aklib_story_将進酒_IW-9_歳相_戦闘前

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将進酒_IW-9_歳相_戦闘前

山頂、ニェンとシーの二人が司歳台と駆け引きを行い、大きな盤の上で「三を過ぎることなし」の言葉により対局が始まった。山の下では、世のあまたの恩讐が、一つの絵巻の中に収められた。そこでリィンがついに姿を現し、ただ夕日を褒め称えるのだった。


[通りすがりの老人] ……なぁ、若いの。

[街の青年] ん?

[通りすがりの老人] 尚蜀知府リャン様の屋敷は、どちらかね?

[街の青年] すぐそこだよ。向こうの角を右に曲がって、突き当りまで進むと牌坊(ひぼう)が見えてくるから、そこで左に曲がれば梁府だ。

[通りすがりの老人] 広いか?

[街の青年] さあね。入ったことがないから。

[街の青年] 外から見た感じだと……ほかの場所と大して変わらないと思う。むしろちょっとぼろい。

[通りすがりの老人] 牌坊には何と書かれている?

[街の青年] なんだったけな。長く住んでると、もういちいち見ないから覚えてないや。

[通りすがりの老人] ……そうか。感謝する。

[街の青年] おい、じいさん。

[街の青年] もう暗くなるし、案内しようか? 事故に遭わないか心配だ。

[通りすがりの老人] ……必要ない。

[通りすがりの老人] 道なら見えるさ。

[ウユウ] ――くっ!

[ウユウ] (足が……石の中にはまった!?)

[タイホー] ここまでだ。

[タイホー] 三十三手も受けたか、やるな。

[ウユウ] ……全く本気を出していないじゃないですか。

[タイホー] 貴様がもし軍に身を投ずる意思があれば必ずや大成するだろう。

[ウユウ] はは……勾呉城を去った時確かに考えました。ですが「大事のためには小事より始めよ」とはよく言ったものです。私はやはりまずはロドスへの恩を返さなければなりませんから。

[タイホー] ……恩を知りそれに報いるか。大したものだ。

[タイホー] それだけに残念だ。貴様はいま進退極まっている。

[ウユウ] ……文字通りの意味ですね。動けやしません。

[ウユウ] (どうする……足を折れば抜け出せるか? どうせこのまま見てるくらいなら、一か八か……)

[タイホー] テイ・チンユエ、助太刀いたす!

[ウユウ] させるか!

[タイホー] ――!

[ウユウ] はぁ……はぁ……

[タイホー] ……貴様……

[タイホー] ……

[タイホー] 我はこの乱戦を茶番と見なし、歯牙にもかけていなかった。

[タイホー] だが貴様が教えてくれた、我は間違っていたと。

[テイ] ……

[山の担夫] ……口数が減ったな。

[山の担夫] もっとも以前のあんたは、常に無口だったがな。

[テイ] ……

[山の担夫] テイ・チンユエは全力の時だけ無口になり、その状態のあんたから無事に逃げおおせることのできる奴なんて、ほとんどいない。

[テイ] ……話は終わったか?

[山の担夫] なに、独り言だ。

[テイ] ……ふぅ。

[山の担夫] ……雨……?

[山の担夫] ――!

[テイ] 何!?

[テイ] (一瞬でシャンの武器をへし折った!? 誰も反応できなかった――一体どうやって?)

[山の担夫] ――何者だ!?

[タイホー] ……笠を被り蓑をまとい、雨を剣とするか。

[タイホー] 見事な腕前だ。

[船頭] ……やめましょう。もうここまでにしませんか。

[船頭] 平穏な解決の方がいいでしょう?

[テイ] ……

[テイ] 先ほどは並外れた武人がここにいたのでね。もし彼らが事を大きくするのも辞さないつもりなら、勝つのは向こう、大義名分があるのもあちら側だ。

[テイ] あなたはずっとあの龍門人のお供をしていた船頭……

[タイホー] ……リャン・シュンは、やはり初めから酒杯を素直に渡すつもりはなかったか。

[タイホー] 司歳台と礼部の双方を謀っていた。

[船頭] はぁ……リャン様はお役人の身でしがらみがありますからね。しかし今回の件は、あまりに独断で動いた司歳台の方が問題だと思いませんか?

[山の担夫] 司歳台の勝手な行動は、今回だけじゃない。

[タイホー] ……

[山の担夫] 俺の息子はあんたたちのせいで死んだ。忘れるな。

[船頭] あなた方は何かというと戦いたがりますが、命はそれほど軽いものですか。

[山の担夫] ふん、何様のつもりだ。あんたは俺たちを止められるとでも思ってるのか。

[船頭] ……

[ウユウ] いやあ……ずっと笠をかぶっているなんて、変だと思っていたんですよ。

[ウユウ] だってそんなの……

[タイホー] 慎楼(シェン・ロウ)、これは朝廷司歳台の公務であり、貴殿が手出しすべきことではない。

[船頭] 私は通りすがりの船頭に過ぎませんよ。親切心から、皆さんに争いをやめるよう和平を説きに来て――

[船頭] ――ついでに山頂の状況を見に来ました。それがリャン様からの仰せでね。

[テイ] 数年前、炎国辺境の水路で賊の被害が起きたので、朝廷はすぐに人をやって解決した。一人の天師が朝廷の腕利き数名を率いて、敵の懐に深く入り込んだ。

[テイ] 敵を欺くため、討伐隊は賊になりすまし、敵の拠点に潜入して一網打尽にした。

[テイ] ――しかし全てが終わって討伐隊が拠点から出てきた時、賊を倒しに来た勇敢な船頭一行と出くわした。両者ともに互いを賊の一味だと誤解して戦いになった。

[船頭] はぁ……

[テイ] 巷ではそういうふうに伝えられていますが、実際には一行なんてものはなく、ただの小舟に一人の船頭がいたきりで、彼は単身で賊を片付けるつもりだった。そうですね?

[船頭] やめてください、恥ずかしい……若くもないのに、考えなしの馬鹿みたいに人様と喧嘩なんかしてしまって、はぁ。

[タイホー] 人々には、天師の名ばかりが広まっているが、実際に事を収めたのはその他の者たちだ。

[タイホー] 禁軍の若き教官も貴殿への評価は非常に高い。

[船頭] ふむ、お若いのにあの女性の腕前は素晴らしかったですよ。すでに同期の訓練の補佐にもついていると聞き及びました。前途有望ですね……

[船頭] ですが今日私が来たのは思い出話をするためじゃありません。

[テイ] 私のような鏢局の者は、シェン殿のような方に対して尊敬の念しかない。たとえ初対面だとしても、本来ならばシェン殿の言葉を尊重し刀を収めたでしょう。

[テイ] しかしこれは、公私双方が関わった問題です。シェン殿の一言で止めるほど……軽くはありません。

[船頭] しかしリャン様に受け負ったからには、私も使命を果たさねばなりません。

[船頭] 今後粛政院がどのような判断をしても、私が責任を負います。ただ今この瞬間は、一時の衝動で取り返しのつかない行いに及ばぬよう抑えていただきたい。

[山の担夫] そいつは聞けねぇお願いだ。

[タイホー] ……リャンが貴殿を寄越したからには、ただ見物しに来ただけでは終わらないだろう。

[船頭] ……

[タイホー] 司歳台の領分に干渉する気か?

[船頭] ……司歳台はバイ天師に手を出させたいのでしょう。なら私が手を出すのも一緒ではありませんか?

[タイホー] ……

[ウユウ] ……シェンさん、私はあなたの方につきますよ。

[ウユウ] 和をもって財を生ず、と言いますからね!

[船頭] ……あなたのあの恩人様は?

[ウユウ] 一足先に行きました。

[船頭] なら安心ですね――

[船頭] ――!

[タイホー] ……!

[ウユウ] な……何だ? あの山の頂と東屋は……どうやって現れた?

[タイホー] ……

[テイ] これが……我々がずっと探していた……

[船頭] はあ、不測の事態に陥らねばいいのですが……

[船頭] ……でないと、手荒な真似をするしかありませんね。

[ズオ・ラウ] ……自分が何を言っているかわかっていますか?

[ニェン] オメーらの手伝いが必要なんだよ、若い持燭人。私たちの利害は一致してるはずだぜ。

[ズオ・ラウ] 自分を殺したいのですか?

[ニェン] そこまで狂ってねぇよ。ただ……事態は切迫してんだ。

[ズオ・ラウ] アレの意思はあなた方の意思と同等ではありませんか。

[ニェン] もちろんちげーわ。

[ニェン] あの偉大なる自分に立ち向かう時が来たんだ。

[ズオ・ラウ] ……妄言ですね。

[ズオ・ラウ] 何か考えはあるんですか?

[ニェン] 私を信じてくれるのか?

[ズオ・ラウ] 私にはあなたの考えをすべて聞く責任があるだけです。信じるか否かは、司歳台が決めます。

[ニン] ……リャン様は雅なお方ですね。こんな時まで、まだ山で雪を鑑賞なさっているなんて。

[リャン・シュン] おかけください。

[ニン] 私が来ることはわかっていたのでしょう。

[リャン・シュン] ええ、あなたは来るでしょうから。

[ニン] 司歳台はいつあなたに声をかけたのですか?

[リャン・シュン] 一年前です。

[ニン] 何用で?

[リャン・シュン] 酒杯探しのため。

[ニン] ただ探すだけですか?

[リャン・シュン] 当時は、ただ探すだけでした。

[ズオ・ラウ] 一年前に、炎国はあることに気付きました。

[ズオ・ラウ] ヴィクトリアで事変が生じて、ウルサスの動乱が収まる気配は全くなく、リターニアでは女帝の一人が声を失った。

[ズオ・ラウ] この大地はまもなく混乱を迎えます。炎国は来るべき嵐に備えなければなりません。

[ズオ・ラウ] 朝廷は連日の会議を経て、「二十八策」を決議しました。あらゆる事態を網羅し、炎国一国の安寧だけでなく、大地すべてを考慮して策定されています。

[ズオ・ラウ] ただ公にされた二十八策以外にはもう二つ秘匿された策があり、炎国の早急な決定が待たれているのです。

[ニェン] ……ほう。

[ニェン] どんな策だ?

[ニン] 北には異境の祟りがあり、南には海域の脅威がある。なにより歳獣の危険は予測ができない。

[ニン] ……司歳台は常に巨獣問題の優先的解決を主張してきました。

[リャン・シュン] ですが礼部の主張は異なるのでしょう。少なくとも完全に一致はしない。

[ニン] ええ、その通りです。礼部尚書(しょうしょ)の仰る通り、あの十二人の中には有用な才を持つ者がいるだけではなく……功績を持つ者も多くいます。

[リャン・シュン] ですが司歳台は、まさにその巨獣問題の解決のために設立されたものです。

[ニン] だからといって、司歳台の言いなりになってばかりではいられませんよ。設立当初の司歳台は、礼部の下部組織にすぎなかったのですからね。

[ニン] 前回、あの代理人が行った囲碁の対局で災いが起きたがために、司歳台の地位が高まっただけです。

[リャン・シュン] ……

[ニン] はぁ……千年前に放置した憂いの種が、今日に至るまでに災いを起こしてきました。そろそろ解決すべき時です。

[リャン・シュン] ですが結局のところ、決定権は司歳台になく、礼部の一存でもどうにもなりません。

[ニェン] ……今の太傅に?

[ズオ・ラウ] 太傅はあの大罪人に会いました。

[ニェン] ……なるほどな。

[ニェン] どうやら寝ぼけて目が曇ってたらしいな……あのジジイはそんな偉い奴だったのか。

[ニェン] 見てくれは弱っちそうだし、アーツも使えそうにねーし、どっかのおせっかいな老いぼれだと思ってたぜ。

[ズオ・ラウ] ……太傅は天下の事柄を縫い繕い、遺漏を補っているのです。

[ニェン] 私があのジジイを馬鹿にするから怒るのかと思ったよ。

[ズオ・ラウ] 怒る?

[ズオ・ラウ] 子供が泣くのを大人が責めることがありますか?

[ニェン] ……

[リー] (このガキ……よく言うなぁ……)

[クルース] (ニェンさんが言葉に詰まるの初めて見たぁ。)

[ズオ・ラウ] 太傅は司歳台にある密命を下しました。礼部との関係に摩擦が生じようと、それを果たさねばなりません。

[ニェン] ……ほう。どんな?

[ズオ・ラウ] 三つの内容があります。

[ニン] 冷えてきましたね。

[リャン・シュン] 山の気温が下がるのは早いものです。

[ニン] この茶館は眺望が良くないですね。これでは大して客を呼び込めないのですよ。

[リャン・シュン] ……どうしてですか?

[ニン] 夕日が見えませんから。

[リャン・シュン] ああ、確かに。

[ニン] リャン様は司歳台のためにこれほどのことをされて、大変だったのでは?

[リャン・シュン] ニンさんの目をごまかす方が大変でした。

[ニン] ……三年前、私はこの地に定住したと思われるリィンを監視するために、礼部から尚蜀へと派遣されました。

[ニン] そしてあなたは尚蜀の知府として、同等の官位を持つ者たちよりもいくらか多くの実権を持っています。

[ニン] 私はお会いしたばかりの頃、あなたのことを杓子定規で無鉄砲な方だと思っていました。

[リャン・シュン] ……ニンさんにはお恥ずかしいところを見せてしまいました。

[ニン] ……リャン様、あなたがここ数年、こんなに多くのことをされていたのは、何のためなのですか?

[リャン・シュン] 私は己の志を変えたことは一度もありません。

[リャン・シュン] 故郷の人々が、憂うことなく当たり前の生活が送れるようにするためです。

[ニン] ……礼部と司歳台を欺いてでも?

[リャン・シュン] 民の安全よりも重要なことなどありましょうか?

[ニン] 礼部に備えがあるのはご存じのはず。

[リャン・シュン] 春雷は冬が過ぎ春がやってくる象徴。私はこの春雷によって、三山十七峰がまたその峰を一つ失ってほしくないのです。

[ニン] ……リャン様は、確かにあのリャン様のままです。

[ニン] ただ、やはりあなたは私に会いたくなかったのですね。

[リャン・シュン] そんなはずがないでしょう。

[ニン] そんなはずはあるでしょう? あなたの態度は明らかです。

[リャン・シュン] 朝廷より与えられた官位があり、我々には務めがあります。

[リャン・シュン] ですがもし……

[ニン] ……ん?

[リャン・シュン] もしあなたはただのニンさんであるなら、このリャン・シュンはいつだってお会いしたいですよ。

[ニン] ……

[ニン] リャン様も……そのように……素直になることがあるのですね。

リャンは湯飲みを持ち上げた。

茶など入っていないが、しばらく口をつけているのだった。

[ニェン] ……三つ?

[ズオ・ラウ] 一つ、酒杯を取り返すこと。理由は分かりませんが、あの対局で相手は太傅に酒杯の来歴と現在地を伝えていたので、その情報に基づいて我々は酒杯を探しに来ました。

[ニェン] 嘘だという心配はしなかったのか?

[ズオ・ラウ] 二つ、秘匿された二つの策のほかに、より確かな方法を探して、今回の件の影響を最小限にとどめる。

[ニェン] へぇ……民草に関わることとなると、炎国はいつも慎重になるのがよくうかがえるな。

[ズオ・ラウ] 三つ……

[ニェン] 来たな。

[ズオ・ラウ] ……誰であろうと、三名以上の代理人が集まった時、太傅の親書を渡す。

[ニェン] ……親書?

[ズオ・ラウ] そうです。

[ズオ・ラウ] それで、シーはどこですか?

[ドゥ] うーん……あれ……

[ドゥ] ん?

[シー] ……

[ドゥ] あ、あんた誰……

[シー] ……貴方を忘れてたわ。

[シー] まぁいいわ、勝手に気を失っていたんだもの。

[ドゥ] ――!

[ドゥ] と、父さんは!? シャンは!? それとあのでかいの――

[シー] 探さなくていいわ。

[シー] ここにはいないのだから。

[タイホー] ……これは……

[山の担夫] ん……

[テイ] 一瞬にして天地を変えることができるとは……

[テイ] あの突然現れた女性は……一体何者だ?

[墨魎] ガァ……

[ウユウ] 嘘でしょう、ここにまで!?

[ドゥ] 絵……絵の中って?

[ドゥ] あんた何言ってるの?

[シー] わからなくていいわ。

[ドゥ] ま、待って、どこ行くの?

[シー] 山頂よ。

[ドゥ] でも、もう忘水坪だし――

[ドゥ] ――あの東屋……いつ現れたの……?

[シー] ずっとそこにあったわ。

[器鬼] グォッ――!

[ドゥ] わっ!

[シー] ふん。

[シー] ……こいつら……こんな真似事をして私を馬鹿にしてるつもり?

[ニェン] オメーはやっぱり嫌みったらしいヤローだな。

[ズオ・ラウ] 務めがありますので。

[ニェン] ……なぁ、疑問があるんだけど。

[ニェン] もしも私がオメーの言う通りにしないなら、司歳台はどうするつもりだ?

[ズオ・ラウ] 千年前に行ったことをもう一度するだけです。

[ズオ・ラウ] それに今となっては我々の方が強大であり、あなた方は孤軍に過ぎない。

[ニェン] ……ふん。

[ズオ・ラウ] 司歳台の方針は実にシンプルですよ。徹底的に禍根を断つというだけですから。

[ニェン] だから言ったじゃねーか、私たちの利害は一致してるって。

[ズオ・ラウ] あなたは、自分のために退路を作っているだけです。

[ズオ・ラウ] たとえあなたを信じたとしても、そんな馬鹿げたことがあなたにできるなんて、どうして信じられるのです?

[ズオ・ラウ] もしできない場合、あなたの存在はどれほどの不必要な危害を及ぼすでしょうか。司歳台により「確実な」問題解決方法があると思いますか。

[ズオ・ラウ] あなたでは私を説得できません。

[ニェン] ……やっぱ話はまとまんねーみたいだな。

[ニェン] なぁ、オメーはどう思う?

[シー] ……私に聞いてるの? なら貴方が探してるあの人に聞けば。

[ズオ・ラウ] あなたは……

[シー] ……なるほどね。

[シー] これが彼の言っていた試験?

[ズオ・ラウ] 何を言っているんです?

[シー] 貴方こそ何も知らないのよ、ボク。

[シー] 壁と向かい合って三百年反省するのが嫌なら、いますぐその生意気な視線をやめることね。

[ズオ・ラウ] ……

[クルース] シ、シーさん、怒らないでぇ……

[シー] ……ふんっ。

[ズオ・ラウ] あなた方はこの酒杯の由来を知っているでしょう。

[ズオ・ラウ] 酒杯をこちらに渡してください。

[リー] ……お前さんたちはリャンに依頼して、リャンはおれに頼んだ。酒杯が欲しいなら、リャンに尋ねるべきでしょう。

[ズオ・ラウ] リーさんは道理を弁える方です。きっと事の重大さも理解されているでしょう。

[リー] リャンにはあいつなりの理由があるんでしょうよ。

[ズオ・ラウ] もし礼部左侍郎が合理的な説明を提示できなかった場合、尚蜀知府には今回の勝手な振る舞いの代償を払っていただきます。

[リー] ……うむ。

[ニェン] そう詰め寄るなよ、ガキんちょ。司歳台はそんなにこれを……

[ニェン] ……待て。

[ニェン] 司歳台はどうしてそんなにこの酒杯が欲しいんだ?

[シー] 大方あの囲碁バカのやり口でしょ、どうせ彼も暇して――

[シー] ――いえ……彼はそんな人じゃないわ。

[シー] 彼は本当にまだ都に閉じ込められているの? 何が起きたの?

[ズオ・ラウ] ……

[ズオ・ラウ] 司歳台が一番最近、彼の居る寺院に近づいた時、中で一人の死体を見つけました。

[ズオ・ラウ] 相孺(シャンルー)という碁の名手です。心不全により血を吐いて死んでいました。碁盤には何もなく、中心である天元に黒石が一つだけ置かれていました。

[ニェン] ……アイツに会うのは、禁忌だと言ってなかったか?

[ズオ・ラウ] だから司歳台は調査中です。

[ズオ・ラウ] しかしその酒杯は、間違いなく彼の陰謀をあばく重要な手がかりの一つです。そしてお二方、ニェンさん、シーさんには……

[ズオ・ラウ] 司歳台は、あなた方に都まで来ていただきたいと思っています。

[クルース] ……アハハ、これは面倒なことになったねぇ……

[ニェン] チッ。

[ニェン] まさかアイツは私たちより一歩先を行ってんのか?

[シー] 一歩どころじゃないでしょ?

[シー] 道理であの老人があんなに鬼気迫ってたわけね。

[ズオ・ラウ] それで……リィンさんは?

[ズオ・ラウ] 司歳台の記録には、彼は他の代理人とそりが合わずリィンとスーの二人とだけ、詩を詠み娯楽に興じると書かれています。

[ズオ・ラウ] もしこれ以上彼女が姿を隠し続けるのなら、司歳台は――

[???] ……うむ……

[???] 私を探しているのかな?

彼女が沈む日を眺めている。

太古と、そして果てしなく途切れぬ時間を歩んできた。

実のところ、時間とは場所である。

逍遥たる者だけが、足を止められる場所だ。

[リィン] ふぅ……はぁ……この景色(けいしょく)を見なよ。

[リィン] 日尽きて水は長(とこしえ)に去る……雪落ちて月は空(むな)しく留まる。

[リィン] 黄昏に染められた雲の含羞が、なんとまあ艶やかなことよ。

[リィン] こんなにも美しい景色の前で、君らはそんな興ざめな話を続けるつもり?

[ズオ・ラウ] ……いつの間に……

[リィン] ……うん、貴君は父親の若い時とそっくりだ。だけど……

[リィン] この空いっぱいに広がった雲焼を見て、何も感じないのかな?

[リィン] この大地に生きているのではないの?

[ニェン] 夕日を鑑賞するのは後にしろよ。

[ニェン] こんだけ苦労してシーを引っぱって会いに来たのは、オメーの詩を聞くためじゃねーんだからな。

[シー] ……

[リィン] ……久しぶりだね、ニェンちゃん、シーちゃん。

[リィン] それとそっちの人。

[リー] ……おれですかい?

[ニェン] ん? オメーはリーと知り合いか?

[リィン] いいや。

[リィン] ところで……

[リー?] ――

[リィン] こんな低俗なやり方、少しばかり品位に欠けるんじゃない?

[リー?] ……さすが、お前は欺けないな。

[リー?] 一瞬で見破られるとは思ってもみなかったよ。

[リィン] 君が歩いたのは、いったい誰の道だと思っているのかな?

[リー?] ……私とて本気でお前を騙せるとは思っていないさ。

[リー?] それに彼が白昼夢を見ただけだ。自分が私であるという夢をね。

[リー?] この芸も、お前から学んだものだろう?

[リィン] 私は目醒めても変わらず私であり、蝶は夢でもやはり蝶なんだ。

[リィン] だが彼が目覚めた時、まだ彼でいられるのかな?

[リー?] さあな。

[リィン] これは君が勝手に決めていいことではないよ。

[リー?] 随分と遠慮がないな、リィン。

[リィン] もし君がそこまで自信があるなら、一番上の兄さんに当たればいいんじゃない? 只人(ただびと)を弄ぶんじゃなくてね。

[リー?] 道が違えば、声も届かぬ。

[リィン] ん? それって君と私の道が同じってこと? 知らなかったよ。

[リー?] かつて酒を酌み交わした日々がありありと浮かぶというのに、お前はなんと薄情な奴だろうね。

[リー?] それもそうか、お前は捨てたんだしな。私が送ったあの酒杯を。

[リィン] ……そんなことないよ。ただ月に向かって詩を詠んでいたときにねついうっかり落としてしまったんだ。

[リィン] 失望したのは私の方だよ。君が私に酒杯をくれた時にはもう、とうに石を……一手打っていたんだね。

[リー?] ふっ……はは……

[リィン] 何が可笑しいの?

[リー?] 可笑しいさ。私はニェンの身の程知らずを、シーの臆病を、お前の無関心を笑う。そして、変わらずうぬぼれた私自身を笑う。

[リィン] ……君は……

[リィン] 本当に取って代わるつもりなの?

[リィン] ……

[リー] ん? あれ、おれがどうしました? なぜそんな目でおれを見てるんです?

[リィン] ……いや、つまらない芸を見破っただけさ。

[リィン] 君らはどうして私を探しているの?

[ニェン] 単にリィン姉に会いたかったって理由じゃダメか?

[シー] ……あんたは眠れたの?

[リィン] うん?

[シー] 眠れたのって聞いてるの。

[シー] どうやって――

[リィン] ……酔ったら眠るものでしょう。

[リィン] 何か問題でも?

[シー] ……

[ニェン] ……

[シー] どうやって?

[リィン] どうやってって聞かれても……あっ、なるほど。

[リィン] ……シーちゃんは眠れないのか、可哀想に。

[リィン] 悪夢を見るのが怖い?

[シー] ……あれを悪夢と呼べるならね。

[リィン] ……うむ……二人と最後に会ってから随分久しいね。

[リィン] 君はそんなことで悩んでいたんだね。絵は? 君の絵じゃその夢を受け止めきれない?

[リィン] いや……ようやく絵は皆偽りであると気付き始めたのかな?

[シー] あんた……

[シー] ……! ちょっと、私の絵を勝手にいじらないで!

[ニェン] 山の下にいたあの一般人たちも、ここに収められてるんだろ。

[リィン] なんだ……古拙なる山々、老い枯れたる川、心は灰のごとし。

[リィン] つまらないね。

[墨魎] ガッ……?

[リィン] だけどこの可愛い落描きは、相変わらず面白いね。

[リィン] この子たちには何か食べさせているのかな?

[ニェン] 私たちが何しに来たかわかってんだろ。

[リィン] ……ニェンちゃん。

[リィン] 君の考えでは、私たちは最終的にどうなるの?

[シー] ……

[ニェン] オメーらそんな目で見てくんなよ。考えてんだろ……

[ニェン] ……だけどよ、今はまだわかんねーんだ。

[リィン] わからないか……うむ……わからない。

[リィン] 最善の答えではないね。

[リィン] シーちゃん、さっきの絵は死物ばかりで守りに入っているのがよく分かる。今一歩、趣に欠けている絵だから、残さない方がいい。

[シー] ……あんたにあれこれ言われる筋合いはない。

[リィン] 一番初めに皆に名前を付けてくれた彼女が、君たちにどんな期待を抱いていたかを、忘れないようにね。

[シー] ……昔の話よ。

[ズオ・ラウ] あなた方は今……

[リィン] 何でもないさ。ほんの一瞬浮世を逃れて、俗世から離れていただけなのさ。

[リィン] 私に渡すよう太傅から言われているものがあるんじゃない?

[ズオ・ラウ] ……それとこれとは別の話です。親書を読んだら、おとなしく司歳台と来てもらいますよ。

[リィン] 彼を探すためかな。あの……囲碁バカを。

[ズオ・ラウ] ……そうです。

[ズオ・ラウ] こちらを。

[リィン] うん? 手紙?

[リィン] 貴君の言う太傅の親書って……いや。

[リィン] この筆跡は……あの人だね……

[リィン] 太傅は真面目な人だから、親書を書くのにこんな草書を用いることはないはず……彼から何か言われてない?

[ズオ・ラウ] 私はただそれを届ける任を負っただけです。

[リィン] 朝廷からの手紙か……久しぶりだね。

[リィン] ……ふふっ。

[ニェン] 私らに宛てたものか? 一体いつから人の肝はそんなに据わったんだよ。度胸があんのは真龍と周りにいる少数の奴らだけだと思っていたぜ。

[リィン] 中身を見てみなよ。

[ニェン] ん?

三を過ぎることなし。

[ニェン] ……!

[リィン] ……三を過ぎることなし。

[ニェン] なるほどな、確かに「三を過ぎることなし」と言える。

[シー] コトダマ……? これ絶対にあの老いぼれ太傅が書いたものじゃないわ!

[ニェン] この字はジエの字に似ている、だが彼女はもう……まさか別の誰かが真似したのか? だがどうして太傅の「親書」になるんだ?

[リィン] ……あの囲碁バカの仕業だよ。どうやら閉じ込められてた間、彼は多くのことを「学んだ」みたいだね。

[リィン] 彼が勝手なことをすれば、炎国の怒りを買うかと思っていたけれど……結局この親書も、彼の一手なのかな? 太傅はどうして彼の代わりに手紙を送ったのか……

[シー] ちょっと……!

[リィン] いや、太傅が……白番なのか?

[シー] ちょっと! なにぶつぶつ言ってるのよ!

三人が言葉を失う。

果てしなく長い時間の中に存在してきた彼女たちでさえ、しばらくは何も言えなかった。

風が古より吹き、この時はすでにこの瞬間にあらず。

[シー] ……そ、そんなこと……

[シー] あ、ありえない……彼はそんなことまでできるの……?

[ニェン] 私に聞くなよ……

[ニェン] ただ……たとえただの影だったとしても……こうやって見つめられるのは気分が良くねーな。

[リィン] ……

[ニェン] シー、オメー怖いのか?

[シー] ……あんた無駄な思いつきは得意なんでしょ? 何か考えてよ。

[ニェン] おい、リィン姉。

[ニェン] 私らで――おい、何やってんだ?

[リィン] 急に思い出したんだ。前に酔いつぶれるときに、確かここにお酒を二つ……あったあった。

[リィン] ……湖松酒か。うーん……いい香りだね。

[シー] なに落ち着いちゃってんのよ、何か方法はないの!?

[リィン] 方法? 何の方法かな?

[シー] アレを何とかする方法よ――

[リィン] ――自分に対する方法を、私が教える必要あるの?

[シー] それは……

[ニェン] ……オメーは今回もまた高みの見物を決め込んだりしねーよな?

[リィン] そんなまさか。

[リィン] ……また会ったね。

[リィン] 今回は、私が君を夢見たのか、それとも君が私を夢見たのか。

[「歳相」] ……

リィンはその青い尾を振るって酒壺をつかみ、すべての元凶と思しき酒杯に酒を注いだ。

すうっと酒杯を天に向かって掲げる。

[リィン] 一杯飲むかい?

[リー?] やめておく。

[リー?] 残りの者たちも、席に着いてもらうとしよう。

[リー] ……! 今何が起きた?

[リー] ここはどこだ?

[クルース] この感覚、シーさんの絵の中にいた時と似てるよねぇ……

[ズオ・ラウ] それで……あなたは誰です?

幕のような闇夜。

一つの人影が、部屋の中で座っている。

彼の後ろには、書きかけの書画が掛かっている。

『天円地方』。

[リー?] 皆がもし暇なら……

[リー?] 私と一局どうだ?

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