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風雪一過_BI-1_三家会議_戦闘後
三家会議において、三大名家は真っ向から対立する。膠着状態の末に、エンシオディスが三家の権力を巫女に移譲することを提案、激しい論争を引き起こす。最終的に、巫女のエンヤはその提案を受け入れることを自ら選択した。
[スキウース] チッ……遅いわね。
[ラタトス] スキウース、考えてるんだから黙ってな。
[スキウース] これ以上何を考えるっていうの? 今度こそエンシオディスに土地を引き渡してもらうだけよ。
[ラタトス] ユカタン、あんたはどう思う?
[ユカタン] ……私もウースと同じ意見です。しかし、エンシオディス様がただで引き下がるとは思えません。
[ラタトス] なるほどね。少なくともあんたは嫁と違って、考えなしに話したりはしないみたいだね。
[スキウース] 誰が考えなしに話してるですって!?
[ラタトス] 誰って、私の可愛い妹の他にいる?
[ラタトス] アークトスの頑固オヤジも、カランドのこととなるとすぐに熱くなるし……あいつがもっと冷静なら、私だって慌ててエンシオディスへの態度を変えるつもりはなかったんだ。
[ラタトス] エンシオディスみたいな奴はね、たとえ殺されようが、相手を道連れにするくらいのことはするんだよ。それになにより……
[ラタトス] あいつがそう簡単に諦めるとは思えない。
[スキウース] フンッ、あたしに言わせれば──
[ラタトス] 黙ってろって言っただろ。喋り足りないなら、外で山に話を聞いてもらってきな。
[ラタトス] もちろん、二度と中には入れないけどね。
[スキウース] チッ、わかったわよ。黙ってりゃいいんでしょ。
[スキウース] (小声)自分はベラベラ喋ってるくせに。
[ラタトス] ……
[修道士] アークトス様が到着しました。
冬のカランドの山頂では、冷たい風が途絶えることなく吹き荒ぶ。しかしアークトスの目、そして彼の持つ巨大な斧が時々地面を擦る異音が、寒風を起こしているのは彼なのではないかと錯覚させる。
[ラタトス] これはこれは、アークトスさんのお出ましだね。
[アークトス] エンシオディスは?
[ラタトス] そりゃこっちの質問だよ。
[ラタトス] 私はてっきり、あんたたちが途中でかち合って、その場で話を終わらせてくれるもんだと思ってたよ。そしたら私はここで頭を悩ませることもなく、気持ち良くさっさと帰れたんだけどね。
[アークトス] お前に悩み事が?
[ラタトス] そりゃもちろん。悩みは尽きないのさ。
[ラタトス] たとえば……こっちの領地じゃエンシオディスのところへ出稼ぎに行きたいって奴がどんどん増えてることとか。
[ラタトス] あとは、あんたの部下筆頭のグロ将軍が今日来てない理由とかね。
[アークトス] 風邪だ。
[ラタトス] イェラグ一の屈強な戦士が風邪をひくなんて……なんだか嫌な予感がするね。
[ラタトス] いっそ、エンシオディスのところのノーシスの奴に治療してもらった方がいいんじゃないかな?
[アークトス] 必要ない。
[ラタトス] はいはい。余計なお世話だったね。
[ラタトス] あんたも来たことだし、残るはエンシオディスだけだね。
[???] 三時の鐘はまだ鳴っていないはずだが。
[エンシオディス] お待たせした。
[修道士] エ、エンシオディス様と大長老が到着しました!
[ラタトス] ん?
[ラタトス] へぇ……あの二人が一緒だなんて珍しい……
[ラタトス] エンシオディス、あんたまさか会議の前に、先に巫女様のところへお祈りに行ってたんじゃないだろうね?
[エンシオディス] いいや、道中で偶然お会いして、話しながら来たまでだ。
[エンシオディス] 大長老、どうぞ。
[大長老] 失礼するぞい。
本堂の扉がゆっくり閉まり、室内の空気が一瞬にして静まり返る。
大長老が中央に腰を下ろす。アークトスとラタトスが一方に立ち、エンシオディスはその反対側に立っている。
両者の間に溝があることは、一目瞭然だ。
[大長老] これまでの三家会議では、今年の行事はどの家が中心でやるか、雪害で助けが必要なのはどの家か──などといったことを、皆で膝を交えて話し合っておったものじゃ。
[大長老] それがこのような議題で開かれることになるとはのう……はぁ。
[アークトス] それはエンシオディスによく説明してもらわんとな。
[エンシオディス] そう凄んでくれるな、アークトスよ。
[エンシオディス] 大長老が今仰ったように、三家会議は私たちが互いに非難し罵り合うべき場ではない。
[ラタトス] 先にそう言っておくことで自分は被害者ヅラしようって腹かい? エンシオディス。
[大長老] ほれほれ。全員揃ったんじゃ、さっそく今回の三家会議を始めようではないか。
[大長老] 我らのイェラガンドに。
[全員] 我らのイェラガンドに。
[大長老] 今回の三家会議の目的は、おそらく皆も承知じゃろう。
[大長老] 前回の会議において、アークトスとラタトスが提案した内容じゃ。シルバーアッシュ家には谷地と鉱区の統治権を引き渡してもらい、ペイルロッシュ家とブラウンテイル家に管理を任せるという件ぞ。
[大長老] それと、シルバーアッシュ家には三家会議から離脱をしてもらうという件じゃな。
[エンシオディス] ノーシス・エーデルワイスには解雇処分が下されたという件は、すでに二人の耳にも入っていると思うが。
[アークトス] だから何だ? ノーシスは貴様の腹心だ。奴の行動も、元より全部貴様の指示だろう!
[アークトス] 奴一人に罪を被せて、自分は知らぬ存ぜぬというわけか!
[エンシオディス] アークトス、憶測で物事を決めつけるのは良くない習慣だ。
[アークトス] エンシオディス、貴様が自分の領地に工場を作ろうが、商売をしようが、外国人を招こうが、一向に構わない。
[アークトス] 貴様が自分の領地をどうしようが、俺には関係のないことだ。
[アークトス] だが鉄道をカランド近くまで伸ばし、金の臭いを聖地までもたらすことは容認できん。ましてやカランドの麓まで坑道を掘って、コソコソと採掘するとは言語道断だ。
[アークトス] 貴様はカランドを──イェラガンドを何だと思っている?
[アークトス] その上、調査隊の工場調査を阻止するために卑劣な手まで使うとは……俺の部下はいまだに倒れたままなのだぞ。
[アークトス] まさか貴様は、すべてあの悪しきエーデルワイス家の出来損ないが勝手にやったことで、自分はこれっぽっちも関係ないとでも言うつもりか!?
[エンシオディス] ノーシスはかつて、最も信頼のおけるパートナーだった……彼に多くの権力を与えてしまったのは私の過ちだ。
[エンシオディス] それについては、私も申し訳なく思う。
[エンシオディス] ラタトス、お前の意見は? 私たちの関係には、本当にもう修復の余地はないのだろうか?
[ラタトス] はぁ……私だって、あんたの力になってやりたいのは山々なんだけどね、エンシオディス。
[ラタトス] なんせ六年前、あんたがこの本堂に再び足を踏み入れられるように力を貸したのは他でもない私だからね。今度はあんたを追い出す側に回るのは忍びないってもんさ。
[ラタトス] だけど、イェラグ全土に関わることとなっちゃ、もう守ってやれないよ。
[エンシオディス] トゥリクムのビジネスで、ブラウンテイル家も多くの恩恵を受けていると思っていたのだがな。
[ラタトス] それは否定しないさ。金を稼げて、領民たちにも利益を分け与えてやれる状況を嫌がる奴なんていないだろ? アークトスみたいな頑固者は別だけどさ。
[ラタトス] でも、私みたいに「毒婦」なんて人から陰口叩かれるような奴でもね……やっていいことと悪いことの区別くらいはつくのさ。
[ラタトス] 四年間の留学で何を学んだのかは知らないけど、私たちの信仰をここまでないがしろにできるような人間になるとは思わなかったよ。
[ラタトス] 六年前の私は、あんたを見誤っていたのさ。もちろん私にも責任はあるけど、まずはあんたが──真っ先に代価を支払うべきだ。
[エンシオディス] 谷地と鉱区の統治権の譲渡、そして三家会議における議席の放棄。この代価は、あまりに高すぎるとは思わないか?
[エンシオディス] カランド貿易は、この件の首謀者であるノーシスを解雇した。そして最近では、会社の発展方針も多少緩和させている。これは誰の目にも明らかだろう。
[ラタトス] もう遅いんだよ、エンシオディス。
[ラタトス] 痛い出費じゃないと、代価とは呼べないだろ?
[アークトス] 許しを乞うくらいなら、最初から慎ましくあるべきだったな。
[アークトス] 事を起こしてしまったからには、今日──今ここで、ケジメをつける以外に道はない。
[アークトス] 谷地と鉱区の統治権を渡すのか、渡さないのか。三家会議から抜けるのか、抜けないのか。はっきり答えてもらおう。
[エンシオディス] ……
[エンシオディス] 私がこれまで行ってきたすべては、イェラグの発展のためだ。
[エンシオディス] ペイルロッシュ家やブラウンテイル家との関係がここまで悪化してしまったことを、私も残念に思っている。
[エンシオディス] しかし先ほどの二人の言葉を踏まえれば、この悪化は深刻であり、また修復の見込みもないようだ。
[エンシオディス] いくらか予感はしていたが、本当にこの瞬間が来るとは……率直に訴えかけられるのも、心が痛むものだ。
[エンシオディス] しかし、共にイェラグを治めていた三家に亀裂が生じることなど、私は受け入れられない。
[エンシオディス] 三家の分裂、それはつまりイェラグの分裂を意味し、イェラガンドの民たちが共通の故郷を失うということを意味する。
[アークトス] ……エンシオディス、もしお前がそう思ってるのなら……もしお前が一瞬でも本当にそう思ったことがあるのなら──
[アークトス] 今すぐイェラグから去り、ヴィクトリアへ帰ればいい! イェラグが安寧を取り戻すにはもうそれ以外にない!
[エンシオディス] アークトス。私は……このエンシオディス・シルバーアッシュは、我がシルバーアッシュ家の当主だ。
[エンシオディス] それはつまり、私がイェラグの未来に対する責任を担い、義務を果たさなければならないということに他ならない。
[エンシオディス] 私がヴィクトリアに帰るべきと考える理由は何だ? 二家のみで執り行われる会議では、より確かな実権を握っているような錯覚に酔いしれることができたからか?
[エンシオディス] 何よりも、ここ数年のシルバーアッシュ家の改革を推し進めたのが私であることは、明白な事実……
[エンシオディス] 私の領民は、新たな生活様式から利益を得ているだけでなく、この生活を自発的に推し広げてもいる。
[エンシオディス] たとえ私が去ろうとも、工場は稼働し続け、列車もレール上を走り続けるだろう。
[エンシオディス] それともまさか、もし私が谷地と鉱区を差し出し、工場と鉄道を停止させるとして──
[エンシオディス] 労働者たちや、その生産で利益を得ている関係者たちが、本当に同意するとでも考えているのか?
[ラタトス] それはあんたが解決しなきゃならない問題だよ。
[エンシオディス] それは違うな。ラタトス、お前は私の問題解決能力に多大な信頼を置いてくれているのかもしれないが、これは私だけの問題にはなり得ない。
[エンシオディス] まさかブラウンテイル家の領民は、ここ数年のカランド貿易による事業から微塵も利益を得ていないとでも言うのか?
[エンシオディス] カランド貿易がクルビアから購入した源石電気ストーブによって、どれだけのイェラグ人が極寒の冬を乗り越えられた? イェラグの山々に天災はない。だが氷雪は、天災の如く人々の命を奪う。
[エンシオディス] ほかにも牧畜民の突き杖やヴィクトリア産の肥料……私が持ち帰ったこれらのどこに、道理に背く部分がある?
[ラタトス] そういう状況を自分で作り出して、手柄を演出してるんだろ。そして今、その状況を利用して脅しをかけてるんだ。
[ラタトス] みんなに言ってやりなよ。これは全部自分の功績だって。イェラグ人に自給自足はさせてやれないけど、これこそがシルバーアッシュ家の当主だって。
[エンシオディス] 違うな、ラタトス。
[エンシオディス] 私はただ事実を述べているにすぎない。脅しとは、自信のない者が虚勢を張る時に使うものだ。
[エンシオディス] お前たちはカランド貿易をイェラグに対する脅威と見なしているようだが、そもそもそれが間違っているのだ。
[ラタトス] フッ……
[ラタトス] 随分と息巻いているね、エンシオディス。思い出したよ、たしかにあんたはガキの頃からこういう話が得意だったな。
[アークトス] エンシオディス、戯れ言なら聞くつもりはないぞ。
[アークトス] もし貴様が今日──
[エンシオディス] 私が今日、谷地を引き渡さなければ、現場近くで待機しているグロ将軍がそのまま谷地を「接収」すると言いたいのか?
[アークトス] 貴様……!
[エンシオディス] そう焦って武力にものを言わせようとするな、アークトス。
[エンシオディス] 私はお前たちの提案に対し、相応の措置と約束が可能だ。
[エンシオディス] ここまでの争いに至ったのは本意ではないが、私も当主として、我が領地のいかなる損失も容認するつもりはない。
[エンシオディス] だが、この心痛む事態を収束させて、再び雪山の三家の団結を図るためなら、同じイェラガンドの民としてシルバーアッシュ家は譲歩することも辞さない。
[エンシオディス] ──谷地と鉱区を、差し出すことも厭わない。
[ラタトス] ……本気か?
[アークトス] 口先だけだ! エンシオディス、ここは貴様の詭弁が通じる場ではないぞ!
[エンシオディス] 焦るなと言っただろう、アークトス。
[エンシオディス] イェラガンドの守りの斧──イェラグで最も勇猛な戦士よ。焦りはお前の弱点となる。
[エンシオディス] 二人の条件は飲もう。だが差し出す相手はペイルロッシュ家でも、ブラウンテイル家でもない。
[アークトス] ならば誰に差し出す? まさかイェラガンドにとでも言うつもりではあるまいな!
[エンシオディス] その通りだアークトス。イェラガンド一の敬虔な民であるお前なら分かるはずだ。
[エンシオディス] シルバーアッシュ家……ひいては各家のすべての領地は、イェラガンドの私たちへの信頼によって与えられたものだ。私たちはただ主に代わって管理しているにすぎない。
[ラタトス] ……待ちなよ、あんたまさか──
[エンシオディス] お前の想像通りだ、ラタトス。
[エンシオディス] 私は二人の要求を聞き入れ、シルバーアッシュ家の谷地と鉱区のすべてを蔓珠院に引き渡し、工場と採掘場の管理権を巫女様に移管することとしよう。
[アークトス] なんだと!?
[エンシオディス] 三家間の衝突を避けるため、イェラグは三家および雪山の民全員を信服させることのできる指導者を戴くべきだ。
[エンシオディス] かくなる上は、かつてと同じくイェラガンドの代弁者である巫女様に再びイェラグ全土を率いていただくことこそが、最も理に適った方針であると私は確信している。
[エンシオディス] 平和的な問題解決──つまり、シルバーアッシュ家の資産の分割、三家の直接的対立の回避、それが我々全員が望んでいることだ。
[エンシオディス] 改めて二人に問いたい……私はこの前提の下なら、谷地と鉱区を引き渡しても構わないが、お前たちはどう考える?
議場がしんと静まり返る。そばで聞いていた貴族たちは互いに顔を見合わせ、その言葉に含まれる真意を探ろうとしている。
記録係が走らせるペンの音だけがカリカリと堂内に響くが、それも数秒と経たない間に冷えきった空気の中で凍りついた。
最初に静寂を破ったのは、机から落ちたペンが床を跳ねる音と、誰かがはっと息を呑む声だった。
それを合図に次々と声をひそめて話し合う声が響き渡った。それはまるで、低温の油で揚げ焼きにするレシュティのようだった。
[ノーシス] ……
[おしゃべりな女性貴族] 見て、あれって例のエーデルワイス家の──
[冷酷な男性貴族] フンッ、よく恥ずかしげもなくここにいられるもんだ。
[ノーシス] ……
[おしゃべりな女性貴族] あっ、こっちを見たわよ!
[冷酷な男性貴族] チッ、あの目を見てみろよ。エンシオディス様はどうしてあいつに大任を委ねたんだか。あいつの両親は人殺しだっていうのに──
[おしゃべりな女性貴族] ちょっとちょっと、口には気をつけなきゃ。このカランドで滅多なことを言うとイェラガンドの怒りに触れるわよ!
[おしゃべりな女性貴族] ……だけど、彼ももう終わりね。これまでの勝手な行いが祟って、エンシオディス様に見放されちゃったもの。
[冷酷な男性貴族] なに? エンシオディス様はとうとうあいつを解雇でもしたのか?
[おしゃべりな女性貴族] そうよ、知らないの? 先月の会議で、エンシオディス様はその場で彼の職務を解いたのよ……
[冷酷な男性貴族] もうクビになってたのか? そりゃよかった! さっさとそうするべきだったんだ!
[ノーシス] ……
[メンヒ] ノーシス様。
[ノーシス] 言ったはずだ、このような場で私と言葉を交わすべきではない。
[メンヒ] はい、申し訳ございません。
[メンヒ] ただ……緊急の知らせを受けたもので。ロドス一行を乗せた列車がまもなくカランド山麓の駅に到着します。
[メンヒ] 以前あの会社に興味を持っておられたご様子だったので、一目だけでもご覧になられたいのではないかと思いまして……
[ノーシス] 雪境がこのような局面を迎えている以上、彼らが引き入れられた外圧なのであれば、時が来れば自ずと会うことになるだろう。現時点で、特別何かをする必要はない。
[ノーシス] それに……今の私は任を解かれ、監視対象となった身だ。どの立場で彼らに会えと?
[メンヒ] ……ノーシス様。
[メンヒ] ……エンシオディスは他の二家の機嫌を取るために、あなたに罪をかぶせたのですよ……今思い出してもゾッとします。
[ノーシス] 機嫌を取るため? エンシオディスはそのように浅い考えでは動かない。
[ノーシス] それよりも、ロドスは本当にエンシアの鉱石病悪化を遅らせることに成功していると聞いたが。
[メンヒ] はい……
[ノーシス] なるほど……シルバーアッシュ家に重要視されるだけの力を確かに有しているわけか。
[ノーシス] しかし、エンシオディスに目をつけられるとは。ロドスにとって、幸か不幸か……
[メンヒ] それはつまり……
[ノーシス] 私の言葉にそれ以上の意味はない。
[ノーシス] ところで、私の解雇の知らせを聞けば、きっと会社の連中も先ほどの小貴族たち同様、手を叩いて喜ぶだろうな。
[メンヒ] ……あいつらは皆、ノーシス様の価値を理解しておりません。
[ノーシス] つまり、私は価値という言葉で形容できる程度の人物であるということか。
[メンヒ] 申し訳ございません。ノーシス様……
[ノーシス] 今頃エンシオディスは、三家会議で巫女をイェラグの統率者にするという考えを述べているだろう。
[ノーシス] 本堂は、さぞかし混乱していることだろうな。
[ノーシス] エンシオディス、ついにその一歩を踏み出したか。
[メンヒ] ……エンシオディスを最も理解しているのはあなたです。そして、その野望を阻止できるのも、あなた一人です。
[ノーシス] ……
[ノーシス] 風が強くなった。雪が降るな。
大きな雪片がノーシスの肩にふわりと舞い落ちると、たちまち無情にも冷たい風に吹かれて落ちていった。
吹雪はイェラグでは決して珍しくない。雲が充分な厚さまで成長すれば、あとはきっかけを待つだけだ。
雲を運んでいた気流の均衡が崩れ、その支えを失うその時を──
エンシオディスの言っていることはつまり、巫女様をイェラグの王にするということか!?
ありえない! あれはエンシオディスだぞ!
しかし、本気の提案であるようにも聞こえた……
いずれにせよ、イェラグが巫女様主導の下で本当に一つにまとまるならどんなに素晴らしいことか! たしかにイェラガンドの土地はイェラガンドに返すべきだ!
聴衆の中でひそひそと囁き合う声は次第に高まり、窓の外でうなる吹雪の音も、しばらくの間はかき消された。
[ラタトス] ……エンシオディス、あんた自分が何言ってるかわかってるのか?
[エンシオディス] もちろん、はっきりとな。
[エンシオディス] 腹を割って、ありのままを話すとしよう。
[エンシオディス] 私は当初、改革による成果を上げて、シルバーアッシュ家の誠意を見せれば、皆が偏見を捨てて私と手を取り合い、イェラグを率いて前へ進んでくれるものだと思っていた。
[エンシオディス] もし三家が協力し合うことができれば、飛躍的に伸びる収益は言うまでもなく──
[エンシオディス] 一つの国として対外貿易を行うことと、一つの企業として対外貿易を行うことは全く異なる概念であり、収益以外に得られる成果にも天と地ほどの差が生まれるだろう。
[エンシオディス] 恐らく私のペースが速すぎたせいで、皆にはイェラグを他の国に差し出すつもりではないかと勘違いさせてしまったのだろう。
[アークトス] 違うとでも言うつもりか? エンシオディスよ、カランドは貴様が芝居を打つための場所ではないのだ! 貴様の吐いた嘘のひと言ひと言に、イェラガンドの罰が下るぞ!
[エンシオディス] ならば、私がここに立っていることが、カランドがまだ私のことをお許しになっているという何よりの証明だろう。
[エンシオディス] ここまでにしよう。お前たちの考えを変えられないことはよく理解できた。だがお前たちに先見の明がないからといって、カランド貿易の方針を変更してまで付き合うつもりはない。
[エンシオディス] カランド貿易はイェラグ本土の鉱山と工場を重要視しているが、それらが会社のすべてというわけでもない。それらのせいで会社が立ち止まるのは割に合わないと言えよう。
[エンシオディス] このような対立状態が長期にわたれば、我々は意志統一のために多大な労力を消費せざるを得ず、外敵につけ入る隙を与えることになる。
[エンシオディス] これも同じく、私の望むところではない。
[エンシオディス] 故に──
[エンシオディス] 私は最終的に、すべての決定権を巫女様に委ねることにしたのだ。
[エンシオディス] 巫女様の決定ならば、私はそれを受け入れよう。皆も賛同してくれるものと信じている。
[アークトス] ふざけるな!
[アークトス] イェラガンドの信仰を踏みにじるような貴様がそんな言葉を吐いたところで、誰が信じる!?
[エンシオディス] 信仰を踏みにじる?
[エンシオディス] それはお前の解釈にすぎない。カランド貿易がもたらした変化を、多くの者が偏見の目で見ている。
[エンシオディス] だが本来、労働こそがイェラグの基盤なのだ。
[エンシオディス] ブラウンテイル家のお前にもわかるはずだ。手が離せない仕事があれば、正午のカランドへの礼拝を欠くこともあるのではないか?
[エンシオディス] 繁忙期ならば、毎月の聖訓を聞きにカランドへ赴くことも強制はされないはずだ。
[ラタトス] ハッ……エンシオディス、そうやって話をすり替えても説得力はないよ。
[ラタトス] まさか、カランドに対するあんたの行いすべてが、イェラガンドの教えに従ってるとでも言うんじゃないだろうね?
[エンシオディス] 『イェラガンド』、1ページ一行目。
[エンシオディス] 「不解の氷は主の涙、不滅の岩山は主の背、冬の寒風は主の吐息、うららかな春陽は主の微笑みである。」
[エンシオディス] 「主が目覚める時、山々は主のために知らせを伝え、空は色とりどりの光を放つ。」
[エンシオディス] カランドが真に主を体現している山であると語られたことはない。
[エンシオディス] カランドの峰が唯一無二であるのは、そこに蔓珠院があるからに他ならない。
[エンシオディス] よって、もし私が蔓珠院の利益を損なったとお前たちが非難するのならば、私は心から過ちを認めよう。そして、すでに誠意は示したつもりだ。
[エンシオディス] また、イェラガンドの教えには「働き者は必ず地位を得て、怠惰な者は必ず苦しみを受ける」という言葉もある。
[エンシオディス] つまり私は、これまで主の教えに背いたことはないのだ。
[アークトス] 戯言を!
[アークトス] 蔓珠院こそ、この大地におけるイェラガンドの体現であり、蔓珠院の巫女様こそが大地における主の代弁者であることは疑いようもない。これは貴様の舌先三寸では動かざる定理だ!
[アークトス] 大長老、蔓珠院はこのような妄言を受け入れるのですか!?
[大長老] わしとて、エンシオディスの言葉に対し、おいそれと同意することはできぬ。
[大長老] しかしじゃな、学院においても、主の御言葉の解釈をめぐって毎日数え切れぬほどの論争が起きておる。そして蔓珠院は異なる意見を排除するような場ではない。
[エンシオディス] 誰が正しく、誰が間違っているのか。これはお前や私なぞが決められることではないのだ、アークトス。
[エンシオディス] 3ページ五行目。
[エンシオディス] 「はじめ、主が山々の中から頭を上げるまで、イェラグは野蛮人が暮らすのみだった。」
エンシオディスがある一節をそらんじると、その場にいた貴族たちの一部が続けて暗唱し始めた。
「主は人の形をとり、野蛮人たちと共存した。野蛮人たちは主の力を畏れ、主を神と仰いだ。」
「主の側に多くの人が集まり、やがてイェラグが誕生した。そして主はイェラグの初代国王となった。」
「主の指導の下、イェラグは発展し繁栄していった。」
[アークトス] ……
[エンシオディス] アークトス、321ページの一行目の言葉は?
[アークトス] 「……主が王国を統治して三百年。ある日、主は突然王位を補佐に預け、吹雪の中に消えた。」
[ラタトス] 「それから後、イェラグの主権は人の手に渡ることになった。」
[エンシオディス] 諸君、我々はイェラグ人であり、主の民である。
[エンシオディス] 先ほど申したように──
[エンシオディス] もしもただ一人、我々の行いに審判を下すことのできる者がいるとすればそれは、私でも、アークトスでも、ラタトスでも、この場の誰でもない。
[エンシオディス] それは、間違いなく主の代弁者、巫女様だけだろう。
[エンシオディス] 我々の間に信頼があろうとなかろうと――
[エンシオディス] 巫女様が我々のために決断し、未来へと導いてくださるだろう。
[エンシオディス] それともアークトス、まさか巫女様では最も公正な裁決は下せないと――大地における主の代弁者は信用ならないとでも考えているのか?
一瞬にして、その場の貴族全員の視線が、アークトスに集まった。
[アークトス] エンシオディス……! 貴様よくもぬけぬけと!
[ラタトス] ……
[ラタトス] エンシオディス、もしその程度の挑発で、私たちを思い通りに動かせると思っているなら、あまりにも浅はかだね。
[エンシオディス] ……
[ラタトス] 巫女様がシルバーアッシュ家出身だってことは、誰もが知っている事実だよ。
[ラタトス] だけど同様に、巫女様の人となりも誰もが知っている。
[ラタトス] イェラガンドの栄光と責務を負った瞬間から、イェラグ人全員が彼女の一挙手一投足を見届けているのさ。
[ラタトス] 巫女様はその任に就いてから今まで、分け隔てなくお務めになって来られた。今さら私たちが、その出身によって疑念を抱くなんてことはないんだよ。
[アークトス] ……
[ラタトス] さっきあんたが言ったように、イェラガンドは寛大なお心を持ち、このイェラグの未来を民にお預けになった。
[ラタトス] だけどエンシオディス、わざわざこのタイミングでイェラガンドに言及し、主の美徳と仁愛をご大層に語ることに、何も深い意図がないっていうのかい?
[ラタトス] 巫女様に対して不敬なのはあんたの方さ。どうせあんたは巫女様を脅迫し、うまく言いくるめて利用しようとしてるんだろ!
[エンシオディス] それは甚だしい言いがかりだな、ラタトス。カランド貿易に対する非難とは違って、看過できるものではないぞ。
[エンシオディス] どうやらこれ以上の対話は、いたずらに無用な憶測を増やすだけのようだ。ならば、巫女様にお越しいただいて、この場で話をはっきりさせてもらうのが得策だろう。
[アークトス] フン、異論はない。俺たち三家が揃ってここにいる以上、貴様も小細工を弄することはできないだろう。
[エンシオディス] では、公平を期すために、巫女様をここへお連れする役目は大長老にお願いしても構いませんか?
[大長老] よかろう、わしが呼んでこよう。お三方は落ち着いてしばし待っておるがよい。
[エンヤ] ……
[エンヤ] 雪が降り始めましたか。
[ヤエル] それがどうかした? この山で雪が止むことなんかないわ。
[エンヤ] いえ、少し違うようです。
[エンヤ] ……
[エンヤ] ……つまり、エンシオディスは三家の権力を私に預け、イェラグの未来を私に決めさせることを提案したと?
[ヤエル] そういうことよ。
[ヤエル] エンヤ、あなたはどう思う?
[エンヤ] 私は……
[ヤエル] 大長老。
[大長老] エンヤ、ここにおったか。
[大長老] 会議での話は、すでに耳に入っておるじゃろう。
[エンヤ] はい……主権奉還の件であれば、すでに聞いております。
[エンヤ] 大長老がここへいらっしゃったということは、何か進展があったのでしょうか?
[大長老] ……エンヤときたら、幼い頃から聡くてかなわん。
[大長老] 三家の対立はすでに水と油のように相容れぬものとなった。
[大長老] 三家会議前に、エンシオディスがほのめかしておったが……今の状況ともなれば、あやつの提案が緩和案になるとも言えよう。
[エンヤ] ……
[エンヤ] どうやら大長老は、前回の会議における身共の振る舞いに対して、賛同なさってはいないようですね。
[大長老] はぁ……エンヤよ。
[大長老] 来なさい……外を見てみるがいい。霜と雪が幾歳月降り積もれば、この山野を覆い尽くせるか、お主にわかるか?
[大長老] わしらの足元の神聖なる山の頂が、幾歳月かかってできたものか、お主は考えたことがあるか?
[エンヤ] ……仰りたいことはわかります。
[エンヤ] ですが、教えにはこうもあります──「不解の氷は主の涙、不滅の岩山は主の背、冬の寒風は主の吐息、うららかな春陽は主の微笑みである」と。
[エンヤ] もしすべてがイェラガンドの贈り物であるのなら、イェラガンドの民が風雪を恐れる必要などございましょうか?
[大長老] ……
[大長老] ……そういうところは、お主もあやつにそっくり……いや、やはり少し異なるかのう……
[エンヤ] 何のことです……?
[大長老] 何でもない、老いぼれの独り言じゃ。
[大長老] 巫女様の仰ることは正しい。
[大長老] 巫女様は常にこの山におわし、山々はイェラガンドの代弁者に頭を垂れる。巫女様がそうお考えになるのも至極もっともじゃ。
[大長老] ただ、遥かに長い年月を経てこれほどの大雪が積もったのじゃ。もし一度崩れれば、どれほどたくさんのイェラガンドの民を埋葬せねばならぬのか。
[エンヤ] ……
[大長老] わしはな、イェラグの安寧を、常に第一に考えておるのじゃ。
[大長老] 巫女様も、きっとわしと同じだと信じておる。
[大長老] うーむ……そろそろかの。
[大長老] 三人が本堂で待っておる。巫女様の登場はあまりに早くても、またあまりに遅くても妥当ではない。今がちょうどいい頃合いじゃろうて。
[ヤエル] ではお二方ともこちらへ。
[エンヤ] ……承知しました。
[エンヤ] イェラグの安寧……
[エンヤ] この足元に降り積もる雪……我々がそれを成り行きに任せるのみならば、イェラグは安寧を得られるのでしょうか?
[エンヤ] ……
[エンヤ] イェラガンドよ、どうかあなたの民をお見守りください……
「巫女様のご到着です。」
山を覆う風と雪――その中に響く澄んだ鈴の音は、まるで空の果てからイェラガンドの民たちの耳に直接届いているかのようだった。
貴族たちは全員、一斉に立ち上がって巫女が通る道を開け、正式な礼儀作法に則って、最も敬虔なる祈りを捧げた。
「霜雪すでに汝の願いを受けて降り注ぎ、イェラグに祝福をもたらせり。」
[エンシオディス] 巫女様、ご無沙汰しております。
[エンヤ] たしかに。エンシオディス様がご多忙を極め、参拝が疎かになって随分とお久しいことです。
[エンシオディス] 先般、巫女様から要求があった谷地と鉱区の調査、当然粗略に扱うことなどできませぬゆえ。
[エンシオディス] 此度の件の始末をすべて終えた後、私自ら一同を率いてカランドへ参拝いたします。
[エンヤ] あなたのイェラガンドへの信仰は、天地が証明してくださります。それを改めて形式的な礼法に則り証明されると仰るのですか?
[エンシオディス] 滅相もございません。
[エンヤ] ……
[エンヤ] あなたの妹君がイェラグに帰ってきたと耳にしましたが。
[エンシオディス] さすがは巫女様、すでにご存じでいらっしゃいましたか……彼女は今頃、大事なお客様とカランドへ向かっている途中のはずです。
[エンヤ] 大事なお客様?
[エンシオディス] はい。愚妹はしばらく前より、ロドスと呼ばれる医療関連の企業で鉱石病の治療を行っております。
[エンシオディス] 大典が近づいておりますゆえ、今回はその企業のトップの一人を、感謝の気持ちを込めて賓客としてイェラグに招待いたしました。
[エンヤ] エンシオディス様の妹君に対するお心遣いには賛嘆いたします。
[エンシオディス] ……お褒めにあずかり恐縮です。
[エンシオディス] さて、おそらく巫女様も、私が先ほど提案した内容をご承知のことでしょう。この件について、どう思われますか?
[エンヤ] ……アークトス様とラタトス様のお考えは?
[アークトス] ……このアークトスの、イェラガンドへの信仰は天地が証明してくださる。巫女様に我々三家の調停役になっていただくことは言うまでもなく──
[ラタトス] 待て、アークトス……!
[アークトス] ──たとえ当主の座を巫女様に委ねることになろうとも、何の異論もございません。
[エンヤ] ラタトス様は?
この期に及んで、誰が拒否などするというのか。
この場において、誰が拒否などできるというのか。
[ラタトス] ……
[ラタトス] 巫女様に三家の調停役になっていただくことは、現状を鑑みれば、たしかに最善の選択かと。
[エンヤ] ……
[エンヤ] わかりました。
[エンヤ] 三大名家の当主たる皆様が、それが上策と仰るのならば、その信任を身共にお預けください……
[エンヤ] 身共は──
[エンヤ] 当然皆様にお応えし、イェラグを導くべき責務を担いましょう。
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