aklib_story_未完の断章_また会う日まで

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未完の断章_また会う日まで

夜には尚蜀を離れて都へ上ろうというその朝、リャン・シュンはニン・ツーチウと山上でお茶を飲み、芝居を観る約束を果たそうとしていた。一方で、ドゥ・ヤオイェやズオ・ラウも、それぞれの旅路へ踏み出そうとしている。


[船頭] 明け方は、まだ少し肌寒いですね。

[船頭] 尚蜀の気候というのは、朝は涼しすぎるほどだったのが、昼には大層暑くもなりますから、何とも気難しいものです。

[???] とはいえ、寒暖差こそあれどそこまで厳しいものではなかろう。尚蜀の人々はとうに慣れているようだしな。

[船頭] 仰る通りでございます。しかし、近頃の雨を見るに、この先天気が荒れそうで気にかかりますね。

[船頭] 身体を慣らすにも時間がいりますし、暑さ寒さが急に来るようなことがなければいいのですが。

[太傅] 季節の変わり目には変化がつきものだろう。

[太傅] さて、船を出してもらえるかな。

[船頭] もちろんです。どちらへ参りましょう。

[太傅] 対岸へ。

[船頭] かしこまりました。では、如何様に渡りましょうか?

[船頭] お急ぎかそうでないか、それ次第ですが。

[太傅] 何が違うのかね。

[船頭] お急ぎであれば、あっという間に対岸までお送りしましょう。

[太傅] 急ぎでない場合は?

[船頭] まず渡し場でお酒とおつまみをご用意せねばなりませんね。

[船頭] その後はお酒を温めつつ、この渡し場から川沿いにゆらりゆらりと船を進めて参りましょう。町の風景はもちろん、今の時期なら田植えも見られて眺めは最高ですよ。

[太傅] なるほど、悪くない。

[船頭] では、そのように。お酒の用意はございますので、温め始めておきましょう。

[太傅] ……商売の上手いことだ。

[船頭] この仕事をしていると、ある程度気を配れるようになるというだけのことですよ。

[船頭] 人生経験豊富なお客様ほど、尚蜀の町に魅力をお感じになるようですし……それに、たとえ町にご興味がなくとも、人にならばおありなのではと思いまして。

[太傅] 違いない。

[太傅] ――人か。確かに、人に会わねばそれこそ無駄足というものだ。

[太傅] 梁洵(リャン・シュン)が今夜わしと共に都へ出るという話は、本人から聞いているだろう。尚蜀を出るまで、お主が案内を努めるそうだな。

[船頭] ……はい。

[船頭] どうかご容赦くださいませ。この度はリャン様がお急ぎでこの地を発たれることとなり、我々地元の人間としてはどうにも不安があるのです。

[船頭] 我らが知府……リャン様は素晴らしいお役人ですが、いささかお若くもあるものですから、どこか心配になることもあるのですよ。

[太傅] リャン・シュンには才も気概もある。耐え抜くことさえできれば、功成り名を遂げるは必至だ。

[船頭] では、仮に耐え抜けない場合には――

[船頭] ――いえ。聞かなかったことにしてください。……尚蜀観光をご希望であれば、こちらへどうぞ。

[船頭] しかし、こうなるとリーさんには気の毒なことをしましたね……残念ですが、あの方が今日リャン様とお目にかかるのは難しくなるでしょうから。

[ニン] まだ少し肌寒いですね。お茶の温かさのおかげで、それほど冷えは感じませんが。

[ニン] それにしても、リャン様は公務でお忙しいでしょうに、今日はなぜこうもお早いうちにいらしたのですか?

[リャン・シュン] この間観劇に誘っていただいたので、本日ご一緒できたらと。案の定もう始まっているようですし、ここで観るとしましょう。

[リャン・シュン] ああ、よろしければこちらをお召しになってください。お身体が冷えてしまいますから。

[ニン] この間というのは……時間ができたら一緒に来てくださると仰っていたことですか?

[リャン・シュン] ええ。今日がその「時間ができた」時なのです。

[ニン] まあ、ご冗談を。太傅(たいふ)は切迫したご様子でしたし、あなたもお仕事の引継ぎで忙しくしてらっしゃるでしょうに。……もしや一睡もせずここにいらしたのでは?

[リャン・シュン] い……いえ、寝てはおります。軽いうたた寝程度ですが。

[リャン・シュン] 寧(ニン)さんも、今朝はお目覚めが早かったのですね。

[ニン] 聞かん坊のリャン様のことですから、朝早くにいらっしゃるのではないかと思って待っていたのです。

[リャン・シュン] それは、その……

[ニン] あら、お茶がもうないですね。茶杯をこちらへどうぞ。

[リャン・シュン] ……ありがとうございます。

[ニン] よそよそしいお礼なんてよしてくださいな。

[ニン] ……山の上に腰掛けて、目覚ましに一杯のお茶を飲むというのは、なかなか趣がありますね。

[ニン] こちらは、お茶もお菓子も素晴らしいお味で……焼き菓子に、それから――

[リャン・シュン] 糖油果子、ですよね。

[リャン・シュン] 以前、美味しいと仰っていましたから。

[ニン] まあ、覚えていてくださったのですか?

[リャン・シュン] はい。あなたのお気に召したようだったので、記憶に残っていたのです。

[ニン] そうでしたか。……尚蜀の物はどれも素敵ですが、味付けだけは全体的に少し辛めで濃いように感じます。けれど、お菓子は甘く口当たりも優しく、好みに合うのですよね。

[ニン] そういえば、リャン様のご邸宅でいただいたお鍋も、一番初めは本当に辛かったように思います。そのあとはだいぶあっさりしたお味になりましたが。

[ニン] 当初はお箸を動かす暇もないくらいお水を飲むことになって、お恥ずかしい限りでした。

[リャン・シュン] あれ以来、拙宅には辛さを和らげるためのスープを常備するようになりましたよ。

[リャン・シュン] 思えば、ニンさんのご出身は……

[ニン] 南にある水郷です。向こうの料理はさほど辛くないものですから……

[リャン・シュン] それは申し訳ないことをしました。

[ニン] お気になさらず。どのみち慣れなくてはいけませんでしたしね。

[リャン・シュン] そうは言っても、簡単なことではなかったでしょう。

[ニン] 馴染むつもりさえあれば、そう難しくもありませんよ。

[ニン] 先ほども言ったとおり、慣れなくてはいけませんしね。

[リャン・シュン] ……そうですか。

[ニン] 故郷と言えば、リャン様は尚蜀のご出身でしたよね?

[リャン・シュン] はい。

[リャン・シュン] あなたもご存知の通り、私は若い頃に家を出て、最近ようやく故郷へ戻ってきたところなのです。

[ニン] 確かに、そう伺った覚えがあります。

[ニン] もしや、あの龍門のご友人と出会ったのはお家を出ていらした頃ですか?

[リャン・シュン] ええ。

[リャン・シュン] 当時の私は物知らずでしたから、家出したあとはとにかく世間を渡り歩いて、やたらと友人を作っていたものです。若気の至りと言いますか、不可能などないと思い込んでいて……

[リャン・シュン] ばかなことも、たくさんやりました。

[ニン] 友達を作るのは、ばかなことではないでしょう。

[ニン] あなたのご友人は素敵な方ですよ、リャン様。

[リャン・シュン] ……そうですね。幸運なことに。

[ニン] こうも急なことでなければ、あの方を尚蜀観光にでもお誘いしておもてなししたかったところです。

[ニン] そうしたら、昔のあなたのことも少し聞かせていただけるでしょうしね。今のリャン様とどのくらい違うのか、気になります。

[リャン・シュン] 今も昔も、そう変わりませんよ。

[リャン・シュン] ああ、いえ……

[リャン・シュン] 少しの変化はあるかもしれません。ですが……

[ニン] ですが?

[リャン・シュン] 民草のために成すべきことを成す……それだけは、変わることはありません。

[ニン] ……

[リャン・シュン] ――昨夜、太傅が共に都へ出よと仰った時……初め私は、首を縦に振る気はありませんでした。

[ニン] あなたの代わりにお返事したことを責めていらっしゃるのですか?

[リャン・シュン] いいえ、そのようなことは。

[リャン・シュン] むしろ私はあの時、躊躇うべきではなかったのです。ニンさんには感謝しなければ。

[ニン] でしたら良かった。あなたが尚蜀を案じておられることはわかっていましたし、ほかの方々とてそのくらいはおわかりでしょう。けれど太傅のお申し付けとあれば、話は別ですから。

[ニン] 太傅は平凡な人間をそばに置くことなどなさいません。あの方は間違いなく、最も危険にして得難いチャンスをくださいます。

[ニン] 私がリャン・シュンというお人を見誤っていなければ、ですが――あのご提案を受けなかったら、あなたはきっと後悔したはずです。

[リャン・シュン] ……自分でも、そう思います。あなたには気を遣わせてしまいましたね。

[ニン] ……

[ニン] ……ふふっ。

[リャン・シュン] ……ニンさん?

[ニン] いいえ、何でも。ただ、ふと思っただけなんです……

[ニン] あの時、あなたが何の躊躇いもなくお引き受けになっていたら、多分私は少し怒っただろうなと。

[リャン・シュン] ごほっ……ご冗談を。

[ニン] 冗談などではありませんよ。

[リャン・シュン] ……ごほん……

[ニン] ……あら、気付けば日が昇りかけていますよ。私たち、ずいぶん話し込んでいたようですね。

[ニン] このお芝居はお気に召しましたか?

[リャン・シュン] まずまずと言ったところでしょうか。

[ニン] それなら、早めに山を下りてしまいましょうか?

[リャン・シュン] いえ。

[リャン・シュン] ……もう少し観ていきましょう。

[リャン・シュン] どうか、もう少しだけ。

[ドゥ] ねえ父さん、もういいでしょ!

[ドゥ] いつまで旅程表なんか見てるつもり? あたし、みんなと約束してるのよ! 荷物をまとめたらすぐに出発しようって!

[ドゥ] まだ片付けてない荷物もいっぱいあるのに……!

[テイ] そう急ぐな。きちんと見ておかないとならんだろうが……

[テイ] お前たちのような若者は何かと慌ただしく決めてしまうが、急いてはことを仕損じるぞ。

[ドゥ] そうやって決めつけないでよ。だいたい、誰にでも若い頃くらいあるものでしょ? 父さんだって、その頃には色んな場所を渡り歩いて鏢局をやってたはずじゃない。

[テイ] だから今のお前とそう変わらない、と言いたいのか?

[テイ] 案内人も無しに、行くべき道とそうでない道を見分けることがお前たちにもできる、と?

[テイ] 大体、お前はこの時期の遠出に必要な物と不要な物をちゃんと理解しているのか?

[ドゥ] 父さん!

[ドゥ] 時代は変わったのよ! 古臭い考え方でお説教するのはやめて!

[テイ] 聞きなさい、遥夜(ヤオイェ)! 私がこうしてお前に助言できる機会自体もはや多くはないのだから……

[テイ] はぁ……まあいい。玉門へ行くと決めたのなら、行きなさい。止めたところで聞く耳は持たんのだろうし、我々が拓いた道を進まないというのも、それはそれで良いのかもしれないしな……

[ドゥ] ……

[ドゥ] ねえ、たとえばの話だけど……

[ドゥ] 仮にこの客桟を畳むとして、そうなれば父さんとおじさんたちも、あたしたちと一緒に玉門へ行く気はない?

[テイ] ……ヤオイェ……

[ドゥ] なんて、言ってみただけよ。そんなの無理よね。適当に聞き流して――

[テイ] ヤオイェ。

[ドゥ] ……うん。

[テイ] 元々、この宿はお前のために残そうとしていたものだ。お前が継がないと言うのなら、早いうちに畳んでしまっても構わない。

[テイ] 自立したいと言ったのもよく考えてのことだろうし、止めはせん。だが、それでも一つ二つ、小言を言うくらいは許してくれ。

[ドゥ] 父さん……

[テイ] お前は若い衆を引っ張ってくれているし、皆もお前を信じて従っている。先ほどお前が言ったように……時代とは移ろうものなのだ。しかし、どれほど時が経とうと変わらないものもある。

[テイ] お前が立ち上がれば、皆もそれに応えてくれることだろう。そうなれば、どんなに辛いことがあろうと決して逃げてはいけない。辛くとも苦しくとも、すべてを自分で背負わなくてはならないんだ。

[ドゥ] ……

[ドゥ] わかってる。

[ドゥ] わかってるわよ……父さん。

[テイ] ……さて、この旅程表を持っていきなさい。避けるべき道は示しておいた。無論、その回避策もな。大きな道を通れるようならそうするといい。我々の二の轍を踏まないように。

[ドゥ] 心配しないで。

[テイ] やれやれ、難しい注文だ。

[テイ] 心配事なら今もあるんだがな。

[ドゥ] 何かしら?

[テイ] お前もそろそろ年頃だし、玉門からの帰りには、いい人を連れてきてくれると安心できるんだが……

[ドゥ] ちょ、ちょっと、父さん!!

[ドゥ] そういうの余計なお世話って言うのよ!

[テイ] これのどこが余計なんだ?

[ドゥ] あたしが余計だと思ったら余計なの!

[ドゥ] ああもう、そんなことより、これから梁府に行かなきゃいけないんだから……

[テイ] リャン様に何か用でもあるのか?

[ドゥ] あたしじゃなくて、リーの奴がリャン様を探してるのよ!

[テイ] 彼に見つけられなかったのなら、ご邸宅にいらっしゃるわけがないだろう。お前が行ってどうする?

[ドゥ] ――確かに……ってことは、あいつまたあたしを担いだのね! 今すぐ探し出してとっちめてやるわ!

[テイ] はぁ……

[テイ] まったく、年頃の娘というのはいつになれば落ち着いてくれるんだか……

[ズオ・ラウ] ……

[レイズ] 人様の家庭の事情を覗き見するのは感心しませんね。

[ズオ・ラウ] ……余計なお世話です。

[ズオ・ラウ] 麟青硯(リン・チンイェン)、これは一体何のつもりですか?

[レイズ] あなたと食事をするつもりですが。

[ズオ・ラウ] そんなことを聞いたわけでないのはおわかりですよね。

[ズオ・ラウ] 私があの三人と会うのを止めるために、朝早くからここで待っていたのでしょう。目的もなくやったこととは思えません。

[レイズ] 同行するとは伝えておいたはずでしょう。

[ズオ・ラウ] ……リンさん!

[レイズ] 大声を出すのはおよしなさい。みっともないですよ。

[レイズ] それと、私は大理寺を代表してここにいるわけではありません。ですからその状況に適した呼称を用いるべきです。さあ、私のことはなんと呼ぶのでしたか?

[ズオ・ラウ] ……

[レイズ] しきたりを忘れたのですか?

[ズオ・ラウ] ……イェン姉さん。

[レイズ] よろしい。

[ズオ・ラウ] なぜいつもそう呼ばせたがるんですか? 確かにあなたのほうが年上ですが、リン家の方とは父が懇意にしているだけのことですし……

[ズオ・ラウ] というか、天師府があなたを使いとして寄越したのはどういう理由なんですか?

[レイズ] 無論、民草のためを思ってのことです。

[ズオ・ラウ] よく仰いますね。

[ズオ・ラウ] では、本当にこのまま……見逃してやるおつもりですか?

[レイズ] 太傅がご判断を下された以上、私は従うのみ。

[レイズ] それより問題はあなたですよ、左楽(ズオ・ラウ)。

[ズオ・ラウ] ……

[レイズ] 司歳台に入ってまだ日も浅いあなたが当たるには、此度のこと――尚蜀の件の背後に隠された事情は単純なものではありません。その上、見たところあなたはその多くを知りえていないようです。

[レイズ] 命を受けてなお内情を知らずにいるなど笑止千万! 一体誰の差し金ですか?

[ズオ・ラウ] ……誰の差し金でもありません。自分から申し出たことです。

[ズオ・ラウ] まさか、信じてくださらないのですか?

[レイズ] いいえ、信じましょう。

[レイズ] ですが私はそれと同時に、裏で誰かが糸を引いていることも確信しています。

[ズオ・ラウ] ……公正無私な正直者と知られる大理寺のリン・チンイェンが、役人たちの陰謀を推し量る術をお持ちだとは知りませんでした。

[ズオ・ラウ] 噂によると、あなたはそうしたろくでもない輩に辟易していて、中でもやかましい者があればアーツで感電させるくらいはなさるという話でしたね。

[ズオ・ラウ] 今のやり方はあなたらしくないのでは。

[レイズ] 口出しは無用です。

[レイズ] あなたのお世話を任された以上、あなたに関することには慎重を期すのが道理というもの。

[ズオ・ラウ] ……ちっ。

[レイズ] あなた、今舌打ちをしたでしょう。

[ズオ・ラウ] いいえ、イェン姉さんの聞き間違いかと。

[レイズ] ……

[レイズ] この件が終わり次第、私と来なさい。都へ戻りますよ。

[ズオ・ラウ] ですが……

[レイズ] これはズオ将軍のご意思です。

[ズオ・ラウ] ……

[ズオ・ラウ] わかりました。そうします。

[ニン] 礼部左侍郎というのは……実のところ、政務にはあまり関与しない役職なのです。

[ニン] リャン様は、私がどのようにこの職に就いたかご存知ですか?

[リャン・シュン] 伺えるのなら嬉しく思います。

[ニン] ご自分の力で身を立てたあなたに比べれば、私のことなど取るに足らない話ですよ。

[ニン] ニン家は……いわゆる豪族なのです。裕福な祖先を持ち、その子孫も向上心に溢れていたので、代々人脈や財産を積み重ねて、今に至ります。

[ニン] 祖父は何十年も務めを果たし、一品官にまでなった人でした。私がその名を挙げなくとも、リャン様ならご存知かと思いますが。

[リャン・シュン] ……

[ニン] もちろん、このような話をするのはあなたくらいのものですよ。でなければ自慢しているように聞こえてしまいますしね。

[リャン・シュン] そんなことはありません。

[リャン・シュン] ニンさんの……お人柄は、よく知っていますから。

[ニン] リャン様はそう仰ると思っていましたけれど。

[ニン] ――私はきょうだいの中で七番目の子だ、ということは以前お話ししましたね。

[リャン・シュン] ええ。

[ニン] 私の父は官職に就くつもりはなく、若い世代もそれは同じでした。一番上のいとこなどは私より十歳ほど年上ですが、早々に商いで成功を収めて、すでに家庭を持っています。

[ニン] ……祖父が官職を退くと決めたその頃、若く意気盛んだった私はある密輸事件に巻き込まれました。その際運よく悪漢を一網打尽にした結果、明くる日には関係書類が祖父の元へ届けられたのです。

[リャン・シュン] つくづく、ニンさんは才気に溢れた方ですね。

[ニン] もう……お世辞がお上手ですこと。

[リャン・シュン] 本心から申し上げているのですよ。

[ニン] そう仰るなら、信じましょう。

[ニン] とにかく……その時は、一人で書斎に来るように、と祖父から言われて、呼ばれるままに向かいました。大して特別な話はしませんでしたが――祖父はこう聞いてきたのです。

[ニン] 「辞秋(ツーチウ)、お前の手腕と才能を、国のため、民のため、そしてこの大地のために捧げるつもりはないか?」

[ニン] そこで私は、このように答えました。

[リャン・シュン] ……「我が身命を賭して」。

[ニン] 「不退転の決意で挑みましょう」……

[リャン・シュン] ニンさんの心意気には感服いたします。

[ニン] ふふっ。さて、お話はこの辺りにしましょう。

[ニン] すっかりお茶が冷めてしまったのではないですか。

[リャン・シュン] まだ少し温かいですよ。

[ニン] ですが、あなたの手は冷えているように見えます。よろしければ、この外套を半分ずつで羽織りませんか。まだしばらくここにいるのなら熱いお茶をもう一杯お淹れすることもできますし。

[リャン・シュン] ……いいえ、お身体に触りますから、あなたがお召しになっていてください。

[ニン] 私は平気です。その証拠に……私の手のほうが暖かいでしょう?

[リャン・シュン] あまり触れないほうが……こんな冷たい手では、あなたを凍えさせてしまいますから。

[ニン] きゃっ!

[リャン・シュン] ……今日を過ぎたら、次はいつお目にかかれるかわかりません。

[リャン・シュン] どうかご自愛ください、ニンさん。お身体を冷やさないように。

[リャン・シュン] ……もしもの話ですが……

[リャン・シュン] この先、花を愛でに遠方まで来てくださるおつもりがあれば……今度は手ずから植えていただく必要はありません。お手紙さえいただけたら、私が植えておきましょう。

[ニン] ……

[リャン・シュン] ニンさん?

[ニン] ああ、ええと、その……

[ニン] ……あなたがそう仰るなら、私からも申し上げましょう。

[ニン] リャン様の懐に、リボンのついた宝石箱が仕舞われていますよね。いつまで暖めておくおつもりですか?

[リャン・シュン] ……ごほん、その、これはですね……

[ニン] 「これは」、なんですか?

[ニン] まさかほかの誰かに贈るために用意したとは仰らないでしょう?

[リー] ……

[リー] やれやれ。

[山の担夫] ……人探しなんざ手伝うんじゃなかったな。

[タイホー] まったくだ。

[タイホー] 顔を出す気はないのか?

[リー] 今割って入るのは、さすがに悪いでしょうよ。

[リー] それにあのお二人さんのやり取りと来たら、この芝居よりも面白いですしねぇ。

[リー] まさかリャンの奴が……や、まあ良しとしますか。

[リー] ……って、いやいやいや、良かぁないでしょう!

[リー] 十年ちょっと見ない間に、こんなことになってたなんて意外も意外ですよ!

[山の担夫] そんなに時間が開いてりゃ、不思議なことでもないだろう。

[リー] はあ、嫌になりますねぇ。

[リー] ま、幸いここならお茶もお芝居も楽しめますし、待つのは苦になりやしませんけども。

[リー] ……リャンよ、お前にはまた一つ貸しができたみたいだなぁ。

[リー] はぁ……

[リー] 別れの酒を酌み交わそうと旧友を訪ねるだけのことも、案外難しいもんですねぇ。

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