aklib_story_狂人号_SN-10_儀礼広場_戦闘後

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狂人号_SN-10_儀礼広場_戦闘後

狩人たちとアイリーニ、そして船長は共にシーボーンを瀕死へ追い込む。狂人号は最期を迎え、船長は船と共に沈んでいく。海で力を取り戻そうとするシーボーンだったが、ガルシアの執念とウルピアヌスの一撃で仕留められ、海底へ落ちていくのだった。


[ジョディ] ……

[聖徒カルメン] ……馬鹿な。

[聖徒カルメン] だとすると、アビサルハンターたちの探していたものは、存外すぐ近くにあったということになるが……

[ケルシー] この可能性が示しているのは、極めて分の悪い状況です。

[ケルシー] イベリアの眼は、絶えず災厄の余波を監視し続けてきました。しかしこれは単なる沈淪した瞳であり、言葉を発することなどできません。

[聖徒カルメン] ……それが何を意味すると言うのだね?

[ケルシー] エーギルが滅びへの歩みを速めているということです。

[ケルシー] それに加えて……この距離の都市ですら救難信号を送ってきていたということは、「狂人号」は初めから、奴らの巣の上を回り続けているだけなのでしょう。

[ケルシー] ……狩人たちは、危険にさらされているのです。

[聖徒カルメン] 君の考えは理解できる。だが、この場で動かせるのは船が一隻、人員で言えば二名のみだ。

[聖徒カルメン] スタルティフィラへの救援は現実的ではない。

[ケルシー] あなたは、数人のアビサルハンターが海で命を落とすことなど意に介されないのかもしれません。ですが我々は今、エーギルとイベリア双方にとってのチャンスをも殺しかねない岐路にいます。

[聖徒カルメン] ……

[ケルシー] ……ダリオは戦いの中で命を落としました。こうなった以上、残された審問官の口から貴重な情報を得るべきだとは思いませんか。

[ケルシー] これは最後のチャンスなのですよ。

[聖徒カルメン] だが、崩壊寸前の無力な都市一つに、海に傾倒するエーギル人がどれだけいることだろうか。

[聖徒カルメン] 慎重を期して臨まねば、こちらの身が滅ぼされることになる。

[ケルシー] だとしても、これが最後だということに変わりはありません。

[ケルシー] エーギルからの信号が途絶え、再びイベリアに静謐が訪れて、真の敵が現れるまで待つおつもりなのですか?

[ケルシー] それでは何の意味もないでしょう。

[ケルシー] あなたの負う責任については十分理解しています。懲罰軍がここの防衛を引き継ぐまでは、リスクの伴う行動はなさらないおつもりでしょう。

[ケルシー] であれば、私一人で向かいます。

[聖徒カルメン] ……君と、君の飼っているそれの力量を侮っているわけではないが……道のりは遠いものだ。君一人で無事に辿り着けるのかね?

[ケルシー] あの狩人たちには特別な血が流れているからこそ、奴らも執着するのです。無関係の船に対して、恐魚が過度な敵対心を持つとは限りません。

[聖徒カルメン] それが私の承認を得るための狂言でないことを祈っておこう。

[ケルシー] 私はその場しのぎの嘘などつきません。単に、どうしても彼女たちを見捨てられはしないというだけのことです。

[ジョディ] ……

[聖徒カルメン] ふぅ……

[聖徒カルメン] ……狩人たちのみならず、どうかアイリーニのことも連れ帰ってきてくれ。

[ケルシー] ええ。

[ジョディ] ……あ、あの……

[ジョディ] 僕にも、何かお手伝いできることはありませんか?

[ケルシー] Mon3tr、周囲を警戒しろ。恐魚が海面下の巣に隠れている場合は、それを刺激しないように。

[ケルシー] 少し時間が必要だ。この船は先ほどの航行ですでに損傷しているからな。

[Mon3tr] (頷く)

[ジョディ] この船は……

[ケルシー] ――狩人たちが乗っていた船は、裁判所の諜報員が残したものだ。

[ケルシー] 当初、カルメン閣下の計画では、グランファーロで懲罰軍と合流して前線基地を設営したあと、中型の水上戦艦に乗ってここに来る手はずになっていた。

[ケルシー] つまり、グランファーロの浜辺に残されていたこの船こそが、我々にとっての最後の希望というわけだ。

[ジョディ] そ、それならお手伝いを……僕が見てみますよ。船を修理したことはありませんが、えっと、工具なら持ってきましたから。

[ジョディ] でも……こんな船一つで、遠くの海まで行けるんでしょうか?

[ケルシー] 不可能だと思えば、それは不可能となるだろうが――ッ、待て!

[ケルシー] 下がっていろ、ジョディ!

[ジョディ] わっ――!?

[ジョディ] きょ、恐魚……!?

[ジョディ] う、うわわっ……

[ケルシー] 岩礁の陰に隠れていたのか……! ――Mon3tr!

[Mon3tr] (嬉しそうな雄たけび)

[ケルシー] ジョディ! 船から飛び降りるんだ!

[ジョディ] で、ですが……! 何かが船を押しているみたいです! 錨が見当たりません!

[ジョディ] な、何とかして、船をそっちに――

[ケルシー] いいから降りろ! その船は恐魚に囲まれている!

[ケルシー] Mon3tr、彼を助け出せ!

[ジョディ] 待ってください――そんなことをしたら、船を失うことになります……! な、何とか動かしてみますから……あっ!

[ジョディ] 後ろにいます、気をつけて!

[ケルシー] ――

[ケルシー] 彼を優先しろ。

[Mon3tr] (返答するように鳴く)

[ケルシー] 渦潮……海流が変化しているのか。恐魚たちも活発化している……一体何が起きた?

[Mon3tr] (かぎ爪を伸ばしてジェスチャーする)

[ジョディ] ええと、僕を掴んで、飛んで戻る……ですか? だけど、それじゃこの船は――うわっ!?

[Mon3tr] (催促するような雄たけび)

[ジョディ] ぼ、僕は……

このチャンスを逃せば、船と一緒に果てしない海へと流されることになるのだと、ジョディにはわかっていた。

彼に選択肢はないはずだった。イベリアの眼に戻り、あの灯台の中に隠れるべきなのだ。

今までの十数年間、あの小さな町にこもって過ごしてきたように。

ダリオが死んだ時、そうしていたように。

そして、ティアゴがそうだったように。

だが、彼は異常な海流の中でバランスを崩さないように、マストへ必死にしがみついた。Mon3trは露骨に不満そうにして、さらに催促をしてくる。

時折、恐魚が水面から飛び出して、水しぶきを上げる。船はすでにイベリアの眼から離れつつあった。

その時、ジョディの目に、マストへ刻まれたいびつな文字が飛び込んできた。

「グランファーロ」。

[ジョディ] ……僕が、ケルシーさんの代わりになります。

[ジョディ] ただ、あの船を見つけて……皆さんを連れて帰るだけでいいんですよね? それなら、難しくはなさそうですし……

[ジョディ] そうでなくても……

[ジョディ] ここで船を失って、あの灯台の下で為す術もなく待ち続けるくらいなら、賭けに出たほうがいいじゃないですか!

[ジョディ] だから、僕が行きます!

[シーボーン] たった一人の同胞が生命の究極の答えに触れること叶えば、この星空すべての法則を、隅から隅まで編み上げることが可能となる。

[シーボーン] 次のあの方が啓示をくださるまでに、我々は自らの道を見つけ出すことだろう。

[シーボーン] たとえ、イシャームラが回答を拒もうとも。たとえ、一族があの方の意志を知ることができずとも。

[シーボーン] 我々は、生存し続ける。

[グレイディーア] サメ。

[スペクター] はいはい。

[シーボーン] ……

[シーボーン] 同胞の意志が伝達された。養分は充足しており、我々が捕食しあう必要はない。

[シーボーン] 私は巣へ戻るとしよう。あなたたちも、共に巣へ戻ろう。

[スカジ] 本当に素早いわね。

[スカジ] 奴はほとんどダメージを受けてないみたいだけど、船のほうはもう持たないわ。

[スペクター] 彼女、いつまでもあんなことばっかり言って……どうして素直に殺されてくれないのかしら?

[シーボーン] 一族が私を呼び戻そうとしている。共に果実を分け合おうと呼びかけてくる。

[シーボーン] 帰らなければならない。それを終えたのち、あなたに答えよう。会いに来よう。殺されよう。

[スペクター] ふふっ……逃がすわけないでしょ。あなたを放っておいたら、この近海にあなたみたいなシーボーンがどれだけ現れると思ってるの?

[スペクター] ほーんと、アマイアには苦労させられるわね。彼女もクイントゥスみたいに単純で素直な人ならよかったのに。

[スペクター] ダンスで繋ぎ止めておけなかったのが残念だわ。

[シーボーン] ……!

[スカジ] お喋りが過ぎたわね!

[シーボーン] Ishar-mla。ずっとあなたに会いたかった。

[シーボーン] 一体何が起きた? あの方は何故話さなくなってしまった? あの方は今どこにいる?

[スカジ] ……手応えがなさすぎる。海水をかき混ぜてるみたいだわ。

[シーボーン] あの方は、あなたなのか? あなたは、あの方なのか?

[スカジ] 何を言ってるのかはわからないけど、あの大きい奴のことならとっくに死んだわよ。

[シーボーン] あの方には、死や衰えの概念は存在しない。あの方の声は、生命の終点を指し示すものではない。

[スカジ] あなたたちはあれをなんて呼んでるの? 深海教徒と同じ呼び方かしら? だったら――あなたたちの「神」はもう、枯れ萎びて奈落の底へ落ちていったわよ。

[シーボーン] 「神」?

[シーボーン] いいや。我々は、あの方をこう呼んでいる――

Ishar-mla.

私はここにいる。

我らが苦難は永遠なり。

我らが望みし生は永遠なり。

[スカジ] ……

[シーボーン] ……Ishar-mla。私は再び、あの方の脈動を感じた。

[シーボーン] 同胞よ。共にあの方の住処へ行き、「死」までも奈落に沈めよう。

[シーボーン] あの方との繋がりが途絶えても、あの方の選択は、未来だけを指し示している。

[シーボーン] ……同胞よ。あなたの情報……否、感情が激しく揺れ動いている。

[シーボーン] Ishar-mla。あなたは感じ取っている。乾燥した陸地を離れて、故郷へと戻ってきたためだ。

[シーボーン] あなたには我々の血が流れている。あの方の血が流れている。あなたこそが、あの方だ。

[スカジ] ……違うわ。

[スカジ] 私は、アビサルハンターのスカジよ。

[シーボーン] 問題ない。あなたがそう言うのなら、そのようにしても構わない。アビサルハンター、Ska-di。

[シーボーン] Ishar-mla。我々はあの方の答えを待っている。あの方は長き時間の果てで、答えをくださるはずだ。

[シーボーン] その時まで。答えがもたらされるその時まで――

[シーボーン] ――大群は、永遠を生きていく。

グレイディーアが音もなくシーボーンの背後に現れて、その手の矛でシーボーンの体を貫いた。

それに続けて、回転鋸が回る耳障りな音が響く。

[スペクター] 動きが鈍くなってるわよ? ああ、弱ってきちゃったのね。だったら大人しく挽き肉になってくれる?

[シーボーン] ――!

[スカジ] まだ浅い、これじゃ足りないわ!

炎熱が長い廊下を通して伝わってくる。スタルティフィラは悲鳴を上げていた。

シーボーンは、隙を見せたスカジを攻撃することなく、ただ静かに彼女を見つめる。

サルヴィエントの時と同じ、奇妙な感覚が湧き上がる。

スカジはこう感じていた。――奴は私を「見ている」。

[スペクター] んー……この船、もう限界みたいね。あとちょっとで沈んじゃいそうよ。

[シーボーン] ……

[グレイディーア] 逃げるつもりだわ!

[スカジ] 下に行こうとしてるみたい!

[シーボーン] ……

[審問官アイリーニ] 動かないでちょうだい。

[審問官アイリーニ] 海には帰らせないわよ、怪物。

[シーボーン] 人間よ。あなたは弱い。糧としても、同胞を養うには不十分だ。

[シーボーン] 今、養分は充足している。我々には時間が必要だ。

[シーボーン] ここはあなたの領地からは遠いところにある。あなたには、我々を止める理由はない。

[審問官アイリーニ] 確かに、あなたやその同族たちを法で裁くことはできないし、イベリアのためにあなたを倒すということはできないのかもしれない――

[シーボーン] 法律? 生きる上で、煩わしい枷となる規則だとアマイアは言っていた。

[シーボーン] あなたは、同胞と比べても確かに弱い。

[審問官アイリーニ] ――それでも、あなたを見逃しはしないわ。

[審問官アイリーニ] 喰らいなさい。これが最後の一発よ!

[シーボーン] ……

[審問官アイリーニ] ……ッ……やっぱり、私じゃ……あなたに、傷を負わせることも、できないのね……

[シーボーン] ……感情。不思議なものだな、人間よ。あなたは弱く、感情に突き動かされて、捕食から逃れようとする。

[シーボーン] 逃れる。そう、逃避だ。恐怖しているのではないのか? それならば何故立ち続ける? 何故私を攻撃する? 何故……私から遠ざかろうとしない?

[シーボーン] あなたも……あなたの大群のため、「奉仕」しているのか?

[審問官アイリーニ] ……ふん。

[審問官アイリーニ] 私を尋問しようだなんて、何様のつもり?

[シーボーン] ……

シーボーンはそれ以上何も言わなかった。目の前の生物は、同胞ではないからだ。

捕食に言葉は必要ない。

だが、シーボーンが襲いかかる前に、天井の暗がりから一つの影が落ちてきた。

[審問官アイリーニ] ――アルフォンソ!?

[アルフォンソ船長] ……あの姿になってからというもの、まだ奴の血の色すらも見ていない。

[アルフォンソ船長] この狩りは――じきに終わる。貴様は俺の副船長を殺した。その代償は、必ず支払わせてやる。

[シーボーン] 両名。似て非なる者よ。あなたたちは、まだ同胞となることを拒絶するのか。

[シーボーン] あなたは多くの同族を喰らったというのに、一族に加わることを拒んでいる。

[シーボーン] ……選択せよ。時間は限られている。

[シーボーン] 捕食し、養分を得て、大群のもとへ回帰するか。

[シーボーン] あるいは、身体活動を止め、生命を放棄し、同胞たちに捧げるか。

[シーボーン] 選択せよ。

[アルフォンソ船長] ……アイリーニ。

[審問官アイリーニ] ――えっ……? 今、私の名前を……?

[アルフォンソ船長] 教えてくれ。陸へ戻る方法はあるのか?

[審問官アイリーニ] ……わからない、けど……

[審問官アイリーニ] 私は、絶対に帰らないといけないの。

[審問官アイリーニ] だって、私がシーボーンに対抗できなくても、イベリアならきっとできるもの。だから警告を伝えに戻らないと。あなたたちに起きたことも、グレイディーアの見たものも、すべてを私が持ち帰るの。

[アルフォンソ船長] トランスポーターのような口ぶりだな。

[審問官アイリーニ] ……それでも構わない。何だってやってやるわ。

[審問官アイリーニ] 私は、必ず帰ってみせるから。

[審問官アイリーニ] きゃっ……!?

[アルフォンソ船長] ――俺の船は今、沈もうとしている。

[アルフォンソ船長] これまでに六十年……いや、六十余年が経った。貴様らが訪れたために、この結末を迎えることになったんだ。

[アルフォンソ船長] ……教えてくれ。

[アルフォンソ船長] 旧イベリアでは、偉大なるアルフォンソ船長をどのように語り継いでいる?

[審問官アイリーニ] ……

[審問官アイリーニ] 「ザクロの樹下のアルフォンソ」。「英雄アルフォンソ」。そして……「沈淪せしアルフォンソ」。

[審問官アイリーニ] 今でも……スタルティフィラは沈んでいないと信じる人は、何人もいるわ。だけど、私たちはずっと海に出られずに過ごしてきたの。

[審問官アイリーニ] もし、あなたが……本当に、アルフォンソ閣下なのでしたら。

[審問官アイリーニ] あなたこそ、数多のイベリア軍人から、憧れの的とされてきたお方です。

[アルフォンソ船長] ふん、「ザクロの樹下」ときたか……すかした呼び名だ。

一瞬、船長の瞳に熱い感情の閃きが見えた。

暗雲と高波が彼らを囚われの身としてからというもの、アルフォンソがこうして心を動かされたことは、数えるほどしかなかった。

[アルフォンソ船長] ……奴は弱っている。

[アルフォンソ船長] 俺が時間を稼ごう。

[シーボーン] ……

[審問官アイリーニ] ッ! ば、爆発!?

[アルフォンソ船長] あの源石炉はとっくに壊れたと思っていたが、今の衝撃でエンジンに火が付いたらしい。

[アルフォンソ船長] ここまで炎が迫ってくるぞ。はは、奴らを焼いて食ってやるのは久しぶりだ。

[シーボーン] ……!

その熱はシーボーンに不安を与えた。

それは弱っていた。同胞に囲まれ、狩り立てられて、海に触れることができないのだ。

それは呼びかける。しかし、応じる者はいなかった。

――否。同胞は来ている。近付いてくる。その声が聞こえる。

同胞は言った――

[スペクター] ――死になさい。

グレイディーアは躊躇を見せず、スカジとスペクターがシーボーンの身体を切り裂いた。

それは回復を、そして脱出を試みた。だが、今度はアルフォンソの腕が――

――彼の変わり果てたその腕が、それを捕らえて放さない。

シーボーンは、自らの命が消えていくのを感じた。

スペクターが再び武器を構える姿が目に入る。

[スペクター] さようなら、アマイア。

[スペクター] これで貸し借りは帳消しね。

[アマイア] ……

[潮風の司教] ……どういうことですか? また彼女と話したいなどと。あの雑種があなたに何を教えてくれると……

[アマイア] あなたには理解できないでしょうね、クイントゥス。

[アマイア] 彼女は、エーギルでの生活のことを教えてくれるのです。

[潮風の司教] それだけのことが何になるのですか? 知識を得たいだけなら、使者にお伺いすれば多くを教えていただけるでしょう。

[潮風の司教] 深海からの声に向かって呼びかければ、あなたの望むすべてが得られるのですよ。

[アマイア] だから言ったでしょう。「あなたには理解できない」と。

[アマイア] 私が分析し、目撃し、この手で愛で、そして破壊したいと望んでいるのは、あれらの都市ではありません。陸にせよ、海にせよ、同じことです。

[アマイア] ――私は、彼らの人生のことを聞きたいのですよ。彼らがどれほど素晴らしい生活を送り、どのように社会を築き、故郷を守り……

[アマイア] そして、どのように内紛を起こし、破滅を迎えたのかを知りたいのです。そう、まるで私たちと同じようにね。

[潮風の司教] 「私たち」、とは?

[アマイア] エーギルを冒涜したのはあなたのようなエーギル人で、イベリアを冒涜したのは私のようなイベリア人でしょう。

[アマイア] ふふっ……実験結果はすでに明白です。比較検証は必要ですが、おそらく彼女は発狂し、私たちを恨むでしょうね。

[アマイア] 実を言えば、私も彼女たちには嫌悪感を抱いています。自ら身を滅ぼす戦士や独善的な国家の為す、自傷にも似た行為が憎らしくて仕方がないのです。

[アマイア] ですが……時には認めざるを得ないこともあります。我々は未だ人のほうにこそ近く、シーボーンとはかけ離れた存在であることを。

[アマイア] ……私たちは、永遠に争い合う運命なのでしょうね。

[審問官アイリーニ] ――や、やったわ!!

[審問官アイリーニ] アルフォンソ船長、ご無事ですか!?

[アルフォンソ船長] ……俺の船に比べれば、大したことはないさ。

[スペクター] ……アマイア、あなた本当に死んじゃったの? そこまでヤワじゃないわよねえ。

[シーボーン] (ぴくりと足を震わせる)

[グレイディーア] 時間を与えては駄目よ。

[シーボーン] (ゆらりと動く)……ローレン……ティー……ナ……

[スペクター] 私なら、ここにいるわよ。

[スペクター] すっかり立場が逆転しちゃったわね。

[スペクター] でも、悪いけど、私……ああいう科学実験には、全然興味がないのよね。

[シーボーン] (引き裂かれた筋肉がぴくぴくと震える)

[スペクター] 死になさい、変化を求める下等生物さん。

[スペクター] 記憶から消え去ってちょうだい。

[シーボーン] ――

[スペクター] ……やっとすっきりしたわ。

[スカジ] ……いいえ、まだよ。

[スカジ] シーボーンが……数を増して近付いてくるわ。

[スペクター] そうね。この船だって、もうすぐ沈んじゃうし。

[スペクター] 私も、意識がぼんやりしてたとはいえ、ここへ辿り着くのにみんながどれだけ頑張ってたかはわかってるんだけど……今度も苦労させられそうね。

[スペクター] それで、あなたの探し物は見つかったのかしら? カジキ。

[グレイディーア] ……あれなら、ウルピアヌスに奪われたわ。

[グレイディーア] この船の技術モデルを保存できなかったことは、私たちの失敗。けれど……

[グレイディーア] 決して収穫なしというわけではなくってよ。

[アルフォンソ船長] ……

[グレイディーア] 船長。

[アルフォンソ船長] ……ふっ。

[アルフォンソ船長] そんなことは、最早どうだっていいさ。ほかでもないガルシアが、この航海も今日で終わりだと言ったんだ。

[アルフォンソ船長] ……長く時を過ごす間に、俺たちの生を求める闘争心も次第に摩耗してきていた。

[アルフォンソ船長] 初めの頃、俺たちにとって最大の敵は、焦燥感や猜疑心、そして不安や恐れだった。しかし、そのうちに……

[アルフォンソ船長] 己の感情は遠ざかっていき、海への渇望だけが俺たちの神経を苛むようになった。そうして、乗組員たちは次々と、「狂人号」の船員としての名誉を忘れていったんだ。

[アルフォンソ船長] あいつらは一人また一人と減っていった。海へ飛び込んでいった奴もいれば、その前に俺の手で首をはねられた奴もいる。実際……そんな繰り返しには限界があった。

[アルフォンソ船長] これまで長いこと生き足掻いてきたが、それも今日で終わりだ。

[グレイディーア] ――この船には海水が流れ込み始めているし、溟痕の浸食も急速に広がっているわ。

[アルフォンソ船長] ……審問官。この船や源石炉に用いられている技術は、今のイベリアからしても役に立つものか?

[審問官アイリーニ] スタルティフィラのすべてが、イベリアにとっては貴重な財産です……大いなる静謐のあと、イベリアは島民の技術の大部分を再現できなくなってしまいましたから。

[審問官アイリーニ] そしてその理由は、艦隊や都市を失ったことだけでなく、あのエーギル人たちを裁いた結果、多くの人材を失ってしまったことにもあります。

[審問官アイリーニ] とはいえ、そうした裁き自体は……必要なことだったと思います。彼らを懐柔するような軟弱なやり方で、深海教会に対抗できるとは到底思えませんので。

[審問官アイリーニ] ですから、もし我々が今日、このスタルティフィラ――「狂人号」を失わざるを得ないのなら……それは重大な損失ですが、同時に運命づけられていた出来事だとも思うのです。

[アルフォンソ船長] ……

[アルフォンソ船長] ふん。大口を叩いてくれたものだ。……これが国教会の今、か。

[アルフォンソ船長] ――エーギル人たちよ。

[アルフォンソ船長] このイベリア人を守ってやってくれ。泳いでは帰れんだろうしな。

[スペクター] ……ええ、約束するわ。

[スカジ] 爆発が大きくなってきているみたい――ここも傾き始めているわ!

[グレイディーア] すぐに離脱しましょう。スカジ、天井に穴を開けて!

[スペクター] アイリーニ、急ぎなさい!

[審問官アイリーニ] わ、わかってるわよ! でも、アルフォンソ船長はどうするの!?

[スカジ] ――この海流、私たちをどこまで連れてきちゃったのかしら? 案外その場を回ってるだけだったりはしない? ……もしかして、ここって奴らの巣の上あたりなの?

[グレイディーア] 何にせよ、泳いで戻るしかなさそうね。

[審問官アイリーニ] ほ、本気なの!?

[アルフォンソ船長] ……そうだ、行け。初めから言っていた通り――俺の船から立ち去るがいい。

[アルフォンソ船長] 俺は最期まで、ここに残っていよう。この船こそが我がイベリアである以上、裏切るわけにはいかんのでな。

[アルフォンソ船長] ……

アルフォンソはゆっくりと玉座に腰かけ、目を閉じた。――すると彼の脳裏に様々なものが蘇る。

イベリアの明るい陽光が甲板へと射し込んで、そこに残る温度。

ワイナリーに漂う香り。故郷で聞いたメロディー。

湿り気を帯びた、空っぽの部屋。新芽が出てきた培養皿。

打ち寄せる波。

懐かしいあの頃の海。ガルシアの手の温もり。ブレオガンの寂しげな表情。カルメンの笑顔。戦友たちの、地響きの如き雄たけび。

アルフォンソは目を開き、炎がすべてを焼き尽くすまで、大きな声を響かせて笑い続けた。

彼の笑い声は時を超え、潮風香るザクロの花の町で響く、一人の赤ん坊の産声と重なっていた。

皆にアルフォンソと呼ばれた男は――

錆び付いた剣を手に、その刃を己の首筋へ当てる。彼は祈り、そして笑っていた。

[アルフォンソ船長] フッ……実に馬鹿げた話だ! ――アイリーニよ、今日のこの日を覚えておくがいい! 陸で思うさま俺の偉業を賛美しろ!

[アルフォンソ船長] このアルフォンソが最後に殺した怪物は、他ならぬ己自身だとな!

船が崩壊していく。

百年近く静まり返っていた海を、炎の光が照らし出す。

一時代の終焉。

一つの伝説が幕を閉じていく。

遠く、太陽の光が見えた。

かくしてスタルティフィラは、イベリアが――あらゆる文明が長年抱く、果たし得ぬ願いと共に、沈んでいった。

狂人号はついに、災厄に膝をついたのだ。

[聖徒カルメン] ……!

[ケルシー] どうかなさいましたか?

[聖徒カルメン] 誰かの声が……聞こえたように思ってね。

[聖徒カルメン] だが、気のせいだろう。私も耄碌したものだ。

[ケルシー] 閣下……

[ケルシー] ……泣いていらっしゃるのですか?

これは、水?

そうね、そうだったわ……

スタルティフィラは、沈没したのよ。

じゃあ、私は海の中にいるの? だけど、海は……危険だわ。

そうよ……危険、なの。

イベリアへ、帰らないと……!

[審問官アイリーニ] んぅ……ぐっ――!

[スペクター] 息を止めてなさい。水中じゃ呼吸できないでしょ。エーギル人でもほとんどの人はそうなんだから。

何か答えたかったけれど、水の中では当然声を出しようもない。

理性的であろうとしていても、まるで無力な子供みたいに、彼女の服に必死でしがみつくことしかできなかった。

それでも、私は見た。

彼女の瞳に宿る光を。

その光は、海底から射してきていた。

スペクターは何も言わなかったけれど、私を抱きしめる彼女の腕が少しだけ震えているのを感じた。

さっきの戦いのせいなのか、あるいは、あの光と関係しているのか……

[スペクター] ちゃんと連れていってあげるから、少し我慢してちょうだいね。

[審問官アイリーニ] ――っ……!

視界がぼやけていく。

海の底って、こんな場所だったんだ。

それなら――

――ここが、エーギルなの?

シーボーンは、沈み往く遠い炎を静かに見つめていた。

船が、炎が、そしてあらゆる物が海へと沈んでいく。

シーボーンが呼びかけると、同胞たちがそれに応えて、大群を成してやってくる。

大群に囲まれたそれは、一瞬で活力を取り戻していく。

[シーボーン] ――

[シーボーン] Ishar-mla。あなたたちを、私が故郷へ連れていこう。

[シーボーン] !?

[ガルシア副船長] ――アルフォンソと、共ニ、死ぬガいい。

副船長はシーボーンに全力で食らいつくと、そのまま暗い海底へ向かい突き進む。

愛する人のこと、記憶、ガルシアという個人そのもの……意識は海へと融けていき、副船長の全速力は次第に緩慢になっていく。

しかし、それでもガルシアは、食らいついた獲物を放さない。

[シーボーン] 海水は、あなたに郷愁を抱かせる。泳ぐほどに、あなたは目覚めていく。

[シーボーン] 認めなさい。あなたは大群の一員だ。我々は、ずっとあなたを待っていた。

[ガルシア副船長] 違う――違ウっ……!

[ガルシア副船長] 私ハ……ガルシアだ……! 私ハ……アルフォンソの……

[シーボーン] ならば、なぜ泳ぐのをやめた? あなたの信号は私のものとよく似ている。

[シーボーン] あなたの傷も癒えている。あなたは、己の本性を受け入れ始めているのだ。

[ガルシア副船長] 違ウ――!

[シーボーン] では、何が違う?

副船長の意識が、曖昧になっていく。

自分は今、シーボーンに食らいついているのだろうか? それともこのシーボーンの腕へ飛び込んで、抱擁を交わそうとしているのだろうか?

……最早、認めるしかなかった。

海水の心地よさを。己の脳内が、シーボーンとしての考えに満たされていることを。

「ガルシア」。「スタルティフィラ号の副船長」。それが自分、なのだろうか?

いや、自分はシーボーンだ。大群の――

[シーボーン] ぐっ――ごぼっ、がはっ――(泡がはじける音)

[ガルシア副船長] ……あナタハ……

[ウルピアヌス] ……ガルシア。お前は人として死んだ。

[ウルピアヌス] アマイアより、多少はマシな死に方だ。

[シーボーン] ……ウル、ピアヌ、ス……同、胞……

[シーボーン] ……

[ガルシア副船長] ……アり……ガ、とウ……

抱擁しているかのような二つの影が海底へと沈んでいく。ウルピアヌスはそれを見ていた。それらは並んで生まれた花のようで、共に萎れて、ある深さまで落ちていくと、暗流の中に消えていった。

すべてが見えなくなってから、彼はようやく顔を上げた。

[ウルピアヌス] ……まさか、な。

[ウルピアヌス] ……

[ウルピアヌス] グレイディーア。俺の忠告を忘れるなよ。

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