aklib_story_狂人号_SN-ST-8_司令室

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狂人号_SN-ST-8_司令室

エリジウムは説得を試みるものの、ティアゴはそれに耳を貸さない。狂人号のほうでは、ウルピアヌスとグレイディーアが再会し、言葉を交わしていたが、なおも話を続けようとしたその時、「最後の騎士」が現れる。


[グレイディーア] ……

[グレイディーア] ここだわ。

[グレイディーア] (私をこの場所へ導くようにして、そのあとは匂いを消している。どうやら、彼は陸で色々と学んできたようね。)

[グレイディーア] ……

グレイディーアは辺りを見回した。

かつての友人が、近くで自分を見ていることに気付いたのだ。

しかし、彼女は躊躇わなかった。そんな暇自体ありはしなかった。一刻も早くこの船のすべての秘密を見つけ出し、そして……それをエーギルへ持ち帰らなければならないからだ。

彼女は帰郷を望んでいた。故郷の助けとなって、災厄に抗いたいと考えていたのだ。

グレイディーアは、その手に持った鍵を見やり――

宝物庫の扉を開いた。

[聖徒カルメン] 溟痕を焼くのは実に骨の折れる作業だ。ケルシー女史と、彼女の黒い生き物に感謝しなければ。

[不気味な深海教徒] ……溟痕がこの岩礁を飲み込むことは叶わないのだろうな。実に残念だ。

[不気味な深海教徒] けれど、これも幾千幾万と存在する形の一つに過ぎない。預言を聞いたことのない貴様には、理解できんだろうがな。

[聖徒カルメン] 預言? 未知の生物の信徒でしかない逃避者の一団に、未来など必要なのかね?

[不気味な深海教徒] 預言者様は貴様らとは違って、偽りの未来を描くことも、実現不能な約束をすることもない。

[不気味な深海教徒] あの方はただ、こう仰った。「いずれ、無数の巨大な鱗たちが一つとなり、天高く飛んで往くことになるでしょう。海は輝きに満ちてその領土を広げ、涸れること知らぬものとなるのです。」――

[不気味な深海教徒] 「生命の死と消滅もその一部となり、その時には、かの偽りの星空でさえ、生命の光を遮ることは能いません。」……と。

[不気味な深海教徒] 我々は皆、壮大な循環に加わり、そうした生態系の中で生き続けるのだ。生命が生まれ、献じられ、価値を求め、そして死にゆく――幾度もそれを繰り返し、巡り続けるその輪の中でな。

[聖徒カルメン] お前たちは、アーツで集団幻覚でも見せられているようだな。

[聖徒カルメン] イベリアが窮地に立たされ、幾百万もの命が奪われたことすらも、その壮大な循環の一部だとでも言うつもりか?

[不気味な深海教徒] 黙れ! 貴様に何がわかる!? 一族は一人の死を「終わり」とは見なさない……死を迎えたあともその循環の中にいられるのだぞ!

[聖徒カルメン] その怒りと焦燥を見るに、お前はやはり、ただの人間に過ぎんようだな。異端者よ。

[不気味な深海教徒] ……私は貴様になど捕まらん。その憎らしいアーツのことは心得ているし、我らは皆この身を捧げる覚悟を決めているからな。

[不気味な深海教徒] 過ぎゆく時間を掴むことなどできぬもの。それと同じく、貴様の手が預言者様を捕らえることは決してない!

[不気味な深海教徒] 大審問官! グランファーロの民は等しく、貴様らに積年の恨みを抱いている! ――懲罰軍が近寄れぬ今、貴様はもはや孤立無援!

[不気味な深海教徒] 逃げられるとは思うなよ!

[聖徒カルメン] ……ほう?

[聖徒カルメン] 我々がここにいる理由が、善悪などというものを議論するためだとでも思っているのかね?

[エリジウム] はぁっ……はあ……

[拷問の任を負う深海教徒] あくまで口を閉ざす気か? 愚かなイベリア人め……

[拷問の任を負う深海教徒] あの黒い化け物は確かに強靱だが、きっと弱点があるはずだ……答えろ! あれは一体何なんだ!?

[拷問の任を負う深海教徒] このまま何の情報も得られないようでは、そのうちに懲罰軍が包囲を突破してしまう……! そうなれば、我々の計画は――

[エリジウム] ――失敗しちゃう、よね?

[エリジウム] ははっ……相手はケルシー先生とあの審問官様なんだよ。君たちなんかじゃ勝てっこないでしょ。

[拷問の任を負う深海教徒] 黙れ!

[拷問の任を負う深海教徒] 貴様なんぞ――ッ、待て、何をしている!?

[拷問の任を負う深海教徒] その杖は一体……何に反応しているんだ!?

[エリジウム] 「アーツ」って知ってるかい? ああ、君たちは海の生き物に夢中みたいだし、よく知らないのかな。

[エリジウム] 現実逃避もほどほどにしないと――

[エリジウム] ――ッぐ!

[拷問の任を負う深海教徒] 偉そうな口を利くな! 我らが何の備えもしていないとでも思ったのか!? 裁判所と手を結ぶ貴様らのような人間を一掃すべく、どれだけ時間を掛けて準備してきたと思っている!

[ティアゴ] そいつのハッタリに惑わされるなよ。何か月もこの町に潜伏していたスパイだからな。大方、通信手段にも詳しいはずだ。

[ティアゴ] 今頃、俺たちの居場所もバレているだろうな。

[拷問の任を負う深海教徒] ……スパイか。思えば我らの中にも、とうに裁判所の手の者が潜んでいたに違いない……!

[ティアゴ] 俺がお前らの存在を知っていたのは、アマイアと親しいのもあるだろうが、お前ら自身に隠す気がないからだ。その一方で、この町に対して悪意を持つ裁判所の連中が、本気で潜伏しようと思えば……

[ティアゴ] 先祖代々単なる労働者をやってきた俺たちが、それを見抜けるはずもないだろう?

[拷問の任を負う深海教徒] ……ならば、こいつは同胞たちの餌にしよう。溟痕の広がる速度が落ちてきているし、懲罰軍を食い止めるためには、より多くの養分が必要となるからな。

[拷問の任を負う深海教徒] それを終えたら、この場を離れる手段を考えるとしよう。

[ティアゴ] わかった。案内は任せておけ。俺ほどグランファーロに詳しい人間はおらんだろうし、昔残しておいた隠し通路や地下倉庫への行き方も……

[エリジウム] ……ティアゴさん、こんなことはもうやめてください。

[ティアゴ] 大した付き合いでもないくせに、俺に説教でもしようってのか? 口先だけのモラリストさんよ。

[ティアゴ] そら、立ち上がって自分で歩け。お前もじきに、海の一部だ。

[グレイディーア] (なるほど……)

[グレイディーア] (源石エネルギーとエーギルの技術を組み合わせたものや、より堅固な強化型ドーム。陸の移動都市の応用モデルと、アーツの拡張技術――)

[グレイディーア] (これが、科学アカデミーの天才から見た大地……数十年の時間だけで、ここまで実現してみせたのね。)

[グレイディーア] (だけど……)

[???] それでも、まだ足りん。

[グレイディーア] ……

[ウルピアヌス] 陸との交流がなくとも、エーギルであればこの程度のことは実現できる。わずかな技術的融合だけでは、形勢逆転には至らない。

[グレイディーア] 思った通り……あなただったのね、ウルピアヌス。

[グレイディーア] この再会を素直に喜ぶことはできないわ。

[グレイディーア] そこで止まりなさい。かつての戦友といえど、一歩でも動けばすぐさま貫いてあげるわよ。

[ウルピアヌス] ……

[グレイディーア] スカジはずっと、生き残ったアビサルハンターは自分だけだと思っていたの。彼女ですらあなたを死んだものと思ったのに、まさか生きていたなんてね。

[ウルピアヌス] やはり鋭いな、執政官グレイディーア。

[グレイディーア] こうした場面では、形式張った挨拶はいらないわね。執政官ウルピアヌス。

[ウルピアヌス] ……

[グレイディーア] こんなふうに呼ばれるのも久しぶりでしょう。この響きに、懐かしさは感じるのかしら?

[グレイディーア] 私たちも長い付き合いになるけれど、隊へ戻らない狩人がどうなるかなんてこと、あなたが一番よく知っているわよね。

[ウルピアヌス] ああ。俺が手に掛けてきた人数は、お前よりも多い。無論今でも、深淵に堕ちる生き残りがあれば、そいつがあの歌を聞く前に乾いた岩礁へ吊し上げてやろうとも。

[グレイディーア] 今でも? あなたの身体からは、奴らの匂いがしていてよ。もうあの連中の仲間になってしまったのではなくて?

[ウルピアヌス] そういうお前はどうなんだ? 自らの状態から目を逸らすなど、らしくもない。お前は他人にも厳しく接するが、自分にはそれ以上に厳しい人間だろう。

[ウルピアヌス] まさか陸を放浪する中で、己を苦しめることに楽しみを見いだしたわけでもなかろうに。

[グレイディーア] ――あなたの回答が満足のいくものでなければ、その命は貰い受けるわよ。

[ウルピアヌス] ……大方の物事がお前の手には負えなくなった今、俺は別の角度から問題解決に当たらねばならないんだ。

[グレイディーア] どういうことかしら?

[ウルピアヌス] ……

[ウルピアヌス] 俺は……お前たち同様、少しの間陸で暮らしていた。だが、そこで俺はお前たちとは別のものを目にしたんだ。

[ウルピアヌス] お前は、陸上文明を理解しているか? いや、答える必要はない。傲慢なグレイディーアよ。

[ウルピアヌス] 陸上文明は、生き残るために源石技術を磨いてきた。源石は彼らに機会と希望を与え、同時に新たな災厄をももたらしたが、今日に至るまで、彼らはまだ源石の原理を完全には解明できていない。

[ウルピアヌス] 俺は彼の地で、多くの悲劇を目にした。……それは人々が「天災」と呼ぶものだ。彼らは愚昧で、無知で、脆弱ではあるが、その闘争と終焉はやはり衝撃的な光景だった。

[ウルピアヌス] ……エーギルは、彼らと何も変わらない。

[グレイディーア] 昔のあなたは、そうも軟弱な人間ではなかったわ。

[ウルピアヌス] 俺は、感傷からこの話をしているわけではないんだ。

[ウルピアヌス] エーギルは、生き残るために海に手を出した。ゆえに海はエーギルを飲み込み、我々が生まれた。

[ウルピアヌス] 我々は醜い闘争の産物なんだ。根本的な問題を解決しなければ、事態が好転することはない。

[グレイディーア] ……あなた、一体何を見たの? この血の繋がりや、戦友との絆を手放すほどの何かを見たとでも言いたいのかしら?

[ウルピアヌス] 俺が見たのは、あの気色の悪い宗教家どもが「神殿」と呼ぶだろうものだ。

[グレイディーア] そうして奴らを理解すればするほど、私の信頼を損ねることになるわよ。

[ウルピアヌス] だが、「神殿」という言葉は妥当な表現だと言わざるを得ない。

[ウルピアヌス] エーギルがかつて海底で見たものについては知っているだろう。歴史の専門家でなくとも、一般教養で触れている範囲の話だからな。

[ウルピアヌス] ――数千年前、我々は海の中心へと辿り着き、そこで文明の起源とでもいうべきものを発見した。

[グレイディーア] ……

[ウルピアヌス] ……俺の知る限りでは――

[ウルピアヌス] 「あれ」と……あのシーボーンどもの巣における最深部において。

[ウルピアヌス] 俺はある「建築物」を見た。……いや、この表現が正しいかどうかも定かではない。エーギル最高の科学執政官を以てしても、俺が見たものを言い表すことはできんだろうな。

[ウルピアヌス] 何にせよ、その時の俺は深手を負っていて、無闇にそこへ立ち入ることはできなかった。血は沸き立つように感じ、耳をつんざくような騒音が響く中、それでも感じ取るものはあった――

[グレイディーア] ……それは?

[ウルピアヌス] ――あの場所には、「あれ」が何体も存在しているんだ。

[グレイディーア] ……

[グレイディーア] …………

[グレイディーア] ならば……それは、隊を抜ける理由にはなりえないでしょう。そんなことがあったなら、尚更その情報を持ち帰ってもらわなくては。

[ウルピアヌス] ……無数の鳴き声が一つになった時、あの生まれる前の胎児のようなシーボーンどもは、異なる形の胚をしていながら、同じ名前を口にしていた。

[ウルピアヌス] ――「Ishar-mla」。

[ウルピアヌス] そう……スカジのことだ。

[アルフォンソ船長] ……奴め、海へ飛び込んだか?

[アルフォンソ船長] 恐らく、じきにまた来るだろう。少し待ってみるとするか。

[アルフォンソ船長] 残念なことだが、俺たちは奴からすれば「同族」なのだから。

[ガルシア副船長] ……!

[アルフォンソ船長] ……ふむ。波が不自然に砕けたのが見えるな。まるでつむじ風か蜃気楼の如き崩れようだ。

[アルフォンソ船長] フッ、今日は実に賑やかな一日だな。ジェイミーの奴と料理長が死んでからは、こうも騒がしい日はなかった。

[最後の騎士] ……ウ、ゥ。

[最後の騎士] ザクろノ……花、よ。

[アルフォンソ船長] ……調子はどうだ、騎士よ。

[アルフォンソ船長] しばらくは会えそうもないと思っていた。俺の船に戻ってきたということは、故郷の匂いが恋しくなったのか? まさか、まだそのくらいの人間らしさは保っていると?

[最後の騎士] ……

騎士はただ、黙ってアルフォンソを見つめた。

しかし、その視線はすぐに海へと戻され、アルフォンソもそれにつられて海を眺める。曖昧になっていく時間感覚の中、月日はとうに意味を失っていた。

[アルフォンソ船長] お前は今でも大波を狩り続けているのか?

[最後の騎士] ……

[アルフォンソ船長] 怪物どもの血が、お前に不死を与えていなければいいんだが。死ねる身体であったなら、いずれは溺れて命を落とすだろうからな。溺死は幸せな最期だぞ。

[最後の騎士] ……

[アルフォンソ船長] 今日は……あまり風がないな。

[最後の騎士] ……波、は。海ノ、呼吸。

[最後の騎士] 未ダ、呼吸、止まラず。

[最後の騎士] 海ハ、未だ、死しテはイナい。

[最後の騎士] 地上ノ、怪物の、如ク。食イ荒らシ、滅ビを与エる。

[アルフォンソ船長] 地上の怪物、というのは?

[最後の騎士] 文明、だ!

[スペクター] スカジ。

[スカジ] うん?

[スペクター] ほかにも思い出したことがあるんだけど……私たち、なんで生き残れたのかしら?

[スペクター] そもそも、あなただってどう生き延びたの?

[スカジ] 細かいことまでは覚えてないわ。延々と、休むことなく剣を振り続けて……そしたら、「あれ」が……

[スペクター] そうじゃなくて……あの時、あの群れ全体が本気で私たちを殺そうとしていたら、生き延びることなんてできたのか、ってことよ。

[スカジ] ……

[スペクター] 言い換えれば、エーギルも私たちが生きてるってことを知らないはずよね。

[スカジ] そう思うわ。だって、知りようがないもの。

[スペクター] それで、この船へ向かおうって言い出したのは誰? やっぱりカジキかしら。

[スカジ] ええ。ここでなら、故郷へ帰る方法が見つかるって言ってたわ。

[スペクター] ふうん。これって、エーギルの技術よね。作ったのは……ブレオガンだったかしら。正直、ぴんとこない名前だけど。

[スカジ] ……でしょうね。科学アカデミーの人の名前なんて、あなたは元々覚えてないもの。

[スペクター] あら、あなただってそうじゃない。

[スカジ] ……こんなふうに話ができて、だいぶ安心したわ。

[スカジ] 本当に帰ってきたのね、ローレンティーナ。……もうどこにも行かないわよね?

[スペクター] ふふっ、そんな恥ずかしい言い方しないでよ。これまでだって一緒にいたでしょ? ちょっと頭がぼんやりしてたから、お利口さんのシスターをやってただけのことよ。私はあれも嫌いじゃないしね。

[スペクター] ああ、でも、この服は隊長がロドスのお友達にお願いしてあつらえてくれたんだったかしら? 私の寸法なんてよく知ってたわね。

[スカジ] ……測り直すことにはなったけどね。あなた、少し身長が伸びてたから。

[スペクター] じゃあ、あなたも知ってるってこと?

[スカジ] わ……私は手伝いをしただけよ。第二隊長が、陸の人の趣味は信用できないっていうから。

[スペクター] そうだったの。ふふっ……

[スペクター] 彼女、自分はそんなこと気にしない人なのにね。こうして、いつも細かいところまで気を配ってくれるから、感謝しておかないと。

[スカジ] あなたは昔からロングスカートが好きだったっていうのは、あの人が言ったことなのよ。私も記憶には残ってたけど、その……私は、お裁縫なんて滅多にしないから。

[スペクター] へえ……

[スペクター] ……あっ。このマークにエーギル文字、一緒に書いたものよね。

[スペクター] あなたのことや、グレイディーアのこと、そして私のこと。それから私たちのエーギル……故郷のことが書いてあるわ。

[スペクター] これって、誰のアイデアなの? 私じゃなさそうよね。

[スカジ] 私たち三人のアイデアよ。

[スペクター] じゃあ、このデザインは?

[スカジ] ……カジキが選んでたわ。

[スペクター] そう。随分苦労をかけちゃったわね。

[スカジ] そろそろ戦いに集中しましょう。

[スペクター] わかってるわよ。だけど、狩りの前に身だしなみを整えるのは欠かせないじゃない?

[スペクター] ねえスカジ。自分が誰だか思い出した瞬間、私が最初に何を考えたかわかる?

[スカジ] さあ。何を考えたの?

[スペクター] 遠い記憶の向こうにいる私と、今この瞬間の私を比べてみたら、どのくらい違うのかってことよ。

[スペクター] あのお利口さんなシスターでいるのも、悪くはないんだけど――

[スペクター] 今は、信頼する仲間が決めてくれたこの格好のほうがもっと魅力的に思うの。……どう? 私の気持ち、想像つくかしら?

[スカジ] うーん……確実に、サルヴィエントのタンクの中で目覚めた時よりは良い気分でしょうね。

[スペクター] あははっ、そういうことよ。

[スペクター] さてと、それじゃ我らが船長さんを説得しに行きましょうか。

[スペクター] まあ、私に任せてちょうだい。

[グレイディーア] ……そんなこと、ありえないわ。

[ウルピアヌス] 「Ishar-mla」……

[ウルピアヌス] 俺は、あの巨大な死骸と共に海溝へと沈んだその時――普通のエーギルならば耐えられないような水圧の中で、見たこともないようなものを見た。

[ウルピアヌス] ……エーギルが陸との交流を断つ理由や、源石と天災はエーギルの地には入り込めないという推論を、お前は知っているだろう。

[ウルピアヌス] その推論は概ね正しいと言える。海というのは、エーギルの穢れなさを育み、守る、いわゆる培養皿のようなものだ。

[ウルピアヌス] しかし……俺たちの誇る文明が、巨大な存在に付着した菌類に等しい存在だとしたら?

[グレイディーア] 確かに、あなたは昔から問題提起が上手だし、だからこそ多くの分野で画期的な成果を上げてきた人だけれど――そんなふうにエーギルを侮辱するなんて、随分変わってしまったみたいね。

[グレイディーア] それに、話題をそこまで進める必要はないでしょう。そもそも、スカジに関するその推測は……あなた自身の部下に対する、あまりに残酷な告発よ。

[ウルピアヌス] ――「シーボーン」というのは単なる総称だ。知っての通り、奴らの生態系はより複雑なものだからな。

[ウルピアヌス] お前とて、スカジがその中でも上位の存在に成り果てる可能性を案じないわけでもないだろう?

[グレイディーア] それよりも、あなたが道を踏み外していないかということのほうが心配だわ。

[ウルピアヌス] ――第一隊と第四隊は、道半ばで命を落としたが、俺たちが突破するためのチャンスを作ってくれた。

[ウルピアヌス] そしてお前たち第二隊は、巣の近くで待機していた。正確には、あれは「巣」という言葉では表現しきれんような――自分たちが取るに足らない細菌のように感じるほど、巨大な「何か」だったが。

[グレイディーア] だとしても、細菌にも人間の命を奪うことくらいできるでしょう。

[ウルピアヌス] ああ。だからこそ、俺たちは成功した。……成功したと、思い込んでいたんだ。

[ウルピアヌス] 俺はあの時、「あれ」の死骸と共に深い眠りについていた。あの発光する液体を血と呼ぶのなら、その「血」を全身に浴び、包み込まれるようにしてな。

[ウルピアヌス] だが、俺はそうして眠っていただけだった。周囲の音が完全に止むまで、「あれ」の抜け殻の中、血肉の残骸に身を預けて……

[ウルピアヌス] その一方で、スカジは? 最後まで戦い抜いたのはほかでもないあいつだ。

[グレイディーア] ……

[ウルピアヌス] あの時に起きたことは普通の「殺し」ではなく、「捕食」ですらもない。あれは「給餌」、つまりは血族を養うための行為だ。

[ウルピアヌス] お前の推測は正しくもあるが、間違ってもいる。アビサルハンターは皆、理性を失いシーボーンと化すのかというと、それは違う。スカジはそうはならないからだ。

[ウルピアヌス] お前も気付いているだろう。「あれ」に相対し、海溝を漂った俺たちは皆、理解しているであろう事実に。

[グレイディーア] それは……

[ウルピアヌス] 何かが起きた時は、あいつを殺さなければならないということだ。

[グレイディーア] ――彼女はあなたの部下なのよ。

[グレイディーア] その上、あなたは自分の意図的な隠蔽と裏切りについて、説明さえしていないでしょう。それなのに、そんな推測を信じろと言うの?

[ウルピアヌス] ……

[グレイディーア] そうやってすぐ黙り込む癖、気に入らないのよね。いっそのこと、実力行使で行動不能に追い込んでから、エーギルへ連れ帰ったほうがいいかしら。

[グレイディーア] 執政官が抗争の中でついに道を踏み外したとあっては士気を損なうでしょうし、残念ではあるけれど。

[ウルピアヌス] お前にはできん。

[ウルピアヌス] グレイディーア。自分自身の変化に焦りを抱いておきながら、お前はまだエーギルの代表でいるつもりなのか?

[ウルピアヌス] これはチャンスだ。理解も協力も必要はないが、俺たちのどちらかがこの好機を掴まなければ。

[ウルピアヌス] 真相を暴かずに活路を見いだすことなど不可能なのだから。

[グレイディーア] そうだとして、あなたの今の行動と何の関係があるの?

[ウルピアヌス] お前は船自体を目的として訪れたんだろうが、俺の目的はかのエーギル人、ブレオガンに関することだ。

[ウルピアヌス] ブレオガンの遺した証拠は、俺の見たものを裏付け、仮説を証明するに足るものだった。あの時代、あの状況で、俺とそう変わらない結論に至っていたのは驚嘆に値する。

[ウルピアヌス] すでに理解しているだろうが――お前の持つそれは、本当に価値あるものだ。しかしながら、陸にそれを理解できる者はなく、それゆえ彼は孤独に死んでいった。

[グレイディーア] 誰一人理解できなかったというわけでもなくてよ。ただ……

[ウルピアヌス] 「ただ」、か。――「けれど」、「そうだとして」……お前ほど強く意志の固い女が、そうした言葉を幾度も口にするとはな。

[ウルピアヌス] 俺たちは、この戦争で共に戦略設計を行ってきた僚友なのだから、お互いにもう少し信頼し合うべきだ。

[ウルピアヌス] ――最後に、一つ忠告しておこう。エーギルには戻るな。今は時期尚早であり、危険も伴う。解明すべきことも多くある以上、戻ったところで無駄だ。お前もエーギルの現状など知りえないのだしな。

[ウルピアヌス] 陸に残り、時を待て。不測の事態が起きた場合には、スカジのことは俺が責任を負う。

[ウルピアヌス] お前の言うように――あいつは、俺の部下だからな。

グレイディーアは、なおも言葉を続けようとしていた。

しかし、彼女が視線を向けた瞬間――部屋中に轟音が響き渡り、船が激しく揺れた。テーブルに広げられた真実が床に散らばっていく光景は、彼女の目に強く焼き付いた。

「海神」。

総戦略設計士たちがアビサルハンター計画を考案するよりも、そしてアビサルハンターたちが巣へと向かうよりもずっと前に、ブレオガンは陸地の狂信者だけが熱を上げるその呼称を用いていた。

彼は災厄の根源を徹底的に解明しようと考え、その最後のピースを陸で見つけたのだ。

[最後の騎士] ……鍵……小麦ノ、香り……我が、故郷? ……故郷が、家族が、私ヲ、支えテくれル。

[最後の騎士] 大海を、打ち砕ク……そノ日まデ。

狩人たちは、何事か呟く騎士を見据える。

グレイディーアはその手の鍵を強く握り締めた。

[ウルピアヌス] ……あの怪物をよく見てみろ。奴は人のようで人ではなく、もはやどちらからも受け入れられることのない存在だ。

[ウルピアヌス] ああして、日ごと夜ごとに大波を探し求めては打ち砕き、終わりない徒労の日々を送っている。

[ウルピアヌス] 俺たちと同じようにな。

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