aklib_story_シラクザーノ_IS-ST-4_縫合

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シラクザーノ_IS-ST-4_縫合

文明と荒野の衝突に終わりはない。


[リュドミラ] ッ……尻尾が濡れた。

[リュドミラ] 相変わらずだな、この街は。この薄汚れた通りも、ウザったい雨も……

[リュドミラ] なぜだか、人の命すら奪いかねないあのウルサスの雪よりも、ここの雨のほうが不愉快に感じる。

[リュドミラ] 先生の家にドライヤーがあればいいんだが……

師の家はこの路地の突き当りにある。――あの当時、クラウンスレイヤーは怒りを抱いてこの場を去った。彼女を覆う暗雲へ復讐するに十分な強さを持っていることを示すために。

そして今、リュドミラは再び帰ってきた。その努力が暗い空へと風穴をあけられたかどうかは、彼女自身確証が持てないまま。

実のところ、何一つ変えられなかったのかもしれないし、より大きな災いの共犯者になっただけなのかもしれない。

それでも幸い、リュドミラはまだここに戻ることができた。先生ならきっと次にどうすべきか教えてくれると、彼女は思っていた。

その時、突然悪寒が走った。

リュドミラは初め、それが師と再び向き合うことへの緊張から来るものだと思ったが――

すぐに、自分が間違っていたことに気が付いた。

身体が震えて止まらない。

[リュドミラ] 先生!!

濃い血のにおいが鼻をつく。

師は仰向けに倒れこみ、その血液はなおも流れ出している。

一本のナイフがその場に落ちていた。

リュドミラは、血を流し続ける傷口を押さえるべく師に近付きたいと思ったが、一歩たりとも動けずにいた。目を逸らすことすらできないのだ。

彼女のよく知る、それでいて恐れを感じる気配が影から現れた。

赤い服を纏った、灰色の髪の狼が。

[???] 真狼、死んだ。レッド、オバアサンの言う通りにした。

[リュドミラ] ……お前が、やったのか……

[リュドミラ] なんてことを……

[レッド] レッドはウルフハンターだ。オバアサンの言う通りに、やる。

[レッド] 真狼、死んだ。抵抗、しなかった。

[リュドミラ] 貴様……!!

[リュドミラ] 殺してやる!

[レッド] んん……レッド、ケルシーと約束した。オオカミだけ殺すと。オマエはオオカミじゃない。

[レッド] そうか。あれはオマエのケルシーか? 道理で、オマエの身体、オオカミの匂いする。

[リュドミラ] はぁ……はぁっ……どう見ても先生はもう戦えなかっただろう! それなのになぜ……!!

[レッド] オバアサンが言った。それが、ゲームのルール。

[レッド] 真狼、退場した。

[レッド] レッド、もう行く。まだ、ほかのオオカミ、探す。奴らは、近くにいる。

[レッド] (匂いを嗅ぐ)

[レッド] だけど、もう一匹、退場した。レッドより、速く動いた奴がいた?

[リュドミラ] 待て!

赤い服を纏った狼はリュドミラの呼びかけに応えず、支離滅裂な歌を口ずさみながら、軽快な足取りで彼女の横を通り過ぎた。

リュドミラが伸ばした手が止まる。

彼女はふと、かつて師に言われた言葉を思い出していた。

「私の教え子となることが、何を意味するかわかっているの?」

「この身体はもう不自由で大して役に立たないけれど、それでも私の教え子に――私の道具になってくれるつもり?」

「私たちはお互い、後悔することになるわよ。」

リュドミラは床へとくずおれた。

[リュドミラ] 「殉難者の苦しみを呑みこみ」……

[感激する観客] いやあ、すばらしかった! カタリナ女史が長い時間をかけて仕上げただけのことはあるな!

[感激する観客] あの最後には驚いたよ。劇中のチェリーニアは完璧なシラクーザ人として描かれてきたが、それがすべてのシラクーザ人によって作り上げられた幻想だったとは!

[感激する観客] しかし、彼女には噂に名高き完璧なイメージがあるからこそ、それを共通認識が成す想像として解釈するのは理にかなっている……

[感激する観客] 彼女は実在していない、と指摘するあのラストシーンには本当に衝撃を受けたよ。

[感激する観客] なんとも味わい深い結末だったな……

[感激する観客] 少し前のラジオの件とその後の混乱で、ウォルシーニはこのまま終わるのかとすら思っていたが……

[感激する観客] あれを経た今もなお、こんなにも優れた作品を目にすることができるとは。いやはや、人生というのはやはり価値あるものだなあ!

[興奮する観客] まったくもってその通りだ。

[興奮する観客] あの時は、何もかも終わりだと覚悟したが……

[興奮する観客] まさか、こんな結末を迎えるとはな。

[興奮する観客] そういえば君は、新都市に引っ越すつもりはないのか?

[感激する観客] 状況を見つつ決めるつもりだよ。新都市でカタリナ女史の作品を観られるようならまず間違いなく引っ越すがね。

[感激する観客] 何しろ……ファミリーが存在しない都市など、考えたこともなかったからな。

[興奮する観客] そういえば、聞いた話によると……

[興奮する観客] カタリナ女史が新しい作品に着手したそうだぞ。

[感激する観客] 新しい作品?

[興奮する観客] そう。タイトルだけでも惹きつけられる一作だよ。

[興奮する観客] その名は――『シラクザーノ』だ。

ざく、ざくと墓所に音が響く。

レオントゥッツォが懸命に墓を掘る音だ。

そばには一つの棺があり、その中には彼の父――ベルナルドが眠っている。

今日はベッローネのドンだったベルナルドの葬式だ。

十二家に名を連ねるかのファミリーの首領たる彼の葬儀には、墓所を埋め尽くすほどの参列者が訪れうるはずだった。

しかし、ファミリーを、都市を、時代を裏切った者の葬儀に参列者など居はしない。

レオントゥッツォは、ラヴィニアたちの参列をも謝絶していた。

これは父との最後の別れなのだ。

[レオントゥッツォ] 後世の人間たちは、親父をどう評するんだろうな。

[レオントゥッツォ] 新時代の先駆者か、あるいは旧時代への反逆者か……

[レオントゥッツォ] 恐らくそれは、この先俺が出す結果次第なんだろうな。ははっ……

[レオントゥッツォ] ……本当に、難題を吹っ掛けてくれたもんだ。

[レオントゥッツォ] とはいえ、それを受け止められる俺も、さすがはあんたの息子ってところか。

掘り進めていく間、彼は父がまだ生きているかのように、明るく話をし続けた。

ほかにどうすればいいか、わからなかったのだ。

[レオントゥッツォ] そういえば、ミズ・シチリアが俺の要求に同意してくれたんだ。

[レオントゥッツォ] これで新都市にファミリーが入ってくることはない。

[レオントゥッツォ] 親父の夢も、一部は実現したようなものだろう。

[レオントゥッツォ] ……ミズ・シチリアと話してみて、ようやくわかったことがある。

[レオントゥッツォ] あの人は……自分が死ぬ時、シラクーザを道連れにしても構わないと思っているんだ。

[レオントゥッツォ] 自分が生きている間しかシラクーザの平和を維持できない、という事実については何とも思っていないし……あの人からすれば、この国に未来なんて必要ないんだろうな。

[レオントゥッツォ] なんていうか……ミズ・シチリアは、統治者というより旧時代の番人に近い。

[レオントゥッツォ] あの人がチャンスをくれたのは、俺の答えを聞いて、試してみてもいいと思ったから……ただのそれだけなんだろう。

[レオントゥッツォ] 本当に恐ろしい人だ。

[レオントゥッツォ] ……ああ、半日は掘り続けることになると思ったが、案外簡単だったな。

墓穴はすでに十分な深さになっていて、あとは棺を埋めるだけだ。

レオントゥッツォは棺へ近付き、しばし躊躇い……そうしてついに手を伸ばした。

その棺はとても重たく、押すのは相当難しい。

しかし、彼が足掻いていたその時、ふとそれを手伝ってくれる誰かの力添えを感じた。

隣を見やると、そこにいたのはディミトリだった。

[レオントゥッツォ] ディミトリ、お前……

彼は何も言わず、上着のポケットから銀色に光る何かを出して、墓穴へと投げ入れる。

それは一つの懐中時計だった。

ドン……あの人が昔くれた懐中時計だ。

これで、元の持ち主のところに戻った。

......

レオントゥッツォ。お前は俺に詫びてきたが……

俺がお前を許しても、この騒動の中死んでいった兄弟たちはお前を許しはしないだろう。

ベッローネファミリーがなくなっても、俺はあいつらを忘れない。

……聞いた話では、新しいファミリーを作るつもりらしいな。

ああ。生き延びた連中のほとんどは去っていったが、残ってくれた奴らに居場所を作ってやらないと。

たとえ、お前からすれば時代遅れのことだとしても、な。

……それもまたいいだろうさ。

――お前が行くのはイバラの道だぞ。

わかっている。

時が来たら、俺はお前の行く先に立ちはだかることになる。

それも、わかっている。

……勝手に死ぬんじゃないぞ。

雨音がうるさく響く中、それでもその言葉の終わりに、小さく「レオン」と呼ぶ声が聞こえた。

[レオントゥッツォ] お前もな、ディーマ。

彼は顔を上げ、頬に当たるままの雨粒を受けた。

[ラヴィニア] ……

[ラヴィニア] ここにある家具のほとんどは、使い道がなくなるのね。

[レオントゥッツォ] ベッローネファミリーがなくなった以上はな。

[レオントゥッツォ] 構成員の大多数はここを去っていった。……誰にとっても、ドンの裏切りを受け入れることは難しいんだろう。

[ラヴィニア] マフィアの頂点に立ったも同然のベルナルドが、そのマフィアの存在自体を否定したんだもの。

[レオントゥッツォ] それと同時に、俺たちが宝とみなしていた多くのものまで否定したことになるしな。

[レオントゥッツォ] 名誉や信頼、忠誠やファミリーへの献身……

[レオントゥッツォ] 親父は、構成員の一人一人にこうしたルールを順守するよう教えていたが……結局のところ、自分でそれを信じたことなどなかったんだろうか。

[ラヴィニア] ……私にはわからないわ。

[ラヴィニア] この数日、何度となく考えていたの。本当のベルナルド・ベッローネに触れたことなんてあったのかしら、って……

[ラヴィニア] デッラルバ劇団の芸術監督も、ベッローネファミリーの思慮深きドンも仮の姿だったのなら……

[ラヴィニア] 昔理想を語ってくれた時の、笑顔で両目を輝かせているベルナルドも同じく仮の姿だったんじゃないか、って。

[ラヴィニア] だけど、今となっては、それ自体はそこまで重要じゃないのよ。

[ラヴィニア] あなたとあの人は、一緒にあの新都市を真の意味で誕生させたんだから。

[レオントゥッツォ] そうかもな。

[ラヴィニア] ……

[レオントゥッツォ] もうすぐ、荷運び用の車が来るぞ。

[ラヴィニア] ……ええ、わかってる。

[ラヴィニア] レオン……このすべては、決して無駄なんかじゃないわ。

[レオントゥッツォ] 知っているさ。

[レオントゥッツォ] 俺たちは新市街……いや、今は新都市となったあの場所で築き上げていくんだ。

[レオントゥッツォ] 今までのシラクーザにはなかった、新しい――

[レオントゥッツォ] 一人一人の秩序をな。

レオントゥッツォがラヴィニアのほうを見る。その目は決意に輝いていた。

――そこで歩み続けるは文明だ。

狼たちは皆、生まれ落ちたその時から、己が存在が荒野の象徴であることを知っている。

長い歳月と数え切れないほどの殺し合いを経たのちに、彼らは今のようなゲーム形式で狼のボスを決めることにした。

ザーロにとって、今回の手痛い敗北は紛れもなく恥そのものだ。

しかし、彼らの命に終わりはない。

次のゲームが始まれば、彼はすぐさま再起を遂げるだろう。

そのために、彼はすでに候補者を探し始めていた。

そしてすぐ、ウォルシーニを離れ荒野を行くラップランドを見つけたのだ。

しかし――

[ラップランド] はぁ……はぁっ……

[ラップランド] 休憩は、十分かな……ザーロ。

[ザーロ] ……

ザーロとラップランドは三か月の間、荒野で戦っていた。

その間に、この狂人の首を咬みちぎるチャンスなどザーロには無数に存在した。

彼女が本当に勝つことなど決してありえないことなのだ。

けれども、彼は次第に理解しつつあった。目の前の彼女に勝つことなど絶対にできないのは、自分のほうだということを。

彼女の血肉はいかなる思想も育まず、彼女の首を以て勝利を宣言することもできず、その死には何の意味もない。

ラップランドは、満たされた抜け殻なのだ。

彼女もまた荒野なのかといえば――

否、彼女は荒廃そのものだ。

彼は瞬時に理解した。ベルナルドの裏切りが理解可能な範囲での予想外であるとすれば、目の前の存在は彼の理解を超越するものだということを。

否、以前にもこうした人間を見たことはあった。彼女は決して唯一無二の存在ではないのだ。

しかしながら、この唯一無二の瞬間に、彼の目の前に現れたのは彼女だけだった。

ある種の予兆が――

ある種の直感があった。

それゆえ、荒野の化身は何千年来で初めて――そして最後になるかもしれない行動を取った。一人の人間に対して、その身を伏せたのだ。

未知を前にした彼は、尊厳を手放すことを選んだ。

[ラップランド] あれ、もう終わり?

[ザーロ] この戦いは何千年と続くことだろう。

[ザーロ] 勝負が決するまでは、お前と共に歩もう。

[ラップランド] そう、じゃあ勝手にしたら。

ラップランドが力なく武器を取り落とす。その身体は、すでに感覚を失っていた。

彼女が倒れこむ前にザーロが近付いて、当然のようにその身体で彼女を支える。

[ラップランド] テキサス……ボクたちは、シラクーザを破壊するために別々の道を選んだ。

[ラップランド] 次に会う時を楽しみにしてるよ。

彼女は目を閉じ、深い眠りに落ちていった。

広大な荒れ地にはほかに何もない。しばしの間、天と地の間には、一人と一匹しかいないかのようだった。

――そこに在り続けるは荒野だ。

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