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午後の逸話_前へ

フェンとビーグル、クルースがドーベルマンの部屋を訪れる。掃除を手伝う中、ふと、古びた認識票が目に入る。 ドーベルマンは過去をあまり語らないが、今日はその気になったようだ。


a.m. 10:21 ロドス訓練場

[フェン] ここだっ!

[グレース教官] 遅い!

[フェン] しまった!

[フェン] でもまだ……!

[グレース教官] そこまで!

[フェン] はぁ、はぁ……

[グレース教官] 悪くないぞ、フェン。前回はこれを受け止められなかったからな。

[グレース教官] 戦闘中の反応がどんどん良くなってきている、いいぞ。

[フェン] はい、ドーベルマン教官から教わったんです。自分の脚力に任せて立ち回るだけではなく、速度にもしっかり慣れる必要があると。まだまだではありますが、少しずつ感覚が掴めてきた気がします!

[グレース教官] その通りだ。君のクランタ持ち前の速度は奇襲には役に立つ。だが敵に攻撃を受け止められてしまった場合に、すぐ対応することができなければ、奇襲の意味はなくなってしまうからな。

[グレース教官] とにかく、今回の実戦演習は合格だ。

[フェン] ありがとうございます、グレース先生!

[グレース教官] だが合格したからには、次のテストはさらに難しいものになるぞ。

[フェン] はい、全力で臨みます!

[グレース教官] よし、その意気だ。

[ビーグル] フェン隊長~。

[フェン] ビーグル、そっちのテストも終わったんだね。どうだった?

[ビーグル] はい、不合格でした……ファロン先生の抜け目のない攻撃に押されてしまって……

[フェン] そっか。でも落ち込まないで。次も頑張ろう。

[ビーグル] フェン隊長はどうでしたか?

[フェン] うん、合格した。

[ビーグル] いいなぁ……

[クルース] うう、お尻が痛いよぉ……

[ビーグル] クルースちゃん、どうしたの?

[クルース] テス先生にお尻を撃たれちゃって……

[ビーグル] えっ?

[クルース] 私は狙撃担当でしょ、だからテストはテス先生と隠れ合ってどっちが先に相手を見つけるかって内容だったの。でも気付かないうちに後ろに回り込まれちゃったんだよぉ!

[グレース教官] ハハハハハ!

[クルース] グレースおじさん笑わないでよぉ!

[グレース教官] 他の狙撃教官はここ数日出払ってるから、テスの奴とテストをやるしかなかったんだな。そりゃ運が悪かった。

[グレース教官] 俺も神出鬼没なあいつには手を焼かされたものさ。クルースも、いつものサボる場所を探す時のやる気を発揮するべきだったな。

[クルース] ちぇ~、もういいよ! 笑いたければ笑って。

[クルース] ハイビスちゃんとラヴァちゃんにも会ったけど、ラヴァちゃんは合格でハイビスちゃんは不合格だって。先に戻るって言ってたよ。みんなはどうだったぁ?

[ビーグル] フェン隊長は合格だって。

[クルース] フェンちゃんの裏切り者ぉ!

[フェン] 誰が裏切り者だって!?

[ビーグル] まあまあ、フェン隊長。はぁ、わたしもまた不合格だったし、どうしたら……

[フェン] 諦めちゃダメだよ、ビーグル。まだまだチャンスはあるから。

[クルース] そうだよぉ、これはただの小テストだし、悩むことないよぉ。本当の地獄は午後からなんだからぁ。

[グレース教官] ハハ、確かに。午前中はドーベルマン教官が俺たちに割り振った個別の小テストで、午後は教官直々の団体実戦テストだからな。一味違うだろう。

[クルース] あー、そういう話はやめようよぉ。ドーベルマン教官が私のテスト結果を見た時の顔が目に浮かぶよぉ。

[グレース教官] 練習をサボってきたことを、今さら後悔したか?

[クルース] 違うよ。ドーベルマン教官だって自分たちのペースで成長していけばいいって言ったし~。私は大器晩成型なんだよぉ!

[グレース教官] ほほー。

[ビーグル] わたしは、教官に失望されちゃわないか心配……

[フェン] ビーグル、クルース……

[グレース教官] 真面目な話、本当にそこまで落ち込まなくていいぞ。この手のテストは君たちに合格してもらうためのものではなく、どの方面に努力すればいいか、理解させるためのものだからな。

[クルース] でも不合格って言われるのはやっぱり嫌だよぉ。いったいいつになれば、グレースおじさんたちみたいになれるの?

[グレース教官] 客観的な事実として、君たちも他の予備隊も、俺たち教官と比べると実力にはまだまだ大きな差がある。

[グレース教官] だが、今はそれでいいんだ。君たちに追いかけるべき背中を見せてやることは、俺たち教官の存在意義の一つでもあるからな。

[グレース教官] とはいえ君たちは、ロドスに加入した時と比べると、大きく進歩しているぞ。自分ではなかなか気づかないものかもしれないが。

[フェン] ……確かに。

[ビーグル] はい……そう言われると、その通りだと思います。

[グレース教官] それにな、君たちはまだ良いほうさ。担当の教官はそれぞれ君たちが得意な領域に特化した人たちだからな。

[グレース教官] だが俺も含めてその教官たちは、どうやって教官にまで成長したと思う?

[クルース] まさか……

[グレース教官] そうさ、俺たちはみんな、ドーベルマン教官一人にシゴかれてきたのさ。

[グレース教官] 想像できないかもしれないが、今のドーベルマン教官は、昔の百倍は優しいぜ。

[クルース] ええぇ? 今の教官が? 優しい?

[クルース] 何冗談言ってるの、グレースおじさん。

[グレース教官] 冗談なんかじゃない。

[ドーベルマン] グレース、この程度の負荷でもう動けなくなるとは、食事が足りていないのか?

[ドーベルマン] ファロン、その頭でしっかり考えろ。もし敵がお前の稚拙で何の捻りもない攻撃を見たらどう思うかを!

[ドーベルマン] テス、寝ぼけているのか? グリップを真っ直ぐに握れ! 私を照準の中心部から少しも逸らすな!

[ドーベルマン] ヴィクター、お前がアーツを放った後、敵は水を飲む暇なんて与えないぞ!

[ドーベルマン] リア、治療アーツを練習する前に応急手当を学んだ方がいいぞ。その包帯の巻き方は慌て者のお前にはよく似合ってるがな!

[ドーベルマン] 全員今日の練習を終えた後、訓練室の周りを十周走り込むように! いいか?

[全員] はい!

[ドーベルマン] 声が小さい!

[全員] はい!!!!

[クルース] ドーベルマン教官、そんなに怖かったの?

[グレース教官] そりゃあもう。本人の戦闘力はそこまで抜きん出たものではないかもしれないが……あ、ここは俺も自分を褒めてやらないとな。今の俺なら、ドーベルマン教官と五分五分で戦えるはずさ。

[クルース] もう~そんなことは聞いてないよぉ。

[グレース教官] いや、少しは自画自賛でトラウマを忘れさせてくれよ。

[グレース教官] ドーベルマン教官本人の戦闘力はそこまで抜きん出たものではないとは言え、ボリバル軍隊出身ゆえの様々な戦術、技巧、そして戦場に対する理解は恐ろしいんだ。

[フェン] ボリバル……

[グレース教官] ああ、今は内戦状態にあるあの国さ。俺たちはみんなドーベルマン教官のすごさについて疑問に思ってるんだが、ボリバル時代のことを詳しく語ってもらえたことは、一度もない。

[グレース教官] とにかく当時のロドスは発展初期で、人材不足にあって、それにあの頃は、なんと言うか……

[グレース教官] とにかく、当時のドーベルマン教官は、本物の軍人だった。

[ビーグル] 本物の軍人……どういうことですか?

[グレース教官] ほら、今のロドスはそこそこすごい団体だが、全体の雰囲気は割と緩いだろ? みんなある程度自由に自分の生活を送れてる。

[グレース教官] うーん、わからないか? それなら言い方を変えよう。もし当時、クルースが俺たちと同期だったら、サボるどころか、気を緩めることすらできなかったはずさ。

[クルース] ええっ? 想像しただけで嫌になるよぉ。

[グレース教官] ハハ、そんな時期があったってだけさ。ドーベルマン教官はとうの昔に、あの頃とは違っているからな。

[フェン] 確かに、グレース先生が言うようなイメージは今のドーベルマン教官とは結びつきませんね。

[ビーグル] はい……今の教官は、最初こそ怖いと思いましたが、こうして長くお世話になっていると、本当にわたしたちのことを考えてくださってるんだって伝わってきます。

[グレース教官] 仲間のことを気遣うのは、あの頃から変わっていないさ。

[グレース教官] ただ、時にはどう考えるかより、どう行動するかが重要になることもある。

[グレース教官] よし、お喋りはこの辺にしておこう。片付けたらシャワーを浴びて昼飯にするといい。午後の団体実戦テストに向けて、しっかり準備をしておくんだぞ。

[フェン] グレース先生はどうされるんですか?

[グレース教官] 俺は他の教官たちから君たちのテスト資料を回収して、ドーベルマン教官に持っていく仕事が残ってる。

[フェン] あっ、それは私に任せてください。

[グレース教官] えっ? いいのか?

[フェン] はい、ドーベルマン教官の部屋は食堂に行く通り道ですから。

[ビーグル] あっ、わたしも一緒に行きます。

[クルース] 私は遠慮しておくよ、こんなに早く教官に会いたくないからねぇ。

[グレース教官] では君たちに任せるよ。

[グレース教官] そうだ、さっきの話はドーベルマン教官に絶対言わないようにな。絶対だぞ!

[ビーグル] ドーベルマン教官!

[ドーベルマン] おや? 二人でどうした。

[フェン] はい、グレース教官の代わりにテストの結果と諸々の資料を届けに来ました。

[フェン] 教官、今回私は合格でした!

[ドーベルマン] 見せてみろ、ほう……悪くない。

[ドーベルマン] 他のメンバーは……クルース、ビーグル、ハイビスカスが不合格、ラヴァは合格したのか。

[ビーグル] うぅ、申し訳ございません……

[ドーベルマン] 大丈夫だ、進歩は見られる。

[ドーベルマン] だがクルースに関しては、午後の訓練は覚悟をしておくようにと伝えてくれ。

[ビーグル] アハハハ。

[ドーベルマン] よし、戻って休むといい。

[ビーグル] はい!

[フェン] あの、教官、部屋の掃除をされているんですか?

[ドーベルマン] ああ、定期的にするようにしている。

[フェン] お手伝いしてもいいですか?

[ドーベルマン] なに? なぜだ?

[フェン] ええっと、いつもドーベルマン教官にはお世話になっているので、たまにはお役に立ちたくて。

[ビーグル] あ、それならわたしもお手伝いします!

[ドーベルマン] ……

[フェン] あの、もしかしてご迷惑でしょうか?

[ドーベルマン] ……いや、なんでもない。ただ少し驚いてな、お前たちには怖がられていると思っていたから。

[フェン] そんなことありません。教官のことは尊敬しています。

[ビーグル] わたしもです!

[ドーベルマン] そうか、ではよろしく頼む。

[二人] はい!

[ビーグル] ドーベルマン教官の部屋、意外と物が多いですね……

[ドーベルマン] うん? 変か?

[ビーグル] あ、いえ。ただ教官は、部屋に必要最低限の物しか置かないイメージでしたので。

[ドーベルマン] ……確かにロドスに来る時は、それほど物は持ってこなかった。

[ドーベルマン] だがもうここで何年も生活しているからな。

[フェン] そうでした、教官はすごく早くにロドスに加入されたんですよね?

[ドーベルマン] ああ、ほとんどのオペレーターと比べるとそうなる。

[フェン] あの、教官はどうしてロドスに加入されたんですか?

[ドーベルマン] ……

[フェン] あ、すみません。話しづらい話題でしたか?

[ドーベルマン] いや。ただ、今はそれを語るタイミングじゃないというだけさ。時が来たら話そう。

[ビーグル] わかりました。その時を待ってます!

[ドーベルマン] なんだ、お前も知りたいのか?

[ビーグル] えっ? あっ……はい! わたし、教官のことをもっと知りたいんです。

[ドーベルマン] もっと知りたい……か。

[ドーベルマン] フッ。

[フェン] タンスの中も掃除しますよね?

[フェン] ……あれ、ドーベルマン教官、これは軍服ですか?

[ドーベルマン] うん? ああ。

[ドーベルマン] これは私が軍隊を離れる時に残しておいた記念品だ。

[ビーグル] わぁ、かっこいいですね。

[フェン] 確かに……ちなみに教官は「どちら側」に所属してらっしゃったんですか?

[ドーベルマン] ほう、ボリバルについて多少なりとも知識はあるようだな。

[ドーベルマン] そうだ、ビーグルもボリバル出身だったな。移民でクルビアに移ったんだったか。

[ビーグル] はい。でもボリバルの状況は両親から少し聞いただけですので、わたしも気になって。

[ビーグル] あ、だけど誤解しないでください。それを知るために部屋に来たわけじゃ……

[ドーベルマン] いや気にするな、仮にそのために来たのだとしても何ら問題ない……

[ドーベルマン] シーツを引っ張ってくれないか。

[ビーグル] はい!

[ドーベルマン] よし、これでいい。ありがとう。

[ドーベルマン] 前提として、ボリバルには三つの勢力がある。一つ目はリターニアが操る傀儡の政府だ。彼らは先導したクルビアへの抗争で勝利を収めた功績もあり、名義上の公式勢力になっている。

[ドーベルマン] 二つ目は議会が細分化されて生まれた自治政府だ。常に傀儡の政府に取って代わる機会を伺っていて、十分な資金源を有することもあり、現政府の対抗勢力となっている。

[ドーベルマン] 残りの一つは、二つの勢力の削り合いに苦しんだ一般市民たちが旗揚げした、ボリバル反抗軍だ。

[ドーベルマン] 私はかつて自治政府に所属しており、階級は上校だった。

[ビーグル] わぁ、上校ですか! すごいです!

[フェン] とても高い階級ですね。

[ドーベルマン] ……そうだな、とても高い階級さ。

[ビーグル] タンスの上を拭きますね、ホコリが溜まりやすいところですから。

[ビーグル] よい――しょっと!

[ビーグル] あれ、何か落ちましたか?

[フェン] これは……金属のプレート?

[ビーグル] えっ?

[ドーベルマン] それは……認識票だ。

[フェン] 認識票? ロドスのIDカードのようなものですか?

[ドーベルマン] ああ。軍隊では容易に身分を判別できるよう、兵士たちは部隊番号と名前が刻まれた認識票が支給されるんだ。

[ビーグル] あ、本当だ。何か文字が書いてある。

[ビーグル] 詳しく見てもいいですか、教官?

[ドーベルマン] ああ。

[ビーグル] ア……ラン。ファ……ン。ホ……セ。読めるのは名前の部分だけです……他の略称は意味がわかりません……

[ドーベルマン] それは、彼らの所属部隊の関係でそうなっている。読めないのが普通さ。

[フェン] 教官がこれらの認識票を持っているということは、まさか……

[ドーベルマン] ああ、彼らは皆死んだ。

[ビーグル] えっ……つまり、み、皆さんは大切な戦友さんだったということですか?

[ドーベルマン] 大切か……

[???] 上校、君の部下たちは、実に素晴らしい死に様だった。

[???] 悲しむ必要はないぞ。彼らの死によって私の名誉は守られた。そして君も、上層部から責任を問われることはないはずだ。

[???] 調査だと? 余計なことだ。今回の件を長く心に留める者などいるはずもない。

[???] 真実? 上校、人々が求めるのは事実ではない、清廉潔白さだ。あるいはそれほど潔白でなくとも、体面を保てるだけの結果だ。彼らは真相など気にも留めない。

[???] 上校、自分の身を弁えろ。誰が君をただの一兵卒から今の階級に引き上げてやったか忘れるな!

[ドーベルマン] 私は彼らとはそれほど交流があったわけではない。……いや、ほとんど話したこともなかった。

[ドーベルマン] だが彼らは、私にとって確かに、とても大切な者たちだった。

[フェン] えっ?

[ドーベルマン] ……掃除はもういいだろう、こちらに来い。

[ビーグル] あの、わたし、悪いことをしてしまいましたか?

[ドーベルマン] いや、気にするな。それらの認識票は人に見せられないものというわけでもない。そうでなければ、その辺に適当に置いておくことはしないしな。

[ドーベルマン] だが、お前も、先程のフェンの質問も、私に色々なものを思い起こさせた。だから少し話がしたくてな。

[フェン] あの、それは、光栄です!

[ドーベルマン] 緊張することはない、適当に座ってくれ。

[ドーベルマン] 私の過去に関しては、時が来ればお前たちに話そう。

[ドーベルマン] ただ今は、一つ、お前たちに問いかけたい。

[ドーベルマン] お前たちは、兵士の最大の特徴とは何だと思う?

[フェン] えっ? これは……テストですか?

[ドーベルマン] いや、違う。思ったことを答えてくれればいい。

[ビーグル] ふぅ、よかった。

[フェン] うーん……戦闘に精通していることですか?

[ドーベルマン] 大部分の者は訓練を積めば戦えるようになる。ロドスのほとんどのオペレーターたちと同じさ。お前たちも将来はそうなる。だからそれは特徴とは言わない。

[ビーグル] じゃあすごい武器を扱えるとか……ですか?

[ドーベルマン] 確かにな。軍にいれば多くの武器に触れることは容易い……

[ドーベルマン] だがお前たちもロドスで見ていると思うが、多くの者が別のルートから、同じような武器を手に入れることができているのもまた事実だ。

[フェン] では、数の多さ……ですか?

[ドーベルマン] ああ……確かにそれはあながち間違いとは言えないな。軍隊は多くの兵士を抱え、常に民間組織とは比べ物にならない数の優位を有している。

[ドーベルマン] 現状のロドスの規模であっても、軍隊を相手にするとなれば、小さな国の小型非前線移動都市の標準軍事力となんとか競い合える程度に過ぎない。

[ビーグル] ええっ? ロドスはもっとすごいと思っていました……

[ドーベルマン] 民間組織の範疇で言えば、ロドスは確かによくやっている。だが、一国家を相手にしようなどとは間違っても考えないことだ。

[ビーグル] でもロドスにはすごいオペレーターがたくさんいますよね? スカイフレアさんとか、バァーっと一面の敵を倒してしまいますし、本当にすっごいですよ。

[フェン] でも数の優位を取られてしまえば、ある程度以上に強さがないと、戦局を左右することはできないよ。

[フェン] ほら、警備隊のガッツは覚えてる? 彼は警備隊の中では一番の力持ちだったけど、もし十何人かで袋叩きにしてしまえば……

[ドーベルマン] そうだ。個体の戦闘力は平凡だとしても、量的変化は質的変化をもたらす。ビーグル一人ではスカイフレアに太刀打ちできないかもしれないが、十人なら? 百人なら? 考えてみろ。

[ビーグル] わ、わたしが百人ですか? た、多分スカイフレアさんを押しつぶせると思います……

[ビーグル] ごめんなさい、スカイフレアさん……

[ドーベルマン] フッ、そうだ。少なくとも記録にある戦争史においては、個人の実力で国家同士の戦争に影響を与えるだけの人物は、未だ現れていない。

[ドーベルマン] ふぅ……少し話が逸れたな。私がお前たち予備隊に、軍隊というものを全面的に解説していない理由は、お前たちが今それを知ったところで、何の意味もないからだ。

[ドーベルマン] 現状では、そのような知識を用いることになる機会はまず訪れないだろう。だから今話していることは、あまり真剣に聞かなくても良い。

[フェン] つまり、答えは数でもないということですね?

[ドーベルマン] ああ、悪くない着眼点だが、それは軍隊の性質であり、兵士の性質ではない。もう少し考えてみろ。

[フェン] はい……

[ビーグル] じゃあ、命令に従う、ですか?

[ドーベルマン] なぜそう思った?

[ビーグル] さっきふと思い出したんです。わたしたちがまだ警備隊にいた頃に隊長が言っていた言葉を。「兵士として、どのような状況でも命令に従え」と仰っていました。

[ドーベルマン] よく覚えていたな。その通りだ。

[ビーグル] あっ、正解ですか!

[ドーベルマン] ああ、兵士の最大の特徴は、命令に従うことだ。

[ドーベルマン] こんな言葉がある。「思考しない兵士こそが合格に値する」と。軍隊では兵士が思考することを必要としない。必要なのは従順さだけだ。

[ビーグル] それって、兵士はただ言うことを聞けってことですよね。ひどくないですか?

[ドーベルマン] 戦争はそれ以上に残酷さ。それに思考を止めることは、兵士にとってある種の救いになりえるかもしれん。

[ビーグル] でも……

[ドーベルマン] 「兵士は意思を持つ人間なのに」か? お前がそう思うのは当然のことだ。

[ドーベルマン] 実際、兵士は機械などではないからな。それに彼らは、誰よりも死に近い場所にいる。だからこそ、自らが信じるものに命を預けて戦うんだ。

[ドーベルマン] もし兵士があまりにも愚かな命令に従っていると自覚していたら、士気高々に戦えると思うか?

[フェン] 難しい……と思います。

[ドーベルマン] そうだな、もちろん不可能だ。その場合、上役には二つの選択肢がある。何かわかるか?

[二人] ……わかりません。

[ドーベルマン] 一つ目は、その命令が愚かなものであることを、兵士に気づかせないことだ。

[ドーベルマン] だが実際にはそれは難しい。前線に身を置く者は、自分がどのような危険の中にいるかよくわかっている。彼らを騙そうとするのは愚策だと言えるだろう。

[ドーベルマン] と言うよりも、それができるのなら、初めからそのようなことに頭を悩ませていないだろう。

[ドーベルマン] もう一つは、正しい命令を出すことだ。

[フェン] えっ?

[ドーベルマン] 詭弁に聞こえるかもしれないが、事実としてそうなんだ。どのように兵士に思考をさせずに戦わせるか――

[ドーベルマン] そして、どのように命令を疑わせないようにするか?

[ドーベルマン] 答えは簡単だ。兵士を納得させられる、正しい命令を出せば良い。

[ドーベルマン] だがそれを理解できない者が多いのが現状だ。

[ドーベルマン] 私は自治政府を離れた後、巡り巡って反抗軍に加入した。しかし最後にはやはり、そこからも離れることにした。どの場所も同じだと気づいたからだ。

[ビーグル] えええ、ドーベルマン教官は反抗軍にいたこともあるんですか!?

[ドーベルマン] ああ、タンスの二つ目の引き出しに写真がある、見てみるといい。

[ビーグル] はい。……わぁ、本当だ! 当時の教官もかっこいいです。

[フェン] 私にも見せて!

[フェン] わぁ、本当にかっこいい。

[ドーベルマン] 見たら戻しておいてくれ。

[ドーベルマン] あそこには、何もいい思い出はない。その後ボリバルを離れた私はロドスに加入したというわけさ。

[ドーベルマン] とはいえ、初めは何も期待していなかった。

[ドーベルマン] だがここでは思わぬ収穫があった。

[ドーベルマン] 自身が愚かな命令に従っていると知った兵士が、その後どうすべきか正しく判断できるとは限らない。

[ドーベルマン] それが正確な命令の必要性だ。

[ドーベルマン] そしてロドスでは、このような正確な命令が出されている。

[ビーグル] (小声)フェン隊長、分かりましたか?

[フェン] (小声)少しだけ……

[ドーベルマン] 今の話は聞き流しても良い。あくまで私の感慨に過ぎない。

[ドーベルマン] お前たちに伝えたかったのは、ロドスを今以上に大切にしろということだ。

[ドーベルマン] お前たちは何の憂慮もなく自らをロドスに預けられる。たとえ何も思考せずに戦ったとしても、何かを失ってしまうことはない。

[ドーベルマン] 使い古された問いかけがある。「前に進むことは正しい。しかし自分が向いている方向は、本当に『前』なのだろうか?」

[ドーベルマン] この問いに答えはない。だが少なくとも、ロドスが示した「前」に向けて進んでいけば、道を誤ることはないと私は思う。

[フェン] ロドスが指し示す「前」を信じる……なんとなく、少しだけ教官が私たちに伝えたかったことが理解できた気がします。

[ビーグル] うーん、つまり、ロドスはいい場所ということですね?

[ドーベルマン] ……フフ、そうだ。そう考えていて間違いない。

[ドーベルマン] ここは何人かの理想主義者が、ちっぽけな願いに命をかけ、その願いを繋いでいく桃源郷だ。

[ビーグル] わたしもロドスはいいところだと思います。ですが、教官がそこまで言うほどに素晴らしいのでしょうか……

[ドーベルマン] フフ、それを感じるようになるまでは、まだまだ長い時間がかかるかもしれんな。

[ドーベルマン] 掃除に時間をとらせた上、私の話にまで付き合わせてしまった。そろそろ昼食にするといい。

[ビーグル] あ、本当だ、もうすぐ一時です!

[ドーベルマン] ああ、手伝いご苦労だったな。先に食事をしていてくれ、私もすぐに行く。

[フェン] わかりました。ためになるお話、ありがとうございました。しっかり覚えておきます。

[ビーグル] わたしもです!

[ドーベルマン] そんな真剣に受け止めなくてもいいさ。

[ドーベルマン] ……いや、考えが変わった。先ほど話した内容は、そのうちテストに出すかもしれん。

[ドーベルマン] そして、私が言った内容をそのまま答えた場合、0点だ。

[ビーグル] えええええ! そんな!

[フェン] し、しっかり自分の答えを考えておきます! 本日のご指導ありがとうございました、教官!

[ドーベルマン] ……

[ドーベルマン] 教官、か。

[ドーベルマン] いつの間にか、その立場にも慣れてしまったな。

[ドーベルマン] 私にも多くの生徒ができた。すでに私以上に成長した者もいれば、まだまだこれからの未来が待っている者もいる。

[ドーベルマン] 私はロドスで新たな目標を見つけたんだ。アーミヤとケルシー先生が私に描いた未来を信じよう。だが……

[ドーベルマン] アラン。

[ドーベルマン] ファン。

[ドーベルマン] ホセ。

[ドーベルマン] 私の根は、やはりボリバルにある。

[ドーベルマン] いつの日か、戻ってこの目で確かめるさ。

[ドーベルマン] いつの日か。

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