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肝を冷やす夜
深夜、とある怪我人がアの診療所を訪ねてきた。治療を進めていくうちに、アはその患者がただ者ではないかもしれないと気づく。
[大柄な男] ボス、大丈夫ですか? 傷がまた痛み出したんですか? 持ちこたえてくださいね。すぐ病院に連れていきますから。
[苦しそうな男] クッ……振(ジェン)、病院はだめだ。足が、付くからな……
[屈強な男] そうだぜ。バカは病院に行って、テメェから網にかかるんだ。たいがいの医者は目ざといからな、傷を見ただけでただごとじゃねぇってバレちまう……
[大柄な男] 于(ユー)さん……だったらどうすりゃいい? あんたが決めてくれよ。
[屈強な男] この路地の先に小さな診療所があるって聞いたことがある。一か八か行ってみるか?
[大柄な男] 小さいとこなら医者も少ないだろうし、扱いやすいか。ボス、どうしますか……?
[苦しそうな男] うむ……いいだろう。行くぞ。
[大柄な男] はい、あと少しの辛抱です。行きましょう。
[医者] 窓の戸締りは……よし。それとカーテンも……隙間なしだ。
[医者] ベッドの下に置いてある物は……っと……
[医者] よしよし、全部あるな。
[医者] あとは……あっ、そうだった。鍵を閉めたら防犯ロックも掛けねぇとな。
[医者] 思い出してよかったぜ、忘れるとこだった……
[医者] (――誰だ?)
[医者] (見ねぇツラだな……)
[医者] どうも、どなたですか?
[???] あのう、こちらにお医者さんはいませんか? うちの兄貴が、兄貴がケガをしちまって。どうか助けちゃくれませんか。
[医者] 診療所はおしまいだよ。悪いがまた明日にしてくれ。
[???] そりゃねぇだろ。医者のくせに見殺しにする気か!?
[医者] そんなに重傷なら正規の大きな病院に連れて行きなよ。夜中にこんな街角の小さい診療所を訪ねるんじゃなくてさ。
[医者] これ以上うだうだ言ったところで、あんたの兄貴はまだまだ死にゃあしないってことの証明にしかならないぜ。
[???] おい! その言い草、てめぇ本当に医者なのか?
[医者] へっ、笑わせるね。俺が医者だなんて誰が言ったのさ。
[医者] 諦めな、このドアは蹴破れやしないよ。
[???] *龍門スラング*……
[???] ......
[医者] (行ったか……?)
不安に駆られた医者は息を止めて首を伸ばし、のぞき穴から外を見たが、扉の軒下から人影は消えていた。
彼はそこで安心せず、扉に耳を近づけた。しばらく経って何の音も聞こえないことを確認すると、ようやく張り詰めた気を緩め、胸を撫で下ろして深いため息をついた。
[医者] ふぅ……
[医者] (びっくりしたー。親父を恨んでる野郎が来たのかと思ったぜ。)
[医者] にしても、こんな夜中に患者が来るなんてな。ったく妙な話だぜ……まさかこないだ助けたじいさんが、俺の医術を勝手に言い触らしてんじゃないだろうな。
[医者] 面倒くせぇ、こうなると分かってたら放っておいたっての。もう決めたしな。そんじょそこらで軽い病気だけ診て、飯の種が稼げりゃそれでいいって。
[医者] ……チェッ、でもあのじいさんのヘンな症状を見たら、手を出さずにはいられなかったしな。
[医者] ここも、もう長くはいられねぇか。親父を恨んでる連中の多さを考えたら、誰が噂を聞きつけるか分かったもんじゃねぇし、押しかけてくるのも時間の問題だ。
[医者] まずいな……新しい住み家を見つけなきゃ。
[医者] はぁ、ったくツイてないぜ。やっとこさ落ち着いた生活ができるってのに、まだ半年も経たねぇ内に……一体いつになったら、こんなコソコソ隠れて暮らす日々が終わることやら。
[医者] ん――?
[医者] (クソッ……裏門の防犯ロックがまだだった。)
[大柄な男] へへっ、お医者さんよう。表のドアに比べりゃ、裏門の方はずいぶんとザルみたいだな。針金で何度か突いただけで簡単に開けられたぜ。
[医者] ふん、どうやらあんたらのボスはマジに重傷みたいだな。朝まですら待たねーってんだから。
[屈強な男] わきまえろや、クソガキ。さっさとうちのボスを治療しやがれ。もし万一の事があれば、てめぇの命なんざないものと思えよ。
[苦しそうな男] 小僧……俺を助けてくれれば、この先、悪いようにはしねぇ。
[医者] 片方は健気な態度だけど、もう一方はずいぶん態度が悪いね。賑やかなこった。
[大柄な男] お医者さん、そいつは考えすぎだ。
[医者] ハッ、あんたはどっちだい?
[大柄な男] どっちでもいいぜ? ただな――つけ上がるのはほどほどにしておけよ。
[医者] 減らず口を――
[医者] いって! この野郎!
[医者] おい、何すんだ。俺に手ぇ出すんじゃねぇ!
[苦しそうな男] わめくな、小僧。おとなしく、ゲホッゲホッ……俺の治療のことだけ考えろ。
[苦しそうな男] ぐっ……っ……
[屈強な男] おいクソガキ、テメェ加減ってもんを知らねぇのか?
[医者] いま傷口を縫ってんのが見えないのかよ?
[大柄な男] まあまあ、ユーさん、落ち着けって……お医者さん、ここには麻酔はないのかい?
[医者] うちみたいな小さい診療所にそんなもんあるわけないだろ。痛いのが苦手なら他所へ行きな。
[医者] おい! 俺の薬瓶に何すんだ!
[屈強な男] これ以上壊されたくなかったら、口の利き方に気をつけろ!
[医者] (落ち着け、落ち着くんだ。相手は片腕だけで俺の両脚くらいの太さの野郎だからな……)
[医者] ……分かったよ。俺があんたらのボスと話でもして、気を紛らわせてやりゃそれでいいだろ。
[医者] おい、あんた、喋れそうか?
[苦しそうな男] 話してみろ。手は、と、止めるなよ。
[医者] この背中の傷、どうしてこんなことになった? ひでぇケガだぜ。肩から腰まで、大体二十センチくらいはある。
[苦しそうな男] 鉄柵の上の、有刺鉄線で引っかいてな。
[医者] 壁でもよじ登ってたのか?
[医者] ……今の話、どこか気にでも障ったんすか?
[屈強な男] 余計なことは聞くんじゃねぇ。
[医者] (我慢だ、我慢。今はこいつらを相手できる薬が手元にないからな……)
[医者] じゃあ……あんたらどうやってここが分かったんだ?
[屈強な男] ここに小さな診療所があるって話を聞いた。前に来たことがある奴からな。
[医者] つまり、マジで傷の治療のためだけに来たってこと?
[苦しそうな男] ぐっ……他に、何があるってんだ?
[医者] 誰かから、俺の話を聞いたんじゃねぇかって思って。例えば……前に俺が診た「患者」のこととか?
[苦しそうな男] 興味ねぇな。
[医者] (なんだ。ただの雑魚かよ……どうやら俺が神経を尖らせすぎたらしい。)
[医者] あんたと話してると疲れるぜ。つーわけで、ラジオつけっから、まだ話足りないならそいつと喋っててくれ。
[医者] (ハッ、ヤクザのお礼参りでもないのに俺んとこに来るなんて、ツイてないやつらだ。)
[ラジオ] 次は緊急速報です。本日午後六時、龍門の宝飾店が強盗に遭った模様です。
[ラジオ] 三人の強盗は所持していたクロスボウで店員を制圧し、カウンターをこじ開け、総額数千万に及ぶ宝飾品を奪い、逃走したとのことです。
[ラジオ] 警察の発表によりますと、事件発生直後に近衛局が現場へ駆けつけたところ、店員の一人が強盗と取っ組み合いになった際に重傷を負い、現在治療中であるとの確認が取れたようです。
[ラジオ] 従業員の供述によれば、強盗は三人ともマスクを着用しており、そのうちの一人は背中に受けた傷が残っているはずだとのことです。
[医者] (なっ……!)
[ラジオ] 市民の皆様は、なるべく逃走中の強盗についての情報を……
[屈強な男] このオンボロラジオ、キーキー鳴ってうるせぇぞ。
ラジオの報道が終わらぬうちに、その電源は机のそばに座っていた男によって乱暴に消された。
医者が強張った動きで顔を向けると、男は不快そうな表情でポケットに手を入れ、何かをまさぐり出した。
うつむくと、ベッドの上の男の血まみれの背中が目に入り、医者は息を呑んだ。
[医者] (こいつはまずいぞ……)
[医者] ……やべぇかも。
[屈強な男] 何がだ?
[医者] (ゴクリッ)
[医者] えーと……何がって、もちろん傷口のことさ。ここにある薬じゃ足りそうになくてな。ただ縫合したって治りが逆に遅くなるだけだから――
[大柄な男] おい、お医者さん。どこへ行くつもりだ?
[医者] ちょっと電話して、薬を持って来てもらおうと思ってね……あんたこそ、何をそんなに固くなってんだ?
[大柄な男] 電話だと? そいつはダメだ。
[医者] (この警戒心、十中八九間違いないな。どうする……?)
[医者] (おそらくこいつらは……ことが済んだら足が付かないように、俺を永久に黙らせるつもりだ。)
[医者] (だったらいっそ……いや、ダメだ。俺の正体は明かせない。ようやく親父の影響から抜け出して落ち着いてきたってのに。)
[屈強な男] (片手をポケットに突っ込んで何かをまさぐる)
[医者] (クソッ、またポケットに手ぇ突っ込んでやがる。中に入ってんのはナイフか? それともミニボウガンか?)
[医者] (落ち着け、何とかしないと……)
[医者] (そうだ!)
[医者] (いや、ダメだ。それだと……正体がバレちまう。)
[屈強な男] おいガキ、なに黙り腐ってんだ? 何かしようってんじゃねぇだろうな。
[医者] あ、いや……あんたらのボスの治療に必要な薬をどうやって調達しようかって考えてただけさ。電話かけさせてくれないし。
[医者] まさに薬が必要だっていう時に、横にさせたまんま見殺しにするわけにもいかねーだろ?
[医者] (あーもう……後の事なんか知るか、まず命の保証が先決だ。)
[医者] なあ、こんなのはどう? あんたらのうち片方が薬を買いに出て、もう片方はここに残る。まあ安心しなよ、自分で言うのもなんだけど、俺のこんな体格じゃ何もできやしねぇって。
[大柄な男] ……ユーさん、どう思う?
[屈強な男] ジェン、お前が買いに行け。俺はここでガキを見張っとく。
[大柄な男] しかし、こいつが何か企んでたら……
[屈強な男] 任せとけ。こんなひょろガキ相手だ。俺一人でも騒ぎなんざ起こさせねぇよ。
[大柄な男] *龍門スラング*、まったく辺鄙な場所にある薬屋だな。探すのにずいぶんかかっちまった。
[大柄な男] 店主、店主はいるか?
[薬屋の店主] はいぃ、少々お待ちください。今行きますんで。
[大柄な男] ここに処方箋があるから見てくれ。書いてある薬は揃ってるか?
[薬屋の店主] はいはい……これは、あるにはありますが、ただ……
[大柄な男] ただ、何だ? あるんならさっさと持って来てくれ。ボスが入り用なんだ。
[薬屋の店主] あなた様のボスが……これらの薬を? 失礼ですがそのボスというのはどのようなお人か、お聞きしても?
[大柄な男] 店主、一つ忠告しておくが、商売に余計な好奇心は禁物だぜ。ボスの事情はお前みたいなのが首突っ込んでいいもんじゃねぇ。
[薬屋の店主] えぇ、まあ……そりゃあごもっともで。少々お待ちを。いますぐ店員に持ってこさせます。
[大柄な男] さっさとしろよ!
[薬屋の店主] 安(アン)、ちょっと来なさい。この処方箋にある薬を持って来ておくれ。くれぐれも間違えるんじゃないぞ。
[薬屋の店主] (小声)ついでにあの方に電話を。あいつが……あいつがまだ生きていて、帰ってきたって。
[医者] ちょっと、ウロウロするのやめてもらえるかな。目が回ってくる。
[屈強な男] フン、もしあいつが戻って来なかったら、ただじゃおかねぇぞ。
[医者] 大丈夫だって。指定した薬屋はかなり奥まったところにあるから、そうやすやすと人目についたりはしないさ。
[医者] 時間的にそろそろだと……
[医者] ほら、戻ってきた。
[屈強な男] ジェン、ブツは持ってきたのか?
[大柄な男] ああ。ボスの容態は?
[医者] 死んじゃいねぇよ。あんたが薬持ってくるのを待ってたんだ。
[大柄な男] ……ほら、これで全部か。
[医者] うんうん、上出来だね。どれも上等の薬剤だ。
[大柄な男] ユーさん、早いとこボスを連れて逃げなきゃまずい。戻る途中、遠くから近衛局の警笛を聞いたんだ。今頃はもうこの辺りまで捜査の手が迫ってるはずだぜ。
[屈強な男] ああ、じゃあ薬ができたらすぐに出よう。
[屈強な男] おいガキ、何やってんだ? でけぇ音立てやがって。
[医者] この消炎剤は、一日三回飲ませてやってくれ。それとこっちは滋養薬だ。毎日寝る前に一回飲めば、半月以内には傷も完全に元通りだろうさ。
[医者] あと、こいつは俺がこの半年で貯めてきた蓄えだ。持っていきな。
[苦しそうな男] 小僧、こりゃあ……
[医者] お金で平和を買う、ってね。あんたらが自分の素性に関して頑なに口を閉ざしてるのは、きっと行方を人に探られたくないからだろ。俺は気を利かせてお見送りするくらいしかできないけどね。
[医者] この通りだ。どうか命までは取らないでくれ。もしまた会う機会があれば、風邪でも引いた時にゃ俺もちょっとは力になるぜ?
[屈強な男] (再びポケットの中をまさぐる)
[医者] (ここまで譲歩してやったのに、まだ不満なのかよ?)
[医者] こういうのはどうだ? あんたら三人が安全にここを離れられるように、俺が近衛局の奴らを引き付けておいてやるよ。
[医者] あんたらのボスに俺の服を着させて、俺がその血まみれの服を着るんだ。二人で衣装の取り換えっこさ。
[医者] それから俺が表の門から出て、近衛局の注意を引き付ける。そこであんたらは裏門からこっそり出て行けばいい。どうだい?
[屈強な男] (小声)このガキ、どうしていきなりこんな物分かりがよくなったんだ? さっきはあんだけ生意気な態度取ってたくせによ。
[大柄な男] (小声)あんたのパンチを何発も食らやぁ、そりゃおとなしくもなるだろうよ。
[屈強な男] (小声)それもそうだな。こんだけ従順になったってことは、これから金に困った時は、こいつからむしり取ればいいってわけだ。
[大柄な男] (小声)ヘッ……
[苦しそうな男] おお、小僧……そんなに義理堅い奴だったとはな。その気持ち、受け取ったぞ!
[苦しそうな男] ジェン、ユー。お前らも礼を言いな。
[大柄な男] いやあ、まさかあの小僧が本当に近衛局のサツどもを引き付けてくれるとはな。
[苦しそうな男] それで……俺たちは今どの辺りだ?
[屈強な男] ボス、この路地を抜ければ鼠王(ソオウ)のシマですぜ。ここへ隠れてりゃあ、近衛局の奴らも追っては来られないでしょう。
[苦しそうな男] 金はしっかり隠したな?
[大柄な男] ええ。すべて庭の松の木の下に埋めてあります。ことが落ち着いたら掘り出しに行きましょう。数えきれないくらいの……とにかく一生困らないほどの額ですよ。
[屈強な男] あの金が手に入る頃にゃあ、ボスの傷もすっかり良くなってることでしょう。中心街にある遊技場で三日三晩遊び尽くしましょうや。
[苦しそうな男] ま……待て。
[大柄な男] 誰だ、お前ら?
[ヤクザの手先] そこの三人を取り押さえろ、逃がすんじゃないぞ。
[ヤクザの手先] おい、そこのお前。ポケットから手を出せ。
[屈強な男] てめぇら何のつもりだ?
[ヤクザの手先] ポケットの中身は何だ、出してみろ!
[屈強な男] 何も入ってねぇよ。
[ヤクザの手先] だったらなぜずっと手を押し込んでる?
[屈強な男] ……
[ヤクザの手先] さっさと答えろ!
[屈強な男] ポ、ポケットの中で糸がほつれてたから、引っ張ってただけだって……
......
[苦しそうな男] その格好からするとヤクザもんらしいが、俺たちが一体どこであんたらの機嫌を損ねたのか、心当たりすらない。
[ヤクザの手先] 沈(シェン)さんのところで薬を買ったのはお前らだな?
[苦しそうな男] ああ、俺のケガの治療ですぐに薬が必要だったから、舎弟に買ってこさせた。
[ヤクザの手先] てめぇが例の毒医(どくい)だったのか! ここしばらくは鳴りを潜めてたようだが、ようやくしっぽを出しやがったな。
[屈強な男] ボスに手ぇ出すんじゃねぇ!
[屈強な男] ぐわっ――!
[ヤクザの手先] こいつ、まだ状況がわからねぇみてぇだな……お前ら、やれ!
[大柄な男] やめろ、もうやめてくれ! ユーさんは、この人はボスをお守りするのが仕事だ。なのにボスがケガしちまったから、気が立ってるだけなんだよ!
[苦しそうな男] あんた方の言う毒医ってのは一体何のことか、俺らにはさっぱり分からんぞ。こいつはきっと何か誤解が……
[ヤクザの手先] ふん、そこから先は俺たちのボスがよーく聞いてくださるから、その時まで取っておくんだな。連れていけ。
[苦しそうな男] うっ……
[大柄な男] ボス、ボス! ご無事ですか?
[大柄な男] 待て、俺たちをどこへ連れていくつもりだ?
[ヤクザの手先] そいつも引っ張り起こして連れていけ。
[屈強な男] 放しやがれ、俺は歩ける!
[近衛局の警官] ははっ、単なる誤解だったとはな。
[近衛局の警官] だが、あんな血まみれの服で道端を歩くもんだから、勤務中の警官が放っておくわけないのもわかるよな?
[医者] そうだね、分かるよ。
[近衛局の警官] さて、この辺まででいいか。早くお家に帰るんだぞ、坊主。
[医者] はぁ、帰りたくとも今は帰れやしないけどね。
[近衛局の警官] はは、心配ご無用だ。あの強盗犯どもならもう捕まえたから。今は拘禁中さ。
[医者] はあ、もう捕まったって? ついさっき俺が心当たりを伝えたばかりじゃないか。
[近衛局の警官] 強盗事件の発生直後に、裏の質屋で奴らの足取りを掴んでね。そこから追えば所在はすぐに分かったよ。
[医者] 質屋……質屋にいたってことは、昨日俺ん家に来たのは……
[近衛局の警官] ま、単なるコソ泥どもだろう。近頃は空き巣の被害報告も多くて、中には柵の上に血痕があったって家もあるらしいぞ。
[医者] そうだったんだ。てっきり……
[医者] (……嘘じゃなかったんだな。ほんとに壁を登ろうとして負った怪我だったとは。)
[近衛局の警官] てっきり、何だい?
[医者] い、いやなんでも。
[医者] 残念だなぁ……
[近衛局の警官] 何がだい、坊主?
[医者] お巡りさん……俺、ちょっと挑戦したことがあったんだけどさ、でも結局失敗しちまったんだ。
[近衛局の警官] 何を言う、若者にはまだまだ時間がたくさんあるんだから、ちょっとくらいの失敗なんて屁でもないさ。
[近衛局の警官] それに、何度も挑戦しなきゃ、自分が本当にやりたいことなんて分かりっこないだろ?
[毒医] お前は本当に俺とそっくりだな。ケッ、それが良くもあり、悪くもある。
[医者] 親父さ、やることないんだったら薬の飲み比べでもしてそのイカレた頭を治したらどうだ。最近また誰かと揉め事起こしたろ? そのせいで何の関係もない俺が街中追い回される羽目になったんだぞ。
[毒医] おいおい――結局は俺が教えてやった技で逃げおおせたんだろ?
[医者] 何だよ、感謝しろって? 親父みてぇな野郎が父親だなんて、まったく俺はなんて果報者なんだ、ってか。
[毒医] ははっ、どういたしまして。
[医者] つーか、ほんの数日でも穏やかに過ごせないのかよ。ちったぁのんびりした日を過ごさせてくれてもいいだろ?
[毒医] 諦めな、お前にそんな日は来ねぇよ。
[医者] ……だな。たとえ親父が死んだって、恨んでる野郎どもに毎日追い回されるんじゃあ、のんびりなんて出来っこねぇわな。
[毒医] 息子よ、追い回す輩が消えたところで、お前が静かな日々を送るのは所詮無理な話だ。
[毒医] お前は俺と似てるって言っただろ。俺ん中じゃいつだって腹の虫が暴れ出そうとウズウズしてるんだ。そいつは、きっとお前の中にもいるだろうよ。
[医者] ……
[医者] ……バカ言うな、似てるもんかよ。
[医者] ……お巡りさん。
[近衛局の警官] おい、どうした? 急にそんなに睨んで。
[医者] 残念なことに、俺が挑戦できる道は数が少なくてね。一方が通れなくなっちまったら、もう一方の道に戻るしかないのさ。
[医者] それも決して平坦な道じゃない。とはいえ……そんなに悪くもなさそうだ。ちょっとは楽しいこともあるだろうしね。
[医者] 今の生活は、正直に言えば退屈すぎるからな。
[医者] お巡りさん、俺もう行くよ。あんた良い人だから、これからもう二度と会わずに済むといいな。
[近衛局の警官] 変わった子だな。おかしなことばかり言って、全くちんぷんかんぷんだ。
[近衛局の警官] ふぅー。さて、仕事もまだまだあるし、さっさと戻るとするか。
[???] ちょいと待ってください、張(ジャン)さーん。
[近衛局の警官] あっ、リーさん! どうしたんですか。
[リー] お久しぶりです。娘さんを授かったんですってね。
[近衛局の警官] ははは、さすがリーさんは耳が早い。六斤もあるずいぶん大きな子でして、カミさんが大層苦労しましたよ。
[リー] それはそれは。宝石店で金の腕輪でも作らせて、奥さんをしっかり慰めてあげませんとねぇ。二つくらいが丁度いいかと。
[近衛局の警官] そう思って、ポケットに忍ばせてあるんですよ。
[リー] こりゃあ、これから酒の席にも呼びづらくなるかもしれませんね。
[近衛局の警官] いやいや、リーさんに誘われて付き合わないはずがないでしょう?
[リー] まったくお世辞がうまいんだから。長官に教えてやらなきゃいけませんね。
[近衛局の警官] それなら無駄足になるかもしれませんな。今あの人は会議の真っ最中で、まだ出て来られんでしょうから。
[リー] おや、最近何か大きな事件でもあったんですか?
[近衛局の警官] おっと、ご存知ない?
[リー] はて、何のことです?
[近衛局の警官] うーむ……まあリーさんになら教えても構わんだろう。
[リー] ぜひ聞かせてください。
[近衛局の警官] どうやら、あの世間を騒がせた毒医が、また戻ってきたみたいなんです。
[リー] 彼は死んだはずじゃ?
[近衛局の警官] と思うでしょう? ところが、今日入った報告によれば、奴が以前よく通っていた薬屋で何種類の薬剤を買った者が現れたそうだ。
[近衛局の警官] その薬剤ってのが、単体で買ったり、別の薬と一緒に買うなら珍しくもないんですが、まったくその通りの組み合わせで買うような人は……奴くらいしかいないとか。
[リー] ……やれやれ、何だかまたひと悶着ありそうな気配ですねぇ。
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