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塵影に交わる残響_LE-6_死者の舞踏_戦闘後
エーベンホルツとクライデは、「塵界の音」の共鳴によってオリジムシを追い払った。だが巫王の影は依然二人を覆っている。謎はいまだに解けぬままだが、状況はすべて細工されたコンサートホールを指している。
[エーベンホルツ] ハァ、ハァ……
[エーベンホルツ] クライデ、来たぞ! もうチェロは弾くな!
[エーベンホルツ] 一体何をしている、自殺か?
[クライデ] 僕は……
[クライデ] 確かにそう考えていました。
[エーベンホルツ] !?
[クライデ] チェロの音でオリジムシをおびき寄せ、それから……自分ごと一緒に燃やしてしまおうかと。
[クライデ] でも、エーベンホルツさんが来てしまったのなら……多分それは叶いませんね。
[エーベンホルツ] クライデ……君は……
[クライデ] 幼い頃から、自分の体質に異常があることはわかっていました。
[クライデ] 僕と長く接することで、病状が悪化する感染者がいましたから。
[クライデ] それが原因で、僕と祖父は当時住んでいた場所を追い出され、村を渡り歩くようになりました。
[クライデ] でも僕は、全ての感染者が自分の影響を受けるわけではないし、受けるとしても、接する時間が短ければ平気だとずっと思っていました。
[クライデ] けど祖父の病状がどんどん深刻になって、僕の幻想は打ち砕かれてしまったんです。
[クライデ] そして、「疑似回復」と呼ばれる現象が、僕がアフターグロー区に来てからたった数週間で深刻な状態に陥ったと、ハイビスカスさんに聞かされました。
[クライデ] ……僕が生きていることで災いをもたらすのであれば、死んだ方がいいんです。
[エーベンホルツ] これは君のせいではない!
[クライデ] そんなわけないでしょう?
[エーベンホルツ] ……
[エーベンホルツ] ――君は「塵界の音」を知っているか?
[クライデ] ようやく……思い出しました。
[クライデ] 「塵界の音」、その実験で亡くなった人たち、巫王派の残党……そしてあなたのことを。
[クライデ] 全部思い出しました。
[エーベンホルツ] だったらわかるだろう、これは君のせいではない!
[エーベンホルツ] すべて巫王と、あの残党たちの……ゲルトルーデのせいなのだ――君は無実だ!
[クライデ] ……はい。
[クライデ] あなたのおかげで、かつてのことを思い出せました……これは生まれつきの体質なんかではなく、実験の結果によるものなんだとようやくわかりました。
[エーベンホルツ] 私も君のチェロを聞いて思い出した。感謝するのは私の方だ。
[クライデ] ですが……
[エーベンホルツ] ですがも何もない。
[クライデ] 事態はすでに僕たちの手に負えないところまで来ています。他人に及ぼす危害を減らすことさえできません。
[クライデ] それに、もしその女伯爵の言う通りであれば、僕にはそもそも時間が残されていません。だったら今ここで――
[エーベンホルツ] ダメだ!
[エーベンホルツ] 私がなぜ、ゲルトルーデに騙されたと思うんだ? それはな、「塵界の音」が誰かに移せるものだからだ!
[クライデ] ですが僕の「塵界の音」はすでに壊れていて不完全なのです。たとえあなたに移したとしても――
[エーベンホルツ] やってみなければわからないだろう!
[エーベンホルツ] 死ぬことを決めたというなら、何を恐れることがある?
[クライデ] あなたを傷つけたくないんです。
[エーベンホルツ] 本当に傷ついたら、またその時に心配してくれ。
[エーベンホルツ] 今ここで、賭けてみようではないか。
[クライデ] ……わかりました。
[エーベンホルツ] 普段「塵界の音」の旋律を感じているか?
[エーベンホルツ] 演奏時にしろ、アーツの使用時にしろ、私は「音」の存在を漠然と感じることができる……すでに知り尽くしているが、私とは全く関係のない耳障りな旋律だ。
[クライデ] わかっています。
[クライデ] でも僕が感じる旋律は耳障りではなく、むしろ穏やかな――いえ、調和が取れすぎていて、空虚にすら感じます。
[エーベンホルツ] 各々が感じる旋律にできるだけ沿って、一緒に演奏してみよう。
[クライデ] 演奏……でも聴衆がいませんよ。
[エーベンホルツ] いや、聴衆ならたくさんいるさ。
[クライデ] オリジムシですか?
[エーベンホルツ] あの老いぼれがこの世に残した旋律の聴衆として、オリジムシは最適だろう。人間に聴かせるよりな。
フルートとチェロが音を奏で始めてすぐ、二人は問題に気付いた。
二つの旋律の間には共通性が全くなかったのだ。
フルートの音は圧があり、焦燥に満ちていて、耳障りで、時に速く時に遅く、目の前のすべてを深淵に引きずり込もうという衝動を掻き立てる。
その一方で、チェロの音は間延びしていた。鬱々として、空虚だ。テンポは常に変わらず、まるで天災で均らされた後の土地のように何もない。
しかし、彼らはそれでも強引に、演奏とは呼べない演奏を続ける。
すぐに、オリジムシが波のように押し寄せてきた。
辺りを満たす臭気の中で、人生を「塵界の音」に台無しにされた二人が、不調和な合奏をしている。彼らの楽譜は頭の中の実在するかもわからない旋律で、聴衆はオリジムシだ。
そうした状況を思えば思うほどに、エーベンホルツは、自分が「塵界の音」の旋律の何かに触れかけているように感じた。
エーベンホルツのフルートはより激しく音を奏で、対するクライデのチェロは沈むように重苦しく、虚ろな音になってゆく。
[クライデ] エーベンホルツさん、僕は……
エーベンホルツがクライデの方を見やると、彼の頭はすでに力なくうなだれていた。だがその手は未だ弓を動かしていた。チェロの音はだんだんと低くなり、虚無に近づきつつある。
その瞬間、エーベンホルツは何かをつかんだような気がした。
彼は全身の力を振り絞り、最後のフォルテを吹いた。
クライデももがくように、チェロの最も太い弦を力強く弾いた。
二人が奏でる旋律が、警報のように広がっていく。
たった今まで、狂ったように二人に押し寄せていたオリジムシは、捕食者を目にしたかのように素早く逃げていった。
[エーベンホルツ] クライデ……だい、じょうぶか……
[エーベンホルツ] おい、起きているか?
[クライデ] (重苦しい呼吸音)
[クライデ] ……起きています。
[エーベンホルツ] どうだ、まだ「塵界の音」の旋律が聴こえるか?
[クライデ] ……正直、前よりもはっきりと聴こえます。
[エーベンホルツ] すまない、私が軽率だった。
[クライデ] いい方向に考えましょう。今のでオリジムシを追い払えました――
[クライデ] あ、待って……
[エーベンホルツ] どうした?
[クライデ] あなたが買ってくれた衣装が――
[クライデ] よかった、汚れてません。
[エーベンホルツ] 匂いはどうだ、臭いだろう?
[クライデ] ……確かに。
[エーベンホルツ] 大丈夫だ、今一番臭いのは私だからな。
[エーベンホルツ] そういえば、過去にも全身が臭くなったことがあったな。
[エーベンホルツ] あの時、ウルティカの高塔からほど近い建物で火災が起きた。だが高塔の侍従たちは消火には行かず、みんな私の元へとやって来て、ずっと見張っていたんだ。
[クライデ] あなたが逃げないように?
[エーベンホルツ] ああ。私が逃げないように、隠れないように、そして火の海に身を投じないようにな……
[クライデ] あなたに死んでほしくなかったのですか?
[エーベンホルツ] 私が思い詰めて飛び降りたりしないように、高塔のほぼすべての窓にはアーツで強化された柵と錠があった。
[エーベンホルツ] なんせ重要な御輿だからな。もし簡単に死なれでもしたら、責任を問われるからだろう。
[エーベンホルツ] いずれにせよ、最終的に火は高塔まで燃え広がることはなく、ただ私の全身を煙臭くしただけだった。
[エーベンホルツ] その煙臭いコートを着たまま半月間過ごした。気候が暖かくなってようやくその服を脱いだんだ。
[クライデ] ……僕も昔のことを思い出しました。
[クライデ] 最初に住んでいた場所を追い出された後、祖父と一緒に比較的裕福な村を渡り歩いていたんです。
[クライデ] 感染者の身分を隠してさえいれば、ほとんどの村が友好的でした。
[エーベンホルツ] 小説で読んだことがあるな。農繁期、友好的な村人は夜になると、日雇い労働者にソーセージやビールを用意し、思う存分ご馳走してくれると。
[クライデ] (首を横に振る)
[クライデ] 友好的な村人が僕たちに与えたものは小銭でした。そして暗くなる前に村から立ち去らせたんです。物を盗まないようにと。
[クライデ] あまり友好的ではない村人が差し出したのは、硬い黒パンと、言うことに従うよう脅すための武器でした。
[エーベンホルツ] ……
[クライデ] ある村の農作業を手伝っていた時のことです。
[クライデ] その日はとても暑くて、全身が汗まみれでした。周りに人がいないうちに、服をちょっと乾かしたいなと思ったんです。
[クライデ] 服を脱ごうとする前に、突然近くで騒ぎが起きたんです。
[クライデ] 祖父が走ってきて早く逃げるぞと言いました。どうやら日雇い労働者の一人が誰も見ていないと思い込んで袖をまくったところ、腕の源石結晶を村人に見られてしまったそうです。
[クライデ] 村人たちはすぐに彼を廃棄された地下室に繋ぎ、他の労働者たちも一人一人調べようとし始めました。
[クライデ] 祖父がいなければ、僕もその地下室で死んでいたかもしれません。
[エーベンホルツ] 死――彼らは感染者を殺すというのか?
[クライデ] 殺す必要はありません。彼らには殺す勇気もありません。
[クライデ] ただ餓死して、結晶化し爆発するのを待つだけでいいんです……
[エーベンホルツ] 感染者を優遇する法令が、以前から出されているはずだろう?
[クライデ] 僕は初めて移動都市に足を踏み入れる前まで、そういう法令があることすら知りませんでした。
[エーベンホルツ] ……
[エーベンホルツ] ほ……
[エーベンホルツ] 本当に……
[エーベンホルツ] ……すまない。
[エーベンホルツ] 申し訳ない。
[クライデ] いえ、あなたが謝る必要はありませんよ。あなたもあの女伯爵に騙されたんですから……
[エーベンホルツ] いや、私が言いたいのは、もしあの時、もう少し勇気があれば――あの時……立ち上がることができていれば、君は――
[エーベンホルツ] 本当にすまない……
[クライデ] ……本当に謝らなくていいんです。
[クライデ] あなたの言ったように、本当に悪いのは、この「塵界の音」を作った人とそれを利用しようとしている人なんです。あなたのせいではありません。
[クライデ] 僕は自分の信念に従ってあなたを守りました……
[クライデ] ……あなたが今自分の信念に従って僕を守ろうとしているように。
[エーベンホルツ] ……
[エーベンホルツ] 君の言う通りだ。
[エーベンホルツ] ありがとう、クライデ。
[エーベンホルツ] ハイビスカスのところに行こう、ツェルニーのところにも……解決策ならきっとある、必ずあるはずだ。
[エーベンホルツ] そして、君の「塵界の音」を取り除けたら、その時に改めて私に礼を言えばいい。
[エーベンホルツ] 行こう――
[エーベンホルツ] クライデ!?
[ハイビスカス] クライデさんの状態は基本的に安定しています。気絶の原因は中毒と断定して問題ないでしょう。
[ハイビスカス] すでに多くの中毒患者を救助していますが、その症状と主な指標はどれも現在のクライデさんと似ています。
[ハイビスカス] ですがクライデさんの今後については……その伯爵の言葉に恐らく嘘はありません。総合的な状況から判断すると、確かに彼は危機に瀕しています。
[エーベンホルツ] それで、私たちに力を貸してくれるのだろう?
[ハイビスカス] 私は……心からあなたたちを信じたいです。
[ハイビスカス] でも証拠が欲しいんです。
[ハイビスカス] 状況証拠だって構いません。私は客観的事実が欲しいんです。「塵界の音」が臆測などではなく、差し迫る陰謀の一部であるという――
[ハイビスカス] お爺さん!?
[ハイビスカス] どこへ行ってたんですか、ずっと探していたんですよ!
[お爺さん] 嘘、臆測?
[お爺さん] じゃあ、あんたの話は百パーセント真実だと断言できるのか?
[お爺さん] わかっておるのか、あんたがクライデにした話……「疑似回復」とやらの話のせいで、クライデは自分を犠牲にしてオリジムシと心中するところだったのだぞ!
[ハイビスカス] エーベンホルツさん、クライデさんは本当に……?
[エーベンホルツ] (ゆっくりうなずく)
[お爺さん] エーベンホルツがいなければ、クライデは本当にそうしておった!
[お爺さん] 教えてやるわい、「塵界の音」は本当に存在する。わしのこの命を賭けて証明する!
[ハイビスカス] どういう意味ですか!?
[お爺さん] 今は説明している暇はない。わしにはやることがある。
[ハイビスカス] でも私は――
[お爺さん] ……あんたほどの頑固者は、これほど長く生きてきたわしにとっても珍しい。
[お爺さん] コンサートホールの休憩室に行けば、すべてがわかる。
[エーベンホルツ] そうだ、コンサートホール!
[エーベンホルツ] ゲルトルーデが言っていた……私たちが演奏時に放つアーツに合わせるために、ホールに細工をしたと!
[ハイビスカス] わかりました。すぐに行きましょう――
[お爺さん] それとツェルニー、彼も呼びなさい。あんたら二人がどちらも相手を説得できない事態が起こった時のために。
[お爺さん] わしはもう行く。
[ハイビスカス] お爺さん、あなた……
エーベンホルツとハイビスカスは顔を見合わせた。
まだ疑問は残っていたが、彼らにはもう時間がなかった。
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