aklib_story_孤星_CW-1_深い霧_戦闘後

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孤星_CW-1_深い霧_戦闘後

ブレイク大佐は副大統領と話し合い、サリアとブリキは統括の目的を分析しており、人事課主任のヤラはサイレンスの窮地を救った。そして薄暗いどこかでは、エンジニア課主任のナスティが手に入れたデータを確かめていた。


[ブレイク] ……

[ジャクソン] 三十分もお待たせして申し訳ありません、大佐。

[ブレイク] こちらこそ、突然の訪問で申し訳ありません。このために会議を一つキャンセルしていただいたとパヴァール秘書から伺いましたよ、副大統領。

[ジャクソン] いえいえ。十三区の件につきましては、大変迅速にご対応いただいたようで……

[ジャクソン] とはいえ、個人的にはいささか苛烈なようにも感じましたが。

[ブレイク] 先ほどあなたが公の場で、民衆の胸を打つスピーチをされたばかりというのに、十三区でのことは実にタイミングが悪かったですね。

[ジャクソン] どうやらこの件は、そちらにとっても小さくはないハプニングのようですね。

[ブレイク] ……私はただ、「ホライズンアーク計画」を現段階で国民の目に触れさせるのは、時期尚早ではないかと思っているだけです。

[ブレイク] それを踏まえて、あなたには以降の予定をすべてキャンセルし、トリマウンツを離れていただきたく思います。我々も迅速にこの「ハプニング」に対処しますので。

[ジャクソン] ……

[ジャクソン] 大佐の訴えは理解できますが……

[ジャクソン] スケジュールを変えるつもりはありません。むしろ、滞在期間を延ばしてしばらくはトリマウンツに留まろうと思います。

[ジャクソン] 私は先ほどの会議の中で、ライン生命を訪問し、優秀な研究員たちと交流することを決めました。

[ブレイク] ……

[ジャクソン] ブレイク大佐。我々は皆一丸となって、このクルビアという国のためにすべてを捧げ奉仕しています。

[ジャクソン] そして、この都市には数多くの先駆者たちが集っているのです。彼らはクルビアの科学技術発展の礎であり、この国の未来を左右する存在だと言っても過言ではありません。

[ジャクソン] 私の言っている意味がわかりますか?

[ブレイク] ……

[ジャクソン] クルビア最高の軍事工場の生産ラインを以てしても、標準的な制式砲弾を一つ製造するのには一日半はかかります。

[ジャクソン] ましてやそれが戦場に送られ、兵士たちがその扱いを完璧に習得するまでには、さらなる時間がかかるでしょう。

[ジャクソン] ですから、まずは落ち着いてください。「アーク・ワン」のような大地全体の情勢を変えうる絶対兵器に向き合う時ほど、冷静さが肝要になるものです。

[ジャクソン] ここはクルビアであって、サルゴンでも、ボリバルでもないのですから。

[ブレイク] ……

[ブリキ] これまで軍は……というより、正確には国防部は、国家の軍事能力に関する模索を続けてきました。

[ブリキ] 大統領にとって喜ばしいことに、全体としてその歩みは順調なものです。ですので、楽観的に考えていらっしゃるかもしれません。

[ブリキ] しかし、近年の国際情勢は絶えず変化しており、特にヴィクトリアのザ・シャードの出現によっていくつかのことが変わりました。

[ブリキ] 恐ろしい絶対兵器は、距離を意味のないものにしたのです。地上でのあらゆる防御はもはや無用のものとなり、もはやいつ我々の枕元まで脅威が迫ってくるかもわかりません。

[ブリキ] 国防部内でも開戦を訴える声は次第に大きくなっており、危険な兆候が見え始めています。そうして彼らは時代を超越した意味を持つ戦略兵器の開発に賭けることにしたのです。

[サリア] そんな折に、クリステンが軍の視界に入ったと?

[ブリキ] ええ。彼女は軍の核心技術に関する顧問となり……

[ブリキ] 就任まもなく、「ホライズンアーク計画」の――すなわち絶対兵器である「アーク・ワン」の建設計画を提出し、速やかに実行に移しました。

[ブリキ] 軍はそこに大量のリソースを投入し、ライン生命も長期にわたり多くの政策的支援を受けてきたのです。

[ブリキ] これは、トリマウンツにある数多のテクノロジー企業の中でもライン生命が群を抜いた存在となった理由の一つでもあります。

[ブリキ] また、情報によると「アーク・ワン」の建設には、トリマウンツ地下にS.H.A.F.T.という複雑なエネルギーウェルを掘った上で――

[ブリキ] 飛行ユニットの限界高度へH.A.M.H.R.R.というフォーカスジェネレーターを打ち上げなければならないとか。

[ブリキ] これは非常に大規模なプロジェクトで、軍はそこにすべてを注いできたようです。上空から落ちてきたあれも、きっとその計画の一部なのでしょう。

サリアは、工場跡から空へと視線を向けた。

[サリア] フォーカスジェネレーター……つまり空を中継点とするのか?

[ブリキ] 具体的な概念設計と実現に際する原理は、我々にもよくわかりません……

[サリア] 空を中継点として、膨大なエネルギーを集中、あるいは方向転換させ超遠距離からの強力な攻撃を可能にする……

[サリア] 理論上は、確かに可能だが……

[サリア] 本当に、クリステンが軍の「絶対兵器」建造に手を貸すことなどあるだろうか?

[フェルディナンド] どうやら、望ましい返事はいただけなかったようですね。

[ブレイク] こうなることはわかっていた。予期した通りのことが起きたというだけだ。

[ブレイク] 優れた政治家であるほど、明確な立場をとることはないだろう。ゆえに少なくとも現時点において、彼らは我々がこのプロジェクトをすぐに引き継ぐことを望まない。

[フェルディナンド] であれば、彼らはどうするつもりでしょう?

[ブレイク] 簡単なことだ。彼らはただ、後回しにするつもりなのさ。科学研究にとって効率を追求するのが常ならば、政治家の常は「先延ばし」にあるからな。

[ブレイク] たとえば、シンガス政府がウッズカンパニー管轄下の造林地を取り戻すべく協議をしていた際、三年続いた交渉は何の成果もないまま結局ウッズカンパニーがその地域の支配権を失うまで続いた。

[ブレイク] それと同じように、彼らは先延ばしにしたがっているんだ。我々が出くわした問題を解決しきれなくなり、あの忌々しい「ホライズンアーク計画」を諦めてすべてがなかったことになるまでな。

[ブレイク] それで、フェルディナンド。君は現場に行ったのだろう? その上で導き出せる結論はないのか?

[フェルディナンド] あれは「アーク・ワン」に用いる「フォーカスジェネレーター」の飛行試験用プロトタイプでした。

[フェルディナンド] 澄み渡って見える空も、容易く御せる場所ではありません。上空でかかる圧力とナビゲーションシステムのテストを繰り返さねばなりませんから、こうしたテスト飛行も恐らく一度ではないでしょう。

[ブレイク] ……

[フェルディナンド] それよりも、「アーク・ワン」を動かす上で必要となるはずのエネルギーウェルは常に軍の支配下にあるのですよね。だとすれば、それを使わずに一体どこからこうも巨大なものを発射したのか……

[フェルディナンド] フォーカスジェネレーターのブラックボックスはまだ見つからないのですか? それさえあれば、軌道データを使って発射地点を特定し、クリステンを見つけ出すことができるでしょう。

[ブレイク] 十三区全域で捜索したが成果なしだ。

[フェルディナンド] そうすると落下直後にブラックボックスを回収した者がいますね。

[ブレイク] 爆発の威力は凄まじいものだった。すでに壊れているということはないか?

[フェルディナンド] (首を横に振る)

[フェルディナンド] なんにせよ、クリステンが失踪してから半月が経ちました。彼女はブラックボックスを使い、すでに望み通りの実験結果を得ているかもしれません。それでも我々から身を隠しているということは……

[フェルディナンド] 軍が主導してきた「ホライズンアーク計画」は、軍の管理下を完全に抜け出したということです。

[ブレイク] ……

[フェルディナンド] 先延ばしにすればするほど、変数は多くなりますよ。

[ブレイク] わかっている。

[ブレイク] ……

[ブレイク] もしもし。

[ブレイク] はい、ジャクソンは我々と話し合うつもりはまるでないようです。

[ブレイク] 私が? いえ、あなたに隠し事など何も……クリステンの監視に送り込んだ工作員たちですか……?

[ブレイク] ……

[ブレイク] はい。決して譲歩せず、できる限り早急に解決いたします。

[ブレイク] お待ちください、今何と?

[ブレイク] それは……

[ブレイク] わかりました。

[フェルディナンド] 顔色が良くないですね、大佐。

[ブレイク] ……

[ブレイク] 君の言う通り、これ以上グズグズしてはいられないようだ。

[ブリキ] クリステンとその監視についていた軍の工作員が同時に消息を絶ったことは、計画が実現に近い段階まで進んでいることの証左です。

[サリア] 彼女は出資者を騙したのだろう。

[ブリキ] 我々もそう睨んではいますが、随分確信がおありなのですね。

[サリア] 彼女のことは誰よりもよくわかっているからな。

[ブリキ] と言いますと?

[サリア] ライン生命は設立当初から、民間向けの技術革新に主眼を置いた研究を続けていて、軍需産業との関わりはほとんどなかった。クリステン自身もその手のことには興味がないはずだ。

[サリア] そして……

[サリア] 彼女の研究計画に「空」が含まれているとすれば、それは手段ではなく、目標と考えるのが妥当だ。

[ブリキ] ……

[ブリキ] それはライト夫妻のことで、ですか?

[サリア] ああ。

[ブリキ] 「我々は、まだこの大地をすべて見終わってはいない。それどころかやっと空に手をかけたばかりだというのに、なぜこうも急いで遥か高みを目指したのか?」

[ブリキ] ライト夫妻の試験飛行での墜落事故のあと、飛行ユニットの専門家であるスティーブンソン氏が新聞に寄稿したこの有名な評論のことは、今でも覚えています。

[サリア] あの言葉には天才科学者の死への哀悼の意が込められていた。しかし文脈を無視して切り取られ、「同業による正確な批評」として夫妻が攻撃される材料に使われてしまった。皮肉な話だ。

[ブリキ] そのお話、詳しく聞かせていただきたいですね。

[サリア] スティーブンソン氏とライト夫妻の関係は良好だったんだ。彼は二人の死後もクリステンの面倒をよく見てくれていた。のちに彼女が学界でうまく軌道に乗れたのは、氏の尽力あってこそだ。

[ブリキ] そうだったのですか。私ですら初耳の事実です。

[サリア] ただ、クリステンとスティーブンソン氏は打ち解けていたわけではない。彼女は両親の空への執念を受け継いでいて、他人からの理解を望んでいなかったしな。

[サリア] クリステンは、空を憎んでいるんだ。

[サイレンス] 伝達物質が事故現場に現れたのはきっと偶然じゃない。でも、この爆発とどう関わっているんだろう?

[サイレンス] 工場で作られたものに、伝達物質が使われるとか? だけどトリトン化学工業とライン生命に繋がりはなかったはず。あるいは、工場を突き破ったあのリング状の機械と関係があるとか?

[サイレンス] サリアたちは遠すぎて、何を話しているのかわからないし……

[サイレンス] もう少しドローンを近付けてみようかな。

[クルビア兵] 正体不明のドローンを一機撃墜した。

[サイレンス] しまった……

[クルビア兵] 失礼、通行証をお見せください。

[クルビア兵] ……お持ちでないんですか? 十三区は現在、一時的に軍管理下にあります。こちらへ来ていただけますか。

[サイレンス] 私、トリトンの職員なんです。今日はお休みだったんですが、爆発があったと聞いて様子を見にきたところで。

[クルビア兵] であれば、このドローンについて説明してもらいましょうか。あなたが飛ばしていたんですよね? 関係ないとは言わせませんよ。

[サイレンス] それは――

[???] 確かに、彼女が現場の写真を撮ろうとしていたのは事実よ。

[クルビア兵] ま、マリアンナさん……!?

[クルビア兵] ご、ご本人ですよね!? どうしてあなたがこちらに!?

[マリアンナ] マリアンナ……ね。

[マリアンナ] その名前を聞くのは四十年ぶりだわ。

[クルビア兵] ということは、あの伝説の記者会見ぶりですか? 実は、父があなたの大ファンで、当時は新作映画の発表をしたと思えば、突然あなたが裏方に転身すると言い出して本当にびっくりしたと……

[クルビア兵] あれは撮影中に天災で重傷を負ったからなんですよね? 父はこの話をするたびに、興奮してソファから立ち上がるくらいなんです!

[クルビア兵] あっ、父はあなたの全作品をコレクションしていて! 私も一緒に全部十回以上は観てるんです!

[クルビア兵] 特に『海上のスパイ』が印象的でした! あなたが一目で海岸にいるスパイを見つけ出して、クルーズ船から飛び降りるシーンときたらもう最高で!

[クルビア兵] あなたが演じると、本当にキャラクターに厚みが増して、魅力が引き出されるんです! 今の量産型ランクウッドスターは全員あなたに演技を教わるべきだと思います!

[マリアンナ] ありがとう。

[マリアンナ] でも、残念だけど最近のマリアンナは、従業員との給与交渉でプロのネゴシエーターを演じるのがせいぜいなの。

[クルビア兵] で、では……

[マリアンナ] 今の私はライン生命人事調査課の主任、ヤラ・ブッカー・ウィルソンよ。これが通行証。私、十三区に家を持っているの。

[クルビア兵] ……

[ヤラ] それと、この人がトリトンの職員っていうのは事実よ。ライン生命とトリトン化学工業の間には、ちょっとした見解の相違があって……まさに『海上のスパイ』みたいなビジネス闘争なんだけど……

[クルビア兵] わかります。ここはトリマウンツですからね。

[ヤラ] 傘下の工場で突然爆発が起きた今、現場の写真がトップニュースを飾ればトリトンは物議をかもすことになるでしょう。これは彼女がライン生命に入るための手土産みたいなものなのよ。

[ヤラ] もちろん軍の管理規定に反する行為だけれど、幸いドローンは破壊されたから写真が流出することもないわ。私が保証するから、今回は目こぼししてくれないかしら?

[ヤラ] そうそう、転職の件については、もう一度話し合いをすることになるわね。

[サイレンス] ……わかりました。

[ヤラ] それでね、兵士さん。一言だけ言わせてもらっていいかしら? 前触れもなく急に周辺住民に自宅待機を要請して、通知があるまで外出禁止だなんて、ちょっとひどすぎるんじゃない?

[クルビア兵] ……わ、我々も、命令に従っているだけなんです……

[クルビア兵] あの……マリアンナさん! わ、私はあなたを信じます。ですのでお二人とも、すぐにここを離れてください。次もこういうふうにはできませんから。

[ヤラ] さてと。あなたはサイレンスだったわよね。パルヴィスの代わりに黒豆茶を届けてくれたこと、覚えているわ。

[サイレンス] ヤラ主任……ここは、ライン生命と関係がある場所なんですか?

[ヤラ] それを知るために潜り込んできたの?

[サイレンス] はっきりさせないといけないことがあるんです。

[ヤラ] だとしても、ここで話す事じゃないわね。

[ヤラ] 住所を教えるから、先に向かって、待っていてちょうだい。

[サイレンス] この場所は……

[ヤラ] 安心して。十三区内にある私の自宅よ。

[サイレンス] 先に行ってというのは……?

[ヤラ] 古い友人が訪ねてきたから、会ってあげなきゃいけないの。

[ヤラ] あなたの呼吸音なんて聞いたことがないけれど、タバコを吸ったりもするのね。煙はお腹の中で循環させるの?

[ブリキ] これは単なる習慣ですよ。以前のあなたが任務を終えるたび、事件の詳細を真剣に書き留めては、その場で焼き捨てていたのと同じです。

[ブリキ] 先ほど、お若い研究員の姿が見えましたが……あなたは相変わらず面倒見がいいですね。

[ヤラ] だって、放っておけないでしょ。

[ヤラ] 軍の管理区域に自社の職員が入ってきて、挙句捕まったりなんかしたら会社に迷惑がかかるもの。

[ブリキ] やはりあなたは、どんな仕事をしていてもプロ意識が高いですね。実は、あなたがトリマウンツで仲介投資家をしていた頃から時折その動向には注意を払っていたんですよ。

[ブリキ] 当時のあなたは仕事のために人脈を広げ、そしてライン生命の主任となった今のあなたは、仕事のためにそれをすべて会社に捧げていますね。

[ブリキ] 言い換えればそれは、あなたなくして現在のクリステンはないということです。

[ブリキ] それで、今ここに現れたのは、あの無鉄砲な子のためですか?

[ブリキ] あるいは、あなた自身の考えあってのことでしょうか?

[ヤラ] もしくは、単純に十三区に家を買ったから、っていう線はないのかしら? 忙しくない時は、何日かここにいることもあるのよ。

[ヤラ] 私は年を取ったのよ、ブリキ。

[ヤラ] いくつになったから、という話ではなくて、ふと我に返った時、自分の健康や夢、それに友情も家庭も……すべてをこの国に捧げてきたことに気付いたの。

[ヤラ] マイレンダーの「明星」は、結局何も残せなかった。

[ヤラ] 「青春」を振り返ろうと思っても、若かりし頃撮った映画のビデオすらも持ってないのよ。

[ブリキ] あなたを責めるつもりはありませんよ、ヤラ。

[ブリキ] とはいえ、申し訳ないのですが、見て見ぬふりをしてほしいというならそれは難しいですね……マイレンダーが負うのはこの国に対する責任のみですから。

[ヤラ] 私が伝えておきたいのは、「後悔なんてしていない」ということだけよ。だから今でも、この国を傷つけるつもりなんてないの。

[ブリキ] ……

[ブリキ] あなたは今なお、ライト夫妻の死に囚われているのですね。

[ヤラ] ……

[ヤラ] 否定したいのは山々だけど、当時の光景は今でも夢に出てくるわ。

[ホルハイヤ] こんにちはー、お届け物でーす。

[???] 操作台の上に置いておいてくれ。

ホルハイヤは目の前の空間を見渡した。それは地下に作られた巨大な井戸のような円柱状の空洞、つまりはエネルギーウェルだ。

エネルギーウェルの壁にはめ込まれた源石灯はその周囲を照らすばかりで、全体の深さは掴めない。壁の隠れた溝にはケーブルが敷かれており、それが暗闇の中まで伸びていた。

先ほど話しかけた相手は忙しげに動き回っており、その背中だけしか見えない。

どうやら何かのテストをしているようだが、これほど深い空間の中でも、彼女の立てる音は大して響いていない。恐らく、高性能の吸音材が使われてでもいるのだろう。

そのため、辺りはすべてが停滞した霧の中で静寂に包まれているかのようだ。

[ホルハイヤ] 暗闇が怖くないの? 息苦しさを感じたりはしない? ここは地下数百メートルの場所なのよ……上では、ガサツな軍人たちが巡回してるしね。

[ホルハイヤ] かれこれひと月はこんなところに籠っているでしょ。出歩く気はないわけ?

[ホルハイヤ] ねえ、ナスティ?

[ナスティ] 私は忙しいんだ、ククルカン。

[ホルハイヤ] 私だって暇なわけじゃないわよ。

[ナスティ] 今のは、ブラックボックスを置いて立ち去れという意味で言ったんだが。

[ホルハイヤ] 軍とマイレンダーの目をかいくぐってまで届けに来てあげたのに、その態度はないんじゃない?

[ナスティ] 君と統括がそういう取引をしたんだろう。私には関係ない。

[ナスティ] 私に渡すまでに、ブラックボックスの中身をいじったりはしてないだろうな?

[ホルハイヤ] ええ。

[ナスティ] ……簡潔な回答をどうも。

[ナスティ] データの解析は……ふむ、それほど複雑じゃないな……

ナスティはホルハイヤに構わず作業を始めた。まるで潮が陸地を浸すように、大量のデータがスクリーン上で更新されていく。

放っておかれたホルハイヤは、ナスティの真剣な背中を眺めるよりほかなくなり、彼女の腰にある装置に視線を向けた。

それは不規則に繋ぎ合わされた枯れ枝のようなものだったが、彼女が端末を操作したり停止したりするのに合わせて、短く規則的に、そしてリズミカルに揺れている。

その様子はまるで生きているかのようで、ナスティの思考に合わせて動いているように見えた。

[ホルハイヤ] あなたは根のない枯れ枝のために栄養を見つけてあげたってわけね……ふぅん。

[ナスティ] 軌道データが以前の計算と若干ずれているが、想定の範囲内か。どうやら伝達物質は本当に、ナビゲーション用の素材として機能するらしい。

[ナスティ] となれば、ペースを上げるべきだな。

[ホルハイヤ] ねえ、エンジニア課主任であるあなたが大人しく地下で下働きみたいな仕事をするなんて、クリステンはどんな手を使ったの?

ナスティはそれに答えずいくつかのコマンドを入力して、スクリーンが次々に暗くなる中、扉のほうへ歩き出した。すると彼女があとにしたこの地下空間もどんどん暗くなっていく。

[ホルハイヤ] 出かけるの? 何かグッドニュースがあったなら、その喜びを私と分かち合ってみない?

[ナスティ] (サルカズ語)立ち去れ。

ホルハイヤは声に応じて一歩下がった。まるで命令が下されて、身体が自動的にその「コマンド」を実行したかのように。

[ホルハイヤ] かわいい呪術を使うのね、バンシーさん。

[ホルハイヤ] 部下から文句を言われないの? ちょっと怒りっぽすぎませんか~とか。

冷たい空気がナスティの首筋を撫でたかと思えば、幻のように消えていき、若きバンシーはわずかに身震いした。

彼女が手にした骨筆にひびが入り、それが広がっていく。

[ナスティ] ……

[ホルハイヤ] あら、そのペンってもしかして壊れやすいの? 引き出しにいっぱいスペアを入れてたわよね。

[ホルハイヤ] 私、ずっと気になってたのよね。その骨筆を全部壊しちゃっても、こういう小細工が使えるのかどうか。

[ナスティ] だったら試せばいいだろう。

[ナスティ] 二度も同じ命令はしないぞ。

[ホルハイヤ] はいはい、しょうがないわねえ。バンシーって、みんなこんなに冗談通じないのかしら?

[ホルハイヤ] ともあれ、せっかく外に出る気になったみたいだし、邪魔しないでおきましょうか。ああでも、暗闇が怖いなら一緒に行ってあげてもいいわよ。

バンシーが再び何か言う前に、ホルハイヤの姿は軽やかに扉の向こうへ消えた。

空気中に広がる暗闇がしばし激しく震え、ナスティは言いかけた言葉を結局止めた。

[ナスティ] ……チッ。

[ナスティ] そろそろ彼女を迎えに行く時間か。

[ナスティ] (サルカズ語)ようやく、混沌の夢が沈む。

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