aklib_story_荒野の匠

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荒野の匠

とある展覧会において、ヒューマスは自身の経歴が理由で冷ややかな視線を浴びせられてしまう。しかし彼は、自分にしかできないやり方で人々に自らの考えを伝えることに決めたのだった。


[ヒューマス] こいつに向かって話しゃいいのか? じゃあちょっと失礼して……そらっ! あーあー、大丈夫そうか?

[レポーター] ヒューマスさん、そう強く叩いてテストしなくても、マイクの調整は済んでいますから。

[ヒューマス] ヘヘッ、こいつは俺の昔っからのクセみてぇなもんさ。作ったもんのパーツが接触不良を起こしちまってたら、ぶっ叩いてからじゃねえと動かねぇからな。

[レポーター] はぁ、実にユーモアのあるお方ですね。本展覧会のスポンサーはどれもトリマウンツの最先端を行くテクノロジー企業ですから、そのような不良品が手配されることなんてないでしょうに。

[ヒューマス] そいつぁ……

[ヒューマス] (安く上げるために、俺の出しもんは中古のパーツばっか使ってるなんて言えねぇな……)

[ヒューマス] あー……それでレポーターさんよ、俺に何が聞きてえんだっけ?

[レポーター] はい、では本題に入りましょう。ヒューマスさん、今回最も注目を集める参加者の一人として、多くの人があなたの経歴と作品に……とても関心を寄せているんです。

[ヒューマス] おお、そりゃホントか? なら今日持ってきたやつをきちんと紹介しねえとな。

[ヒューマス] まずはこの全自動洗濯物取り込みハンガーからいくか。普段生活してると、干してる洗濯物の取り込みを忘れちまうのなんて日常茶飯事だよな。ずっと干しっぱなしだと衛生的にも良くねえだろ?

[ヒューマス] そこで俺が改造したこのハンガーラックの出番ってわけだ。こいつは服が乾いたのを感知すると、自動でたたんだ後にタンスの位置を判別して、下の動力装置を使って中にぶち込んでくれるんだ。

[ヒューマス] ほら見てろ!

[ヒューマス] おっと、わりいわりい。カメラに向かって放り投げちまうたあな。位置をちゃんと判別できなかったみてえだから、もう一回実演させてくれ。

[ヒューマス] こいつに関しては話してえことがたくさんあるんだ。こいつぁ手足の不自由な爺さん婆さん方のために発明したもんでな……

[レポーター] コホン……ヒューマスさん、実演は一旦置いておいて、もう少し質問をさせてください。

[レポーター] 先ほどこの製品をご紹介いただいた際、他の方のように「発明」と紹介するのではなく、「改造」という言葉を使われていましたね。

[ヒューマス] 「改造」? そうだっけか……?

[レポーター] ええ、確かに最初は「改造」とおっしゃっていましたよ。そこで質問なのですが、ヒューマスさんは元の製品に手を加える前に、きちんと製品の権利者に許可を取ったのでしょうか?

[ヒューマス] ああ? こいつはタダみたいな値段でスーパーに売ってた安もんだし……

[レポーター] ですから、許可は取ってありますか?

[ヒューマス] そりゃ……その……

[レポーター] どうやらあなたは製品を「改造」する際、そういったことはまったく頭になかったようですね。

[ヒューマス] ま、まあ確かに考えちゃいなかったが……

[レポーター] では、あなたのその知的財産権への意識の低さと、ご自身の経歴には浅からぬ関係があるとは思われませんか?

[ヒューマス] な、何だよ、なんか関係あんのかよ? つーかこんなのどこにでもあるごく普通のハンガーだろ?

[レポーター] ヒューマスさん、このトリマウンツでは、ごく普通の物にも高い価値が秘められている可能性があるんですよ。

[ヒューマス] えーっと、うん……ああ、そうだな! あんたの言う通りだ。そうだよな、俺もそう思うぜ!

[レポーター] ……そういった考えをお持ちなのでしたら、権利者を尊重すべきではありませんか?

[ヒューマス] いやぁ、そういうのは今回初めてだったから……

[レポーター] では、あなたが特許権に関してほとんど何も知らないのは、開拓地で長年服役していたためと考えてよろしいでしょうか?

[ヒューマス] べ……別に何も知らねえってわけじゃねえよ……

[レポーター] ということは、あなたは理解していたにもかかわらず故意に……

[エンジニアオペレーター] あー、取材の邪魔して悪いんだけど、ちょっとその大男を借りていいかな。急ぎの用事があるんだ。

[レポーター] ええと……構いませんが。

[ヒューマス] じゃあ取材の続きはまた後でってことでいいか? こっちもまだまだ話し足りねえからよ。

[エンジニアオペレーター] (小声)何言ってんだ、さっさと行くぞ! この記者さんはお前を悪者に仕立て上げようとしてんだよ。ったく、勘が悪いっつーかなんというか。

[ヒューマス] そいつぁ大袈裟だろ。俺はこの人の言ってることがそこまでおかしいとは思わねえぜ。開拓地じゃみんなはっきり言いたいことを言うし、今よりもっとひでえことだって言われてきたからな。

[エンジニアオペレーター] お前って奴は……まあいい、行こう。

[展覧会の司会者] あなたがヒューマスさんですか? お噂はクリス君から何度も聞いていましたが、ようやくお目にかかれました。

[エンジニアオペレーター] 紹介するよ、こちらは俺の大学時代の先生でな。ここに来る前に、お前がロドスで作った物を資料にまとめてお渡ししといたんだ。

[ヒューマス] 先生……? へえ、そいつは光栄だな! そんな立派で頭の良さそうな人に知り合えるなんて俺も嬉しいぜ。

[展覧会の司会者] 大袈裟ですよ。ヒューマスさんこそご謙遜なさらず。クリスから送られた資料をざっと読んだだけで、そこに書かれた製品の奇想天外なアイデアの数々に衝撃を受けましたよ。

[ヒューマス] いやいや、どれも片手間に作ってみただけだし、そう大層なもんでもないさ。何だったらブースに行って実物を見てみるか? 新作もたくさんあるぜ。

[展覧会の司会者] ええ、それはまた後ほど。今日は終日会場におりますので、見学ならいつでもできますから。それよりも、ヒューマスさんにいち早くお伝えしたいことがありましてね。

[ヒューマス] おいおい、そんな風に言われるとそわそわしちまうなぁ。前に俺がいたところじゃ、急ぎの話は決まって悪いニュースだったから、聞く前に心の準備をしておく必要があったもんだ。

[展覧会の司会者] ハハハッ、本当に面白いお方ですね。ご安心ください、今回お伝えしたい話はその逆で、良いニュースなんですよ。

[展覧会の司会者] ヒューマスさんの製品は見た目が些か粗雑で、内部構造も精巧とは言い難いのですが、一部のモジュールに施された改良はとても素晴らしく、資料を確認した我が社の上層部からも好評嘖々でした。

[ヒューマス] (小声)好評サクサク……何だそりゃ?

[エンジニアオペレーター] (小声)すごいと思ったってことだよ。

[ヒューマス] おお……

[展覧会の司会者] 企業の発展において、節約と資源再生に関する悩みは付き物です。新たなアイデアの引き入れが急務である今、あなたの発明した省エネモジュールが我々の課題と合致していたというわけです。

[ヒューマス] つまり、その……?

[展覧会の司会者] 件のモジュールが我々の製品にも応用できるよう、あなたに改良を続けてほしいのです。もちろんそのためのサポートは惜しみませんし、報酬も弾みます。いかがでしょうか?

[ヒューマス] そりゃありがてえ話だ。俺の作品を認めてくれる人がいるなんて、喜ばしい限りだぜ。しかもクリスの紹介で信用もできるときた。

[展覧会の司会者] いやあ、それは何よりです。ヒューマスさんのように気持ちのいい方はこちらとしても好感が持てますよ。

[ヒューマス] へへっ、そうと決まれば俺もきちんと準備しねえと。肝心なときに恥をかかねえように、自分の考えとか、今までの経歴やら何やらを文字に起こしとくよ。

[展覧会の司会者] そのことですが……もう一つちょっとした相談事がありまして。

[ヒューマス] おう、何でも言ってくれ!

[展覧会の司会者] ヒューマスさんにはメディアへの露出を控えて、裏方に回っていただきたいのです。製品や技術のプレスリリースに関しては……他の者に担当させようと考えておりまして。

[ヒューマス] そりゃまたどうして? 俺が作ったもんなんだし、他の奴じゃどう紹介していいか分からねえだろ?

[展覧会の司会者] いえいえ、ただ代役を立てるというだけですし、ヒューマスさんのご心配には及びません。もちろんそれによって後々報酬が減ることは決してありませんので、ご安心を。

[ヒューマス] みんなの前で俺の口から発明の経緯をたっぷり語ってやりたかったんだけどな。かなり面白え話ができると思うぜ。

[展覧会の司会者] いえ、つまり我々としては……あなたご自身と、あなたの作品とを切り離したいと考えておりまして……

[ヒューマス] むっ……それって、みんながいくら俺の作ったもんを使っても、考案者が俺だって知りゃしねえってことか?

[展覧会の司会者] お金は手に入るのですから、そんなことはどうだっていいじゃないですか。

[エンジニアオペレーター] 先生、そりゃあんまりですよ。製品がいくら市場で評価されても、その栄誉は全部代役の人のものになっちゃうじゃないですか。

[展覧会の司会者] いやぁ……我々にも企業イメージというものがあるからね。なにしろヒューマスさんは……些か複雑すぎる経歴をお持ちですから。

[ヒューマス] おい! そりゃどういう……

まるでいきなり足を踏みつけられたかのように、ヒューマスは主催者に向かって大声を上げた。

しかし声を上げた途端、周囲の人々の視線が一斉に自分に注がれたことを彼は鋭敏に察した。

人々は関わり合いになりたくないと言わんばかりに散っていった。彼は結局肩をすくめると、言おうとした言葉を腹の中に飲み込むことにした。

[エンジニアオペレーター] 先生、そりゃ偏見ですよ。一年間ヒューマスと付き合ってきた経験から俺が保証します、こいつは絶対に先生が考えてるような奴じゃありません!

[ヒューマス] おい、クリス……

[エンジニアオペレーター] それにそもそもこいつが投獄されたのは他人にはめられ……

[ヒューマス] (クリスの肩をポンポンと叩く)

[ヒューマス] もういいよ、兄弟。かばってくれんのは嬉しいけど別にいいって。この先生だって悪意があって言ってるわけじゃねえだろうし。

[展覧会の司会者] もちろんですとも。クリス君もそう興奮しないでくれ。

[展覧会の司会者] 私はただ現実的に考えた結果、こういったやり方が合理的と判断したまでです。ヒューマスさんには何の偏見も抱いてはいません。

[ヒューマス] ああ、俺だって能力を認めてもらえて嬉しいし、製品を買ってくれるなら異論はねえ。ただこんな人が多いとこで話すのもなんだし、展覧会が終わってからまたどっかで話せねえかな?

[展覧会の司会者] ええ、構いませんよ。あなたのようなお方との交流はとても有意義ですからね。それではまた後ほど。

[エンジニアオペレーター] ヒューマス、お前……

[ヒューマス] ありがとな、兄弟。報酬をもらったらメシでもおごらせてくれよ。けどあんまり高えのは勘弁な。

[ヒューマス] はぁ……ったく、クリスの野郎、展覧会に参加すりゃメシもついてくると言ってたが、なんだこりゃあ?

[ヒューマス] こんな爪より小せえスイーツで腹が膨れんのか?

[ヒューマス] あー、すまん、ちょっと聞きてえんだが、肉料理はどこにあんだ?

[展覧会の従業員] ミートボールのベリーソース仕立てはあちらにございますよ。

[ヒューマス] ああいう小せえのじゃなくて、でっけえ肉はないのか?

[展覧会の従業員] 申し訳ございません。本日はスイーツとドリンクのみとなっておりまして。

[ヒューマス] そうかい。わりいな、邪魔しちまって。

[ヒューマス] 仕方ねえ、このスイーツで我慢するか。

[ヒューマス] うん……こりゃうめえ。ロドスの女子連中が機嫌わりい時に甘いもんを食いたがるのも納得だぜ。

[ヒューマス] ……たしかにちったぁ気分もマシになってきたな……

[ヒューマス] このクッキーも食ってみっか……んん、うめえ! 小さすぎて食った気はしねえけどよ。

[ヒューマス] それとこのちっこいハンバーガーも……うん、こっちもうめえ。

[ヒューマス] おお、このカップケーキ……絶品だぜ!

[偉そうな展覧会参加者] フン、この展覧会も堕ちたな。あんな奴でも参加できるとはね。

[冷淡なキュレーター] ん? 誰のことを言ってるんだ?

[偉そうな展覧会参加者] 聞くまでもないだろう? 開拓地の処理場からやって来たあちらのお兄さんさ。

[冷淡なキュレーター] ああ、あれか……それで、彼はブースでは何を出しているんだ? 私は忙しくて見に行けてなくてね。

[偉そうな展覧会参加者] 一通り見て周ったが、どれも品位に欠ける粗末なものだったよ。

[冷淡なキュレーター] 本人からもあまり気品は感じられないし、そうだろうと思ったよ。先ほど会場で、彼が人混みの中で大騒ぎをして、周りの人たちを驚かせる様子も見かけてね。

[偉そうな展覧会参加者] ふっ……ああしてテーブル中のスイーツを片っ端からかき込んでいく姿は、まるで長いこと食事にありつけていなかった獣のようだ。

[ヒューマス] ……

[ヒューマス] (小声)チッ、あいつら、陰口叩く時はもう少し声を抑えやがれってんだ。俺より脇が甘い連中だぜ。

[ヒューマス] (小声)まあ、俺にならどう思われても構わないってことかもしれねえけど……

[ヒューマス] (小声)ったく……放っとけ。今は何よりもメシだ。

[ヒューマス] おっ? ありゃさっき取材してきたレポーターさんじゃねえか? なあ、おーい、レポーターさん!

[ヒューマス] 忙しいみてえだな……

[レポーター] 本展覧会におきましては、スタジオ・コールの作品がその革新的な技術と優れた品質により、四つもの大賞に輝きました。

[レポーター] とりわけこのブレスレットは、ほとんど満場一致でその名に恥じぬ本日の「最優秀作品」に選ばれたのです。

[レポーター] それでは、ブレスレットの発明者――ユリアさんにお話をうかがいに行きましょう。皆さん、私に付いてきてくださいね。

[ヒューマス] 「最優秀作品」か。こいつは俺もしっかり聞いとかねえとな。

[ヒューマス] ってなんだ、いきなりうじゃうじゃ集まって来やがって。全員あの人の話を聞きに来たってのか? ちょっ、押すなって!

[レポーター] ユリアさん、まずはそのブレスレットを簡単に紹介していただけますか?

[すらっとした発明家] ええ、喜んで。このスマートブレスレットの一番の使い道は、学校や保護者の方々がリアルタイムでお子さんの状態を把握するための手助けをすることなの。

[すらっとした発明家] お子さんがこれを着けてさえいれば、活動範囲や運動量、身体のコンディション、それから授業中の積極性まであらゆるデータが記録されるのよ。

[レポーター] それだけ詳細なデータであれば、ご両親や先生方はお子さんが一日に何回トイレへ行ったかまで把握できるでしょうね。

[すらっとした発明家] ええ、その通りね。

[見物する投資者] うーむ……常に我が子を見守っていられるとは、まったく素晴らしい製品だ。

[ヒューマス] おいおい、それって監視してるようなもんじゃねえのかよ?

[レポーター] ではユリアさん、こちらのブレスレットを発明しようと考えたきっかけは何でしょうか?

[すらっとした発明家] きっかけは私の子供なの。あの子ときたら、思春期に入ってから自分の殻に閉じこもってしまってね。私たち両親には全然本音で話してくれなくなっちゃったのよ。

[すらっとした発明家] つまりね、我が子をもっと理解したいからこれを発明したって言っても過言じゃないかしら。

[見物する投資者] なんて責任感のある母親なんだ……

[ヒューマス] ……何が責任感だ。要するにただ自分の子を監視下に置いときたいだけじゃねえか。

[レポーター] ではさらにお伺いしたいのですが、このブレスレットを更に広く応用することも可能でしょうか?

[すらっとした発明家] もちろん可能よ。自信を持って言えるわ。

[見物する投資者] オフィスで使ってみるのも悪くないかもな。社のトップとして、従業員をリアルタイムで見守るのも当然の責務だ。

[ヒューマス] あんた、本気で言ってんのか?

[ヒューマス] こんな*クルビアスラング*、ただの監視用の腕輪じゃねえか!!

ヒューマスの周囲では、いくつもの人だかりができ、皆一様に興奮した様子でブレスレットの他の使い道について議論していた。

彼の言葉はますます盛り上がりつつある声の波に呑まれ、微かな音となって流れていった。

誰かの耳には届いていたのかもしれないが、誰一人として気に留める者はいなかった。

[ヒューマス] おい……あんたら……

[凶悪な兵士] ちんたらしてんじゃねぇ。身に着けたらさっさと失せやがれ。

[処理場の罪人] (小声)なあおい、奴らが配ったこりゃあ一体何だ?

[ヒューマス] (小声)俺が知るかよ。ったく仕事中に呼び出しやがって、いい迷惑だぜ。

[処理場の罪人] (小声)おい、こそこそ何してんだよ?

[ヒューマス] (小声)ちょっとした発明をしてな。こいつがありゃ足枷の締め付けを調整できるんだ。これでみんなもちったぁ楽になるかなって……

[凶悪な兵士] 妙なことを企んでる輩も、この新しい足枷をつけたらもう外へ逃げようだなんて考えるなよ。もしこの中に入ってる位置センサーが処理場の外にいることを感知したら……

[凶悪な兵士] ドカーン! てめぇらの足はないものと思え。壊そうとなんかしようもんなら、結果は同じく……ドカーン! だからな、ハハッ!

[ヒューマス] (小声)ヘッ、新しいのにお取り換えだとよ。せっかくの発明が水の泡だ。

[凶悪な兵士] これからは今まで以上に従順で真面目に尽くして、仕事も一切サボるんじゃねえぞ。この足枷は鋭敏だから、何だって感知しちまうんだぜ……

[ヒューマス] おい、こんな小せえ子にも着けんのかよ?

[凶悪な兵士] 黙りやがれ! 従順にしてろって言ったのが聞こえなかったのか!

[ヒューマス] グッ……*クルビアスラング*、この足かせ、なかなかの電圧じゃねえか……

[痩せた男の子] おじさん、もういいよ。行こう、ね?

[ヒューマス] おじさんだと? 俺ぁまだ十代だぞ、兄ちゃんって呼びな。

[痩せた男の子] 兄ちゃん……

[ヒューマス] よし、そう呼んでくれたからには、処理場に行ったら俺があの野蛮人どもからお前を守ってやるからな。

[ヒューマス] *クルビアスラング*、道徳心の欠片もねえクズどもめ、こんな子供まで送り込みやがって……

[痩せた男の子] ありがとう、兄ちゃん……

[ヒューマス] なぁ坊主、お前はその歳でなんでこんなとこへ連れて来られちまったんだ?

[痩せた男の子] ママが人の食べ物を盗んじゃって……家まで人が来ちゃって……

[痩せた男の子] でも……弟と妹たちはママなしじゃ生きていけないから、ぼ、僕が自分から……

[ヒューマス] そうか……よし、行くか。リッピのおやっさんに頼んでベッドを空けてもらおう。お前みてえな子供を俺たちのダンボールに寝かせるわけにもいかねえしな。

[ヒューマス] ったく、見張りが退勤するまで一時間も待たされるとはな。

[ヒューマス] もう一度確認しておくか……

[ヒューマス] よし、ここで間違いねえな。

[ヒューマス] ケッ、こんな平凡な倉庫を借りといて何がハイテク製品展覧会だよ……指紋認証もパスワードも必要ないし、カードをかざすだけで入れるじゃねえか。

[ヒューマス] 朝に会ったあの「気前のいい」兄ちゃんに感謝しねえとな。あいつが自分の持ち物がなくなってることに気づいても、そう慌てねえでいてくれると助かるんだが。

[ヒューマス] ヘッ、ここからは俺の腕の見せどころだな。

[ヒューマス] 受賞作品がこんなに……明日の授賞式だけで表彰しきれんのか?

[ヒューマス] 最優秀革新賞、最優秀技術賞、それからハードコアテクノロジー賞十選……おっ、あったあった。最優秀作品賞、っと。

[ヒューマス] どれどれ、どんな珍しい構造になってるか見せてもらおうじゃねえか……

[ヒューマス] ふん、やっぱりな。中身はあん時つけてた足枷と大差ねえ。

[ヒューマス] はぁ……罪のねぇ子供をまるで犯罪者みてえに監視するなんて、正気の沙汰とは思えねえよ。

[ヒューマス] 待ってろよ、目に物見せてやるぜ。

ヒューマスは薄暗い月明かりを借りてブレスレットを組み直すと、ズボンのポケットから、見た目がそっくりな別のブレスレットを取り出した。

二つのブレスレットが、月明かりの下でひんやりと冷たい金属光沢を放っており、目にやや眩しく映る。

彼は二つのブレスレットを持ち比べると、片方を棚に戻し、もう片方を棚の陰に押し込んだ。

辺りを見回し、陰に隠したブレスレットが容易に見つからないことを確認すると、男は満足げにうなずき、ほどなくして大きなため息をついた。

[ヒューマス] ……

[ヒューマス] はぁ……

[ヒューマス] どうして……罪のねえ人を罪人みてえに扱えんだよ?

[ヒューマス] ふわぁ~あ……クソねみい。この授賞式ってやつは、どうしてもこんな朝っぱらから出なきゃいけねえもんのか?

[エンジニアオペレーター] まあまあ。今日はまたとあるお偉いさんと約束をしたもんでな。お前の省エネモジュールにも興味を持ってるらしいし、話の分かる人だから……

[展覧会の司会者] 続いて、本展覧会の最優秀作品賞の授与に移りたいと思います。

[ヒューマス] (身を強張らせる)むっ……

[エンジニアオペレーター] 急にシャキっとしてどうしたんだ?

[ヒューマス] シッ、黙ってろ、話が始まるぞ!

[展覧会の司会者] それではユリアさん、今回お持ちくださったスマートブレスレットを改めて会場の皆様にご覧いただきましょう。

[すらっとした発明家] ええ。私の作品を発表できる場と機会を与えて下さって、この展覧会にはとても感謝しているわ。

[ヒューマス] ちぇっ、すげぇ人だかりだな……

[すらっとした発明家] ご覧の通り、多機能でありながらも、外観は至ってシンプルなデザインにこだわったの。

[すらっとした発明家] 余計な使用手順も一つ一つ省いて、着用者がスムーズで直感的に使い方を理解できるように努めたのよ。

[ヒューマス] (小声)ボタン操作の紹介はまだかよ?

[すらっとした発明家] 起動するのも、ボタン一つで簡単に……

[ヒューマス] (小声)そいつを押しさえすりゃ……

[すらっとした発明家] あら……どうして反応しないのかしら?

[ヒューマス] しまった……俺が作ったもんは先にぶっ叩かねえと動かないのを忘れてたぜ……

[すらっとした発明家] うーん……昨日ちゃんと充電しておかなかったからかも。充電ケーブルはたしかバッグに……

ブレスレットをテーブルに放ると、女性は充電ケーブルを取り出そうと傍のバッグに手を伸ばした。しかしバッグに手を掛けた瞬間、ブレスレットがテーブルを跳ね回っていることに気付いた。

彼女が何か反応する前に、ブレスレットは一瞬にして宙高く舞い上がると、周囲にぐるぐる渦巻く色とりどりの花火を巻き散らした。

ステージの前に集まった人々は、空中で回転しながら彩り豊かな火花を四方へ飛散させるブレスレットを、目を丸くして眺めている。

[ヒューマス] (小声)おいおい、みんな呆気にとられちまったのか……?

ヒューマスはポケットに手を突っ込むと、中のリモコンのレバーを最大まで引き上げた。

静寂の中、ブレスレットから突如として大音量のオーケストラが流れ出した。ソプラノの甘く高らかな歌声が、たちまちホール全体に響き渡っていく。

人々は信じられないといった様子で顔を見合わせている。

[すらっとした発明家] お、おかしいわよ……一体何が起きたの?

[ヒューマス] 確かにおかしいな……なんでツェルニー先生がおすすめしてくれた優雅な曲が流れちまったんだ?

[ヒューマス] ダメだダメだ、こんなんじゃ盛り上がらねぇ。

ヒューマスはポケットの中のリモコンのボタンを押した。

その瞬間オーケストラが止まり、代わりにノリの良いEDMが流れ出した。

♪さあ俺と一緒に左手を振ろう、hey、左手を♪

♪君が最高にハッピーな気分なら♪

♪さあ俺と一緒に右脚を揺らそう、oh、右脚を♪

♪美しい夜に酔いしれているのなら♪

......

[展覧会の司会者] けっ、警備員! 早くあのブレスレットを止めろ! ユリアさん、これは一体どういうことですか!?

[すらっとした発明家] し、知らないわよ……

[すらっとした発明家] きゃあーっ! こっちに飛んでくるわ! 早くどうにかして! 警備員はなにやってるの!?

[展覧会の司会者] ちょ、ちょっと! 走り回らないでください! 飛んできてなんかいませんから!

[ヒューマス] ヘヘッ……

[エンジニアオペレーター] おい、なに笑ってんだよ?

[ヒューマス] 見ろよ、ステージの上も下もめちゃくちゃじゃねえか。こいつぁ笑えるぜ。

[エンジニアオペレーター] はぁ、まったく……どこのどいつの仕業なんだろうな。

[ヒューマス] そうだな……へへっ、一体誰の仕業だろうな?

[エンジニアオペレーター] しかし……

[ヒューマス] しかし?

[エンジニアオペレーター] どこの誰かは知らんが、音楽のセンスは……どうも……

[ヒューマス] 超イケてる、か?

[エンジニアオペレーター] 最低最悪だ!

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