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マイスウィーティ
自分を訪ねて来る母親をもてなすために、ムースは一生懸命準備をするも、初っ端から小さなハプニングが連発する……
[まだらの「ねこちゃん」] ニャーン。
[ムース] (ごめんね、ねこちゃんたち。今日も遊んであげられないの。)
[ムース] マミー、ここがムースが住んでるお部屋だよ。
[セリス夫人] 一人部屋なの、スウィーティ?
[ムース] ううん、違うよ。ルームメイトがいるから、その子と一緒にこの部屋を使ってるんだ。
[セリス夫人] そうだったのね。ルームメイトがいるだなんて知らなかったから、マミー何もお土産を用意してきていないわ。どうしましょう……
[ムース] 大丈夫だよ。
[ムース] その子は今、外勤任務に出かけているから、しばらくは帰って来れないの。よければ、ここにいる間は自分のベッドを使っていいって言ってたよ。
[セリス夫人] まぁ……でもマミー、連結エリアのホテルを予約してあるのよ……
[ムース] ……そうだよね。ホテルの方が設備も充実してるし、ここよりずっと住み心地がいいもん。
[セリス夫人] 確かにホテルの部屋もステキだわ。だけど、私のスウィーティがいないお部屋なんて、寂しくて眠れないわよ。
[ムース] それってこの数日間は、ずっと一緒にここにいてくれるってこと?
[セリス夫人] (ムースの鼻を突っつく)その通りよ、スウィーティ。
[ムース] マミーが来るって聞いたから、昨日は一日かけて、部屋中のをきれいにして、家具を全部ピカピカにみがいたの!
[セリス夫人] あらまぁ! 家ではベッドシーツすら自分で交換したことなかったスウィーティが……
[ムース] ロドスはおうちとは違うから……自分でやらなきゃいけないことがたくさんあって、最初の頃は確かに戸惑ったけど、慣れていくうちに色んなことを学んだの。
[ムース] 前のムースは、あんなに大きなお布団を、どうやってカバーに入れるのかすら知らなかったんだよ。
[ムース] 初めてチャレンジした時は、いくらやってもうまくできなかったんだよね。
[ムース] それで汗だくになりながらやっとチャックを閉めたら、どうなったと思う?
[ムース] 自分ごとカバーの中に閉じ込めちゃいそうになってたんだよ、あははは。
[セリス夫人] (苦笑い)それはビックリね……ハハハ。
[ムース] マミー、ちょっと目を閉じてて。
[セリス夫人] あら、どうして?
[ムース] いいから、目を閉じててよ。すぐに終わるから。
[セリス夫人] しょうがないわね……分かったわ。
[ムース] ムースの部屋を見たら、マミー絶対にびっくりするから。
[セリス夫人] ……まぁ。
[セリス夫人] スウィーティ、確かにマミー、とても驚いたわ。
[ムース] うぅ……違うの、マミー。朝、部屋を出た時はこんなんじゃなかったんだよ……
めちゃくちゃになった部屋中を、数匹の「ねこちゃん」がじゃれ合いながら走り回っている。
窓辺に引っかかっている布切れは、じっくり目を凝らせばまだカーテンだと辛うじて認識できた。
だがテーブルに置いていた花瓶は悲惨なことにも、「ねこちゃん」たちによって床に落とされ、粉々に割れてしまっていた。
そしてテーブルには一匹の「ねこちゃん」が身をかがめ狙いを定めながら、今まさに隣のタンスに飛び乗ろうとしていた。
ムースがその視線の先を追うと、倒れた花瓶がタンスから半分ほど突き出ており、今にも転がり落ちそうであった。
[シマシマの「ねこちゃん」] (クローゼットに飛び乗る)
[シマシマの「ねこちゃん」] ニャアーー!
[ムース] あっ、ダメ!
[シマシマの「ねこちゃん」] うにゃ?
[ムース] もう……こらーー!
[ムース] みんな、ダメでしょ! イタズラにもほどがあるよ!
[セリス夫人] そんなに叱らないであげて。この子たちが元気いっぱいなのはいつものことよ。
[ムース] マミー、本当にごめんなさい。こんなはずじゃなかったの。本当に一生懸命片付けたんだよ?
[セリス夫人] えぇ、ちゃんと分かっているわ。ひとまずどこかに座って気持ちを落ち着かせましょ? その後、一緒に部屋を元通りにする方法を考えればいいわ。
[セリス夫人] そうね……座れそうなスペースはあるかしら?
[ムース] マミー、足元に毛糸玉が――
[セリス夫人] えっ、足元がどうかしたのかし――きゃああ!
[ムース] マミー、大丈夫!?
[セリス夫人] え、えぇ……、平気よ。ただちょっと……
[ムース] すぐに医療部のオペレーターを呼んでくるね!
[セリス夫人] ああ、違うの……怪我はしていないわ。ただ転んだ拍子にスカートを踏んじゃったから……
[ムース] え?
[セリス夫人] ……きっと、後ろが破けちゃってるはずよ。
[ムース] ふぅ……一日中動き回ってたから、腰も背中も痛いよ。
[バイビーク] でもムースさんって、確か今日お休みでしたよね?
[ムース] もうすぐマミーが来るから、部屋を掃除したり準備したりしてたんです。うぅ~、マミーと会うことを考えただけで緊張する……!
[バイビーク] どうしてですか? 家族が訪ねてきてくれるのはうれしいことのはずですよね?
[ムース] 他の兄弟と比べると、ムースはうちの中で一番冴えなくてパッとしない子です。だから、マミーをがっかりさせちゃうんじゃないかって、いつも不安になってしまうんです。
[ムース] 仕事でも大した成果を残せなかったし、こんなみっともない病気にもかかっちゃうし……
[バイビーク] そんな風に考えないでください。この前だって戦闘の後に、すごく成長しているってドクターがわざわざ褒めてくれたばかりじゃないですか。
[ムース] だけど……みんなと比べれば、全然大したことありません。うちの兄弟はすごい人たちばかりなんですよ。
[ムース] バイロンはあの若さで軍隊の中佐に抜擢されたし、エミリーは学校を卒業してすぐに、いくつもの銀行のコンサルタントになったんです。
[ムース] バイオレットはアーツ研究分野の代表的な存在で、本もたくさん出版しています。それに一番下の弟のカールも……
[バイビーク] えっ、バイオレットって……もしかしてあの有名なバイオレットさんですか?
[ムース] はい、きっと今バイビークさんが思い浮かべている人が、ムースのお姉ちゃんですよ。
[バイビーク] ……ムースさんが緊張している理由がやっと分かりました。
[ムース] 小さい頃は、パーティーに出席すると、いつも他の人からお姉ちゃんたちと比べられていたんです。
[ムース] そんな時もマミーは庇ってくれてたけど、プライドの高いマミーのことだから、きっとムースのことを恥ずかしく思っているに決まっています……
[バイビーク] 上流社会の家族は他人と比べられては、好き勝手に噂をされる……よくあることだけれど、本当にいやになっちゃいますね。
[ムース] だから、今回はロドスで成長した姿をマミーにたくさん見せたいんです。
[バイビーク] はぁ……
[バイビーク] ……
[バイビーク] 初めまして、セリスさん、バイビークと申します。いつもムースさんに仲良くさせてもらっております。
[セリス夫人] あら、初めまして、バイビークさん。あなたがスカートを直してくださった方ね。
[セリス夫人] 本当にありがとう。助かったわ。
[バイビーク] いえいえ、こちらこそ力になれてうれしいです。あははは……
[バイビーク&セリス夫人] ……
[バイビーク] (ムースさんのお母様はあまりお喋りな方ではないのね……それにしても、ムースさん遅いな。このままずっと黙りこくってるのも失礼だし……)
[バイビーク] (でも何を話せばいいの? ええい、とりあえず適当な話題を振ってみよう。)
[バイビーク] (深く息を吸う)その、セリスさん……
[ムース] お待たせ、マミー! マミーが大好きなアーモンドケーキを持ってきたよ。
[バイビーク] (よかった、やっと戻って来てくれたのね、ムースさん!)
[ムース] バイビークさんにもプリンタルトを作ったんです。確かこれが一番お気に入りでしたよね?
[バイビーク] おいしそう! ありがとうございます、ムースさん。それと、お母様のスカートも縫い終わりましたよ。着てみてもらいましたが、特に問題もなさそうです。
[セリス夫人] バイビークさんってば、本当にすごく器用なのよ。あんなに大きな穴なのに、ちっとも縫った跡が見えないの。
[ムース] それならよかった!バイビークさん、これから甘いものが食べたくなったらムースに言ってください。なんでも作ってあげます!
[バイビーク] 大げさですよ、ムースさん。ほら、そこに立っていないで、座って一緒に食べましょ。セリスさんも早く食べたいですよね?
[セリス夫人] さぁ、こっちへおいで、スウィーティ。あなたの作ったケーキを食べるのは久しぶりだわ。
[ムース] う、うん。
[ムース] 二人とも、どうですか……?
[バイビーク] すごくおいしいです、ムースさん。
[セリス夫人] えぇ、生地もクリームもどれも完璧で、う~ん、本当にとっても……うっ!
[ムース] マミー、どうしたの?
[セリス夫人] ……口に変なものが入っちゃったみたい。
[バイビーク] これは……毛? どうしてこんなものがケーキの中に?
[ムース] これ、ねこちゃんの毛だ! た、大変……! マミー、それはもう食べちゃダメ。すぐに新しいものに交換してくるからね。
[ムース] ごめんなさい、ムースがちゃんとキッチンのドアを閉めてなかったせいで、ねこちゃんが入り込んじゃったんだ。
[セリス夫人] あら……いいのよ、スウィーティ。マミーはちっとも気にしていないわ。
[ムース] でも……
[セリス夫人] 本当に大丈夫よ、スウィーティ。
[ムース] (でもマミー、涙目になってる……)
[バイビーク] ムースさん……
[セリス夫人] コホン……バイビークさんはデザイナーなんですって? ということは、きっと最近の流行りにも詳しいのよね?
[セリス夫人] うちの裁縫師のが作るドレスは、どれも伝統的なデザインであまり好みじゃないの。
[セリス夫人] だから、新しいデザインのものをオーダーしようと考えていたのだけれど、最近の若い子は、どんなものが好きなのかしら?
[バイビーク] え? あ、そうですね……ここ数年ですとドレスにニット要素を取り入れるのがトレンドです。
[セリス夫人] あら、ニットは確か十数年前の流行りだったはずじゃ?
[バイビーク] 流行は繰り返すと言われていますから……
[ムース] (黙って指をいじる)
[ウン] ムースちゃん、料理はこれで揃ったよ。口に合うか、お母さんと食べてみな。
[ムース] (うつむいてお茶を飲む)
[セリス夫人] スウィーティ?
[ムース] えっ? あっ、あれ? ウンさん、こんなにたくさんの料理、注文しましたっけ……?
[ウン] サービスだよ、遠慮しなくていい。家族がロドスに会いに来てくれるなんて、滅多にない機会だからな。
[ウン] じゃあ、俺は仕事に戻るよ。ごゆっくり。
[ムース] ありがとうございます、ウンさん。
[セリス夫人] 先ほどのシェフもスウィーティのお友達なの?
[ムース] そうだよ。ウンさんはすごく器用で、色んな炎国のデザートを作れるの。だから時々ウンさんから料理を教わってるんだ。
[セリス夫人] すごく素敵だわ。領地にいた頃、スウィーティのそばにいてくれるのは、ねこちゃんたちだけだった。
[セリス夫人] マミーたちも忙しかったから、ほとんど一緒にいてあげられなかったわ。はぁ……
[ムース] マミーとダディーはずっとムースのことを守ってくれてたよ!
[ムース] 確かにロドスに来てから友達はたくさんできたけど、それでもずっとマミーたちに会いたくてたまらなかった。だから、マミーが会いに来てくれるって知った時は、すごくうれしかったの!
[ムース] ここで働き始めてから二年、ほんの少しだけど貯金もできたんだ。だからね……
[セリス夫人] スウィーティ、これは……?
[ムース] クロワッサンさんからティーカップを買ったの。マミーが普段使っている物と比べたら大したことはないけど、気に入ってくれたらとうれしいな。
[セリス夫人] (胸元を抑える)まあ、スウィーティ! あなたからのプレゼントを気に入らないはずがないわ!
[セリス夫人] カップもソーサーも、なんて繊細で美しいのかしら! 使うのなんてもったいないわ。お屋敷の一番目立つ場所に飾って、みんなに見てもらいましょ。
[ムース] 喜んでくれてよかった。本当はもっといい所をマミーに見せたかったのに、結局ドジをしてばかりだったね……
[セリス夫人] まださっきのことを気にしているの? マミーは大丈夫だって言ったでしょう?
[ムース] でも、さっきマミーは……あれ、なんでねこちゃんが食堂に入ってきてるの?
[セリス夫人] あら、どこにいるの?
[ムース] マミーのすぐ後ろ……
[まだらの「ねこちゃん」] にゃーん!
[ムース] うわっ! ねこちゃん、テーブルに乗っちゃだめ!
[セリス夫人] あっ、カップが――
[ムース] ああーー! もう、さっきから悪さばかりして!
[ムース] みんな大っ嫌い!
[ムース] せっかくマミーが会いに来てくれたのに、なんでずっと邪魔ばっかりするの!?
[ムース] がんばって掃除した部屋も、一生懸命貯金して買ったプレゼントも……うぅ……ねこちゃんなんて大嫌い。
[セリス夫人] スウィーティ、泣かないで……
[セリス夫人] (立ち上がる)
[ウン] ムースさん、どうしたんだ? 泣き声が厨房まで聞こえてたよ。
[ミント] ムースさん、カップの破片を素手で拾っちゃダメですよ。今ほうきを取ってきますから。
[ジェシカ] ムースさん、元気だしてください。カップが割れただけじゃないですか。わたし、たくさん持ってますから、好きなのを選んでください。
[ヘイズ] うにゃ? どしたの? ムースちゃんにイジワルしたのは誰? あたしと帽子でガツンと懲らしめてあげる。
[ムース] 違うんです……全部ムースがちゃんとできなかったせいなんです。
[一同] こら! 全部自分のせいにしない!
[セリス夫人] ふぅ……
[セリス夫人] (本当によかったわ。)
[セリス夫人] ほら、もっとこっちにおいで、スウィーティ。マミーが髪を乾かしてあげる。
[セリス夫人] 髪を切ったのね。昔はあんなに長い髪を大切にしていたのに。
[ムース] うん、任務の時もケーキを作る時も邪魔だったから、思い切って短くしちゃったの。
[セリス夫人] ……そう。でも短い髪も似合ってるわよ。すごく可愛いわ。
[セリス夫人] さぁ、ベッドに入りましょう、スウィーティ。
[ムース] マミー……
[セリス夫人] なぁに?
[ムース] 本当にムースと同じベッドでいいの?
[セリス夫人] スウィーティはいやだった?
[ムース] そんなことないよ! でも狭いから、マミーがよく眠れないんじゃないかって心配してるだけ。
[ムース] バイオレットが手紙で教えてくれたよ。バイオレットに会いに行った時も、一晩中よく眠れなかったんだよね? しかもあの時は五つ星ホテルに泊まってたのに……
[ムース] こんな狭いベッドでムースと寝て、本当にちゃんと眠れるの?
[セリス夫人] えっと……それは誤解よ、スウィーティ。マミーはホテルのベッドのせいで眠れなかったわけじゃないわ。
[セリス夫人] バイオレットが実験中におでこを怪我して、額に大きな傷跡が残っていたのよ。それが心配でたまらなくて、寝つけられなかったの。
[セリス夫人] でも幸いなことに軽傷で済んだわ。翌日、バイオレットは予定通りステージに上がって、すばらしい発表をして、盛大な拍手をもらったのよ。
[ムース] それを聞いていたマミーは、きっとすごく誇らしかったよね。
[セリス夫人] もちろん。バイオレットは小さい頃からとても優秀で、手のかからない子だったわ。カールとは大違いね。先月腕を骨折してまだ治っていないのに、毎日走り回っているのよ。
[ムース] カール、怪我したの? 試合中のこと?
[セリス夫人] そうよ。なのに交代を拒んで、意地で最後までフィールドに残っていたわ。ダディーに知られたあと、こっぴとく怒られたのよ。
[ムース] それで、試合の結果はカールたちの勝ちだったの?
[セリス夫人] もちろん……カールとそのチームメイトは、同世代の選手の中で一番優秀ですもの。
[セリス夫人] ふわぁ……眠くなってきたわ……
[ムース] (ふとんに深く潜る)
[ムース] マミー……
[ムース] マミーは今日、ムースにがっかりした……?
[ムース] バイオレットもカールもマミーの自慢の子なのに、ムースは違う……小さい時からムースは才能も取り柄もなかった。
[ムース] それに、ムースは学校の成績もイマイチだったし、病気になったせいで、余計にマミーに心配をかけちゃうし、看病のためにマミーは長い間、仕事をあきらめなきゃいけなくなった。
[ムース] ごめんなさい、マミー。
[ムース] マミーの自慢の子になれなくて、本当にごめんなさい。
[セリス夫人] ……
[ムース] (振り返る)マミー、もう寝ちゃったの?
[セリス夫人] すぅ……すぅ……
[セリス夫人] スウィーティ……
[セリス夫人] (隣をまさぐる)
[セリス夫人] スウィーティ? まだ日も昇っていないのに、どこへ行っちゃったのかしら? 洗面所にもいなかったし……
[シマシマの「ねこちゃん」] にゃん……
[セリス夫人] あら、ねこちゃん……?
[セリス夫人] ねぇ、おちびちゃん、私のスウィーティがどこにいるのか知らないかしら?
[シマシマの「ねこちゃん」] (背中を丸めてお尻を舐める)
[セリス夫人] 返事をしてちょうだいな、ねこちゃん。
[シマシマの「ねこちゃん」] (お尻を舐め続ける)
[セリス夫人] この一週間、ムースは私を迎えるための準備で忙しくて、あなたたちをちゃんと構ってあげられなかったのよね。だから、気を引くためにわざとイタズラをしていたのでしょう?
[セリス夫人] あの子の代わりに謝るわ。ごめんなさい。
[シマシマの「ねこちゃん」] にゃ……
[セリス夫人] (「ねこちゃん」のあごを撫でる)
[セリス夫人] 許してくれるかしら?
[シマシマの「ねこちゃん」] にゃっ。
[セリス夫人] じゃあ、あの子のところまで案内してくれる?
「ねこちゃん」はセリス夫人の足にそっと体をこすりつけると、ドアの前にしゃがみ込み、ついて来いとでも言うかのようにチラリと視線を投げかける。
[ムース] あれ、もう六時? 急がなきゃ。絶対に朝ごはんの前にパンを焼き上げないと。
[ムース] どうして今日に限って寝過ごしちゃったんだろう。
[ムース] 隣にマミーがいたから安心しちゃったのかな……うん、生地はこれでよしっと。次は中に入れるクリーム作ろう。
[ムース] (ボウルを抱えクリームを泡立てる)
[ムース] うぅ……こんな時に限って手がかゆくなってきちゃった。
[ムース] あぁ、掻きたい……ダメダメ! 一回掻いちゃったら止まらなくなるんだから。
[???] ボウルを貸して、スウィーティ。
[ムース] マミー?
[ムース] な、なんでマミーがここにいるの? もしかして、起きる時に起こしちゃった?
[セリス夫人] スウィーティは毎日、こんな朝早くから他のみんなのために、朝ごはんを用意しているの?
[ムース] うん……これがムースの唯一の取り柄だから。それに、料理は好きだし……
[ムース] 領地にいた頃は、こんなことなんてさせてもらえなかったけど、ここに来てから、自分にもできることがあるって知って、すごくにうれしかったんだ。
[セリス夫人] まぁ、スウィーティ……
[セリス夫人] あとどれくらいかかるの? マミーも手伝うわ。
[ムース] ううん、大丈夫。一人でできるから。
[セリス夫人] えぇと、生地の発酵までは終わらせているのね。クリームはマミーに任せて。ホイップでいいかしら?
[ムース] う、うん。でも、マミーは……
[セリス夫人] シー……スウィーティ、今は私たち親子だけの時間よ。一緒にパンを作るのなんていつ振りかしら。二人でこの時を楽しみましょ。
[ムース] ……うん。
[ムース] じゃあ、クリームはお願い。
キッチンの中、母と娘が二人、オーブンと作業台の間を忙しく往復する。
二人の間にほとんど会話はなかった。ほんの小さなまばたきや微かな手振りだけで、考えをお互いに伝え合うことができた。
羽獣の卵をボウルに割り入れかき混ぜると、生クリームが段々と空気を含んで泡立っていく。発酵し膨らんだ生地にはシロップが塗られ、温まったオーブンからはほんのりと熱気があふれ出た。
シャカシャカ、ガチャガチャ――調理器具たちが奏でるのはキッチンの讃美歌。
[ムース] マミー、できた……!
[セリス夫人] えぇ、スウィーティ、私たちでやり切ったのよ。
[ムース] 朝ごはんに間に合ったんだ。
[セリス夫人] そうよ、間に合ったの。
[ムース] これなら、もうひとステップいけるかも……
[セリス夫人] スウィーティ?
[ムース] (パンに粉砂糖を振りかける)
[ムース] これで完璧!
[セリス夫人] すばらしいわ。
[セリス夫人&ムース] (しばらく見つめ合う)
[セリス夫人] あなたを誇りに思うわ、スウィーティ、とってもね。
[ムース] え……?
[セリス夫人] こんなことをあなたに言ったのは初めてね。
[ムース] どうして? マミーが誇りに思っているのは、ブルンとかエミリーとか、あとバイオレットとカールのような優秀な子たちでしょう?
[ムース] ムースは……ただの地味でさえない子なのに……
[ムース] しっぽは二本あるし、数学もさっぱりで、文法もめちゃくちゃ。その上、鉱石病にも感染してるんだよ。発作を起こすと……手もすごくヒドイ見た目になっちゃう。
[セリス夫人] マミーはそんなこと、気にしたことないわ!
[ムース] じゃあ、マミーはムースの何を気にしてるの!?
[セリス夫人] あのね、スウィーティ、マミーが気にしているのは、スウィーティが楽しく暮らせているのか、自分の好きなことができているのか、それだけよ。
[セリス夫人] あなたをロドスに来させるかについて、ダディーと何度ものケンカしたわ。
[セリス夫人] マミーは反対だったの。ロドスは生活環境もうちより劣るし、何よりもスウィーティに困ったことがあった時、家族がすぐに駆け付けられないでしょう?
[セリス夫人] 今回だって、実際にスウィーティと会うまですごく不安だったの。もしスウィーティが辛い目にあっていたら、ダディーと大喧嘩してでも連れ帰ろうと決めていたわ。
[セリス夫人] でも、ここにいるスウィーティは……心配してくれるお友達に囲まれていて、とっても幸せそうだったわ。
[ムース] だけど、ムースはバイオレットたちみたいに、マミーをちゃんともてなすことができなかったね。
[セリス夫人] そんなことないわよ! スウィーティのおもてなしはどれもすごく最高だったわ。
[ムース] でも、昨日ケーキからねこちゃんの毛が出てきた時、マミーは涙目になってた……がっかりさせちゃったよね?
[セリス夫人] 違うわよ。
[セリス夫人] あれはうれし涙よ。
[ムース] うれしい……?
[セリス夫人] あなたの作ったケーキを食べるのはすごく久しぶりだったから。病気になってから、料理をすることもなくなったでしょ?
[セリス夫人] それに、さっきキッチンであなたの姿を見付けた時、まるでサプライズを受けたような気持ちになったわ。スウィーティが大好きなパン作りを再開しただけでなく、それを仕事にしていたなんて。
[ムース] マミーがそんな風に思っていたなんて……ムース全然知らなかった……
[セリス夫人] ムース……私のスウィーティ。
[慌てるオペレーター] ムースお姉ちゃん、今日は朝から授業があるから、パンを二つお持ち帰りで……あ、おばさん、おはようございます。
[セリス夫人] おはよう、お嬢ちゃん。
[ムース] チェイスさん、おはようございます。二つですね……はい、お待たせしました。
[慌てるオペレーター] ありがと……あれ、初めて見る種類のパンだ。ムースお姉ちゃん、これ新作? なんて名前のパンなの?
[ムース] 思い付きで作ったから、特に名前は……
[セリス夫人] 「マミーの誇り」よ。
[ムース&慌てるオペレーター] え?
[セリス夫人] このパンはね、「マミーの誇り」なの。
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