言葉を交わす。しかし、ウルピアヌスが気配を隠さなくなったことで、時間稼ぎは無用と判断したアマイアは離脱し、シーボーンに身を献げに向かった。かくして、さらなる進化が訪れようとしている。


[アマイア] 初めて出会った時のことは、思い出してくれましたか?

[アマイア] 一面雪景色のようなあの浜辺で、深い傷を負ったあなたが、眠れる森の美女さながら岩礁に横たわる光景は忘れようもありません。

[スペクター] 海流に乗って遠くへ流された挙げ句、腐臭がする陸の人間に起こされることになるなんて、永遠に眠ってたほうがマシだったけどね。

[アマイア] そうでしょうか? 私の記憶では、あの時の第一印象は互いに好いものだったと思いますが。

[スペクター] 否定しないわ。でなきゃあなたは、今頃クイントゥスみたく頭から爪先までバラバラにされてるでしょうし。

[スペクター] にしても、残念ね。私ったら、サルヴィエントの時はどうして今ほど本調子じゃなかったのかしら? せっかくなら、彼とももっと楽しくお喋りしたかったんだけど。

[アマイア] ……

アマイアは優雅な立ち姿を保ち続けていた。彼女が視線を走らせるのに従って、溟痕が広がっていく。

だが、ローレンティーナはそんなアマイアに目もくれなかった。

彼女は何を見ているのだろうか?

[アマイア] ……順調に回復しているようですね。

[スペクター] ええ、お陰様でね。ところで、もう一人はどうしてるの? 元気でいるかしら?

[アマイア] どうでしょうね。もしかするとクイントゥスのように、狩人の手にかかり、命を落としているかもしれません。

[スペクター] ……狩人って、誰のこと?

[アマイア] 少し言ってみただけですよ。

[スペクター] そう。今のって、アーツよね。確かに、私たち狩人にとって脅威になりえる何かが陸にあるとすれば、それはきっとアーツだろうとは思うけど――

[スペクター] あなたはアーツで戦うのが得意ってわけではなさそうね。こうも貧弱だと同情しちゃうわ。

[アマイア] ――考えたことはありますか? なぜあなたの意識は突然覚醒し、また曖昧になってしまうのか……そしてなぜ、あれほど高濃度の精錬液化源石を注入されておきながら、生き長らえているのかを。

[スペクター] 私が丈夫な人だからじゃない?

[アマイア] そういえば、以前はダンスのレッスンについてお話ししたこともありましたね。

[スペクター] ……はぁ、本当嫌になるわね。私が思い出す前に、わざわざ教えてくれちゃうなんて。

[スペクター] まあいいわ。それで、ほかには何を話したのかしら?

[アマイア] 話をそらさないでください、ローレンティーナ。

[アマイア] ああ……あるいは、ご自分がどのように「目を覚ました」のか、あなた自身もおわかりなのでしょうか?

[スペクター] ……

[アマイア] 眠れる美女さん。私たちは、あなたを使って色々な実験を行いましたよね。

[アマイア] 何しろ、それまで「島民」たちからの伝聞でしか海を知らなかった私たちの目の前に、あんなにも完璧な生物が現れたのですから。

[アマイア] ――我々の手法は古く、原始的なものです。教会の看板を掲げてはいても、陸の生き物としての欠陥は埋めようがないもので……

[アマイア] 必然的に、海を受け入れることの叶うケースは少なく、新たな生命の形も不安定でした。

[アマイア] 目を覚ましたあなたが一騒ぎ起こそうとした時、初めに交わした会話のことは覚えていますか?

[アマイア] 「エーギルはどのようにそれを成したのですか?」と、お伺いしましたよね。

アマイアはスペクターの攻撃を躱した。

彼女は自分の首筋を軽く撫でる。黄金の広間に反射した光が、その肌を少し青白く見せていた。

[アマイア] 大量の液化源石が、あなたの……ここに。

[アマイア] 常人なら、髄液を高濃度の液化源石と入れ替えられてしまえば、どう考えても「錯乱」するだけでは済まないでしょうね。

[アマイア] うっ……!

[スペクター] ……そうね、やっぱりあなたたちには感謝しておかないと。お陰で一味違う人生を楽しめたわけだし。

[スペクター] ねえ、知ってる? あなたたちが崇拝してる海溝のクズのせいで、人生の軌道変更を余儀なくされたエーギルが、どれだけいるのかってこと。

[アマイア] ……では、あなたは何になりたかったのですか? 歌劇の役者……あるいは、劇作家でしょうか?

[スペクター] ないない、そんなわけないでしょう。

[スペクター] 私は彫刻家になりたかったのよ。先生も私には才能があるって言ってくれてたしね。

[スペクター] ――小さい頃住んでいた町に、大きくて真っ白な彫刻があったの。

[アマイア] もしや、シーボーンの侵攻で破壊されてしまったとか?

[スペクター] そんな安直な話じゃないわ。

[スペクター] そもそも、すぐ別の町に引っ越しちゃったから、私はそれが壊されるところは見てないの。

[スペクター] だけど、あの影の中に佇むモノクロの彫刻は、今でも私の記憶に焼き付いて離れない。それに……あなたたちのお陰で、あれに秘められた寓意を理解できるようにもなったわ。

[スペクター] あれが表しているのは、「祈り」なのよ。

[スペクター] ただエーギルで学びを重ねるだけなら、この言葉の持つ、より複雑な意味を知ることは永遠になかったでしょうね。

[アマイア] ……

[スペクター] さてと、時間稼ぎなんてやっても無駄よ。そういう知覚関係のアーツを見るのは、これが初めてじゃないもの。

[スペクター] ふふっ。思えば、ロドスの人たちって皆本当に変わってたわね。失礼なこともしちゃった気がするけど……まあ、あの船の人ならみんな許してくれるでしょ。

[アマイア] ロドス……それは、船の名前なのですね。

[スペクター] ええ、ここよりず~っと良い船よ。

[スペクター] それで? あなたの恐魚ちゃんたちは全滅しちゃったし、溟痕もこの偉ぶった広間を腐らせる以外何もできそうにないけど、次はどうするつもりなの?

[アマイア] ……

[スペクター] 遺書を書くなら手伝ってあげましょうか? 本物のエーギル文字ってすごく綺麗なのよ。

[アマイア] ……ふふ。

[アマイア] では、お手を。

アマイアはスペクターへと手を伸ばす。その華奢な手のひらは溟痕に包まれていて、輝くドレスグローブをしているかのようだった。

スペクターはそれを拒むことなく、武器は変わらず握ったまま、空いた片手でその手を取る。そうして、黄金の広間の上で軽やかなステップを踏んだ。

[スペクター] 実を言うと、子供の頃はダンスが苦手でね。入隊してから、隊長に教えてもらったりもしたの。あの人、踊りが上手なのよ。あなたよりもずっとね。

[アマイア] ――あなたの鉱石病を抑制しているものは何なのか。そして、海に近付くほど意識がはっきりとするのはなぜなのか。あなたは、すでにおわかりのはずです。

[アマイア] ほかの狩人たちも――特にあのグレイディーアさんはとうにお気付きのことと思いますが、それでも真実を認めようとはしていない……事の真相は、単純ながらも少々残酷ですからね。

[スペクター] 意識がはっきりする理由、ねえ。やっぱり、こうして故郷へ戻ってきて、懐かしい景色に感動したお陰じゃない?

[アマイア] ふふふっ……あなたもそんなふうに自嘲的なことを言うのですね。

[アマイア] 故郷へ戻ってきた、というのは……確かにそうです。海へ、故郷へと帰ってきたのですから。

[アマイア] そう感じるのもすべて、あなたの中に彼らの血が流れているからこそですが。

[スペクター] ……

[アマイア] あなたの「シーボーンとしての部分」が源石を抑制し、さらには海へ戻ってきたあなたの意識を覚醒させているのです。

[アマイア] となれば――眠りから覚めた今のあなたは、シーボーンなのでしょうか? それとも、アビサルハンターなのでしょうか?

[スペクター] ……ステップが疎かになってるわよ。

[アマイア] あら、ごめんなさい。

[スペクター] 私が動揺するとでも思ってたのかしら? サルヴィエントの時も、スカジがあの口先だけのクズにお説教されてたことくらい私も知ってるのよ。

[アマイア] 本当に動じていないと言い切れますか? こうして、自らの力も、理性も、魂も、敵からもたらされたものと明示されながら、平静を保てる人などいないと思いますけれど。

[スペクター] 話は最後まで聞くものよ。――さっき、彫刻が好きだって話をしたけど、その理由はわかるかしら?

[アマイア] 理由、ですか?

[スペクター] ええ。それはね、彫って、刻んで、形を作るその過程で――

スペクターが足を止める。

アマイアはそこで、一瞬驚かされた。彼女の手を放すと同時に、スペクターは武器を振るっていたのだ。その瞬間の表情は、子供のように楽しげに見えた。

[スペクター] ――命のない「物」に意味を与えて、無意味な虚無から解き放ってあげられるからよ。

[スペクター] まるで私自身の素敵な運命みたいにね。

[スカジ] このゴミ、斬っても斬ってもキリがないわね。

[審問官アイリーニ] どうするのよ、このままじゃ追いつけないわ! 大体、奴はどこへ向かうつもりなのかしら?

[スカジ] 怪我をした以上、海へ戻るはずよ。私たちも、乾いた場所で狩りをすることは多くないし。

[審問官アイリーニ] だけど――きゃっ!

[審問官アイリーニ] この恐魚、壁を突き抜けてきたの!? 「狂人号」の船体は、高速戦艦の砲撃でも貫けないはずなのに……!

[スカジ] 何十年も経ってるし、突き抜けたっておかしくはないでしょ。

[スカジ] ……でも、そう思うと……奴らは、その気になればいつでも船を沈められたはずよね。……どうしてそうしなかったのかしら?

[審問官アイリーニ] そういうのはあとで考えましょう。これまでどんな奇跡が起きてたか知らないけど、今は今で何かしないと本当に沈められちゃうわ!

[スカジ] 方法なら……あるにはあるわよ。

[スカジ] シーボーンをさっさと仕留めれば、恐魚も巣へ帰るはず。

[審問官アイリーニ] そんな単純なことで本当に解決するの!?

[スカジ] そうでなくてもやるしかないでしょ。

[スカジ] 奴は上へ向かっているようね。かなりの速度だわ――あと少しで海に逃げ込むところみたい!

[審問官アイリーニ] そんなこと言ったって……恐魚が廊下を塞いじゃってるのよ!

[スカジ] ……まだ飛べそう?

[審問官アイリーニ] え?

[スカジ] 天井が溟痕で腐食して、脆くなってるの。

[スカジ] 近道しましょ。

[シーボーン] ……グ、ガ……

[アルフォンソ船長] 来たな、獲物よ。

[シーボーン] ……オ前、血族ヲ、同族ヲ、捕食しタ。

[シーボーン] たクさん、食べテきタ。

[アルフォンソ船長] それが何だ。潮風でも食って飢えを凌げとでも言いたいのか?

[シーボーン] 捕食、間違いデはナい。食物、多クあル。

[シーボーン] オ前、私を食べルか? 私、必要カ?

[シーボーン] 理由、アる。遠クの情報、伝達、サれナい。血族、言葉わカらなイかラだ。空気ヲ振るワせ、声ヲ出し、規則を見つケ、言葉ヲ学ぶ。

[アルフォンソ船長] やれやれ、怪物が覚える言葉もエーギル語とは。これだからエーギル人は嫌になる。

[アルフォンソ船長] 貴様が言葉を話すからと言って、情けをかけるとは思うなよ。

[シーボーン] ……お前、私ヲ捕食すル。私、オ前を捕食スる。

[シーボーン] 食事の時間、長スぎた。終わラ、せル。

[アルフォンソ船長] ――このチビめ、随分素早くなったな。貴様の成長はこれまでずっと見てきたが……

[アルフォンソ船長] まさか己を捕食者だと思い込んでいたとはな! 貴様など、俺の育てた家畜に過ぎん!

アルフォンソの振るう刃がシーボーンの身体を削ぎ落とし、その反撃に鋭い牙が彼の片腕を切り裂いた。

血が飛び散り、その空間が加速したかのように、シーボーンの動きはさらに素早くなっていく。

[アルフォンソ船長] この礼服は最後の一着だったんだがな。こうも台無しにされては、貴様の皮を剥いでやるしかなさそうだ。

[シーボーン] グオオオオッ――

[スカジ] ――見つけた!

[シーボーン] Ishar――

[シーボーン] グルル……Ishar-mla。オ前たチ、捕食すル。

[スカジ] ……黙りなさい。

[スカジ] 獲物を殺すのに無駄口なんて必要ないの。私たちは任務でやってるだけだから。

[シーボーン] ……

[スカジ] ――奴を止めて! 海に飛び込む気よ!

[アルフォンソ船長] ッ、待て!

シーボーンがまた一段とスピードを上げる。それはもはや、元いた場所に残像が残って見えるほどだった。

跳躍したと思った瞬間、シーボーンはすでに甲板の反対側にいた。そのまま着地するようにも見えたが、それは海へと飛び込もうとしていた。

だがその時、それよりも速く影がよぎった。

その影は、シーボーンが海へ戻ろうとした軌道を切り裂くように動いて、それを甲板に叩きつける。暗がりの中、何かが船板に刻印を焼きつけて、大船は揺れ動いた。

[アマイア] ……はぁ……はあ……

[スペクター] んー。あなたも本質的にはクイントゥスと似たようなものなのね。そうでもないと、今頃は身体が半分吹っ飛んでたはずだもの。

[スペクター] それじゃ、次は――

[スペクター] ――待って、この匂い……

[アマイア] 気付いたようですね。……無論、彼が自分を隠さなくなったということは、彼の証明したいことはすでに証明され、言いたいことは言い終えたということなのでしょう。

[アマイア] はぁ……彼ならば、理解してくれると思ったのですが……

[スペクター] ……理解って、何を?

[スペクター] この匂いの主が、シーボーンに変わった何かじゃなくて、本当に彼なんだったら――あの人に自分を理解してもらおうなんて思わないほうがいいわよ。

[スペクター] 私の印象では、あなたたちが浅い見識と道徳観で「信頼できる」と判断してきたエーギル人って、みんな相当変わり者だったはずだしね。

[アマイア] ……

[アマイア] (ウルピアヌスが手を出してきた今、これ以上彼女を相手に時間稼ぎをしても意味はない……)

[アマイア] (……使者を、迎えに行かなければ。)

[スペクター] あら、逃げるの? 話はまだ終わってないじゃない。

[アマイア] またお会いしましょう、ローレンティーナ。

[アマイア] 再会叶ったその時には、エーギルの話をしましょうね。

[スカジ] ――

スカジは瞬きもせずにそれを見ていた。

簡潔で、明快で、躍動的なその動きを、彼女は誰よりもよく知っていた。

彼女の脳裏に、ロドスの仲間たちが自分をどう評していたか……そして、目の前の二人と初めて会った時、彼らをどう思ったのかが蘇る。

しかし――

[ウルピアヌス] お前たちはエーギルに認められ、選ばれた人材だ。それゆえ俺の指揮のもと、狩人の遺伝子で能力を補い、暴力を行使する天才となるはずだった。

[ウルピアヌス] だが――どうやら腕が落ちたようだな、スカジ。

[スカジ] あ……

[スカジ] あなたは……

[グレイディーア] お説教はあとにしてちょうだい、ウルピアヌス。奴はまだ生きていてよ。

[ウルピアヌス] わかっている。

[ウルピアヌス] では、スカジ。以前と同じく一度だけ、学びの機会を与えよう。

[シーボーン] ギュアオオッ――!

ウルピアヌスが武器を振るう。

シンプルで飾り気のない一撃は、避けようにも避けられないほど、ただただ素早いものだった。

動きに続いた轟音が、その桁外れな威力を物語る。

一度も使われていない砲塔へ無慈悲にも叩きつけられたシーボーンの身体は、大きくえぐれていた。

[ウルピアヌス] このように動きを見て判断し、武器を振るい、急所を突く。

[ウルピアヌス] 奴らとの戦闘では、これが最適解だ。お前は昔より動きが鈍り、慎重になっているな。陸上生活に大きく影響されたと見える。

[スカジ] ……

[スカジ] まさか……生きていたなんて、思いもしなかった……一体どうやって生き延びたの……?

[スカジ] てっきり、死んでしまったとばかり思っていたわ……あなたもカジキも、あの場をどう切り抜けたの?

[スカジ] もしかして、ほかの人たちとも再会できるのかしら? 第一隊や、第四隊の人たちは……?

[ウルピアヌス] こうして生き延びたことは、俺の価値観で言えば一種の悲劇だ。またグレイディーアは一貫して、恥と捉えていることだろう。

[ウルピアヌス] ほかの生存者については、望めそうにない、とシーボーンが伝えてきた。巣の中であれば、奴らが見逃す道理もあるまい。

[グレイディーア] 話の前に、まずは奴を仕留めてしまいましょう。あなたのことについては、狩人が全員揃ってから改めて処断するわ。

[ウルピアヌス] ……

[シーボーン] オ前たチ、乾イた浮キ……「フネ」で、狩リをすル。群レを、離れテいル。

[シーボーン] 死ハ、無益だ。オ前タちの死モ、一族にハ、無益ダ。

[シーボーン] お前タち――

[シーボーン] グギュッ……!

[アルフォンソ船長] ふん。狩人たる者、獲物が死ぬまで会話に興ずるべからず。俺たちの野戦訓練では、いの一番に教えていたようなことだ。

[アルフォンソ船長] この俺に尻拭いばかりさせるとは大した度胸だな、エーギルども。

[アルフォンソ船長] 一体何がしたいんだ? 俺の船に何をしでかしたか、理解しているんだろうな。「イベリア」を滅茶苦茶にし、「ヴィクトリア」を破壊した挙げ句、「ウルサス」を怪物なんぞに蹂躙させるとは……

[シーボーン] グオオオッ――!

[アルフォンソ船長] チッ、丈夫な奴め!

[シーボーン] ギュイイイイッ――!

[審問官アイリーニ] 当たった! ――今よ、アルフォンソ!

[アルフォンソ船長] 食らえッ!

[アルフォンソ船長] はぁ……

[審問官アイリーニ] や、やったのね……?

[審問官アイリーニ] ううっ、手が……もう、痺れて……

[グレイディーア] ……目を離さないで!

[アルフォンソ船長] 何?

[グレイディーア] 奴はまだ生きているわ!

[アルフォンソ船長] ――!

[シーボーン] ……ゴボッ……グ、ォ……グルル……

[シーボーン] グ……

[アルフォンソ船長] たちの悪い奴め。甲板を裂いて飛び込むとは、自らまな板に飛び乗るつもりか?

[ウルピアヌス] ……いいや、違う。

[ウルピアヌス] すぐに追うぞ! 奴が船内へ向かったのは、追い詰められたからではない――この船には、奴の仲間が乗っているんだ!

[ウルピアヌス] あの女を探しに行ったに違いない!

[シーボーン] ……グ……グ、ギュルル……

[シーボーン] (咀嚼音)……グ……ギュ……

[アマイア] ……ああ、使者よ。

[シーボーン] ……鱗ノ、なイ……同胞。

[シーボーン] 傷、癒えナい。一族、養エ、なイ。

[シーボーン] 攻撃、さレた。奴ラの攻撃、目的、捕食でハ、ない。

[アマイア] ……

アマイアはただ、静かに耳を傾けていた。

彼女の細い体にスペクターが残した傷からは血が滴り、シーボーンの流した血の中へと溶け込んでいく。

アマイアは、黙ってその音を聞くばかりだった。

[シーボーン] ……オ前も、怪我、しタ。

[シーボーン] 私ヲ、食べロ。

[シーボーン] 生き延ビろ、同胞。

[シーボーン] 一族、存続すル。生存、スる。

シーボーンはこうべを垂れて、アマイアの足元にひざまずく。

そうして目を閉じ、死を待った。

しかし、アマイアは変わらず、静かに耳を傾けていた。

奉仕や、犠牲と呼ばれるもの。

見返りを求めない利他の精神は、人々から崇められ、美徳とされているものだ。

[アマイア] 私には、イベリアとヴィクトリア、そしてウルサスの三国を合わせたよりも巨大だというかの国を――エーギルを、この目で見たことなどありません。

[アマイア] エーギル人は皆合理主義者だと聞きますが、我が同胞と比較したならば、それはどこまで「合理的」と呼べるのでしょうね。

[アマイア] ――お聞きください、使者よ。

[アマイア] 犠牲は崇高なものにあらず、奉仕もまた美徳たりえぬものです。

[シーボーン] ……崇高……? 美、徳……?

[アマイア] あなたには、犠牲や奉仕の意味を理解する必要はありません。そうしてシーボーンが人に近付くことを「進化」と捉えるは凡人のみ。

[アマイア] 事実は決して、そうではありません。

[アマイア] それはあくまで、より多くの可能性を得るべく提示された包容の表れです。

[アマイア] 同胞のために己が身を捧ぐ人を賛美するということは、「それとは別の選択を取る人が大勢いる」ということを意味しています。

[アマイア] 何しろ、幼い鉗獣ですら殺されかけた仲間を守ろうとするのですから……本来それは「美徳」と讃えるようなことではなかったはず。

[アマイア] だというのに、人は稀少となった献身を讃え、道徳でその利他性を飾り立てている。そうして自らの利己心を正当化し、自分は獣より高貴な存在だと思い込んでいるのです。

[アマイア] なんと滑稽な自己弁護でしょうか。国家や種族の隔たりが、この大地を引き裂いているのは明らかだというのに……

[アマイア] ――「生命とは、決して無秩序なものではない」。これこそ、陸を離れた私が、海に求めた最後の答えなのです。

[シーボーン] ……

シーボーンは目を閉じて、アマイアの――同胞の話を聞き、その意味を考えていた。

それは理解の及ばないものだったが、同胞は理解する必要はないと言い、シーボーンはその言葉に従った。

次の瞬間、鱗のない同胞の手が、シーボーンの身体に乗せられる。

そして、同胞はこう言った。

「どうか、お願いいたします。」

「私のことを、刻み込み――」

「解放して――」

「喰らい尽くしてください。」

[ウルピアヌス] アマイア!

[ウルピアヌス] ……

[ウルピアヌス] ……匂いは残っている。まだ近くにいるはずだ。

[グレイディーア] どうやら、溟痕で腐食した壁を切り裂いて海へ戻ったようね。

[ウルピアヌス] ああ。しかし、それだけではない。この場所で血痕が途絶えている……何かが起きたんだろう。

[ウルピアヌス] 俺が追跡する。お前たちはここで待っていろ。

[グレイディーア] 狩人が海への帰還を恐れる必要なんて、どこにあって? そんな振る舞いは屈辱的だわ。

[ウルピアヌス] ならば、その屈辱を受け入れることだな。我々は慎重さを欠いてはならない。俺一人で十分だ。

[グレイディーア] 私も同行させなさい。

[ウルピアヌス] 監視役としてか?

[グレイディーア] 規律を保つためよ。

[ウルピアヌス] ……好きにしろ。だが、お前も感じ取っている通り――

[ウルピアヌス] より多くのシーボーンが近付いてきているのを忘れるな。ここは海岸の近くではあるが、海に囲まれていることに違いはないからな。

[最後の騎士] ……

[ロシナンテ] ……シュー……

[最後の騎士] ……もウじき、ダ――偉大なル、領土。

[最後の騎士] もウ、じキに。

[最後の騎士] 嵐ガ、空を、引キ裂いテ。大波が、やっテ来ル。

[ロシナンテ] ……

[最後の騎士] こコで、見守リ、待つトしよウ。

[最後の騎士] 大波ヲ、迎えテやロう。

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