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ウォルモンドの薄暮_TW-S-1_三体の巨像_戦闘後
ビーダーマンは窓の外を眺め、身体の奥底から湧き上がる恐怖を感じた。それは放火どころではない、恐ろしい提案だった。
p.m. 2:25 天気/曇天
リターニア領地内 移動市街ウォルモンド 議事堂仮設客室
……どうすればいい?
無限の経済価値を生み出すこの街よりも、一度の結婚式を優先するなど誰が想像できた?
大裂溝の被害はかなりのものだ。死傷者は出なかったが、ウォルモンドが四分の一の土地を失った事実は変えようがない……
……いったいどうすれば?
[ビーダーマン] どうぞ。
[セベリン] ……傷はかなり癒えたようだな。
[ビーダーマン] ……
[セベリン] いつまでも「私たちはもう終わりだ」と言わんばかりの顔をするのはやめろ、たまにはもう少し気楽に考えるべきだ。
[セベリン] せめてここにいる間くらい安心したらどうだ。議事堂の客室には、誰も押しかけてこない。
[ビーダーマン] 私の家はどうなりましたか?
[セベリン] ……ひどいものだ。知らないほうがいい。
[ビーダーマン] 教えてください。
[セベリン] ドアの鍵は壊され、部屋の中は荒らされて滅茶苦茶。金庫以外に原型を留めているものはなかった。
[セベリン] ……もちろん、彼らは君が大切にしている金庫を見逃すほどお人好しじゃない。ただ破壊できなかっただけさ。金庫には高温を当てられた痕跡が残っていた。
[ビーダーマン] ……そうですか。
[セベリン] 家を気にかけるとは君らしくないな。何か思い入れがあるのか?
[ビーダーマン] そりゃそれなりに長く住んでいた部屋ですから……ですがあなたたちからすれば、私はいつだって部外者です。
[セベリン] そんなことを言うな……商業市街と呼ばれたウォルモンドは、そこまで排他的ではないさ。ただ……
[ビーダーマン] 私はタバコアレルギーなんですが。
[セベリン] そうか、すまんな。
[セベリン] 一つだけ忠告を聞いてくれ。しばらく街に出るのは止めろ。今回はただのかすり傷だったが、次はどうなるかわからん。
[セベリン] 知っているだろう、今のウォルモンドに憲兵隊はいない。タチヤナたちはせいぜい、民兵団程度の力しかないんだ。もし何か問題が起こったら、止められる者はいない。
[ビーダーマン] 憲兵隊……あなたも馬鹿なことをしましたね、セベリンさん。
[セベリン] ……彼らの結婚式が、あれほど長くなるとは知らなかったからな。
[セベリン] とにかく、今はゆっくり休んでくれ。
[セベリン] ……今回のことは、君の責任じゃない。皆知っている。
[ビーダーマン] 天災を正確に予測することなんてできない……
[セベリン] 人災も、な。
[セベリン] よし、では今度こそ休んでくれ。
[セベリン] 休みながら今後のことを考えればいい。
今後のことか。
この後どうなるかはもう想像がついている。
大裂溝が東南へのルートを完全に断絶した今、ウォルモンドは北へ進み続けることしかできない。
……もし他の街と迅速に救済協定を結べなければ……冬の到来と共に飢饉が起こる。
飢饉……
多くの人が死ぬ、私の……
いや、私のせいじゃない。
……私のせいじゃない。
七日後
[???] こんにちは~誰かいますか?
[???] ウォルモンドの天災トランスポーターがここにいるって聞いて来ました。いますかー?
それは、聞き慣れない若い女性の声だった。
彼女は私が天災トランスポーターであることを知っている。
セベリンの言う通り、顔を出さないほうが良いだろう。
……よし、居留守を使おう。
[住民] アント先生、ビーダーマンはもう何日も顔を見ていませんよ……
[???] ちょっと、考えたらわかるでしょ。あいつらが鬱憤晴らしに天災トランスポーターを袋叩きにしたから、出てくるわけないって。
[住民] そ、そうは言いますが……いや、ちょっと待ってください、何をするつもりですか……
[???] ――ドアを蹴破るのよ。
[住民] えっ?
えっ?
[???] こんなナリだけど、私だって素手でオリジムシを退治できるんだから――!
[???] ビーダーマン、いるんでしょ? 部屋の間取りは知らないから、危なくないようにドアから離れるか、隠れてて!
[???] 隠れられそうにないなら、防御して! 防御よ! 両手を交差させて頭を守って!
[???] おらぁ――!
……ロドスのオペレーター、アント。
彼女は有無を言わせず私を訪ねてきた。私の協力を求めるためだ。
だが……なぜ私が、彼女に手を貸す必要がある?
終わりの運命が待つだけの街で、臨時診療所を作って感染者を救うことに、意味なんてないのに。
そうだ……彼女は私の罪悪感を利用しているんだ。そうでなければ重大なミスを犯した私を訪ねることなどあり得ない。
だが今の私に……
断る理由もない。セベリンもこれは私と住民の関係を改善する機会だと、ほのめかしていた。
きっとそうだ、彼が言うことは正しい。私はそうやって自分を納得させた。
そして私は、彼女に手を貸すことにした。
……もう夜も深い。
なぜ私は、ここまで真面目に仕事をしているのだろう……
[タチヤナ] あっ……
……ほら。やはり私を見れば疫病神を見るような顔をする。
[タチヤナ] ビーダーマンさん……トールとセベリン伯父さんを助けてくださってありがとうございます。
[タチヤナ] 天災から逃れきれなかった商人たちも多く、皆さんウォルモンドに閉じ込められています。ウォルモンドはこれからも、天災に詳しいあなたの助けが必要です……
[タチヤナ] 状況を理解できていない住民たちが良からぬことをしてしまいましたが、ビーダーマンさんもここに来て長いですから、ご理解とご容赦をいただければと思います。
[タチヤナ] どうかごゆっくりお休みください。
何のつもりだ……急にすり寄ってくるとは。
……まあいい。
明日はアントの荷運びの手伝いだ……今日は早く休もう。
[セベリン] ビーダーマン、よく頑張っているようだな。おかげで君の良からぬ噂を払拭する助けになる。
[ビーダーマン] ……私はタバコアレルギーだと言ったはずですが。
[セベリン] 君のプライベートルームは上の階だ、つまりここは公共のスペースなのでな。
[ビーダーマン] ……噂を払拭?
[セベリン] ああ、君のために、こちらでも色々やっている。
[セベリン] ……だが逆に、こちらも君に手を貸してもらいたい。アント先生はあくまでも部外者で、君こそが我々の仲間だからな。
[ビーダーマン] ――「半分は仲間」の間違いでしょう。
[セベリン] そう言うな……近いうちに、緊急の状況に対応するための資材管理プランを実施するが……
[セベリン] ドデカフォニー通りの物資が大きな問題になるだろう。
[セベリン] 新たな感染者難民が、ウォルモンドに多く身を寄せている……ほとんどが天災から逃れきれなかった商人と観光客だ。
[セベリン] 彼らは活性源石だらけの大裂溝を乗り越えることができず、選択の余地もなく、ウォルモンドを追いかけてきた。
[ビーダーマン] ウォルモンドにそれだけ多くの人を受け入れる余裕はないはずです……
[セベリン] だが見殺しにするわけにもいかんだろう。そんなことをすれば後々なんとも言い逃れができなくなる。
[セベリン] 彼らにはドデカフォニー通りに滞在してもらっている。住居はテントでひとまず確保できるが、食料に関しては……
[セベリン] やはりウォルモンドの正規の住民を優先せざるを得ない。他の者に対する人道的支援は、どうしても後回しになる。
[ビーダーマン] 理にかなっています。理解も得られると思いますが。
[セベリン] そうだろうか……そうであってほしいが。
[ビーダーマン] ……
[ビーダーマン] ……手紙? 誰が私の部屋に入ったんだ、セベリンか……?
[ビーダーマン] これは――
[ビーダーマン] 危機契約?
[ビーダーマン] 誰ですか?
[???] ドアは開けるな、そのまま話を聞け。
[ビーダーマン] ……その声……
[ビーダーマン] ……こんな状況の私に、まだ何かさせるつもりか?
[???] おっと……そこまで警戒しなくていい、ただ諸々の失敗を取り戻そうとしているだけだ。
[???] 私にも非はある、もっと早くにウォルモンドに来るべきだったが、叶わなかった。
[ビーダーマン] お前は「元々」何をするつもりだったんだ?
[???] 婚礼の問題を解決し、ウォルモンドに天災に対応できるだけの人員を確保するつもりだった――
[???] その結果は言わずともわかるだろう。今はそれよりも、これからどうするかの話をしよう。
[ビーダーマン] ……勝手にしろ。お前のやり方はよく知っている。私を巻き込まないでくれ。
[???] ふむ……君はあの感染者医師とは親しいようだな。
[ビーダーマン] ――
[ビーダーマン] まさかお前は――
[???] ほう、一言で残酷な計画の可能性を察知したのか? 思った通り、君も同意してくれそうだな。
[ビーダーマン] 何の罪もない人を、勝手に計画に取り込むなんて――アントは善良な医者だ!
[???] もちろん知っている。ふぅ、誰にだって道徳や良心の呵責に苛まれることはある……
[???] だが今の私たちに、それ以外の選択はないんだ。この計画を実行すれば、少なくともウォルモンドが「多くの注目を集める」ことは保証できる。
[ビーダーマン] ロドスを呼び寄せるつもりか……?
[???] おっと……我々と協定を結んだ数多くのパートナーの中で、ロドスの評価はそれほどではない。少なくとも表面上はな。
[???] 彼らが一つの街を救えるなどと、期待してはいないさ。
[ビーダーマン] つまり……お前が欲しているのは暴動そのものだ。
[???] 私はあの高い塔で何か口実を探す。無関心な貴族たちの目を地上の惨劇に向けさせるには、大きな火を灯してやる必要があるからな。
[???] ふぅ、私も時々わからなくなる。彼らは人々の苦しみが気にならないほどに腐敗しているのか、それともただ地面から離れすぎて、俗世のことが理解できなくなっているだけなのか。
[ビーダーマン] ま、待て、そんなことをすれば多くの人が死ぬ……
[???] そうしなければ、より多くの人が死ぬ。ウォルモンドの状況がこのまま厳しくなっていけば、この荒れ果てた街が自壊する理由はいくらでも生まれてくる。
[???] それに……ウォルモンドに身を寄せた者たちの中には、変わった感染者も混じっている。彼らは武装集団であり、抗う者たちだ。今行動しなくとも、いずれ必ず争いが起きるだろう。
[???] この状況を鑑みれば、私たちが事前に道を作ってやり、死者を減らすのが最善だと思わないか。
[ビーダーマン] ……
[???] 憂慮することはない。君や私が直接手を下すわけじゃない。やるのは嫉妬に狂った青年か、それとも頑固な革靴職人か……ただ一度、火災が起きればいいんだ……
[ビーダーマン] ……お前!
[???] これは君の贖罪のチャンスだ、この暴乱を招いた君のな。
[ビーダーマン] クソッ……後ろに隠れて罪のない人が苦しむのを見るなんて、それでいいと言うのか!?
[???] くだらないことを。道徳的な選択は、余裕のある奴らにさせておけばいい。私は何も迷わない、一瞬たりとも。
[???] 私が殺そうとしているのが皆善人で、救おうとしているのが皆悪人でない限りはな。どちらにせよ、そんなことは誰も知る由はない。
[???] それと、勘違いしないでくれ。私はただ静観するつもりなどない。犠牲が必要だと言いながら、自らの命を惜しむ陰謀家のようなことはしないさ。
[???] 命を天秤にかけた時点で、私は万死に値する。だからこそ私は、私のルールに則り、「今回の犠牲」でけじめをつけるつもりだ。
[???] つまり……暴乱の中で、私は死ぬ。
[ビーダーマン] お前……正気か!?
[???] もちろんさ。そして、君がこの計画に参加してくれるのなら、君も同じように死ぬことになる。
[???] 心配するな。客観的には、君はウォルモンドを助け、贖罪を果たしたように見える。主観的に考えても、死を持って罪を償うのなら納得も行くだろう。
[???] さっきも言ったが、感染者を殺すのも、君が直接手を下すとわけではない。君の罪は「共謀罪」、或いは私の計画への「合意」というだけだ。それを気に病む必要はない。
[???] 我々は皆、罪を犯している。何かの行動による罪ではなく、行動を放棄するという罪だ。多くの人たちが、そうやって罪を犯していく……
[???] それに気付かないうちは、人を憐れむこともできるだろう。だがひとたび自分も罪人だと気付けば、途端に追い詰められる。
[???] だから私は積極的に行動し、直接自らを手にかけるんだ。
[???] よく考えてくれ。
[???] 全ては……より多くの命を救うためだ。
[ビーダーマン] 待て!
......
ドアを開けると、もうそこには誰もいなかった。
地面には氷の結晶が残っていた……彼もここにたどり着くまで苦労したのだろう。それもそのはず、彼が近くの都市で企てていた計画はほとんど失敗に終わったのだから。
だが……彼のこれまでについてはどうでもいい……ロドスにも、彼が直接ちょっかいを出すことはないだろう。しかしなんにせよ、彼の言う通りなのだ。
今のウォルモンドの状況は、不安定過ぎる。
より……多くの命を。
なぜ私がそんなことを?
そもそも私が悪いわけではないし、アントも良くしてくれている。それなのに仮説を真に受けて贖罪をするなんて……
私には……必要ない。そうだ。暴動なんて起きない、ウォルモンドならこの苦境も乗り越えるさ。
明日はまたアントの荷運びの手伝いだったな……この件は彼女にも話しておこう。大規模な暴動さえ起きなければ、彼の考えは杞憂に終わる。
だがもし……本当に飢饉と冬の到来を理由に暴乱を起こす者がいたなら……私は……
いや、そうであっても彼女は……アントは……犠牲になる必要などない。
そうだ。
[???] ああ、言い忘れていた。
[ビーダーマン] ……まだいたのか、神出鬼没な奴め。
[???] もし仮に、その感染者医師が非業の死を遂げたら……君は感情と仕事にどう向き合う?
[ビーダーマン] ……騒ぎを起こすのは、アントの死を利用しなくてもできる。
[???] ほう……手を貸してくれる気になったのか? ならば君は自らその手を汚すことになるぞ。そこまで彼女に無事でいてほしいのか?
[ビーダーマン] ……
[???] だが一つだけ言っておく、これだけは肝に銘じておけ。
[???] 感染者の死は「私が誰かに命じる」ものではない。ただ「あの感染者たちは遅かれ早かれ事を起こす」と確信しているだけだ。
[???] そう睨むな。君が本当にあの医者を救いたいのなら、それでも構わない。君にそれができればの話だが。
[ビーダーマン] ……トール、お前は普段は人の良さそうな顔をしておきながら、どうして物事が最悪の方向に発展していくと決めつける?
[???] それが起こるべくして起こることだからだ。今に始まったことじゃない。これまで私はただ傍観していただけだったが、今はその渦中にいる。
[ビーダーマン] お前は、お前の父とも相談するべきだ。それにいつもお前と一緒にいるあの少女とも……
[???] 君がそれほどの人道主義者だったとはな……ならば君は、あの医者から一歩たりとも離れないことだ。
[???] まあ……私のことはそこまで警戒しなくてもいい。追っ手から逃れるだけで、ここまで苦しい道のりを強いられたのだからな。
[???] まったく、凍てつく寒気を遮るために氷のアーツで身を覆ったら、危うく自分のアーツで凍え死ぬところだった。
[???] とにかく、ウォルモンドが育んだ可能性だけは絶対に甘く見るな。最悪の可能性を。
[???] ほう……私を殺すつもりか?
[???] いや、君にはできない。時が来れば君は、片方をいち早く妥協させるために、もう片方に協力すらするだろう。
[ビーダーマン] そうとも限らない。トールワルド……お前が誰を次の候補に考えていようが、お前が共犯者であることには変わりない。暴乱の中で死ぬと言ったが、お前は既に、死に値する罪を犯しているんだ。
[???] フッ、いいだろう……そのときになったら考えると良いさ。
[???] ……それと、やはり君には感謝しておく。私は元々「これ」を義憤に満ちた非感染者に託し、事が起きるのを待つつもりだった、だが――
[ビーダーマン] ……それはアーツユニットのコアか。どこから見つけてきた?
[???] 蓄音機、あそこの蓄音機だ。見えるか?
[???] 全てが終わったら、あの場所で待っている。
[???] あそこが私の墓だ、ハハ……こうしてみると、すぐ近くだな。
[ビーダーマン] 怖いのか。
[???] そりゃあ、怖いさ。
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