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登臨意_WB-8_未曽有の一戦_戦闘前
迫る天災を防ぐため、玉門の軍民が心を一つにして最後の準備をする。城楼の下では、注目の中、ワイ・テンペイとチョンユエの三年遅れの勝負がようやく始まった。
[押される市民] っと。俺の荷物が! おい押さないでくれ!
[巡防営守備軍] 時間はまだ十分あります! 皆さん順番に避難してください。転倒しないよう、慌てずにお願いします。
[うろたえる子供] ママ、ママぁ……
[うろたえる子供] うぅ、怖いよ……
[落ち着こうとする女性] 怖くないわ、ママの手をしっかり握ってね。はぐれないようにね。
[うろたえる子供] ぼくたち、どこに行くの?
[落ち着こうとする女性] 私たちが住んでる場所はね、毎年何回か大きな風が吹くの。今回も同じよ。
[落ち着こうとする女性] 吹き飛ばされたくなかったら、ちゃんと隠れておくの。
轟音に伴って、とてつもなく大きな四角い影が玉門の城壁の外でせり上がる。影は徐々に伸びて、太陽を半分ほど隠した――
「玉門四衛」。それは「屏風衛」と呼ばれる四組の外付け可動式防護壁であった。土木天師が設計し、軍の冶造司(やぞうし)が築き上げた玉門防衛の要だ。
数百年の長きに渡って、玉門は炎国の防壁として辺境に睨みを利かせた。屏風衛はそんな玉門の防壁として、幾度となく砂漠の奥深くからやってくる砂塵や冬風、様々な源石砂嵐を受け止めてきた。
四衛傾かず、三風度らず。
[巡防営守備軍] うわ、でっけー……
[巡防営守備軍] 玉門に来て三年経ちますが、屏風衛が上がるのを見るのは初めてですよ。すげー。
[千人隊長] あまり驚くな。みっともない。
[千人隊長] 玉門の城壁は元々高く、それに加え壁の上には源石防御設備が一式備わっている。通常規模の天災ならば、屏風衛を起動する必要がない場合がほとんどだ。例外もあるっちゃあるがな。
[千人隊長] しかし、今回のように天災から避難させるために都市の半数の民を移動させるっつーのは、俺も入隊以来初めてだよ……
[巡防営守備軍] なら、この天災はどれだけの規模なんですか、屏風衛でも止められないんですか?
屏風衛の固定が完了し、壁は互いに隙間なく組み上がっていた。風すらも通らない。屏風衛が落とす影の中で、人々が長蛇の列をなしながら、ゆっくりと反対の方へ進む。
恐慌に陥りそうな瞬間もないではなかった。だが、何度となく玉門を守護してきた屏風衛の勇姿は、人心を安撫する力を持っていたのかもしれない。しばらくの混乱の後、人々は秩序を取り戻した。
長く塞外にあり、胡楊はとうに風砂に慣れている。
[千人隊長] どうした、ビビってんのか?
[巡防営守備軍] ……
[千人隊長] バカなこと考えてないで、持ち場を守れ。
[千人隊長] 山海衆どもがまだ都市に紛れ込んでやがるんだ。間の悪いことに玉門はちょうど人が溢れてて、思わぬ事態が起きやすい。あいつらに好き勝手させるな。しっかり目を光らせとけよ。
[千人隊長] 俺たちが民を守るんだ。
[龍門諜報員] 番頭さん、どうして避難しないんですか?
[龍門諜報員] 放送で何度も言ってますよ。もうすぐ天災が来るから、都市の東側の住民は今日の昼までに西の避難所に移動しなきゃダメだって。
[番頭] わかってるって。なぁに焦らずとも大丈夫だよ。天災雲はまだ遠くにあるから、荷物をまとめてからでも……
[番頭] おっ、あったあった。
[番頭] 店の設備なら多少壊れたとこで、仕方ないと諦めもつくがね。このレシピ本がなくなっちゃおしまいだ。失うわけにゃいかないんだよ。
[龍門諜報員] はぁ、もし番頭さんがツイてなくて、店が吹っ飛ばされたら、いっそ俺と一緒に龍門に行きましょうや。
[番頭] おい、縁起でもないこと言うな!
[龍門諜報員] っと、口が滑りました。すみません。
[龍門諜報員] ここ数日は番頭さんのお世話になりましたからね。その腕前なら、龍門でレストランを開いてもきっと繁盛するって言いたくてつい。
[番頭] そいつは無理だよ。
[番頭] うちの醤獣肉が食えなくなったら暴動が起きるぜ。
[龍門諜報員] 番頭さんは玉門の出身なんですか?
[番頭] いんや。
[番頭] 生まれは中原の方だよ。元々は龍門で生計を立ててたんだが、一度北の方も見に行ってみたいと思って、都市接続を機に玉門に来たんだ。
[番頭] そのあと財布をなくしたんで、ひとまずこの客桟で働くことにしたんだが、気付いたら自分が番頭になって何年も経ってたよ。
[番頭] まっ、さっきも言ったが建物は別に惜しくない……人が残ってる限り居場所はなくなんねぇからな。
[龍門諜報員] 確かにその通りですね。
[龍門諜報員] はぁ、荷物の整理、俺も手伝いますよ。
風はぱたりと止んでいた。
未だ遠く離れてはいたものの、暗くて不気味な気団は変わらずに空の半分近くを覆っている。
天災雲は動いていないように見えるが、気温は確実に上がっており、空気も乾いてきている。
風が吹けば、きっと抗う間もなく玉門は嵐の中に呑まれるだろう。そんな緊張感が広がっていた。
[リィン] ふう……
[リィン] ズオ将軍にも、我が長兄の試合を観戦する余裕があるとはね。
[ズオ将軍] 天災についての手配はすでに終えている。それよりも、本格的に嵐が訪れる前に、剣を託すにふさわしい相手かどうか宗師が確かめようというのだ。私が来ないわけにはいかん。
[ズオ将軍] とはいえ、個人的な思いを言うなら、このような方法で剣の持ち主を決めるのは、馬鹿げているな。
[リィン] 貴君は兄さんと数十年に渡って情誼を培ってきたのだろうし、公人の身分は別にしてさ、友人として選択を信じようと思わないの?
[ズオ将軍] ……友人。
[リィン] おう。
[ズオ将軍] 我々は共に戦地に赴いたが、生死を共にしたとは言えん。刀や砲火では傷つかぬ身で、戦友同士の絆を真に理解することはできるのか?
[ズオ将軍] 君たちは結局のところ、当事者ではない。盤面の外にいる者よ。
[リィン] ……
[リィン] 「当事者ではない」?
[リィン] 私は「逍遥」を身上としているからね。そう言われるのも構わないけれど、我が長兄に対しては、些か不公平な評ではないかな?
[ズオ将軍] 人と獣に別あり。これは古より不変である。
[ズオ将軍] リィン殿。君たちに対する我が朝廷の態度は、はっきりしているはずだ。
[ズオ将軍] もし制御できる者がいるのなら、君たちを炎国の槍の一つと数えてもいいだろう。だがもし渡り合える者がいないのであれば、むしろ君たちはいない方がよい。
[ズオ将軍] 私は彼に劣る。ゆえに彼を無条件に信じることはできないのだ。
[リィン] これは驚いた。ズオ将軍もそこまで正直に話してくれるんだね。
[リィン] しかし、私にはどうも行き過ぎた卑下に思えるよ……
ズオ・シュアンリャオは無言で都市の外の砂漠を見やる。城下の人影はまばらだ。荒涼とした絵巻に散った墨の飛沫のようだった。
寂寥とした光景がそこにはあった。
[リィン] 昨日のことのように感じるよ。
[リィン] 戦と戦の間の束の間のひと時に、私たちはかつて四方を巡って猟をした。酒を飲み、高らかに歌った。玉門はいまだ玉門である。それなのに何故、平祟侯は何事かを憂いて髪を白くしてしまったの?
[リィン] あの二人の姿に、崢嶸(そうこう)たる歳月を思い出すことはない?
[リィン] 人と獣に別ありと言ったね。ちょうど今この瞬間、その越えられない壁に挑まんとする者がいるんだ。こんな戦いを見ても、胸のうちが沸き返らないの?
[ズオ将軍] ……
[リィン] 不機嫌な顔はやめようか。
[リィン] 一杯どう? どちらが勝つか賭けようよ。
[ワイ・テンペイ] うむ、うむ、良いな。
[ワイ・テンペイ] ようやく、戦いに応じてくれるか。
[チョンユエ] 随分と待たせたな、すまない。
[ワイ・テンペイ] たった三年だ。そこまで長くはない。もしまだやり終えてないことがあれば、もう少し待ってやってもいいぞ。
三年前
[ワイ・テンペイ] やめだやめだ。
[チョンユエ] ……
[チョンユエ] まだ一合交えただけだが。
[ワイ・テンペイ] 十分だ。
[ワイ・テンペイ] 今の応酬の中で、三度拳を交わした。俺とお前の力量を考えれば、本来このようにどちらも無事であるはずがない。
[ワイ・テンペイ] お前は力を抑えていた。そのせいで俺も全力を出すことができていない。
[ワイ・テンペイ] これじゃ意味がない。快い勝負と言えん。
[チョンユエ] 武を比べ、技を験する試し合いは、寸止めが基本だ。
[ワイ・テンペイ] いつ試し合いだと言った。何が寸止めだ! やるなら全力でやれ!
[ワイ・テンペイ] 武術とは、例外なく殺しの術であり、命の奪い合いの中で形成されたものだ。お前のその言葉、玉門比武台番付一位の言葉とは思えん。
[チョンユエ] その言葉に理はある。だが……
[ワイ・テンペイ] まあいい。責務を負っているのは知っている。本気で戦うのには支障があるのだろう。
[ワイ・テンペイ] いつ退任するんだ? 続きはその時まで待つ。
[チョンユエ] どれほど先になることやらな。
[ワイ・テンペイ] 具体的に言え。
[チョンユエ] ……短ければ三から五年、長くて十数年だ。
[ワイ・テンペイ] いいだろう、待つ。
[ワイ・テンペイ] どうせお前は玉門にいるんだ。逃げられる恐れない。
[チョンユエ] 為すべきことに終わりはない。あの時に約した一戦は、今この時この場で行うのが好いだろう。
[チョンユエ] これに関しては少々私の方の事情もあってな、貴公に話しておかねばならない。
[ワイ・テンペイ] ん?
[チョンユエ] かつて三軍が遠征する際には、先鋒を務める将校が練武場にて演武を行うことで、士気を鼓舞するという伝統があった。
[チョンユエ] 今、玉門は天災を迎え撃とうとしている。貴公と私の一戦を、全都市の将士に向けた戦いの前の激励としたい。
[ワイ・テンペイ] 別になんでもいい。お前が玉門中の人々の前で俺に倒されて、面子が潰れるのを気にしないのならな。
[チョンユエ] はは……
[チョンユエ] しかし、面白いな。もう長いこと、貴公のように私へ挑んでくる者はいなかった。
[ワイ・テンペイ] もう長いこと、お前のように俺が挑むに値する奴はいなかった。
[ワイ・テンペイ] 全力だな?
[チョンユエ] 当然。
[ワイ・テンペイ] 勝敗は己次第。
[チョンユエ] 生死は、天命にあり。
[ドゥ] どんな感じ? 始まった!?
[ワイフー] ドゥさん、傷がまだ治ってないんですよ。どうして動き回ってるんですか?
[ドゥ] ふん。甘く見ないでよね。あたしだってそれなりに鍛えてるのよ、そこまでひ弱な体してないわよ。
[ドゥ] それに、傷は後でも治せるけど、こんなレベルの戦い見逃したら、次はないじゃない!
[ワイフー] 大げさですよ。そんな大したものではないと思いますけどね……
[ドゥ] あのフェリーンのおじさんって、あんたが言ってた無責任な父親なんでしょ?
[ドゥ] さすがは親子ね、ほんとそっくり。
[ワイフー] どこがですか?
[ドゥ] 戦う前の気迫。
[ドゥ] すごいわね、相手を食っちゃいそうな感じ。
[ワイフー] ふんっ……
[ドゥ] でも噂じゃ宗師の実力は桁違いのレベルらしいわよ。ここ数年は本気を出したことがほとんどないんだって。もっとすごいのだと、現存する武術の半分は宗師が発明したって話もあるくらい。
[ドゥ] あんたの父親の方も、昨日の夜に例の根性が悪い女をやっつけたんでしょ?
[ドゥ] どっちが勝つと思う?
[ワイフー] ……
[ドゥ] 愚問だったかしらね。自分の父親に勝ってほしいと思うのは当然だもの。
[ワイフー] 彼の勝ち負けは、彼の自身の問題です。私には関係ありません。
[ワイフー] 私は、自分と彼には一体どれほどの差があるのかをこの目で確認したいだけです。
[リー] おやリャン様……
[リー] こんな腕力沙汰の荒っぽいところに、リャン様も野次馬しに来るなんてねぇ。
[リャン・シュン] 友人として、見に来るべきものだ。
[リャン・シュン] 「大地に名を轟かせる」と言っていたが、今回のこれで彼の目標が達せられたと言えるのだろうか。
[リー] ちーと見回して、どれだけの連中が目を皿のようにしてこの戦いに噛り付いてるか見てみろよ。どっちが勝とうが、江湖にゃまた一つの美談が増えるこったろうさ。
[リー] 一つの事に己をぜーんぶ注ぎ込んじまった馬鹿野郎は、他人に自分の名を知らせる前にな、まず「自分自身に」納得いく結論を与えてやんなきゃならんのよ。
[リャン・シュン] 誰もがそうだろう。我々は皆、己が得心のいく結果を出さねばならない。
[リャン・シュン] 君はこのところ……
[リー] 元々はワイを探しに来ただけだったんだが、また面倒事に巻き込まれてね。
[リー] そんで、まあ探偵の本業に戻って聞き込みをしたら、お前の計画は大方想像がついたよ。
[リャン・シュン] 面倒事がいつも君を訪ねていくのも、何か原因があるのかもしれないな。
[リー] 兄貴ってのは、弟分たちの心配はせにゃならんもんだろ。
[リャン・シュン] それで、成果は一体どんなものだったんだ?
[リー] 宗師はリィンさんのお兄さんだ。このことは玉門でも知ってる人間が限られてる。むしろ、秘密って方が近い。そうだな?
[リャン・シュン] ああ……
[リー] 宗師が失ったあの剣な。取り戻すのは無論目下の急務ってやつだが、より厄介なのは剣が戻った後にどう処理するかだ。
[リー] リャン様はあの剣を玉門に残しておきたくなかった。それが司歳台の考えか、それとも玉門参知としてのお前自身の考えかは分からんが、結論は変わらない。だがあの平祟侯は手放そうとしなかった。
[リー] だからお前は、あの剣を玉門から持ち出すことができ、かつ双方を納得させられる人物を必要としたんだ。
[リー] 幸か不幸かお前には、べらぼうに腕の立つ義兄弟がいた。しかもそいつは折よくこの玉門にいるときた。
[リー] ワイを今回の件にしっかり巻き込むために、あの日勢いに乗じて、剣を盗んだあの娘っ子を例の医館に誘導したんだろうな。
[リャン・シュン] ……
[リー] 尚蜀んときも、今回も。毎度毎度、昔馴染みに問題解決を押し付けるなんて、ちーとばかり怠けすぎやしないか? リャン様。
[リャン・シュン] 友人が多くないものでな。
[リー] 一つ疑問があるんだが。
[リー] 今回、お前はどの時点でワイ・テンペイを巻き込むのに決めたんだ?
[リャン・シュン] ……
[リー] まあいいさ。おれに言うことでもない。
[リー] はぁ……
[リー] お前がどれだけ頭を働かせようと、最強に挑み、最強になるのがあいつの願いだ。お前が事を煽っていたと後から知ったとしても、むしろ感謝するかもな。
[リャン・シュン] 私たちは皆、理想に向かって動くものだ。たとえ世事というのは、あまり望み通りにいかなくてもな。
[リー] 何年も経った今となっちゃ、あいつこそが初心や理想ってのに最も近いまま居続けてる奴なのかもしれないな。
[リー] 「生涯を用いて一つのことを成す」、口にするのは簡単さ……
[録武官] まさかワイさんが、怪我を負ったまま約束の場に来るとは……
[チュー・バイ] 彼のような人は、あの程度の怪我はおろか、瀕死の状態であっても、必ずこの戦いに来るでしょう。それで死ぬのであれば、本望という類です。
[録武官] 時折先生が話してくれたので、ワイさんと先生が戦いの約束を交わしていたのも知っています。実は先生も、ワイさんに劣らないほど楽しみにされていました。
[チュー・バイ] 武の道に生きる者であれば、戦いができる相手を望まない者などいません。
[チュー・バイ] これも一種の執念と言えます。理解の範疇を超えたものですから、あなたがわからないのも当然です。
[録武官] 姉弟子が先生のおそばにいるのも、それと同じ道理なのでしょうね……
[チュー・バイ] あなたのことを鈍いと言うべきか、賢いと言うべきか。
[録武官] ……
[録武官] では姉弟子、私は先に下りて見てきます。
[チュー・バイ] ええ。この二人はいずれも武を体現するほどの使い手です。彼らの戦いは恐らくその録武簿の大半の記録を覆すことになるでしょう。
[録武官] 可能な限り、詳細かつ正確に書き残します。
[チュー・バイ] ……あまり近付きすぎないように。怪我をしますから。
[録武官] はい、姉弟子。
半日前
[チュー・バイ] 今日にしましょう。
[チョンユエ] ……
[チョンユエ] 準備ができたのか?
[チュー・バイ] 老兵たちから聞きました。玉門はこれまで百度は下らない災いに遭遇してきましたが、これほど大規模な布陣による迎撃戦は行ったことがないと。
[チュー・バイ] 今回の天災に関しては結果がどうなるか、あなたにもわからないのですよね?
[チョンユエ] 見た目よりも複雑な状況だからな。
姜斉から玉門に来るまでの間、自分はどれだけ危険な経験をし、そして何度命を落としかけた?
だが荒野に屍をさらすこともなく、山海衆のような悪党に成り果てることもなかった。
自分を支えているのは何か?
[チュー・バイ] 玉門での暮らしも長くなりました。皆さんにも大変お世話になりましたから、私も一肌脱ぐべきでしょう。
[チュー・バイ] しかしその前に、自分にけじめをつけなければなりません。
[チュー・バイ] 私がその気なら、いつでも付き合うと言う話でしたよね。
[チョンユエ] ああ、これ以上の言葉は不要だ。
[チョンユエ] 準備ができたなら、剣を抜け。
[チュー・バイ] ……
剣客は一歩後ろに引くと、精神を研ぎ澄ませ、剣を構えた。
目の前の相手は自分のあらゆる技を知り尽くしている。
世に言う。仇があらば仇で報いるに終わりなしと。
この言葉は、動かしがたい真理を説いているというよりも、むしろ一種の結果を表しているものだ。
かつて、どれだけの人々が水寨で、川底に葬られたことだろう。道理に則るのであれば、それらの人々の縁者も、父に復讐を求めることができるのではないか?
私は仇を追ってここまで来た。目の前のこの人を殺したとして、それが正しいものであるなら、私の方は、一体どれだけの「復讐」を向けられるべきなのだろう?
仇あれば仇で報い、血は血でもって償われる。殺戮は異なる者たちの間で同じように繰り返され、それに終わりはない。
この先、人生という道を歩むにあたって私を支えていくものは、恨みであるべきだろうか?
この問いをどれほど考えた? 目の前のこの人のそばで、彼が見てきたものを見てきたこの五年か?
いや、もっと長い。
姜斉に生まれ、玉門に来るまでに、この手で握った剣はとうに血で染まった。己が喪わせた者たちの是非善悪をどう判断すればいい?
まさにその問いがあったからこそ、私は玉門にやってきた。仇を討つために、そして剣に問うために。
討つべき仇を討ち、解くべき惑いを解く。
キレよく繰り出された剣が届く前に、それは不意に収められた。
長剣が手から抜け、少し離れた水路に落ちる。並んだ羽獣が一驚して飛び立ったあと高らかに鳴き、しばらく経ってようやく散った。
稽古の時や敵を迎え撃つ時のような思い切りの良さや、美しい剣筋などとはほど遠く、力を収める際の勢いに彼女は危うく負傷するところだった。
しかし剣客の表情は、晴れ晴れとしていた。
[チュー・バイ] これでいい。
[チュー・バイ] 復讐の剣は抜かれ、その剣はあなたを殺せなかった。
[チョンユエ] ……ああ。
[チュー・バイ] しかし、私はあなたを殺せないから復讐の念を捨てたわけではありません。
[チュー・バイ] 「恨み」など、私が剣を抜くに値しないものであるだけです。
この答えはいつ得たのだろう?
[チョンユエ] 貴公の歩法を見るに、この三年でまた随分と腕を上げたようだ。
[チョンユエ] 私たちは……
[ワイ・テンペイ] これでは話しすぎだ。
[チョンユエ] 私はただ……
チョンユエは残りの言葉を飲み込んだ。
相手は手負いの状態で勝負に臨んでいる。言葉を交わせば、呼吸を整える時間を与えてやれる。
そう考えるのと同時に気付く。このような気遣いは目の前の人物からすれば、侮辱にしかならないと。
この世には、天秤がぴたりと釣り合う公平な戦いなどないのだ。
雑念を捨て、勝利を求める心を抱き、持てる限りの力を出す。これこそが戦いにおける「公平」だ。
[チョンユエ] 始めるとしよう。
ワイ・テンペイは拳を握り締める。ごつごつした手の平の筋一本一本が感じ取れた。
それは鍛錬が残した証しだ。四十年積み重ねた、己の武の重みと自信だ。
彼はこの一戦のために玉門で三年待った。しかしこの一戦のための準備は、彼が武を学び始めたその日からすでに始まっていたのだ。
武者高きに登り、まさに絶頂を凌ぐべし。
万籟声無く、風停まり雲遏(とど)まる。
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