第21章 (後) 糸島弁で
あくる日、王子くんのまた来なった。
「同じ時間に、来るとがよかろうや。」とキツネは言いなった。「そうたいね、きみが午後の4時頃さい来るとなら、3時にはもう、うきうきしよったい。それから時間の経ったら、ますますうきうきしよー僕がおって、4時頃にはもう、そわそわどきどきの止まらんごとなっとう。そげんして、おれは、幸せば噛みしめるったい! ばってん、ぞうたんのごたー※1時間に来たんなぁ、いつ心ばかまえたら※2よかとか、分からんけん……決まりごとのいるとばい。」
「決まりごとっちゃ、なん?」と王子くんな 言いなった。
「これも忘れてしもうたとばってんが、」とキツネは言いござぁ。
「1日ば他の1日と、1時間ば他の1時間と、いっちょん※3違う日のごとするったい。例えば、おれば狙うとー狩人でちゃ、決まり事のある。あん人たち、木曜は村の娘と踊りよんなぁ。やけん、木曜はよか日! おれはブドウ畑さいそうつき※4よる。もし、狩人が時間ば決めんで踊りよったら、どの日もそうよう※5同じごとなろうが、そえんなってしもうたんなぁ心のいっちょん安まらんごとなる。」
こげんして、王子くんな キツネばなつけた。そして、そろそろ行かないかんごとなった。
「はあ。」とキツネは言わっしゃった。「……涙の出ろうごたる。」
「君のせいぞ。」と王子くんな 言いなった。「ぼくは、辛かとは好かんっちゃん。ばってん、ああた、僕になつけてほしかったっちゃろ……」
「そうばい。」とキツネは言いなった。
「ばってん、今にも泣こうごたろうが!」と王子くんな 言いなった。
「そうばい。」とキツネは言いなった
「んなら、君にはなんのよかこともなかろうもん!」
「よかことはあったよ。」とキツネは言いなった。「小麦色のおかげで。」
それからこえん続けた。
「バラの庭さい行っちゃんなっせぇ。君の花の、世界に一つしかなかっちゅうとがわかろうや。俺にお別れば言いに戻ったら、秘密ば一つ教えちゃーけん。」
王子くんな、またバラの庭さい行きんしゃった。
「君たちは、僕のバラとはいっちょん似とらん。君たちは、まだなんちゃなか※6。」と、その子はえらい沢山のバラい向かってこげん言いなった。「誰も君たちばなつけとらんし、君たちも誰一人なつけとらん。君たちは出会うたときのキツネと変わらん。あの子は、他のキツネ10万匹と、いっちょも変わらんやった。ばってん、僕があの子と仲良うするごとなったけん、もう今は、あの子は世界に一匹しかおらん。」
その子がそげん言うけん、バラたちは、きぜらしかろう※7ごたった。
「きみたちは美しかばってん、中は空たい。」と、その子は続ける。「君たちのためには死にきらん。もちろん、僕の花も、ふつうに通りんしゃった人から見たら、あんたらと変わらんめぇや。ばってん、あの子はおるだけで、あんたら全部の集まったっちゃ勝たれんぐらい、大切ったい。なしてっちゅうたら、僕が水ばやったとは、あの子。僕がガラスで覆っちゃったとも、あの子。僕がせっきって※8守っちゃったとも、あの子。ぼくが毛虫ばふみしゃぐっちゃった※9とも(2、3匹、チョウチョにしたかったけんあまらかした※10ばってん)、あの子。僕が、文句こいたり、自慢したり、たまに口ば聞かんやったとも、あの子やけん。なしてっちゅうたら、あの子は僕のバラやけん。」
またから、その子はキツネのところさい戻って来なった。
「ならね。」と、その子が言うたんなぁ……。
「ならね。」とキツネが返しなった。「おれの秘密ばってん、豆腐のごとやおか※11こと。心やないと、よう見えん。物の中は、目じゃ見えん、ちゅうこと。」
「物の中身は、目じゃ見えん。」と、王子くんな まいっぺん繰り返した。忘れんごと。
「バラのためい、うしなかした※12時間が、君のバラばそえん大事なもんにしたったい。」
「バラのためい、うしなかした時間……」と、王子くんな 言いなった。忘れてしまわんごと。
「人は、ほんなごと※13ば、忘れてしもうとんなぁ。」とキツネは言いなった。「ばってん、君はいっときも忘れんごと覚えとかないかん。君は、自分がなつけたもんに、どげなときでちゃ、なんかば返しちゃらるうごとせないかん※14、君のバラに、なんば返すとな……」
「僕は、僕のバラい、なんかば返しちゃる……」と、王子くんな、まいっぺん※15言いなった。忘れてしまわんごと。
[注釈]
- 冗談のような
- 身支度する、準備をする
- まったく、一つも。後に出る「いっちょも」も同義。
- ふらふらと歩く、散策する、徘徊する
- 全て、総じて 「そうよ」とも。
- 何でもない
- 気持ちが焦って落ち着かない様子、どうも居心地が悪くて落ち着かない様子。
- (板や壁、ついたてなどで)仕切る、境を作る。
- 踏んでつぶす
- 何か理由があって取っておくこと。余らせておくこと。
- 簡単、容易であること。
- 失くす、紛失すること。ここでは「バラのために消費した時間」のこと
- 本当のこと。
- 直訳すると「~してやれるようにしなければならない」。単に「返しちゃらな(~してやらないと)いかん」でも良いですが、柔らかい印象を持たせたい場合、このような表現が使われます。また、肥筑方言において、動詞「~やる」に相手をぞんざいにするようなニュアンスはありません。
- もう一度、もう一回
[その他の解説]
文中でも見られるように、「こげん」「そげん」「あげん」「どげん」を糸島地域では「こえん」「そえん」「あえん」「どえん」と発音する場合もありますが、ニュアンスに異なりはありません。強いて言えば、崩した感じの言葉ではあると思います。
共通語にはない助詞の「な」と「い」については、ひらがなに続くとわかりづらいため、読点、もしくは半角スペースを入れています。
[翻訳者紹介]
ふうけもん
2000年代 福岡県糸島市(当時は前原市)出身
父の出身地 福岡県糸島市
母の出身地 福岡市
転居歴 就学前に4年間親の転勤で奈良県に居住。
のどかな田園地帯が広がる糸島市南部のとある集落で育つ。
元々は生物が好きで、同じ種でも図鑑やネットに載っている標準和名と、地域の人が教えてくれる生物の名前が違うことに気づき、方言に興味を持つようになる。
ちなみに、一部は近所のお年寄りにアドバイスをもらいました、𝕊𝕡𝕖𝕔𝕚𝕒𝕝 𝕋𝕙𝕒𝕟𝕜𝕤。
[ことばの解説]
当翻訳は、前原市街や福岡市内では聞かれなくなった言葉も比較的残る、糸島市の山側の地域(怡土・雷山・長糸)で生まれ育った概ね75~80歳以上の高齢層のものをイメージし翻訳しました。
古くから農林水産業が盛んであった糸島地域ですが、近年は福岡市のベットタウンとして発展を続け、移住者の流入で新しい風の吹くなか、地域により差はあるものの、昔からの言葉はひっそりと姿を消しつつあります。
この翻訳は私が育った地域の伝統的な言葉を少しでも伝えたいと思い作りました。
また、伝統的な糸島地域の言葉は海側、市街地、山側、唐津寄りの地域で少しずつ違いがあり、すべての地域でこのような言葉を使っているとは限りません。

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