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狂人号_SN-ST-9_メインブリッジ
ティアゴが深海教徒に牙を剥く。彼の協力はあくまで、町を守るべく深海教徒と裁判所をぶつけ合わせるための演技だったのだ。その頃灯台では、ダリオが満身創痍になりながら、なおも恐魚と戦い続けていた。そしてスタルティフィラ号はといえば、狩りと乱戦が幕を開けたところだ。
[ティアゴ] さっさと進め!
[エリジウム] ぐっ……
[ティアゴ] ……それで、この溟痕とかいうのは一体何なんだ?
[拷問の任を負う深海教徒] このように小さく、不揃いな姿をしていても、彼らもまた同胞たちの延長線上にある存在だ。
[拷問の任を負う深海教徒] 預言者様が仰ることには、一帯が輝く生命に満ち溢れた海もあるそうだが……彼らのすべては一つであり、同胞たちのために命の揺りかごとなる存在なのだ。
[拷問の任を負う深海教徒] 「溟痕」は……何千何万キロと離れたはるか彼方より、波と共に打ち寄せる神のご意志の一部だ。わずかなそれを以てするだけで、陸は確かに浸食され始めている。
[拷問の任を負う深海教徒] 溟痕は、陸をもう一つの海へと変えることとなるだろう。
[ティアゴ] ……そうか。
[ティアゴ] だったら、イベリアもグランファーロ同様、お前らの計画における最初の犠牲者ってことになるな。
[エリジウム] ……!
[拷問の任を負う深海教徒] 「犠牲者」? 言葉の使い方をはき違えていないか?
[ティアゴ] いいや、はき違えてなんざいないさ。
[ティアゴ] 確かに裁判所は町のすべてを奪い去っていくが、この「美しい」溟痕とやらも同じことをするだろう。
[ティアゴ] ここはもう、俺たちの知る故郷じゃない。燃えるような日々を過ごしたあの場所はなくなったんだ。
[拷問の任を負う深海教徒] 貴様――
[ティアゴ] ジョディまで連れて行かれた以上……逃げ出した連中は今頃、全員懲罰軍に捕まったんだろうな。
[ティアゴ] お前らは人殺しだ。
[Mon3tr] ――(興奮したような雄たけび)
[エリジウム] ――Mon3tr!?
[拷問の任を負う深海教徒] なっ、なぜここに!? そいつは町の西にいると――
[拷問の任を負う深海教徒] ……ッ! ティアゴ、貴様謀ったな!
[ティアゴ] ……
[拷問の任を負う深海教徒] それに――まさか、お前もなのか!?
[冷静な町民] ……そうよ。だって私、裁判所のスパイになる前は、グランファーロに住む労働者の娘でしかなかったんだもの。
[冷静な町民] 私たちの憎しみを甘く見ないことね。これまで屈辱に耐え忍んできたのは、あなたたちをまとめて滅ぼしてやるためよ。
[ティアゴ] 裁判所にしろ、お前らにしろ、故郷を踏みにじった敵であることに変わりはない。
[ティアゴ] 俺たちが味わった破滅がどんなものか、とくと思い知らせてやる。
[エリジウム] ――ッ! ティアゴさん、危ない!
[ティアゴ] ぐっ……!
[Mon3tr] (鋭い雄たけび)
[ジョディ] ……これ以上、操作できそうなものはないな。ええと、残りのエネルギーは……
[ジョディ] ううん。結局は何もかも、灯台自体がどれだけ持ちこたえられるかにかかってるんだ。
[ジョディ] (溟痕が、この階まで上がってきてる……)
[ジョディ] もっと上の階へ行かないと……
[ジョディ] ……大審問官さん……
[大審問官ダリオ] ……
腕に痺れを感じる。
岩礁は今や様変わりしていた。審問官が、視界に入る敵をできうる限り殲滅すべく、手段を選ばず戦っているためだ。
しかし、敵は文字通り無限に湧いてくる。
もはや剣は腐食し、手持ちの火薬も底を尽きていた。
彼の掲げた灯りだけが、それまで以上に激しく燃え盛る。
ダリオは決して、自らの背後を――己が身を挺して守り続けている灯台を振り返りはしなかった。
彼は、水平線の向こうを見据えていた。
[大審問官ダリオ] ……イベリアは決して、お前たちに滅ぼされなどしない。
[大審問官ダリオ] 人類もまた、お前たちに滅ぼされることはない。
彼は喉に詰まった血を吐き出す。鉄の匂いが鼻腔を満たしていた。
[恐魚] グ……ギュギュ……
[大審問官ダリオ] そして私も、滅ぼされはしない。ただ、ここで死ぬだけだ。
[アルフォンソ船長] ……辛抱しろ、ガルシア。
[ガルシア副船長] (船長の傍らへ素直に座り込む)
[アルフォンソ船長] 獲物が餌に食いつくのを待つ時間は、いつでも退屈なものだ。
[アルフォンソ船長] 二度目の狩りのことは覚えているか? あれはまだ、ここで百人以上が生きていた頃だったな。
[アルフォンソ船長] ……岸を離れる時に聞いたあの歓声と礼砲の音は、今でも耳に残っている。素晴らしき海岸に別れを告げ、エーギルの伝説を背負い、海の深部へと進んだあの時――
[アルフォンソ船長] たった数日を海上で過ごしただけで、災厄が訪れた。
[アルフォンソ船長] ああ……その道理を知らない細胞は、なぜお前から言葉までも奪おうとしているんだろうな。
[アルフォンソ船長] 願わくば、六十年以上もかけてようやくここへ辿り着いた馬鹿どもではなく――ほかでもないお前と、もう一度話がしたいものだ。
[ガルシア副船長] (悲しげにアルフォンソの手をさする)
[スペクター] ご機嫌よう、船長さん。
[アルフォンソ船長] ちょうど良いところに来たな。奴をおびき寄せるには餌が足りないのだが、立候補する気はないか? 貴様はエーギルだろう。
[スカジ] ……
[アルフォンソ船長] ……どうした、聞こえなかったのか?
[アルフォンソ船長] 自分で海へ飛び込むか、あるいは俺に投げ込まれるかは、貴様に選ばせてやっても構わんぞ。
[スカジ] ――あなたが生きてるのは奇跡みたいなものね。当時のイベリア人がまだ生き延びてるなんて、思ってもみなかった。
[アルフォンソ船長] 貴様には関係ないだろう。俺自身、もはやイベリア人とは言い難いしな。何せ六十年の間、俺はこの船への帰属意識だけを持って生きてきたのだから。
[スカジ] でも、私たち――
[スペクター] ――任せてって言ったでしょ、スカジ。
[スペクター] ねえ船長さん、狩りの調子はどうかしら?
[アルフォンソ船長] どうやら、俺が温和な態度を取ったことで、大いに誤解させたようだな。とはいえ、貴様らには俺と同じく、怪物の血が流れていることはわかっている。
[スペクター] ふうん……私たちと同じ?
[スペクター] あなたと、そっちの副船長さんもってことかしら?
[アルフォンソ船長] ……ろくでなしのエーギルめ。ガルシアを引き合いに出すとは、何のつもりだ? 俺のガルシアをそんな目で見て許されるとでも思っているのか?
[ガルシア副船長] ……
[アルフォンソ船長] ガルシアがどのような人間だったかを貴様らに話した覚えはない。性別はもちろん、背の高さや体形も、ペッローか魔族かすらも、貴様らにはわからんだろう。
[アルフォンソ船長] だが、これだけは覚えておけ。ガルシアは我が副船長であり、愛する人であり、それが過去どう在ったかをよそ者に語って良いような存在ではない。
[アルフォンソ船長] 俺たちには貴様らの同情も、想像上の過去との比較も、一切必要ないのだ。
[アルフォンソ船長] まったく、笑えるな。獲物の血が混ざった「狩人」が、波に流すことすらできぬ穢れを抱えながら、俺たちに敵意を示そうなど。
スカジは眉をひそめた。彼女が他人の言葉を気にすることなど滅多にない。相手が陸の人ならなおのことだ。しかし、船長のその言葉は彼女を不快にさせるに足るものだった。
副船長が、スカジに鋭い視線を向ける。意味するところは警告だ。
[スペクター] だけど、私たちにはあなたの協力が必要なのよ。
[アルフォンソ船長] ……貴様らはあの怪物を何と呼ぶんだったか。確か、シー、なんとやらか?
[スペクター] ええ、「シーボーン」よ。
[アルフォンソ船長] では、なぜ俺がその「シーボーン」なんぞに手を貸さねばならないんだ? あの災厄のあと、どれほど多くの若者が海の藻屑となっていったことか……貴様はわかっているのか?
[スペクター] それなら、あなたは海上を漂い続けて、陸に帰りもしないくせに、あくまで海と敵対するつもりでいるの?
[アルフォンソ船長] これが俺の人生だからな。
[スペクター] ……あなたが生き抜いてきたこれまでを詳しく知ってるわけじゃないけど、状況からの推測だけでもあなたには敬意を抱いているわ。
[スペクター] ――私たちは……エーギルから来た、アビサルハンターなの。私たちの行動はすべて、奴らと戦うためにあることを、どうか理解していただけないかしら。
[アルフォンソ船長] エーギルが何をしようと、俺には関係のないことだろう。
[スペクター] あら、何か誤解があるみたいね。
スカジは、隣にいるスペクターをちらりと見やった。彼女が「私に任せて」と言ったのは、交渉に自信があるからだと思っていたのだが――
「交渉」をするなら、武器を構える必要はないはずだ。
[スペクター] つまり、私たちの仕事はあいつらを殺すことであって、私自身はその過程を楽しんでるっていうのを伝えたかったのよ。
[スペクター] だから、あれを食べるために狩りをしてるようなら、こっちで獲物を仕留めたあと、死体はあなたにプレゼントするわ。あんな気持ち悪いものを自分で処理せずに済むのは私としても助かるしね。
[アルフォンソ船長] ……
[アルフォンソ船長] 貴様らは……そこまで腕が立つのか? ヴィクトリア人や、リターニア人よりも有能だとでも? 「シーボーン」を狩る様子を見た限りでは、大した実力とは思えなかったがな。
[スペクター] あれはシーボーンじゃなくて、「恐魚」っていう下等生物よ。第二隊では、恐魚を狩っても戦功として記録するには値しない――実力を発揮するまでもない相手なの。隊長もそんなこと気にしないわ。
[スペクター] 私はあなたよりも強い。これは紛れもない事実よ。
[ガルシア副船長] グァア……!
[スペクター] まあ、そんなに焦らなくてもいいのに。まだあなたの番は来てないわよ。
[アルフォンソ船長] ……ガルシアに手を出したが最後、貴様は死ぬことになるぞ。
[スペクター] そうかしら?
[スペクター] 何はともあれ、隊長の任務はこの船を奪還してエーギルへ帰ることだから、私たちもあなたをじっくり説得してる暇なんてないの。
[スペクター] こういう時は、シンプルに――狩人のやり方で「交流」を深めるとしましょうか。
[アルフォンソ船長] ――ハッ、どうやら死にたいらしいな!
[シーボーン] 同類、探しタ、ぞ。
[シーボーン] 捕食ハ、重要だ。
[シーボーン] お前たチ、同胞でハない。理解しタ。ダが、オ前たちも、一族に戻ルこと、可能ダ。
[シーボーン] 尋ネたい。お前たチ、何ヲ望む?
[スペクター/アルフォンソ船長] 「邪魔しないで!」/「失せろ!」
[シーボーン] ……!
[アルフォンソ船長] はは、貴様がシーボーンではないと簡単に証明する方法が転がり込んできたな。――奴を殺せ。「同胞」に手を下したくはないというなら話は別だが。
[スペクター] それじゃあ、私の足は引っ張らないでね。
[アルフォンソ船長] つまらん冗談だな。貴様がいびつな「同胞」に手心を加えることのほうがよほど気がかりだ。
[スペクター] だったら、それは考えすぎよ。私が本当にあいつらの仲間になったとしたら、あなたじゃ歯が立たないでしょうから。
[スペクター] それで、私がシーボーンじゃないって証明したら、私たちに船を貸してくださるの?
[アルフォンソ船長] 馬鹿を言うな。この船は俺のものだ。
[スペクター] そう、残念ね。どさくさに紛れてあなたの怪物じみた腕をもいじゃえば、もっと「人間的な」お返事がいただけたりしないかしら?
[アルフォンソ船長] ――お前は手を出すなよ、副船長。この「人間」を名乗る怪物が俺たちとどれほど違うのか、この目で見定めねばならんからな。
[スペクター] ――これは私の獲物よ、スカジ。横取りせずに、そこで見ててね。この狩りでちょっとだけ……鬱憤を晴らしちゃいたいから。
[シーボーン] ……
[シーボーン] 捕食、しナくては。
[シーボーン] 使命ハ、環境の、構築。
[シーボーン] お前たチ、栄養、豊富だ。
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