aklib_story_将進酒_IW-3_光と影_戦闘後

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将進酒_IW-3_光と影_戦闘後

ドゥとテイの親子間の対立が勃発し、船頭のシェンはリーと共にあちこちを探し回る。タイホーはリャンを探りにやってきて、ニンと謎の山の担夫も、この件に関わり始める。


昼、晴れ。前日あれほど嵐がきそうな空模様であったのが、まるで嘘のようにうららかな天気だった。

尚蜀三山十七峰、その第二に位置するのは居奇山(きょきさん)である。居奇山には二つの峰があり、そのうち低い方を泥泥峰(でいでいほう)と呼ぶ。

この泥泥峰には、ちょうど二千二百二十二段の階段があった。元はこんなキリの良い数ではなかったが、話題作りのためにわざわざ後で作り足したのだ。

階段は天へと向かい、雲を突き抜け霧を渡る。上へ行くほどに観光客は減り、人影は薄くなって、ただ青山が残る。

まばらに見える人影は、見渡すといずれも荷担ぎを生業とする担夫(たんぷ)である。

[茶館で休んでいる人] 天岳(てんがく)にはかなわないが、本当に高い山だな。

[茶館で休んでいる人] こんな舗装もできない山の中腹に、どうやって茶館や東家なんて建てるんだろうな?

[茶館の観光客] どうやってって、人力でに決まってるじゃない。

[茶館の観光客] さっき登ってくる時、山を下りてく担夫を見たでしょ? あの人たちが毎日往復して、食べ物や飲み物から、レンガや瓦なんかまで全部運んじゃうのよ。

[茶館の観光客] 聞いた話だと一往復するにもすごく時間がかかって、とても大変らしいわよ。いまだに辺ぴな山だと担夫がいないとダメなんだって……

[茶館で休んでいる人] 索道を引いたり、重機で吊り上げたりできないのか?

[茶館の観光客] それをするにも、まずは基地になる場所が必要でしょ? 山の中にどうやってそんなもの持ち込むのよ。

[茶館で休んでいる人] そりゃそうか……担夫ってのはすげぇんだな。

[茶館で休んでいる人] きっと儲かるんだろうな?

[茶館の観光客] 昔はそうでもなかったみたいよ。でも最近ニュースで見たけど、尚蜀知府が労働者をすごく重視してて、こういう茶館のお茶も政府がお金を出して無料で提供してるんだって……ん?

[山の担夫] ……すまん、どいてくれ。

[山の担夫] 正午茶をくれ。

[茶館の店員] はいよ、シャンの旦那。

[茶館の店員] 最近はどうだい? ここ数日見てなかったが……

[山の担夫] ぼちぼちだな。

[茶館の店員] 何をしに行ってたんだい?

[山の担夫] 息子に会いにな。

[茶館の店員] あぁ……もうそんな時期だったのか……忙しくて忘れていたよ。

[茶館の店員] 声を掛けてくれてれば、俺たちもついていったのに。

[山の担夫] ……いや。

[山の担夫] あいつは静かな方が好きだからな。

[茶館の店員] はぁ、あれからもうこんなに経ったのか……あんたとは親しいから言わせてもらうが、怒らないでくれよ。

[茶館の店員] 人っていうのは前を向いてなきゃならん。

[山の担夫] ……テイ・チンユエの方に立って俺を説得するのか。

[茶館の店員] 当たり前だろ、この店はテイ番頭が資金を出しているんだ。

[山の担夫] 金をもらってるんなら、あんたを責められないな。

[茶館の店員] 半分は本心だけどな。

[山の担夫] ……なら半分は責めるか。

[茶館の店員] まぁよ、お前にはこれまでもさんざん言ってきたんだ。今更一回増えたとこで、何も変わらないだろう。

[茶館の店員] 茶でも飲んで、ゆっくりしていってくれ。

[山の担夫] ……

[茶館で休んでいる人] ……さっき山道で、あの人が下りてくの見なかったか?

[茶館の観光客] そ、そうよね? あれからまだそんなに経ってないでしょう? もう戻ってきたの?

[茶館の観光客] きっと途中で同僚に会って、仕事を任せたのよ……でなきゃたった半刻で、山の中腹から戻ってこられるわけないわ。

[クルース] ……ダメだね、繋がらないよぉ。

[クルース] 応答がないってことは、ニェンさんとシーさんは、まだ尚蜀に着いてないってことだよねぇ……そもそもマニュアル通りに動いてない可能性もあるけど、どっちにしろ大問題だよぉ。

[ウユウ] ……恩人様。

[クルース] うん、言いたいことはわかるよぉ。

[ウユウ] 私は一目見るだけで覚えてしまう天才ではございませんが、あれが見間違いでなければ……

[ウユウ] リー兄さんがリャンさんに渡した箱には、ニェン嬢があの時持っていたものと、同じ模様がありました。

[クルース] やっぱりあの二人が急に隊を離れたのと関係あるみたいだねぇ。

[ウユウ] 恩人様、これからどうしましょう?

[クルース] うん……実はね、こうなるかもって考えてはいたんだぁ。

[クルース] だからラヴァちゃんに言ってあるよぉ。事務所に着いたら、すぐに尚蜀付近のオペレーターに連絡して、迎えをよこしてって~。

[ウユウ] おお! 恩人様はとうに準備をされていたのですね!

[クルース] だって道中ニェンさんがずっとコソコソしてたから、絶対何か起きるでしょぉ。

[ウユウ] ではやはり、我々はひとまずここに留まるべきですか?

[クルース] 偶然リーさんに会ったからには、当然彼を手伝うよぉ。契約にもそう書いてあるからねぇ。

[ウユウ] なるほどなるほど。さすが恩人様ですね! 私情を混じえず誠実に仕事に取り組むとは、いやぁー、まことにあっぱれ!

[クルース] ……でもリーさんは賢い人だからなぁ。客桟で会ってから、ロドスに助けを求めるようなことは、ひと言も言ってないよぉ。私たちが関わる必要はないってほのめかしてるのかもぉ。

[クルース] ただ、あの酒杯にニェンさんが関わってるとすると……それにあのタイホーと、ズオ・ラウって人の話も加味すると……

[クルース] とにかく、待ち合わせ場所には行ってみよっかぁ。ニェンさんが約束を守るとは思えないけど、シーさんなら大丈夫だよねぇ。多分会えるよぉ。

[ウユウ] そうですね、シー嬢なら手がかりを与えてくれるでしょう。

[クルース] はぁ……

[クルース] なんだか、偶然が――

[ウユウ] ――偶然が重ねすぎている、ですか?

[クルース] ウユウくん、あの客桟を選んだのって何か意図があったわけじゃないよねぇ?

[ウユウ] 恩人様ご冗談を。たとえ私が何か企んでいたとしても、鉗獣に指示して車をひっくり返し、さらに恩人様にぶつけるようなことはできやしませんよ!

[クルース] それじゃあ一体誰が、こんなにものすごぉい偶然を起こせるんだろうねぇ。

[クルース] うーん……

[ウユウ] ……恩人様、今のはご冗談、ご冗談ですよね? 本当に私を疑っているわけではございませんよね! 恩人様!?

[ドゥ] 父さん。

[テイ] ……どうした。

[ドゥ] この件は全部あたしに任せるんじゃなかったの?

[テイ] 誰かが後始末をつけねばならないだろう。

[ドゥ] ……!

[ドゥ] 父さんにできることなら、あたしだって――

[テイ] いいや。

[テイ] 仮にできたとしても、お前には任せられない。お前が行祐鏢局の鏢頭ではなく、ただのドゥ・ヤオイェである限り、絶対にダメだ。

[ドゥ] どうして!?

[テイ] あのとき客桟で、なぜ相手を捕らえず、それどころかお前を止めたかわからないのか?

[ドゥ] それはあの腕の立つコータスとウユウとかいう――

[テイ] どうやらお前には、まだ足りていないようだ。

[ドゥ] ……何がよ?

[テイ] 人を見定める目だ。

[ドゥ] 父さん!

[ドゥ] 父さんはあたしに鏢局を継いでほしいの、それとも一生世間知らずのドゥお嬢様でいてほしいの?

[テイ] 鏢師(ひょうし)は恨みを買う稼業だ。お前にはわかるまい。

[ドゥ] つまりあたしは、何もわからないワガママな箱入り娘でいろってことね?

[ドゥ] 名高いテイ鏢頭は今はもう真面目に働くじじいで、あたしはいつまで経っても成長しない後継者だとみんなに思わせろってことね?

[ドゥ] でもそんなの、本当のあたしじゃない。

[テイ] ……ヤオイェ。

[ドゥ] 若い衆たちが、父さんにどれだけ不満を持っているか知ってる?

[テイ] あいつらに何がわかる。

[ドゥ] ……父さんに何がわかるっていうの?

[テイ] ……

[ドゥ] 一刻も早く鏢局のことをあたしに押し付けたいくせに、現状に対してどれだけの若い衆が不満を持っているかわかってない。

[テイ] ……なら父さんに正直に教えてくれ。あの不出来な連中と独立することが、お前が本当にやりたいことなのか?

[テイ] 今のこのお前が、本当のお前であるのか?

[ドゥ] さあね。あたしが分かってるのが、この件は父さんがあたしに任せた仕事だってことよ。成功させれば、大きな事を成し遂げて、みんながあたしに従うようになる。

[テイ] お前がうまくやれるかを案じてるんだ。

[テイ] わざと失敗しようとしてるんじゃないかとな。

[ドゥ] ……言ってる意味がわからないわ。

[ドゥ] ならもし父さんの考えが変わったなら、すぐに教えて。そうでないなら……

[ドゥ] どうか、あたしのことはほっといて。

[街の青年] ……ドゥお嬢様、どうでした? 鏢頭はなんて?

[ドゥ] ふんっ、どうもこうもないわよ。

[ドゥ] じじいはいっぱい食わされてた。あいつらはとっくにブツをすり替えていたの。

[街の青年] これ、俺たちがわざと失敗して見せなくても、鏢頭が勝手に失敗するんじゃないですかね……

[ドゥ] ……そうとは限らないわ。

[ドゥ] じじいはあたしたちの考えに気付いてた。

[街の青年] え、えっ?

[街の青年] き、気付いてるんですか? どうしよう。外出禁止とか食らったら何もできなくなりますよ?

[ドゥ] ……素早く問題を解決するのは難しいけど、問題を起こすのは、それほど難しいことじゃないわ。

[リー] 若い頃に尚蜀に来た時も感心しましたけど、尚蜀の人はほんとにすごいですねぇ。

[リー] 新巒区(しんらんく)から流雲区まで、どれだけの奇峰や険しい山道を越えねばならないんでしょうねぇ。都市は山々に散って、炊煙も至る所で立ち上る。絶景絶景、妙かな妙かな。

[船頭] ……物が奪われた件について、相手や経緯はわかったのですか?

[リー] おれも馬鹿じゃありませんよ。

[リー] おれはリャン・シュンの奴を信頼しているから、シェンさんも信頼しているだけです。

[船頭] はぁ、あなたは食わせ者ですね。

[リー] リャン・シュンがそう言ってたんですかい?

[船頭] 私が自分で思ったんですよ。なぜリャン様だと?

[リー] 昔あいつに言われましてね。君は気取った態度だし、何を予測させてもことごとく外す。ただ唯一、人の心だけはピタリと当てて外さないとね。

[船頭] ……それを食わせ者と言うんです。

[リー] ……単なる経験ってやつなんですけどね。

[船頭] 先に進みましょう。昏譚峰(こんたんほう)はもうこの辺りで終わりです。ここまでに東屋なんてありませんでしたね。

[船頭] 取江峰(しゅこうほう)はあちらの方ですが、どうしてあの山を選んだんですか? 人探しなら、人が一番多いところに行くのがよいのでは?

[リー] 取江峰は以前何と呼ばれていたんです?

[船頭] 攥江峰です。書きにくい上に覚えにくくて、観光地開発する時に名を変えたんですよ。

[リー] ならそこです。

[リー] 妙な夢を見ましてねぇ、そん中でおれは攥江峰の頂上で人を尋ねていたんです。

[船頭] ……そんな不思議なことがあるのですか。以前、尚蜀に来た時この名を聞いたことがあったとか?

[リー] そうかもしれませんし……あるいは……

[リー] ……仙人の導きってやつかもしれませんね。

[船頭] ……あなたは法術が使えるのでしょう。

[船頭] 今はアーツと呼ぶんでしたっけ? キザな言葉になりましたが、ああいうのは、昔であれば仙人や妖怪といった類いですよ。

[リー] いんやそれは違いますよシェンさん。術でもって理を御すのは、これ人の定めし天に勝る道なりってね。

[リー?] 人の定めし天に勝る道?

[リー?] その言葉気に入った。

[リー] ……!

[船頭] いいでしょう、アーツ、アーツですか。こういった源石の研究とやらはほんとよくわかりません……うん? ぼうっとしていてどうされました?

[リー] 今……おれ何か言いましたかね……?

[船頭] 人の定めし天に勝る道のことですか?

[リー] ……いや……

[リー] ……何でもないです、白昼夢を見たってことにしましょう。

[リャン・シュン] ……取江峰、攥江峰か。

[リャン・シュン] 何度も探しましたが、やはり何の手がかりもありません。

[タイホー] ……当然だ。

[リャン・シュン] 司歳台は、やはりそちらの方向で動くと決めたのですね。

[タイホー] そうだ。

[リャン・シュン] しかし彼女……尚蜀にいる彼女は、過去にそれほどの咎があったのですか?

[タイホー] ……

[リャン・シュン] それならばなぜ彼女は、かつて数十年も国境で軍に加わり、炎国のために力を尽くしてくれたのでしょう。

[タイホー] あまりにも長い歳月、常識では推し測れないものだ。

[タイホー] それよりもリャン殿、計画に問題が出ているようだが。

[リャン・シュン] ……もし彼女が影なら、あの龍門から持ってきた酒杯は、炎の光となるでしょう。

[リャン・シュン] ふっ……光が先か影が先か、全く無意味な問題でしょう。

[タイホー] 難は題にあらず、解く者にあり。

[リャン・シュン] 司歳台が直々に私などに話を持ち込み、道理も感情も総動員して私を説得しようというのですから、この件の重要性はもちろんわきまえております。

[タイホー] では聞くが、貴殿はズオ将軍と密約を交わしていたはずだろう。酒杯が尚蜀に届いたら、奪われたふりをして公子に渡すと決まっていたはずだ。

[リャン・シュン] ……司歳台の大事のため、酒杯が失われたように見せかけ、一部の目をごまかす必要があるのは重々承知しています。

[タイホー] そうだ。

[リャン・シュン] しかし、表向きはきちんと任を果たそうとしているように装う必要があります。リーは部外者ですから、内情を明かして酒杯を奪われろとは言えませんよ。

[タイホー] ならば貴殿は、あの龍門人に酒杯を預けるべきではなかった。

[リャン・シュン] 知府という立場ゆえに、私は軽率に動くことができません。この早春の尚蜀で万が一にも民に影響が及べば、得るものより失うものの方が大きいでしょう。

[リャン・シュン] 尚蜀の地を守ることが責務ですので、この地に生える草の一本まで私にとっては大事です。

[タイホー] しかしあの龍門人は貴殿の友人ではないのか?

[リャン・シュン] 友人です。ですが部外者でもあります。

[タイホー] ……そういうことであれば、リャン殿を責めはしない。

[タイホー] 酒杯は今どこに?

[リャン・シュン] ……

[リャン・シュン] 友人に託した以上、酒杯は当然に彼の手に。

[タイホー] リャン殿は他人の手を借り、あの龍門人にリィンの居場所を探らせるつもりか。

[リャン・シュン] そうです。

[タイホー] うむ……

[タイホー] あの酒杯は周囲の器物に霊魂を宿すというが、あれはまことか?

[リャン・シュン] ……タイホー殿、私も一つ聞きたいことがあります。

[タイホー] 何だ。

[リャン・シュン] 互いの官位は一度横に置き、率直に話をさせてください。

[リャン・シュン] 今回の司歳台の行いは、礼部の頭越しの独断専行で、職権を逸脱しすぎているように思えます。後々礼部が気付いた際に、大きな問題となることは免れません。

[リャン・シュン] 粛政院副監察御史であるあなたは、個人としてこれについてどう思われるのです?

[タイホー] 将軍には恩がある、我はただそれに報いるだけだ。

[リャン・シュン] ……それはつまり私情ですか。

[タイホー] そうだ、私情だ。

[リャン・シュン] 粛政院監察御史は百官に目を配り、朝廷の綱紀を正す方々。私情という言葉とは対極に位置するように思います。

[タイホー] ……

[リャン・シュン] では粛政院がこの件の詳細を知ったのち、礼部こそ正しく、司歳台に誤りがあるという認識を持ったら、私情はどうなるのです?

[タイホー] 忠を取り義を棄てる。

[リャン・シュン] なるほど……潔い答えですね。

[タイホー] もちろんだ。

[タイホー] この言葉を教えてくれたのは、まさに将軍である。

[リャン・シュン] ……大丈夫(だいじょうふ)、まさに是く如くあるべし。

[タイホー] だがリャン殿が案じる必要はない。

[タイホー] ズオ将軍が炎国軍人である以上、みだりに法を犯すようなことは絶対にしない。

[リャン・シュン] ……誰かが司歳台に指示したのですか? 礼部を差し置いてでもそう動けと?

[リャン・シュン] ……それもそうだ。平祟侯(へいすいこう)左宣遼(ズオ・シュアンリャオ)ともあろう方に、国防の大事をおいて、こんな酒杯などに意識を割かせることができる者とは。

[タイホー] この件は、重要であるとも言えるし、そうでないとも言える。

[タイホー] それが誰かについては、互いによくわかっているだろう。

[リャン・シュン] ……ふぅ……

[タイホー] リャン殿、お大事に。

[リャン・シュン] ……今年の早春は、予想していたよりも冷えますね。

[船頭] ……着きました。

[船頭] ここです。取江峰の周辺は、まばらに民家がある以外は、この町しかありません。

[リー] ……ここはどんな町なんです?

[船頭] 尚蜀がまだ都市として建設されていない頃、ここは辺境で山脈の鉱物資源が豊富であったため、多くの鍛冶師や石匠がいました。

[リー] 今はどうです?

[船頭] 太平の世の中になり、移動都市も山々に入り込むようになると、観光地として残された鍛冶場を除いて、すべて民宿となりました。

[リー] この取江峰の上はどうですか……?

[船頭] ……特に印象はありません。

[リー] うーむ……単に自然を見ながら、碁を打ったり、暇を潰すような場所なんですかねぇ?

[リー] 景勝地に居るなら、おれが探すまでもなく、とっくに見つかってるでしょう。辺ぴで、だぁれの口の端にも上がらない場所を探してるんですが……

[船頭] ……これでも尚蜀は知り尽くしているつもりですが、取江峰に誰も話題にしないような東屋があるとは聞いたことがありませんね。

[船頭] 取江峰の山頂にあるのは、広大な更地です。伝説によると仙人がそこで、「淵に臨んで水を忘る」の道を悟ったとかで、「忘水坪(ぼうすいへい)」と呼ばれています。

[リー] ……そうですか。

[リー] やっぱり、この人探しは相当に手を焼きそうですねぇ。そんじゃ酒屋から始めてみますか? リャンのやつは、相手がどんな奴かわからないって言ってたので、聞くだけ無駄かもしれませんが……

[リー] シェンさん、どう思います?

[船頭] 人探しにおいては、古来より最も簡単な方法が一つあります。

[船頭] 探すのではなく、その人の方から来るように仕向けるのです。

[リー] 理にかなっちゃいますが、ちーと受け身なやり方ですねぇ。

[リー] しかし、そうなるとおれに考えがありますよ――

[リー] ……ふむ。

[山の担夫] ……なんだ?

[山の担夫] 何か用か?

[リャン・シュン] ……ニンさん。

[ニン] この時間に読書なんて、リャン様もお好きね。

[リャン・シュン] 読書はすればするほど利がありますから。

[ニン] ……

[リャン・シュン] 私に話があるのでしたら、聞きますよ。

[ニン] リャン様、最近何か面倒事にでも遭われたのではないですか?

[リャン・シュン] と、仰りますと?

[ニン] あなたの、あの龍門からの友人です。

[リャン・シュン] ……あなたの目はごまかせませんね。確かに少々厄介な問題がありますが、私事にすぎません。

[ニン] 私事?

[リャン・シュン] 人探しですよ。

[ニン] あら……どんな方を?

[リャン・シュン] 私と彼の共通の旧友です。武人ですよ。

[ニン] ……ただの武人ですか?

[リャン・シュン] ワイという姓の。

[ニン] 本当に、それだけですか?

[リャン・シュン] 言ったはずですよ、ただの……些事だと。ニンさんにご心配いただくほどのことではありません。

[ニン] リャン様、私に隠し立てをしないほうがよろしいですよ。

[リャン・シュン] あなたに何を隠すというんです。

[ニン] ……そうですか。

[リャン・シュン] ……

目の前の女性は部屋を歩き回り、書棚に目をやる。どこか失望した感情を漂わせながら。

幸いにも、彼女の機嫌はすぐに戻ったようだ。

彼女の気分はいつもこのように変わりやすい。

[ニン] ……リャン様、その本は歴史ものですか?

[リャン・シュン] ……この尚蜀の三山で起きた天災について書かれています。

[ニン] やはり、あのお話はお好きなんですね。

[リャン・シュン] 実際に目にしたのです、一生忘れられません。

[ニン] 確か……『三山談』でしたか?

[リャン・シュン] ニンさんに覚えられてしまっているとは、どうやら私はこの本を少し読み過ぎているようだ。

[ニン] ……たまたま気に留めていただけですよ。

[ニン] よろしければ貸していただけませんか? 後ほど白(バイ)おじさんを訪ねる時に時間を潰すのによさそうです。

[リャン・シュン] 好きに持っていって構いませんよ。

[ニン] はい……ただ……

[リャン・シュン] ……おっと、申し訳ありません。

[リャン・シュン] 私が取りましょう。最近はあまり読んでいなかったので、上の方に置いてしまいました。

[ニン] ありがとうございますね、リャン様。

[リャン・シュン] これからバイ陶工の所へ?

[ニン] はい。

[リャン・シュン] では彼によろしくお伝えください。

[ニン] ……わかりました。

[ニン] では失礼します。

[ニン] ……『三山談』。

[ニン] あなたは思いもよらないでしょうね。徹夜で書斎の机に向かっていたあの時、寝てしまったあなたの横で、私はこの本を読んで過ごしていたなんて……

[ニン] (この本は……元々あんな上には置いてなかったはず。)

[ニン] (なら元々なかったあの箱……中には何が入っているの?)

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