aklib_story_遺塵の道を_WD-2_オアシスの霹靂_戦闘前

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遺塵の道を_WD-2_オアシスの霹靂_戦闘前

名もなきウルサスの辺境の村で、一人の医師が急性感染者の緊急手術をしていた。ちょうどその時、医師の過去に関わる者――石棺事件の犠牲者の家族であるリリアが彼女を訪ねた。リリアは彼女に、自身の復讐への助力を願った。


十七年前

p.m. 3:09 天気/晴天

ウルサス 移動都市チェルノボーグのメイン航路から北西147キロの村

[???] 村……

[ウルサス村人] 急げ! お湯だ! 先生がお湯を用意しろって!

[ウルサス村人] そんな急に言われても……マーサに聞いてみろ、朝沸かしたお湯がまだ残ってるかってな。

[ウルサス村人] ああ、陛下、都におわします皇帝陛下、どうかオヤジをお助けください……

[???] すみません……何があったのですか? 今言っていた先生とは?

[ウルサス村人] ん? あんたは……誰だ?

[ウルサス村人] どこから来なさった……その格好、街からですかい? すまねぇが今はみんな急病人の対応をしてるんでさぁ……よければこちらへ、座る場所くらいはありますんで。

[???] お構いなく……私はあなたたちの言う「先生」を訪ねに来ました。彼女は何という名ですか?

[ウルサス村人] あ……あんた先生になんの用が……捕まえに来たってんなら帰ってくれ。

[???] 追手のかかるような怪しい医者を、あなたたちは庇い立てするつもりなのですか?

[ウルサス村人] い、いやしかし先生は……彼女だけがオヤジを救えるんです。連れてかねぇでくだせえ、お願いします! あの人は今はただのお医者さまです。

[???] ……私は彼女を捕らえに来たわけではありません。少し用があるだけです。

[???] 彼女のところに連れて行ってもらえますか?

[ウルサス村人] わ……わたしゃどうすればいいのか……

[???] 私も医者です。力になれるかもしれません。

[ウルサス村人] あっ、あんたのその格好を見りゃ、立派なお人だってのは駄獣でもわかります、でも……

[???] ……ひとまずケルシー先生に、あなたの教え子のリリアが訪ねて来たと伝えていただけますか。手伝いが必要かどうかも聞いてください。

[ウルサス村人] あっ、先生の名前をご存じなんですね……リリアさん、ですか? わかりました。いや、いい名前ですね。しばらくお待ちくだせぇ、すぐに伝えてきますんで。

[ウルサス村人] あっ、おい! マーサにお湯を運ばせるの忘れるなよ!

[リリア] ……

[病人] うぅ、うあぁ……

[ケルシー] 歯を食いしばれ、堪えるんだ。

[病人] ぐあああ――ぐっ――!

[リリア] ……ケルシー先生。

[リリア] ……

[リリア] 状況は?

[ケルシー] 野獣に襲われた。応急処置をしているところだ。

[ケルシー] メス。

[ウルサス村人] あっ、えっと……ど、どこだ? 見つからねぇ……

[リリア] はい、こちらを。

[ケルシー] ……

[リリア] ……感染生物ですか?

[ケルシー] そうだ。

[リリア] ……感染したんですか?

[ケルシー] ほとんどの感染生物は人々が思っているよりも清潔だ。噛まれた痕を見る限り、恐らく付近をうろつく獠獣だろうな。

[リリア] ですが、もし活性源石に誤って触れた獠獣であったなら……

[ケルシー] 感染生物は、様々な病原菌と共存が可能な因子を持っているのかもしれないが、人間にはそんなものはない。

[ケルシー] 状況は深刻だ。源石感染だけでなく、患部壊死の兆候も見られる。

[病人] い……痛ぇ……

[ケルシー] 落ち着いて、深呼吸するんだ。

[病人] フゥ――ハッ――フゥ――

[リリア] 呼吸困難と……恐らく血栓です。いずれも急性鉱石病の症状です。

[ウルサス村人] で、でもよ、体に石が出てくるのが鉱石病じゃねぇんですか!? オヤジのこれは大丈夫ですよね!?

[リリア] 場合によっては、短時間で感染源が血中を循環し、体表に源石結晶が現れないまま、急激な症状悪化を引き起こすこともあるんです。

[リリア] もし薬によって抑制されなければ……

[ウルサス村人] ああ、皇帝陛下、お救いを……

[リリア] ……

[ケルシー] ……よく学んでいるな。

[ケルシー] 注射器を。そのグレーの薬箱の中だ。

[リリア] どうぞ……こういった抑制剤を常に持ち歩いてるんですか?

[ケルシー] 必要な事態はいずれ起きるものだからな。

[病人] 待ってくれ……ゲホゲホッ、せ、先生……これ、高けぇのか?

[ウルサス村人] こんな時に何言ってんだ!?

[ケルシー] 高くはない、気にするな。今の最優先事項は、君の急性鉱石病反応を抑制し、源石結晶粉末の爆発を回避することだ。

[ケルシー] 君は、自分のせいで他の村人を苦しめたくない、そうだろう?

[病人] ……うぐっ!

[ケルシー] 落ち着いて呼吸するんだ、落ち着いて。

[ケルシー] 大丈夫だから。

[病人] うぅ、わかった……

[病人] スゥ――ハァ――

[病人] ううっ……せ、先生、儂は――ゴホゴホッ! か、感染者にゃ……なりたくねぇ……

[ケルシー] 残念だが……

[病人] 儂は……うぅ……儂は……ゲホゲホッ……ゴホゴホゴホッ……!

[リリア] 窒息です、呼吸器は――

[ケルシー] ここには何もない。だが我々が何もできないというわけではない。スプレーを持ってくるんだ。

[ウルサス村人] 先生! 頼みます! この老いぼれを救ってやってくだせぇ!

[ケルシー] 源石粉末が彼の傷口から侵入した段階で、彼はすでに感染者になる運命なのだ。私にできるのは彼の命を最大限延ばしてやることだけだ。

[病人] ゲホゲホッ、ゴホゴホゴホッ! ――フゥ、ハァ――

[リリア] 抑制剤はまだ効かないんですか!?

[ケルシー] 患者の年齢を考えると、抑制剤自体がかなりの負担を伴う。耐えて待つしかない。

[病人] ……ハァ……ハァ……

[リリア] ようやく呼吸が落ち着いてきました……

[ウルサス村人] 治ったんですか? 病気は治ったんですかい?

[リリア] 急性の症状についてなら「はい」と言えるでしょう。しかし鉱石病の話なら私たちでは……いえ、誰にもどうすることもできません。

[ウルサス村人] どうして……じゃあ、もし監視隊の役人が来たら……

[病人] そんときゃ……そんときゃ、儂を差し出しゃいい! 元々あと何年もねぇ命だ……感染したってんならしょうがない……村の外に出る若い連中が言いふらさなきゃ問題はねぇ……

[ウルサス村人] だ、大丈夫だ! ちゃんと隠れてりゃ、誰も気付かねぇよ。みんなでちゃんと隠し通すさ。

[ウルサス村人] 先生、ありがとうごぜぇます。一件落着――とは言えませんがね。しかし私たちにゃ……差し上げられるもんが何もねぇんです……

[ケルシー] 必要ない。医師の職責を全うしただけだ。それよりも感染者となってしまった後のことこそ……君たちが本当に考えなければならないことだ。すまないが、今の環境ではこれ以上私は何もできない。

[リリア] 抑制剤は効きましたが、傷口はまだ感染しているので、血栓の形成を招く恐れがあります。切除する必要があるかもしれません……

[ケルシー] 君の判断は正しい。お爺さん、少し我慢してくれ。

[病人] あっ、わ……わかった……うぐっ! むううう――!

[ケルシー] ……ご苦労だった、リリア。

[リリア] お久しぶりです、ケルシー所長。

[ケルシー] そうだな、歩きながら話そう。

[ケルシー] 君は……あの虐殺の後にこうして私と話すのは嫌かもしれないが、君が生きていてくれることを私は心から嬉しく思う。

[リリア] ……所長はあれ以来、ずっとここに隠れていたのですか?

[リリア] あそこの丘から、チェルノボーグのビルが望めます。もし私なら、航路からこれほど近い場所に身を隠したりはしません。

[ケルシー] 一時的に留まっているだけだ。

[リリア] ……所長はあれから一体、どうされていたのですか?

[ケルシー] 私は……君たちの間で憎しみの連鎖が続いてほしくない。特に、この憎しみは自滅的な行為だけでなく、あの殺人者たちからの直接的な報復を招くことになるからな。

[リリア] ……あなたはわざと私に言い聞かせている、そうですね?

[ケルシー] 否定はしない。だがリリア――

[ウルサス村人] ケルシー先生、どちらへ?

[ウルサス村人] あれ、この人は……?

[ケルシー] 私の教え子だ。警戒する必要はない、彼女は私を迎えに来たのだ。

[ウルサス村人] あっ、そうでしたか……え? 迎えに来たですって?

[ウルサス村人] あぁ皇帝陛下よ……先生はやっぱり出て行かれるのですね……

[リリア] ……

[ウルサス村人] もし出て行かれるのなら、私たちに一声かけてください! あなたは私たちの娘を治してくれました。せめて見送りぐらいはさせてください!

[ケルシー] わかった。

[ウルサス村人] お願いします。じゃあ私はこの辺で……絶対声かけてくださいね。ケルシー先生……絶対ですよ!

[リリア] ……随分と人気者みたいですね。

[ケルシー] 私はただ医師としての本分を尽くしただけだ。それに対し、彼らは十分な善意を返してくれた。

[リリア] ……彼らの生活こそが、ウルサスの大部分の人の姿なんですよね。研究所に閉じこもっていたせいで、我々は多くを忘れていました。

[ケルシー] 移動都市の航路に近づいたとしても、そのことが彼らに利益や繁栄をもたらすことはない。

[ケルシー] 逆に、権力にすり寄る土地の有力者どもが監視隊に供するための土地を明け渡せと貧民に迫ることだろう。

[ケルシー] そのため彼らは、医学を学んだ普通の医師すら雇うことができず、まだ年端もいかぬ少女をただのウイルス性の風邪で危うく死なせてしまうところだった。

[リリア] あなたはとても広い見識をお持ちです。ずっとそうでした……でも貴女は臨床も? 私はてっきり――

[ケルシー] 論文やデータに対して指摘するだけの科学者だと思っていたか。

[リリア] 正直、あなたは私の想像していたよりも「お医者さん」でした。

[ケルシー] 初めから私は医者だったのかもな。ただ治療の対象や、戦うべき病巣が変化しているだけだ。

[リリア] だからあなたの教え子はあなたをあれほど信用していたんですよ。

[ケルシー] ……リリア。

[ケルシー] 君の娘は?

[リリア] ……友人に預けました。あの子は、何も関係がありませんから。

[リリア] あの子はまだ……小さいんです。まだ言葉も話せませんし、歩くことだって……

[リリア] 私はあの子を捨てたんです。

[ケルシー] 本来なら君は、そうせずに済んだはずだ。ルイーサと共に、身元を隠して生きていきたいと願うのであれば――

[リリア] 私の考えはわかってるはずです、ケルシー所長。

[ケルシー] 私は君を止めたいだけだ。だが、娘でさえ足を止める理由にならないのであれば、私の言葉など君の耳には届かないだろう。

[リリア] ……ええ、その通りです。

[リリア] 今年の冬は冷えます。

[リリア] ヴァンピロフの父親は、息子の死で精神を病んでしまいました……湖畔にある館の屋根裏で羽獣を飼い、息子と狩りをしていた過去の幻を見る毎日を送っています。

[リリア] イリヤの子供、リュドミラもまだ幼い年頃ですが、すでに取り返しのつかないことが起きたのを理解するには十分です。彼女が今一体どうしているのか、誰も知りません。

[リリア] それとロマノヴィチ……彼の家族は全財産を金に換えて、あの都市を去りました。彼の兄弟は事故など信じていませんでしたが、誰かが彼らを黙らせたようです。

[ケルシー] ……

[リリア] ……その他の被害者についても、警察は詳細な事故報告を提供してくれました。

[リリア] 中に含まれていた「死亡者リスト」によると、実験事故が引き起こした一連の事件で、チェルノボーグの研究所から生き延びた者は一人もいません。軍が提供した死体の身分鑑定報告書もあります。

[リリア] しかし直感が私に告げていました……誰かが生きていると。

[ケルシー] 直感?

[リリア] なぜならあれ以来、被害者家族の全員が、多かれ少なかれ何者かの援助を――そして警告を受けていました。

[リリア] ……あの臆病で無能なボリス侯爵も、裏切り者のセルゲイも、そんな慈悲の心を持ち合わせているとは思えません。つまり、内情を知る生存者が必ずいます。

[リリア] あれから三年も経った今……私はようやくあなたを見つけました、ケルシー所長。ようやくです。姿を隠すのが本当にお上手ですね、秘密警察の目まで欺くなんて……

[ケルシー] 事件を捜査するにあたり、彼らはウルサスの最新技術に頼り過ぎているからな。それがかえって私のチャンスになった。

[リリア] 当然ですね……あなたは誰もが認める天才で、ずば抜けたリーダーです。でなければみながあなたを心から尊敬することはなかったはずです。

[ケルシー] ――正直に教えてくれ、リリア。一体何人が君の計画に参加しているのだ?

[リリア] ……六、七人、もっといるかもしれません。我々は表立って行動を共にはしません、すぐ尻尾をつかまれてしまいますから。

[リリア] 私を含めた全員が、あの「事故」によって、かけがえのないものを失いました。

[ケルシー] いつからこの計画を?

[リリア] ……

[リリア] 第四師兵団の刺客があの研究所で最初に放った罪深い矢――それが我が子の父親の首を貫いたと知った、その時からです。

[ケルシー] リリア……

[リリア] 私は感情優位で無謀なわけではありません。身体の弱さが原因で、あなたたちと共に仕事をした時間は短いですが……私もいくつかの成果を上げました。例えば――

[ケルシー] ワーニャ大公の居場所を突き止めたのだろう……移動都市外に建設された、パインバレー療養所だ。

[リリア] えっ……

[ケルシー] 第四師兵団の元参謀であり、石棺事件を裏で推し進めた者の一人である可能性も高いこのウルサス大公にとって、まさに今が彼の長い軍属人生の中で、最も守りが手薄な時期だろう。

[ケルシー] リリア、君は暗殺を実行しようとしている。だが今回の復讐は、やはり「感情優位で無謀な」ものと言えよう。

[リリア] ……フッ。

[リリア] なぜ夫が……アストロフがあんなにもあなたを尊敬していたのか、ようやくわかった気がします。

[ケルシー] しかし、リリア。年老いた大公を殺害したところで何の意味もないことを理解してほしい。

[ケルシー] 演説中に強心剤を打たねばならぬほどに年老いているあの公爵は、もしかしたら初めから本当の殺人者ではないのかもしれない。

[リリア] わかっています、ケルシー所長。わかっていますとも……ですが、私はルイーサを他者に託すと決めて手離しました。

[リリア] そんな私が理性的な結末――正義がいつか下すかもしれない審判だけを願ってのうのうと過ごせるとでも? あなたに理解できないはずはないでしょう、ケルシー所長。

[ケルシー] 盲目的な復讐は君の視野を狭くするだけだ。

[リリア] ケルシー所長、あなたには理解できないでしょうが――

[リリア] ……ルイーサは、「パパ」という言葉すら覚えなかったのです。

[ケルシー] 座ろうか。顔色が悪い、君は少し休んだ方がいい。

[リリア] ……ここにはどれくらいいたんですか?

[ケルシー] わざわざ数えるほどの期間ではない。

[ケルシー] しかし、君はどうやって私を見つけた?

[リリア] ただの偶然です……その偶然がなければ、あなたがまだ生きているという疑いすら持たなかったでしょう。

[リリア] ……リュドミラ。

[リリア] 私たちは子供たちに傷ついてほしくないと思い、まず、リュドミラを探そうとしました。

[リリア] しかしその時、リュドミラの世話係から聞いたのです。謎の人物が彼女たちと連絡を取り合って、援助をしていると。それが何者かはわからないが、すべての事情を把握しているようでした。

[リリア] その謎の人物は、リュドミラがウルサスを脱出するための手段まで用意してくれました。

[リリア] その時確信しました。あの「事故」の関係者でまだ生きている者がいると。私の知る限り、そんなことができるのは何人もいません。

[ケルシー] 茶を。まずは水分をとりなさい。

[リリア] ……あなたなら待ちきれず、すぐ療養所のことについて訊いてくると思っていたのですが。

[ケルシー] リリア、待ちきれないのは、実は君の方だろう。

[リリア] あなたはずっとワーニャ大公がどこにいるか知っていたのに……高みの見物を決め込むおつもりですか? 彼がどんな秘密を握っているか知ってるはずでしょう!

[ケルシー] 本当の秘密はもうイリヤによって永遠にあの研究所に封じられた。軍の連中がよだれを垂らすほど求めている獲物は、今日に至っても彼らの手には入っていない。

[ケルシー] それに、ワーニャ大公は不治の病を患い、毎年冬になるとパインバレーで療養する。どこかしらの上流階級の社交場に紛れ込めば、この程度の情報は簡単に手に入る。

[リリア] ……あいつは療養所の美しさと広さを、あちこちでひけらかしています。

[ケルシー] そうだ。療養所には、優れた戦功を立てたウルサス軍人たちも多く滞在している。もちろん、官僚や貴族もな。

[ケルシー] あそこに潜入して一人の大公を殺すのは、チェルノボーグでナイフ片手にボリス侯爵の邸宅に押し入り、彼の喉を切り裂いた後に無事逃げおおせることと同じくらい、現実的ではない。

[リリア] その通りです。しかし「官僚や貴族」から見れば、あそこの警備は悪事を企てたくなるほどに手薄です。

[ケルシー] 否定はしない……しかしそれこそ、ある事実を示す証拠ではないだろうか。あのワーニャ大公に、もはや権力が全く残っていないという証拠、あるいは――

[リリア] ワーニャ大公の運命はすでに定められていると? 言ったはずですケルシー所長……私が求めているのは公正な審判ではありません。率直に言ってしまえば私が望んでいるのは、私的制裁です。

[ケルシー] ……

[リリア] 正義や道徳について語りたいわけではありません。ケルシー所長、私は当事者です。「客観」という言葉は、安全圏に身を置いて何の不安もない者こそが、好んで盾に使うものです。

[リリア] ワーニャ大公が、軍や皇帝本人に責任を追求されようと、あるいは政争の中での立ち位置を間違え、追放されて師兵団に匿われようと……

[リリア] ――たとえ、あの男の最期が、無残にも絞首刑による死だったとしても、それが私と何の関係があるというんですか。

[リリア] チェルノボーグを地獄に変えたのはあいつです。私にわかるのは、あの男は「私たち」に代償を支払わなくてはならないということだけ。私の夫を――娘の父親を奪った殺人者はあいつなんです!

[リリア] あいつなんですよケルシー所長!

[ケルシー] 聞いている……

[リリア] どうやって療養所に忍び込むかは考えてあります……しかしたとえ警備が手薄であっても、私たちが簡単に事を成せるわけではないことは確かです。

[リリア] ですが私は突破口を見つけました。貴族の療養所で三十数年、安全責任者を務めている者がいます。彼は貴族の目を恐れて、甘い汁を吸うことができませんでした。

[リリア] 私は仲間たちの協力で大金を用意しました。大した財産も得られぬまま、まもなく定年を迎えようとしているその年寄りは、あっさりと承諾してくれました。

[リリア] 私はただの田舎町の成金の娘であり、貴族や将校たちに取り入るために療養所で実習をしたいのだと彼を信じ込ませるのには、随分と苦労しましたよ。

[リリア] けど……

[ケルシー] 私に協力してほしいと。

[リリア] ええ……どんな形であれ身元を偽るのはリスクを伴います。しかし療養所が、情報機関と密接な関わりを持っているとは思えません。それに――

[リリア] 秘密警察でさえ、所長が死んだと誤解しているのなら、あなたの存在は我々にとってこの上ない福音になるでしょう――

[リリア] ――いないはずの亡霊である、あなたの歩みを止められる者はいないのですから。

1080年。 「石棺事件」から生還した科学者セルゲイは、 新たなる研究所を設立した。

同年、ボリス侯爵はチェルノボーグの工業地域を大規模に拡大。 第四師兵団のトランスポーターは、侯爵から異例の面会拒否を受けた。

ケルシーは思った。 リュドミラはまだ幼く、 ルイーサも普通の子供の一人にすぎない。 しかし、母親としてのリリアが子供たちに抱いている、その複雑で残酷な期待を理解できなくもない、と。

チェルノボーグ中枢区画のエンジンは、 何度目かの重要な整備を経た現在も、 依然として轟音を立て、稼働している。

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