あのときの王子くん 第21章(中) 現代博多弁で

ページ名:あのときの王子くん 第21章(中) 現代博多弁で

あのときの王子くん_あちこちのことばで

←第21章(前)     第21章(後)→


第21章 (中) 現代博多弁で

 

「その星って、狩人はおるとね?」

「おらん。」

「そげんや! したらニワトリは?」

「おらん。」

「そげん上手くはいかんか。」とキツネはため息ばついた。

それから、キツネは元の話に戻って、

「俺の毎日、いつもおんなじ事の繰り返し。俺はニワトリば追っかけて、人は俺ば追っかける。ニワトリはどれも大体おんなじやし、人でん誰も彼もいっちょん※1変わらん。あーぁ、ほなこつ※2しけとー※3。やけど、君が俺ば懐けちゃんしゃったら※4、俺の毎日は光が溢れたごと※5なるかもしれんめぇ※6? 俺は、とある足音ば、他の誰とでん聞き分けきぃごとなる※7。他の音やったら、俺は穴ぐらの中に隠れるばってん※8、君の音やったら、囃されたごと穴ぐらから飛んで出ていくけん※9。それから、見てんやい! あそこに小麦畑の※10あろう? 俺はパンば食べんけん、小麦やらどげんでも良かと。小麦畑ば見たっちゃ、なんも感じん。それって、なんか切なかろ? やけど、君の髪の毛って黄金色やろ。そやけん、小麦畑だけは、ちかっぱ※11良かもんに変わると思うっちゃんね※12、君が俺ば懐けたら、ばってんが! 小麦は黄金色やけん、きっと俺は君のことば思い出すくさ※13。そげんして、俺は小麦に囲まれて、風の音ば、よー聞くごとなる……」

キツネは黙りこくって、王子くんば、じっと見つめて、

「頼むけん……俺ば懐けちゃらん!※14」ってゆうた。

「良かくさ!※15」と王子くんは返事をした。「やけど、あんま時間が無いっちゃんね。友達見つけて、たくさんのことを知らないかんけん。」

「自分の懐けたもんしか分からんとよ。」ってキツネはゆうた。「人は、暇のいっちょん無かけん、なんもかんも分からんと。物売りのとこで、出来上がっとーもんだけ買うっちゃん。ばってん、友達やらどこにも売られとらんけん、人には友達っちゅうもんがいっちょんおらんったい※16。君が友達の欲しかとなら、俺ば懐けちゃりやい!」

「僕はなんすればいいと?」って王子くんはゆうた。

「気長にやらなたいね。」とキツネは答える。「まずは、俺からちぃと離れたとこに座る。例えば、その辺の草むらとかやね。俺は君ば横目で見て、君は何も喋らん。言葉は、すれ違いのもとやけんが。ばってん、1日、1日、ちょっとずつそばに座っても良かごとなる……」 


[注釈]

+-
  1. いっちょん〜ない/なか:全く〜ない
    由来は「一丁も(〜ない)」
  2. ほなこつ:本当に
  3. しけとー/しけとる:つまらない、がっかりだ、興醒めだ
    「〜しとる」は、しばしば長音化して「〜しとー」となる。
  4. 〜しちゃんしゃったら:〜してもらえれば
    直訳すると「〜して下さったら」(して+やり+んしゃったら)。「て+や」や「と+や」が融合して「ちゃ」になるのは博多弁を始めとする肥筑方言でよく見られる発音変化である。博多弁では「(相手に)〜してやる」と「(相手が)〜してくれる」の区別が曖昧で、他者に何かする時も、他者から何かをしてもらう時も「〜やる」を使う。
    また、「〜しんしゃる」は関西圏で使われる「〜しはる」に近いニュアンスで、そこまで重たくはない軽い敬意のこもった表現。
  5. 〜ごと(如):〜のように
    「事」が訛ったものではないので要注意。
  6. 〜せんめぇ:〜するだろう
    元々は「〜しめぇ(←するまい)」だったらしいが、我々の世代では完全に「せんめぇしか聞かんめぇ?」状態である。
  7. 〜しきぃごとなる:〜できるようになる
    博多弁をはじめとする肥筑方言には、同じ「〜できる」にも状況可能「〜される」と能力可能「〜しきる」という文法上の区別が存在する。この文例の場合は「能力的に聞き分けることが可能である」というニュアンスなので能力可能「〜しきる」が使われており、更に発音変化で「〜しきぃ」となる。
  8. 〜ばってん:〜けど 
    響きが面白い博多弁フレーズの代表格。福岡西部、佐賀、長崎、熊本と肥筑方言が話される地域で共通して使われる逆接の接続詞。由来は「(〜すれ)ば+とて+も」
    残念ながら今の若年層の博多弁話者ではほぼ使われなくなっているが、キツネのキャラ的に言いそうだなと思ったので織り交ぜてみた。
  9. 〜けん:〜から
    本来は理由を表すが、この用例のように事実や主張、伝えたい感情を強調するニュアンスで使うことがある。
  10. 博多弁では、共通語で「〜が」を使う場面でも主格「〜の」を使うことが多い。
  11. ちかっぱ:めちゃくちゃ、とても
    戦後生まれ以降の世代から使われ始めた比較的新しめの表現で、北九州から伝来したと言う説もある。「ちかっぱい(力一杯)」が由来。但し、現在の若年層ではこれも既に廃れ気味で、「ばり」「めっちゃ」の方が良く使われる。
  12. 〜っちゃん:〜だよ(強調) 
    同じく戦後生まれ以降から使われ始めたと言われる表現。「〜と+やん」に由来するらしい。
  13. 〜くさ:〜だとも(強調)
    古文の授業でお馴染み、由緒正しき「係り結び」の生き残り。「〜こそあれ」が縮まったもの。間違っても「草」ではない。
  14. 〜しちゃらん?:〜してくれないか?
    「〜して+やらん?」の縮約形。文法的説明は注釈4参照のこと。
  15. 良かくさ!:良いとも!喜んで!
    現在の若年層では廃れ気味な表現ではあるものの、キツネのキャラに引っ張られて王子くんもノッてみた、という体で入れてみました。
  16. おらんったい:いないんだよ(おらん+と+たい)

[翻訳者紹介]

かべちょろ

1999年福岡県福岡市生まれ。生誕より20余年を福岡で過ごした生粋の福岡人。家族、親戚ともにほとんどが九州北部出身であり、特に言語形成面では筑前方言ばりばりネイティブな祖母の存在が大きかったと感じている。ハンドルネームの由来は、博多弁で「やもり」を表す言葉から。
現在は福岡から約9000キロ離れたドイツにて生命科学系の博士課程に在籍する傍ら、SNS上を中心に日本語方言の振興活動に取り組んでいる。鉄道、旅行、語学、地理•歴史、漫画•アニメ、テニス、酒蔵巡りなど趣味多数。野球はホークスファン。某円盤状の焼き菓子の呼び方は「回転焼き」または「蜂楽饅頭」派。


[ことばの解説]

Z世代である訳者が普段話している言葉を基に、現代博多弁の特徴を活かした表現を試みました。キツネは今の60〜70歳代、王子くんは20〜30歳代の話し言葉をイメージしています。しかしながら、現代博多弁が話される福岡都市圏は非常に人口流動が激しく家庭状況も様々な為、世代間は勿論のこと、個人間でもかなり言葉遣いに差があることはご留意いただければと思います。
博多弁の故郷、古より港町として発展してきた福岡県福岡市。歴史を遡ること400年前、今の岡山や兵庫にルーツを持つ黒田家が新たに当地の領主となった結果、商人の街•博多で話される博多弁、武士の街•福岡で話される福岡弁という二つの言葉が併存する状態となりました。時代が下ると共に両者の違いは曖昧になり、現在は福岡都市圏全体で「博多弁」が優勢です。
昨今、所謂コテコテな博多弁はあまり聞かれなくなってきていますが、「〜っちゃけど(〜なんだけど)」のように伝統方言とも共通語とも異なる表現が生まれるなど、博多弁は「生きた言葉」として進化し続けているのです。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧