aklib_story_千年一嘆

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千年一嘆

尚蜀とゆかりのあったニェンは、この町に戻った際に、少しばかりの思い出が蘇った。そこで彼女はそれを形にすることにした。


尚蜀 五〇七年 粉雪舞う大寒の日

[鍛冶屋] よぉ、来たか。

[エン] 約束ですから。

[鍛冶屋] ちょうど百日だ。

[エン] 途中で雪に邪魔されていなければ、もう少し早く着くはずでした。

[鍛冶屋] ここに来たからには、例のものは見つかったんだよな?

[エン] お持ちしましたよ、尚蜀で最も辛い唐辛子を。

[鍛冶屋] お、見た目は悪くないじゃないか。ここ最近ひどい天気だっていうのに、よく新鮮な状態で運んで来られたな。大したもんだ。

[エン] 長年に渡って、俗世を離れている先生も、下界の天候をご存知だったんですね。

[鍛冶屋] ん? それは皮肉か?

[エン] ……尚蜀の山道が険しいとはいっても、吹雪を避けられる場所は必ずあります。

[エン] 私は三山十八峰の農家や客桟(きゃくさん)、隅々まで巡って参りました。もちろん、この舌で味わったものは――

[鍛冶屋] みなまで言わなくていいさ。台所はあっちだ、食材も道具もあるから作ってきな。

[エン] はい……

[エン] どうぞお召し上がりください。

[鍛冶屋] おや? 水煮肉片(シゥェイズゥロウピエン)、こんな簡単な料理一品だけか?

[エン] 今の尚蜀では、この料理を食べられる者はそうそういませんよ。

[鍛冶屋] 面白い。どれどれ?

[鍛冶屋] ……

[エン] いかがでしょうか……?

[鍛冶屋] うむ、水煮肉片で肉の厚みを揃えるのは基本中の基本だが、形まで一枚一枚全く一緒とは、大した包丁の冴えだ。ただし……

[鍛冶屋] どうもつまらん。味がしねぇ。

[エン] そんな……

[鍛冶屋] これがお前の見つけた「尚蜀で最も辛い唐辛子」だって言うなら、残念だが、剣は渡せん。

[エン] 先生!

[エン] 私は自分のためではなく、この大地に生きる民草を救うために剣を求めているのです。どうか――

[鍛冶屋] お前が何のために剣を求めてるのかなんて知ったこっちゃないさ。唐辛子が旨くなけりゃ、剣は渡さん。

[鍛冶屋] 興が醒めた。今日は帰れ。

[エン] ……お待ちくださいませ。

剣使いは懐から短剣を抜くと、躊躇なく自らの手首を切り、真っ赤な血を水煮肉片に垂らした。

[エン] どうでしょう、まだ味は足りませんか?

[鍛冶屋] ……面白い。

[鍛冶屋] ほれ。

[エン] これは……!

[鍛冶屋] 尚蜀で最も辛い唐辛子と尚蜀で最も上等な剣。妥当な取引だ。

[エン] ありがとうございます!

[鍛冶屋] 礼はいい、約束だからな。こういう商売なんだ。

[エン] ……

[鍛冶屋] まだ何か?

[エン] 使い道も訊かずに剣を渡していただけるのですか?

[鍛冶屋] 薪を割ろうが人を斬ろうが、はたまた質屋に入れようが、百日後に返してくれればそれで良い。

[エン] しかし万が一、壊してしまったら……

[鍛冶屋] この世にこの剣を壊せるものがあるとしたら、逆に見てみたいものだな。

[エン] しかし――

[鍛冶屋] そんなに心配なら、今すぐ剣を返すか?

[エン] いいえ……君子に二言はございません。百日後、必ずやこのままお返しいたします。

[鍛冶屋] ほれ、剣も手に入ったことだしもう用はないだろう、さっさと山を下りるがいい。

[エン] ありがとうございます! 失礼いたします。

[鍛冶屋] 面白い、実に面白い……

[「墨笠」] 素晴らしい……見事な剣術だ――

[エン] ……

[エン] うぅっ……はぁ……はぁ……

[???] お見事、お見事……信じられない。

[エン] たかが盲人の剣があんたの手下の「墨笠」よりも速いことがか? それとも、あんたよりも鋭い剣が作れる者がいることがか?

[エン] ク・ロージ……あんたの負けだ……

[ク・ロージ] ふふっ、そうかな?

[エン] あんた言ったよな。自分以上に強い剣を作れる者が現れたら、「星隕神鉄」のレシピを渡すと。今この場で渡してもらおうか。

[ク・ロージ] フッ、確かに言ったな。しかし不思議なものだ。そのような希代の名剣を手にしたというのに、何故まだ「星隕神鉄」のレシピなどを求める?

[エン] 私ではなく、尚蜀の民がそれを必要としているのだ。

[エン] 天災に襲われ、多くの民は家を失い、今の尚蜀では復興が当面の急務だ。「星隕神鉄」があれば、民はより早く安住の地を作ることができる。

[エン] クさん、我々の因縁はささいな過去の出来事にすぎん。いや、たとえどんな恨みがあろうと、天下蒼生の大事とは比ぶべくもないだろう。勝敗は明らかである以上、あんたは――

[ク・ロージ] ハハハハッ……! 国を憂い民を憂う、その義侠心はさすがだよ。しかし残念だったな……

[ク・ロージ] ……あまりにも純真すぎるのだ。君は人を疑うことを覚えた方がいいよ。「星隕神鉄」なんて、もともとこの世には存在しないんだ。

[エン] なんだと!?

[ク・ロージ] 一応訊いておくが、その剣は攥江峰(さつこうほう)に住む赤い角と瞳を持つ鍛冶屋が鍛えたものなのか?

[エン] なぜそれを――

[ク・ロージ] ふん、この炎で私に対抗できる鍛冶屋と言えば、あいつしかいないだろう。

[エン] ク・ロージ、あんたの目的はもしかして……

[ク・ロージ] そうだよ。この十年間、私は夢中になって彼女が作った剣を探していたのさ。

[ク・ロージ] 私にはわからないんだ、剣を作る技術なら最高の域に達しているというのに、なぜ負けた!? あいつが一体どんな技術を使ったのかを明らかにしたかった……

[ク・ロージ] 君が実物を持って訪ねてきたんだから、感謝してもしきれないね。

[ク・ロージ] さぁ、大人しく剣を渡しなさい。そしたら命まではとらないよ。

[エン] そうか……

[エン] 全て嘘だったことに今更文句を言うつもりはない。騙された私が悪い……だけど「星隕神鉄」が存在しないというのなら、これ以上関わる気はない。

[エン] この剣は借りたものだから返さなくてはならないんだ。あんたに渡すわけにはいかない。

[ク・ロージ] 命知らずだね……者ども出会え!

[ク・ロージ] いくら剣術の達人とはいえ、これだけの数を相手にどれだけやれるかな。かかれ!

[エン] (息切れ)

[ク・ロージ] まだ抵抗する気か? 後で恨むなよ。

[ク・ロージ] 矢を放て――

[???] フン、情けねぇなク・ロージ。そんなに私の剣を気に入ってるなら直接言えばいいだろう。こんな小娘を追い詰めてどうすんだ?

[???] 素直に負けを認めさえすれば、剣なんざいくらでもくれてやるよ。サインもつけてやっていいぜ。

[ク・ロージ] ニェン・フェイハン! なぜここに!?

[ニェン] せっかくこの十年のんびり過ごしてたってのに、一体誰がここまで私に粘着してるのかと思ったら……案の定、お前だったか。

[エン] 先生……

[ニェン] お前も馬鹿正直だねぇ。剣の一つや二つ、欲しいってんならくれてやればいい。わざわざ自分を傷つけるこたぁないだろう。

[エン] 返すと言ったのです。君子に二言は……

[ニェン] ハハッ、なるほどお前らしい。

[ニェン] だが、この私が来たからには、これ以上好き勝手はさせねぇ!

[ク・ロージ] こ、こいつらを捕まえろ!

[ニェン] 天に洪炉有りて――

[ニェン] もう終わりか? まだ奥の手があんなら出し惜しみせずに使えよ。

[ク・ロージ] それだ。そのお高くとまった傲慢さがムカつくんだ。十年前あんたに負けたあの日に私は誓ったんだ。絶対にあんたのその高い鼻っ柱を叩き折ってやるってね!

[ニェン] 仕方ないだろ。同業で、私を本気にさせられるようなレベルの競争相手がいないんだから。

[ク・ロージ] フンッ、思い上がるのもいい加減にしろ、ニェン。あんたは自分の鍛冶技術が最強だと自負するあまり、研鑽を怠っていたんだ。

[ク・ロージ] あんたが立ち止まっていたこの十年で、私の腕がどれほど上がったのか、思い知らせてやるよ!

[ク・ロージ] 出でよ、機械凶獣!

[機械凶獣] (雄たけび)Di、di-di――!

[機械凶獣] (怒り狂った咆哮)Di――!!

[ラヴァ] ストップ、ストーっプ!!!

[ニェン] なんだよ? いいところだったのに。

[ラヴァ] なんでオマエの映画は毎回巨大モンスターで締めにかかるんだよ!

[ニェン] はぁ? その方がカッコイイからに決まってんだろ?

[ラヴァ] でもこれ、炎国武侠映画なんだろ!?

[ニェン] おい、テーマに囚われすぎんなよ。アクション、ミステリー、SF……そういうキャッチーな要素は多けりゃ多いほどいいもんだろ?

[ラヴァ] 脚本を書く前にウイスパーレインさんを文芸顧問に立てりゃいいのに……

[ラヴァ] しかもクロージャを敵役で出演させようだなんて……こんな茶番に付き合う暇なんてあるわけないだろ!

[ラヴァ] それから! 最初からツッコミたかったけど、アタシが主役っていうのに、オイシイとこ全部オマエに持ってかれてない?

[ニェン] そうカリカリすんなよ。ラストの感動シーンはちゃんとお前のために取っといたから。お前が死ぬとこが一番の見せ場なんだからさ。

[ラヴァ] しかも死ぬんだアタシ!?

[ニェン] キャラだよ、死ぬのは。

[ラヴァ] ……じゃタイトルは? 『剣客、危城に立つ』? それとも『鋳剣伝奇』?

[ニェン] 『無情剣一閃、機獣両断』だ。

[ラヴァ] 頼むからスタッフロールにロドスの名前だけは出さないでくれよ。間違いなくパブリッシャーにセンスを疑われるぞ。

[ニェン] 評論家はどっちみちうるせーからな。でもクルビアのランクウッドはこんな映画で、毎年いくらの興行収入を稼いでるか知ってるか?

[ラヴァ] ……

[ニェン] 納得した?

[ラヴァ] 諦めた……

[ラヴァ] 貴重な昼休みを犠牲にしてまで聞く話じゃなかった。

[ラヴァ] 午後も訓練があるから、先に戻るぞ。

[ニェン] 終わったら声かけてくれよ、衝撃のラストを教えてやっから!

[ラヴァ] いらねーよ!

[ラヴァ] ……

[ラヴァ] ちょっと待て、一つだけ訊きたいことがある……

[ラヴァ] この話、どこまでが実話なんだ?

[ニェン] ん? なんで?

[ラヴァ] 全体的にはふざけた内容だけど、細かいところが妙にリアルなのが気になるっていうか……

[ニェン] ほう? お前はどう思う? どの部分が実話に聞こえるんだ?

[ラヴァ] あの剣客って、本当に目が見えないのか?

[ニェン] 知りたいか?

[ラヴァ] 別に。

[ニェン] 「真実」がどうであれ、聞く側からすりゃそれはただの「物語」にすぎない。「物語」の真偽を問い質すのは無意味だと思わねーか?

[ラヴァ] まあいい、どうせ適当に書いた作り話なんだろ? 気にした自分がバカだった……

[ラヴァ] じゃあな。

[ニェン] おいおい、監督を務めてもらわなくちゃ困るんだけど!

[ラヴァ] まともなシナリオができるまでは絶対やらねぇ!

[ニェン] はぁ、私の芸術に世の中が追いついてねーのかもなぁ……でもいつか必ず理解される日が来るだろ。

[ニェン] ただラヴァがいねーと、前準備とかいろいろ大変そうだし、私ひとりじゃ厳しいな……

[シー] 歳を取ると感傷的になりやすいってのは嘘だと思ってたけど、どうやら本当みたいね。

[シー] 尚蜀に行ってみて、色々思い出したのかしらね?

[ニェン] どうだ、オメーも感動的なシナリオだと思わねーか?

[シー] 批評する時間ももったいないくらいね。一晩中駄々こねて粘って、こんなもの見せたかっただけなの?

[シー] もう見てあげたんだから、これ以上絡まないでよ。出てって。

[ニェン] ……

[シー] ……まだ何かあるの?

[ニェン] 絵コンテと背景のイメージ指定をやってもらいたいなーって。

[シー] 絶対に嫌!

[シー] 今度あんたが眠ってる間に、あの死ぬほどつまらない映画フィルムを全部燃やしてやるから。

[ニェン] オメーもいい大人なのに、子供みたいに意地を張るなよ。

[シー] ……

[シー] あれから何年経ったの?

[ニェン] 何のことだ?

[シー] とぼけないで。

[ニェン] まるで私の脚本を見透かしたような言い方じゃねーか。

[ニェン] 中身をすぐ見破られるのも、作る側としてはショックなんだよな。

[シー] どれだけの付き合いだと思ってるの、「姉さん」。

[シー] 司歳台に行けば、あんたの黒歴史を調べられるのかしら? だったら見てみたいものだわ。

[ニェン] そういうとこラヴァちゃんとそっくりだよな。気になって仕方ねーくせに涼しい顔しやがって。

[シー] 言っとくけど、あんたのくだらない脚本には全く興味ないの。ただあんな風に書き出してまで残したいくらい、あんたが忘れられないものが何か気になるだけ。

[ニェン] あっそう。だったら茶でも淹れてくんない? じっくりと話してやるからさ。

[シー] ……正直に話してよ。盛ったりしたら許さないから。

[ニェン] あははは……あれは一体いつのことだったのか、正直私もはっきり覚えてねーんだ。ただ、移動都市とかがまだ出来てねー時代だったことだけは覚えてる。

[ニェン] それと、あの日は雪が降ってた。

[ニェン] 石墓に入って何年経ったのか……ついに飽きちまって、地上に出て息抜きでもしようと思ったんだ。

[ニェン] だけどほうぼうを歩き回ってみても、墓に入る前と大して変わらない景色だった。

[ニェン] その時思ったんだ。結局人間ってのはこの程度のもんなんだって。たとえ百万の兵を率い戦場を駆け巡ったとしても、たかが数十年の人生で一体何を成し遂げられるっていうんだ?

[ニェン] そうやって暇つぶしにあちこちうろついてたが、司歳台がそんな私を見て、任務を投げてきやがって。天災に見舞われた尚蜀の町の再建に行かされたんだ。

[シー] 司歳台もよくそんな大事なことをあんたに任せられたものね。

[ニェン] 適材適所ってカンジじゃね? 一応その道のプロだし。

[シー] ちゃんと働いたの?

[ニェン] するわけねーだろ。

[シー] はぁえらく堂々と……

[ニェン] まぁ、全然ってわけじゃねーよ。ただあんまり地形が険しくて、マジでやっても、家を一軒二軒建てるだけで相当な苦労しそうな感じだった。

[ニェン] しかも司歳台の奴ら、「小規模な天災にも耐えられるような都市を建設しろ」なんて言い出しやがって、もう完全に嫌がらせだろ?

[ニェン] だから私は、気まぐれで現地の奴らを手伝ったり、アドバイスしたりしただけだ。

[ニェン] 尚蜀の食べ物が口に合ったもんで、少しくらい長居しても構わねーと思ったんだよな。

[ニェン] そんである日……

[ニェン] 一人の少年が訪ねて来て、剣を作ってほしいとな。

[ニェン] 尚蜀にいた頃はそこそこ名を知られていたから、噂を聞いて訪ねてきたんだろうなぁ。だけどその少年は……鉱石病に両目の視力が奪われてたんだ。

[ニェン] おい、何日もここに張り付いて、一体どういうつもりなんだ?

[少年剣士] 先生に剣を一振り賜いたいのです。そのためなら何であろうと喜んで差し出します。

[ニェン] もっともらしく言ってるがよ、オメー何が払えるってんだ? そもそも、なんで剣なんか欲しがってる。

[少年剣士] 人を助け、仇を討つためです。

[ニェン] チッ……面倒くせーな。

[ニェン] その後、何回訊いてもその少年は、「人を助け、仇を討つ」と一点張りでさ。ま、私も言うほど気になってたわけじゃねーけど。

[ニェン] そいつがあまりにもしつこかったから、適当に剣を作って渡した。そんで「どうせオメーには逆立ちしたって払えないから貸してやるだけだ。百日後には必ず返せ」って言ったんだ。

[ニェン] それから三ヶ月、そんな約束なんか忘れかけてた頃、突然ある老人が私のとこにやって来た。

[ニェン] その老人のことは知ってた。街の方にある客桟の店主だった。

[ニェン] そいつから渡された小包には、折れたあの剣が入ってた。

[ニェン] これは?

[老人] ある少年に金を渡されて、どうしても今日中にこれを攥江峰にいる鍛冶屋に渡してくれと頼まれたのじゃ。

[老人] はぁ……ここまで来るのは難儀したぞ、最近は寒の戻りが厳しくてのう、雪も降っておったし、山道は実に険しかったわい。

[ニェン] なんでオメーに頼んだ? なんであいつは自分で渡しに来なかったんだ?

[ニェン] ほう……剣を壊しちまったから合わせる顔がねーんだな?

[老人] あの子は恐らくもう、死んでおるじゃろうて……

[シー] その子はなぜ死んだの?

[ニェン] 私も知らねーよ。

[シー] 知らないって……その老人から聞かなかったの?

[ニェン] 老人は少年に言われた時間に、約束の場所へ剣を取りに行っただけなんだとよ。そんでその場所に着くと、辺り一面の焼け野原だったそーだ。

[ニェン] どれだけ長く燃えてたか知らねーが、そこら一帯が元の様子が想像すらつかないくらいで、折れた剣だけが焼け跡の真ん中に横たわってたらしい。

[シー] ……なんだか、また作り話を聞かされてるような気がするけど。

[ニェン] ひでーな。お姉ちゃんのこともう少し信用しろよ!

[シー] それからどうなったの?

[ニェン] どーもこーもねーよ。それ以上何も聞かなかったからな。結局私は興味なかったんだ。

[ニェン] 私はその折れた剣を鋼片に鋳造しなおして、老人に頼んで、それを町の職人たちに渡してもらった。

[ニェン] その鋼片から何かを学んで、モノ作りの技術向上がかなったら、私としても司歳台への言い訳になるし?

[ニェン] で、ずっと同じとこにいるとさすがに飽きちまうから、その後は尚蜀を離れた。

[ニェン] あの時は、与えてやったヒントで腕が上がったら、尚蜀を居住に適した場所ではないと気づいて、他に住む場所を探すと思ってたんだよ。大体そんな結末に落ち着くだろうって。

[ニェン] そして五十年後、再び尚蜀に戻った私の目に映ったのは――

[ニェン] 高い山や険しい峰の間に聳え立つ都市だった。

[ニェン] 尚蜀には三山十八峰がある。人々はその険しい山道を桟橋でつなげていた。そして最も高い山頂に鎮座していたのは、あいつらが建てた塔だった。

[ニェン] もちろん、私はそれが自分の功績だって主張することもできるよ。ヒントを与えてなかったら、あいつらがその技術にたどり着くのに何年掛かってたか分かんねーからな。

[ニェン] けど、あの朝日に照らされた、尚蜀の壮大な光景を目の当たりにした時は、そんな考えは微塵も浮かばなかった。

[シー] まさか、あんたの口からそんな言葉を聞けるとは。

[ニェン] あの時から、考えが変わったのかもしれねぇ。

[ニェン] 人って、やっぱりおもしれーなって。

[シー] ……これで終わり?

[ニェン] まーね。

[ニェン] 強いて付け足すなら、ちょっとしたエピローグが――

[ニェン] 番頭、いるか?

[客桟の店主] ようこそいらっしゃいました、中へどうぞ!

[ニェン] 「興城客桟(こうじょうきゃくさん)」……この店、前からこんな名前だったっけ?

[客桟の店主] お客様よくご存じで! 深ーい由来があるんですよ。伝承によりますと五十年前、ここ尚蜀は天災に見舞われたんだそうです。

[客桟の店主] その時、うちの祖父が仙人さまから神鉄を賜りまして、その神鉄のおかげで、当時の職人たちが現在の尚蜀城を建てることができたと言われているんですよ。

[客桟の店主] 祖父はそのことを記念して、店名を「興城」に変えたんです。

[ニェン] へえ。じゃあ、ついでにこの話の前日譚は聞いてるか?

[ニェン] たとえば、盲目の少年剣士とか、折れた剣の話は?

[客桟の店主] これはまたご冗談を。仙人さまと神鉄だって伝説上の存在ですよ。少年剣士や折れた剣などは、その噂に尾鰭がついたものでしょう。

[客桟の店主] 五十年も前の話です。茶館の講談師のところに行ってもデタラメな話を聞かされた挙句、ぼったくられるだけですからお気をつけてくださいね。

[ニェン] そうか、もう五十年も前のことか。

[ニェン] まぁいい、記憶違いだったみてーだな……オヤジさん、水煮肉片をくれ。辛さマシマシで!

[客桟の店主] あいよ! 少々お待ちを。

[ニェン] ったく……

[ニェン] たかが一本の剣だっつーのによ……

[シー] なんだか後悔してるように聞こえるけど?

[ニェン] 多少はな。

[シー] 何を後悔してるの? あの子に良い剣を与えなかったこと? それとも彼がなぜ死んだのか、自ら確認しに行かなかったこと?

[ニェン] どっちでもねぇ。もっと早く地上に出てたらなーって後悔してる。

[ニェン] 太陽も見えねー真っ暗な石墓の中で何年も暮らしてたなんて、時間の無駄だったな。

[ニェン] 私たちに残された時間がどんくらいあるかなんて、分かりゃしねーだろ。

[シー] ……何の話をしても、結局はその話題になっちゃうのよね。

[ニェン] 冷てーこと言うなよ。こいつは私たち家族全員が向き合わなきゃいけねー問題だろ?

[シー] 私は疲れたから、もう寝るわ。出て行って。

[ニェン] へえ、オメーはいつから眠れるようになったんだ?

[シー] ……

[ニェン] 認めるんだな、妹よ。私たちはまだ夢の中なんだって。夢ん中にゃおもしれーモンがいっぱい詰まってて、夢の儚さすら忘れそーになる。

[ニェン] でも、いつかは必ず目を覚まさなくちゃならねーんだ。

[シー] 勝手にすればいいわ。まさか夢なんかと一緒に滅びるつもりじゃないよね?

[ニェン] まずは、どーすりゃこの夢を少しでも伸ばせられるか考える。それでも目を覚まさなきゃならねーって時は……クソデカい爆竹で、夢を木端微塵にぶっ飛ばすさ。覚める前にこの手でな!

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