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未完の断章_トゥルーストーリー
かつて看守になりすましていたジェッセルトンは、逮捕されたのち、マンスフィールド監獄の囚人となった。多くの屈辱やひどい仕打ちを受けながらも、彼は自分に宛てられた一通の手紙に希望を抱き続けていた。
親愛なるMr.K
時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。早朝のマンスフィールド監獄から、お手紙いたします。
こちらの状況は、私が看守として潜入していた頃とそう変わり映えはいたしません。
看守は何を為すでもなく権威にあぐらをかいており、囚人たちは有り余る体力を喧嘩で発散する日々を過ごしております。
私はと申しますと、看守や囚人たちから大層――
そこまで書いたところでジェッセルトンは「大層」という言葉について暫し考え、そして枕カバーの中から一通の黄ばんだ手紙を取り出した。彼に宛てられたそれには「Mr.K」と署名されている。
独房の外から射すわずかな光を頼りにして、彼はその文面を小声で読み上げる。
[ジェッセルトン] 「しばらくは監獄内で時を待ってください。トラブルを起こさず、目立たないように注意して……」
[ジェッセルトン] 「あなたは依然、ビーチブレラ社の大切な社員であり、その役職と待遇は今も担保されています……」
[ジェッセルトン] 「獄中で模範的な振る舞いを続けていてもらえたら、機が熟した時必ずあなたを解放します。その暁には、倍の補償もお付けしましょう……」
[ジェッセルトン] ふん。
[ジェッセルトン] 会社の連中は対応が遅すぎる。今になってようやくこんな手紙を寄越してくるとはな。
ジェッセルトンはかぶりを振ると、慎重に手紙を折りたたんで封筒に入れ、枕カバーの中へと戻した。
[Aエリアの囚人A] *クルビアスラング*! サイコーの夢見てたってのに、ションベンのせいで目が覚めちまった……
[Aエリアの囚人A] よお、ジェッセルトンじゃねえか。また夜更かしして手紙書いてたんだろ?
[Aエリアの囚人A] 先週も書いて、今日もまた書いて、随分マメだよなあ。一体誰宛なんだ?
[ジェッセルトン] あなたには関係のないことですよ。
[Aエリアの囚人A] 隠すなって、俺たちにゃ見せらんねえってのか? どういう手紙書いてんだよ。パパとママに小遣いでもせびってんのか? それとも嫁に浮気すんなって脅しでもかけてんのかあ~?
[Aエリアの囚人A] まあ聞け、実は今賭けをしててよお。それに勝てばタバコ十本手に入るんだ。
[Aエリアの囚人A] なあ、何書いてんのか教えろよ。俺が勝てたら、五本は分けてやってもいいからさ。
[ジェッセルトン] 申し訳ないのですが、私のプライバシーを尊重していただけるようお願いします。
[Aエリアの囚人A] あーはいはい、プライバシーねえ。
[Aエリアの囚人A] 看守になりすましてまで人を殺しに来ておいて、結局誰ひとり仕留められないまま囚人になり下がった野郎が、ま~だそんな紳士ぶった態度でプライバシーとやらを要求すんのか。はっ、笑わせるぜ。
[看守A] 全員揃ったか?
[Aエリアの囚人A] ジェッセルトンがまだでーす!
[看守A] なんだと? 奴は何やってる?
[Aエリアの囚人A] 出掛けにうっかり、鉄格子へ頭をぶつけたとか言ってましたー。
[ジェッセルトン] 申し訳ありません、医務室に行っておりましたもので。
[看守A] 医務室? 随分強くぶつけたらしいな、「同僚」さんよ。
[看守A] そんで、誰に転ばされたんだ? 言えよ。お前はずっと大人しくしてるし、憂さ晴らしくらい手伝ってやるぜ。
[ジェッセルトン] いいえ、誰に転ばされたわけでもありません。自分でぶつけただけですから。
[看守A] 本当か?
[ジェッセルトン] 本当です。
[看守A] だったら毎度医務室に駆け込むんじゃねえ! 鉄格子よりお前のほうがよっぽど丈夫なことくらい誰だってよくわかってんだぞ! 何度もこんな真似しやがって、一体何を企んでんだ!
[看守A] おい囚人ども、お前らはとっとと作業に向かえ! ――ジェッセルトン、お前は来い。別の仕事をやる。
[ジェッセルトン] いえ、私もほかの囚人たちと一緒に――
[看守A] つべこべ言うな、さっさと来い!
[看守A] ほらよ、バケツと洗剤だ。こいつでAエリアの監房全部の便所を掃除してこい!
[ジェッセルトン] わかりました。ご命令とあれば従います。
[ジェッセルトン] ただ、掃除用のブラシをいただいていないようなのですが……
[看守A] ブラシだあ? いらねえだろそんなもん。
[看守A] ジェッセルトンさんご自慢のアーツなら、金だわし作るくらい簡単だろうしなあ? わかったら行け! 作業を終え次第チェックしてやるよ。綺麗になってなかったらメシは抜きだからな!
[Aエリアの囚人B] はははっ――
[ジェッセルトン] (深呼吸)
[ジェッセルトン] 仰る通りにいたしましょう。今、この場で力をお持ちなのはあなたですからね。
[Aエリアの囚人B] ……
[Aエリアの囚人B] けっ。便所掃除させられても、あんな態度で居続けるつもりかよ。
[Aエリアの囚人] ジェッセルトン、戻ってきたのかい?
[Aエリアの囚人] あんな汚れ仕事をさせられるなんて、大変だったね。
[ジェッセルトン] 大したことではありませんよ。お気になさらず。
[Aエリアの囚人] そう、か……ともかく、これを。昼飯のパンだよ。
[ジェッセルトン] ありがとうございます、リック。あなたのために医務室で情報を得てきたことは無駄ではなかったと思えますね。
[リック] えっ! じゃあ鉄格子にぶつかったわけじゃなく、仮病してまで医務室に行ってくれたのか? ああ、何とお礼を言えばいいか……!
[リック] それで……僕の病気は……?
[ジェッセルトン] あのお医者様は厳しい方ですから、いくらかお金をお渡しして「お伺い」してみたところ……
[ジェッセルトン] あなたの肝臓病はもう治療を始めなければ手遅れになりかねない段階で――
[Aエリアの囚人C] ジェッセルトン、ま~たここで「友達作り」してんのか?
[ジェッセルトン] チッ……
[Aエリアの囚人C] てめえが何考えてるかなんざどうでもいいが、今日の喧嘩には参加しろよ!
[ジェッセルトン] 申し訳ありませんが、あなた方の娯楽に参加することには興味が湧かないものでして。
[Aエリアの囚人C] 興味ねえだと? 俺たちAエリアが、最近はあの感染者どもに負けまくってんのを知らねえわけじゃねえよなあ?
[Aエリアの囚人C] てめえが余計なことしてアンソニーを逃がしちまったせいで、Bエリアの連中はますます調子に乗ってやがんだぞ。全部てめえのせいだろうが! その立場でよくそんなこと抜かせるよなあ!
[Aエリアの囚人C] 本気で来ねえってんなら、次にてめえが便所掃除に呼ばれた時を楽しみにしてろよ。「サプライズ」を用意しといてやる!
[ジェッセルトン] 失礼ながら、私はあなた方のような荒っぽいお人とは違いますので……そうした低俗な暴力行為を楽しむことはできないのですよ。
[リック] ジェッセルトン、行ったほうがいいんじゃないか……
[Aエリアの囚人C] あーそれと、そこのリックとかいう奴。お前、ここに来て何日目なんだ? 言っとくが、その野郎とは距離を置くのが賢明ってもんだぜ。そいつは善人なんかじゃねえんだ。
[リック] 善人じゃない、だって? そんなはずないだろ、ジェッセルトンにはよく助けてもらってるし――
[Aエリアの囚人C] チッ、救いようのねえバカだな。
[Aエリアの囚人C] おい、ジェッセルトン。もうちょっとでおっぱじめっから、さっさと来いよ! 遅れたら全員でお前をボコにしてやるからな!
[ジェッセルトン] (肩をすくめる)
[ジェッセルトン] どうしてもと仰るなら、顔を出すようにはいたしましょう。
[Aエリアの囚人C] 顔を出すだけで済むと思うなよ。てめえが――
[Aエリアの囚人C] まあいい。とにかくぜってー来いよ!
[Bエリアの囚人A] おいおいおい、誰かと思えば!
[Bエリアの囚人B] ジェッセルトン大先生じゃねえか! 似合ってるぜ、その囚人服!
[Bエリアの囚人C] 看守の仕事に疲れちまって、俺らとお楽しみにきたってわけか?
[Bエリアの囚人たち] だははははは!
[Aエリアの囚人A] (小声)ジェッセルトン、お前アンソニーとも張り合えるくらい強いんだろ? こいつらをぶっ倒すくらい朝飯前じゃねえのか?
[ジェッセルトン] 愚問ですね。侮辱にすら聞こえますよ。
[ジェッセルトン] たかが感染者の数人くらい――
「しばらくは監獄内で時を待ってください。トラブルを起こさず、目立たないように注意して……」
[ジェッセルトン] ……
[Aエリアの囚人B] 聞いたか、クソ感染者ども! お前らなんざ屁でもねえってよ!
[Bエリアの囚人A] へえ、そうかよ! だったら偽看守様の実力ってやつを拝ませてもらおうじゃねえか!
[Bエリアの囚人A] やっちまえ!
[看守A] おっ、またやってんのか――って、おいおいあいつは……
[看守B] 誰かと思えばジェッセルトンじゃねえか!
[看守B] こうなりゃ、今日はAエリア優勢に賭けようかねえ。
[看守A] へーえ、損しても知らねえぞ? 俺はAエリア優勢にはならんほうに賭けるぜ。
[Aエリアの囚人A] ジェッセルトン、お前柱にでもなったつもりか!? そこでぼーっと突っ立ってねえでさっさと戦え!
[Aエリアの囚人B] 聞いてんのか偽看守! てめえ――
[Aエリアの囚人A] この*クルビアスラング*、裏切るつもりか!?
[Bエリアの囚人A] ハハッ、Aエリアのザコどもが! てめえらじゃ話になんねえってのに、頼みの綱の助っ人様もやる気が出ねえときたもんだ! これじゃなぶり殺しになんのを待つしかなさそうだなあ!
[Bエリアの囚人B] けどよお、そんなんちっとも面白くねえと思わねえか?
[Bエリアの囚人A] って言うと?
[Bエリアの囚人B] 今はAエリアのゴミどもなんぞに構ってねえで、この口先ばっかの偽看守様をボコボコにしてやるべきだと思うんだよなあ。
[Bエリアの囚人B] だってよ、こいつさっき「たかが感染者の数人くらい」とか言ってただろ?
[Bエリアの囚人B] 野郎を見てるとムカついてくんだよ。向こうにやる気がなくても、俺が一発叩き込んでやらあ!
[Bエリアの囚人B] *クルビアスラング*! クソ、骨イったんじゃねえか……!? 鉄の塊みてえな堅さしやがって、鉄板でも殴ってるような感じだ!
[Bエリアの囚人C] だったらこのバールをお見舞いしてやる!
[看守B] いいぞ! 人でなし野郎をぶっ倒せ!
[看守A] ハハッ、無理無理。あいつなら痛くもかゆくもねえだろ。
[Bエリアの囚人C] う、嘘だろ!? バールが曲がった……!?
[Aエリアの囚人C] ハッ、Bエリアのうすらバカどもが! こいつはアーツが使えるんだぜ!
[Bエリアの囚人C] 何親分ヅラしてんだよ、いい気になりやがって! お前らだってこいつをどうにもできねえくせに!
[Bエリアの囚人C] このまま棒立ちしてるだけなら、銅像連れてくんのと大して変わんねえぞ!
[Aエリアの囚人A] おいジェッセルトン、てめえよ~く考えろよ!
[ジェッセルトン] 皆さん、どうか冷静に。
[ジェッセルトン] 私は初めから、あなた方の低俗な喧嘩に参加するとお約束はしていません。ここに立っていることだけでも、すでに皆さんへ精一杯の誠意をお見せしていると思いますよ。
[ジェッセルトン] あなた方に少しでも理性が残っているのなら、どうか道を開けてここから帰していただけませんか。
[Aエリアの囚人A] さっきからぺらぺらくだらねえこと喋ってんじゃねえ!
[Aエリアの囚人A] 俺らはお前を戦力として連れてきてんだ! 高尚ぶった見学者様はいらねえんだよ!
[Aエリアの囚人A] 読めてきたぜ……さては偽看守時代が恋しくなって、あの頃の思い出に浸りに来たってわけか?
[Aエリアの囚人A] そんなら俺のレンチを喰らえ!!
[Aエリアの囚人A] いっ……て、手がっ……!
[ジェッセルトン] もう結構。これ以上は付き合っていられません。
[ジェッセルトン] 私を傷付けようとすればするほど、皆さん自身の不健康なお身体のほうが傷付いてしまいますよ。
[ジェッセルトン] 言うまでもないことですが、まずこのような殴り合いを楽しもうなどという趣旨が、お世辞にも褒められたものではありませんしね。
[ジェッセルトン] 囚人であるというそれ自体が同情に値することですが、その上、品性まで欠けているとなると……やれやれ。
[Aエリアの囚人C] んだと*クルビアスラング*! この*クルビアスラング*が!
[Aエリアの囚人C] 野郎ども、全員で奴を袋だたきにしてやろうぜ! どこまでナメた態度取ってられるか見せてもらおうじゃねえか!
[Bエリアの囚人A] ……あいつ、Aエリアの助っ人だったよな? なんか味方に殴られてねえか?
[Bエリアの囚人B] みてえだな。
[Bエリアの囚人B] あーあ。ここがムショじゃなきゃ、ポップコーンでも買ってくんのになあ。
[Bエリアの囚人A] どーするよこれ。見物でもすっか?
[Bエリアの囚人B] ポップコーンなしで見物なんかしてられっかよ!
[Bエリアの囚人B] 当然、俺らもあの*クルビアスラング*野郎をブチのめすっきゃねえだろ!
[看守A] ん? お前、何してんだ? 戦わねえのか?
[Bエリアの囚人C] みんなのためのお楽しみってやつを調達してこよーと思いまして。
[看守A] お楽しみ?
[Bエリアの囚人C] (耳打ちをする)
[看守A] ぷっ……
[看守A] よし、行ってこい。だが、ちゃんと戻ってこねえと承知しねえぞ。
[看守A] それと、もし別のもんを持って戻ったりしたら、嘘をつくとどうなるかってのを一生忘れられないように叩き込んでやるからな。
[Bエリアの囚人C] はいはい、わかってますって!
[看守B] あいつ、なんて言ってたんだ?
[看守A] まあ見てなって。
[看守B] え~? 正直ちょっと飽きてきちまったんだけど。
[看守B] ジェッセルトンの奴、丈夫すぎんだよなあ。周りの連中はノコギリ何本も折ってんのに、本人には傷一つ負わせてねえしよ。
[Aエリアの囚人たち] ふぅ……ふう……
[Bエリアの囚人たち] はぁ、はあ……
[ジェッセルトン] 別段、この結果を意図していたわけではないのですが……あなた方はもう戦えそうにありませんね。
[ジェッセルトン] 私が訪れたことによって、皆さんが和解に至るプロセスを短縮させられたのなら何よりです。
[ジェッセルトン] では、私はそろそろ――
「ビシャッ――」
[ジェッセルトン] これは――まさか、強酸!?
[ジェッセルトン] いや、違う――
[Aエリアの囚人A] おえっ!
[Aエリアの囚人B] くっせえ! 誰だよ、こんなきったねえ水ぶちまけたのは!
[Bエリアの囚人C] わりーわりー、そこのジェッセルトンさんがお利口でお上品で、向かうところ敵なしって感じの野郎だったもんだからよお。
[Bエリアの囚人C] そういう奴にこそ、便所掃除に使った水でシャワーを浴びさせてやりてえなあって親切心さ。どうだ、ご感想は?
[ジェッセルトン] ……
[Bエリアの囚人C] なんだやんのか? どうか冷静に~とか抜かしてたのはお前じゃねえかよ。
「あなたは依然、ビーチブレラ社の大切な社員であり、その役職と待遇は今も担保されています……」
[ジェッセルトン] ……あなた方のような下品な人に関わるつもりはありませんので。
[Bエリアの囚人C] チッ、腰抜け野郎が!
[ジェッセルトン] 皆さんが何を言い、何をなさっても一向に構いません。ですが、こんな汚水程度で私を傷つけることなどできませんよ。こうした卑怯なやり口は、そのくだらない人間性を露呈させるだけですしね。
[ジェッセルトン] それでは、失礼。
[Aエリアの囚人B] ……俺、なんかちょっとあいつに感心しちまったわ……
[Aエリアの囚人A] そーかあ? ほら、とっとと行けよジェッセルトン、臭くてたまんねえわ。
[Bエリアの囚人C] 帰って泣き寝入りする前に、お着替えすんのを忘れんじゃねえぞ。寝床にまでにおいが染みついちまうからなあ! はははっ!
[囚人たち] だっはははは!
[看守A] どうよ、面白かっただろ?
[看守B] ははっ、あのBエリアの奴にはご褒美に食いもん追加してやらねえとな。ところで、さっきの賭けはどうなるんだ? これ。
[看守A] そりゃもちろん、俺の勝ちさ。
[看守B] ? どういうことだよ。
[看守A] おいおい、忘れちまったのか? 俺は「Aエリア優勢にはならんほうに賭ける」っつったんだぜ。
[看守B] はあ~!? やりやがったな、このいんちき野郎!
[リック] ジェッセルトン? 大丈夫か、怪我をさせられたんじゃ――
[リック] うっ……すごいにおいだな……!
[リック] 一体何をされたんだ?
[ジェッセルトン] お気になさらず。少し悪戯をされただけですよ。
[リック] そんな……あいつらどうしてこんなことを……!?
[ジェッセルトン] それより、囚人服の替えをお持ちではありませんか? 一着貸していただけると嬉しいのですが。
[リック] そ、そう言われても、僕だって替えは一着しか持ってないし……
[ジェッセルトン] ……
[リック] ……ジェッセルトン?
[ジェッセルトン] ご自分の房で待っていていただけますか。体を拭いて、服を洗ってきますので。
[ジェッセルトン] おや、来てくださったんですね。
[リック] 生乾きの服着てるんだろ?
[リック] さっきはケチなこと言ってごめん……やっぱり思い直して、替えの服を持ってきたんだ。
[ジェッセルトン] (つくづくお人好しだな……このバカがあの手紙を読んで、間抜け面を晒してくれるのが待ちきれなくなってくる。)
[ジェッセルトン] (こいつは私に恩義を感じているし、あとは少し誘導して、憎しみに火をつけてやれば……)
[ジェッセルトン] (まったく、この短い獄中生活でこんなお楽しみに巡り合えるとは私も運が良い。)
[リック] ……? どうしたんだい? 具合でも悪い?
[ジェッセルトン] いえ、何でもありません。
[ジェッセルトン] そんなことより、あなたのことですよ。
[ジェッセルトン] 検査結果によると、あなたの肝臓病はアルコールに原因があるそうです。獄中で摂取していることはないでしょうが、仕事中に接触している化学物質が身体に害をもたらしているとか。
[ジェッセルトン] このままでは、余命も楽観視はできないと、お医者様は仰っていましたよ。
[リック] そんな……ああ、妻よ、僕の幼い子供たちよ……お前たちにこんな苦労をかけるなんて……
[ジェッセルトン] そういえば……お医者様からは検査結果以外にも、あなたの奥様からのお手紙を預かっているのですが。
[リック] パティからの手紙を……? どうして医者が?
[ジェッセルトン] あなたの健康状態を考慮すると、無闇に刺激を与えたくなかったというお話でした。
[ジェッセルトン] ですがお身体についてはすでにお伝えした通りですし、この手紙を隠しておくのもいかがなものかと思いまして。
[リック] ああ、なんて有り難い……彼女の手紙を読めるなら、今ここで死んでも構わないくらいだ! でも、刺激というのはどういう……?
[ジェッセルトン] それは……どうかご自分の目で確かめてください。
[ジェッセルトン] (先週夜遅くまでかけて、こいつの嫁の筆跡を真似て書いた力作だ……騙しきれるといいが。)
[リック] 「ごめんなさい、あなた。こんな生活にはもう耐えられないの。だから私、ビルと結婚することに決めたわ――」
[リック] ど、どういうことだ!?
[リック] これは、一体――
[リック] パティがあの子と結婚するって……!? 弟は……ビルはまだ十五歳だぞ!?
[ジェッセルトン] (しまった、こいつの弟はそんな名前だったのか……!)
[ジェッセルトン] よ……よく思い出してみてください。ほかにも、同じ名前の方がいるのでは?
[リック] ほかにって……まさか、ディキンソンのところの大工か!? そういえば僕が刑務所に入れられるまえに、ちょうど奥さんが亡くなってたような……!
[リック] ぱ、パティに会って直接問いたださないと! 本気で僕を捨てる気なのか、子供たちにもあんな腰の曲がった爺さんをパパと呼ばせるつもりなのかって!
[ジェッセルトン] リック……お気の毒に。
[リック] ジェッセルトン……君がこの手紙を持ってきてくれなかったらと思うと、なんと言えばいいか……
[ジェッセルトン] 私に感謝などしている場合ではないでしょう。
[リック] え……?
[ジェッセルトン] このクルビアでは、誰もお金と権力の支配から逃れることなどできません。
[ジェッセルトン] 考えてもごらんなさい。パティがその大工を選んだのも、お金のためなのですよ。
[ジェッセルトン] 投獄されたあなたは、彼女の負担になったのです。だからパティは自分を深く愛してくれるあなたを捨て、その腰の曲がった老いぼれと結婚しようとしているのでしょう。
[ジェッセルトン] もし復讐をお望みなら……
[リック] 復讐? 違うよ、僕はただパティに会って色々聞きたいだけで……
[ジェッセルトン] では、そのあとは? 彼女を行かせるおつもりですか? 仮にそうするとしても、子供たちまで手放していいのですか?
[ジェッセルトン] あなたは彼女と相思相愛だとお思いだったようですが、このクルビアで愛が一体いくらになると言うのでしょう。
[ジェッセルトン] パティはあなたを裏切っただけでなく、子供たちにまで実の父親を裏切らせることになるのですよ! それなのに、何の怒りも感じないのですか?
[リック] もうやめてくれ、ジェッセルトン……
[ジェッセルトン] (この世間知らずの間抜け野郎が……もっとはっきり言ってやらないとわからないようだな。)
[ジェッセルトン] (問題はあるまい。じきに私はここを出るんだと伝えたところで、このバカは嫉妬するどころか、単に羨むだけだろうからな。)
[ジェッセルトン] もはや残された選択肢はただ一つ……お金か権力を手に入れることしかありません。
[リック] お金か権力、って……そんなものでどうやって子供たちを取り返すんだ?
[ジェッセルトン] お金さえあれば、保釈金を支払うこともできるでしょう。仮釈放を受けてこの腐った場所を離れ、パティの手から子供たちを取り返すのですよ。
[リック] そんなこと言ったって、そもそもお金があれば嵌められることだってなかったわけだし……
[ジェッセルトン] ならば権力を頼るしかなさそうですね。
[ジェッセルトン] 実を言うと、私は監獄の内外にいくらかコネクションを持っております。
[ジェッセルトン] 信頼に値する友人も何人かおりまして、もうしばらくしたら彼らが私をここから救い出してくれる予定なのです。
[リック] 本当ですか?
[ジェッセルトン] もちろんですとも。
[ジェッセルトン] 何年にもわたる努力の結果、私にも権力の一端くらいは掴み取ることができたのです。
[ジェッセルトン] 今私がこの監獄に閉じ込められているのは、不幸な事故と遅延によるちょっとしたハプニングのようなものですしね。
[リック] いいなあ……君が羨ましいよ。
[リック] 何はともあれ、ありがとう。僕みたいな運のない男の話を聞いてくれたり、あれこれ手伝ってくれたりして……
[ジェッセルトン] いえいえ。自信を持ってください、リック。
[ジェッセルトン] クルビアでは、自分ひとりでやっていけるだけの実力か、あるいは助けてくれる人との縁を持っている限り、運が尽きたとは限らないものです。
[ジェッセルトン] この例で言うと私は前者であり、あなたは後者に当てはまります。
[リック] 後者って――僕に助けてくれるひとなんか……も、もしかして君が助けてくれるってことかい?
[ジェッセルトン] その通りです。
[ジェッセルトン] 私の知人たちをご紹介しますので、時間ができたら上の方々にも声をかけて――
[看守A] リック!
[看守A] リック・グレイ!
[リック] は――はい、ここです!
[看守A] 出ろ、面会だ。
[リック] わ、わかりました……
[看守A] そら、ぐずぐずすんなっての! まったく、運が良かったな。お前の家族が保釈金を工面してくれたんだとよ。さっさと行って仮釈放の手続きをしてくるといい。
[リック] えっ!?
[リック] そんな――だって……
[リック] 一体誰がそんなことを? もしかして、父ですか?
[看守A] つべこべ言うな、ここから出たくねえのか?
[リック] お願いですから、教えてください。僕の保釈金なんて、誰が払ってくれたんですか?
[看守A] ああもう、うるせえな……確かパティとかいう、お前と同じ名字の奴だよ。これで満足か? わかったらもう行け。
[リック] ぱ、パティが!? ああ……なんてことだ!
[看守A] よお、「同僚」。また会ったな。
[ジェッセルトン] 馬鹿な……! 誰があんな貧乏人に保釈金を出すというんだ!? まさかあなたたちが――いや、そんなはずは……!
[看守A] ないに決まってんだろ? 囚人なんぞのために払う金なんざありゃしねえよ。
[看守A] だがそれはそれとして、お前の小賢しいお遊びのことくらいこっちはお見通しなんだ。お前に「友達作り」をしたがる癖があるのは、獄長も知ってることだしな。
[看守A] 何せお前が妙な真似をしないようにって、わざわざ俺に見張らせるくらいだ。
[ジェッセルトン] ならば、これはやはりあなたたちの仕業なのでは?
[看守A] いいや? あいつはマジで運が良かったのさ。嫁さんが家かなんかを売っ払ってまで金を作ってくれたらしいぜ。
[看守A] だから、俺らがやったのは……ちょ~っとだけ手続きをゆっくり進めたことくらいかな。
[ジェッセルトン] 手続きを……?
[看守A] 奴の嫁さんが保釈金を用意したって情報は、一週間前には入ってたんだ。
[ジェッセルトン] なっ……!?
[看守A] お陰でこの一週間はかなり楽しませてもらったぜ。お前があちこち駆けずり回って、なけなしの金で必死にコネを作ってるとこときたら――ぷっ、ははははは!
[看守A] なあ、お前今ポケットにいくら残ってんだ?
ジェッセルトンの目がぎらりと光った。
「獄中で模範的な振る舞いを続けていてもらえたら、機が熟した時必ずあなたを解放します。その暁には、倍の補償もお付けしましょう……」
黒い何かがその手に集まり、凝縮し始め――
[看守A] おおっと、マジでかかってくる気か?
そして、消えていった。
[ジェッセルトン] ……
[ジェッセルトン] ご冗談を。
[ジェッセルトン] 怒りを発散するのに暴力を用いるのは、愚か者の所業ですから。
[看守A] そりゃ残念。アンソニーの脱獄がきっかけで超強力なスタンガンが支給されたから、試してみたいと思ってたんだがな。
[ジェッセルトン] ほかのどなたかでお試しください。もうじき、お目にかかることもなくなるでしょうしね。
[看守A] へえ、誰か保釈金を払ってくれるアテでもあるっての?
[ジェッセルトン] ……当然あります。
[看守A] ふ~ん? 妙な話だよなあ。そんな奴が本当にいんなら、どうしてお前はリックと違って仮釈放を受けられてないのかねえ。
[ジェッセルトン] ……
[ジェッセルトン] 浅はかな考え方ですね。
[ジェッセルトン] お金と権力を真の意味で手にしている人々が、そのお金を頼りに誰かを獄中から救い出すような真似をするとでも?
[看守A] ハッ、口が減らねえ奴だ。
[ジェッセルトン] 事実を述べたまでのことです。
[看守A] そんなら、お前の言う金を使わねえやり方で、さっさとムショを出られるように祈っといてやるよ。
[看守A] つっても、今のお前がマンスフィールド監獄の囚人であることに変わりはねえってことくらいはわかるよな?
[看守A] ほら、ちゃっちゃとそのバケツと洗剤を持って行け。まだCエリアの便所掃除が終わってねえからな!
親愛なるMr.K
時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。早朝のマンスフィールド監獄から、お手紙いたします。
こちらの状況は、私が看守として潜入していた頃とそう変わり映えはいたしません。
看守は何を為すでもなく権威にあぐらをかいており、囚人たちは有り余る体力を喧嘩で発散する日々を過ごしております。
さて、このたびはお願いがございます。どうか一刻も早く、私をこの監獄から救い出していただけないでしょうか。
貴方のお力を以てすれば、私一人を救うことなど容易いことと存じ上げます。
先日のお手紙で私を大切な社員だと書いていただいていましたが、実際のところ私も理解しております。私は無数の社員の一人にすぎず、単にほかの方より少々実力があるために、ほかの方より少々価値があるのだということを。
ですからどうか少しでも早く、ここから連れ出していただけますようお願いいたします。私は長い獄中生活でかつての鋭さを失ってしまうことを、あなたに十分な価値をご提供できなくなることを恐れているのです。
あなたの忠実なる――
ジェッセルトンは署名をしようとしたところでペンを止めた。
そして力強くペンを握りしめ、歯を食いしばって元の署名に打ち消し線を引くと、改めてこう書いた。
「あなた様の卑しい下僕、ジェッセルトン・ウィリアムズより」
[ジェッセルトン] これでいい……これで、いいんだ……
[ジェッセルトン] 気をしっかり持て、ジェッセルトン……お前は五年連続でビーチブレラ社の最優秀社員に選ばれた男だ。彼らがお前を見捨てるはずがない……
[ジェッセルトン] 見捨てるはずがないんだ!
[ジェッセルトン] そうだ、きっと大丈夫……
[ジェッセルトン] もうすぐ、もうすぐここから出られるはずだ。
[ジェッセルトン] そうなったら、必ずあの下品な囚人と看守どもを――
[ジェッセルトン] まあいい。実際にここを脱出してから考えるとしよう。
[テレビの音声] ――ジェッセルトン・ウィリアムズは、この先どうなってしまうのでしょうか?
[テレビの音声] 果たして、ビーチブレラ社のMr.Kは苦境に立たされた社員に救いの手を差し伸べてくれるのか……!?
[テレビの音声] 気になる続きは、変わらずこちらの58チャンネルで! 来週のこの時間に『トゥルーストーリー』第173話を放送いたします!
[客A&客B] ははっ、わはははははっ!
[客A] この番組面白いな! 来週から追っかけることにするよ。タイトルなんだっけ、『トゥルーストーリー』か?
[客B] おう、きっと気に入るだろうと思ってたぜ!
[客B] しかし、この番組は昔っから見てるんだが、あのジェッセルトン役の俳優みたいな演技の上手い奴初めて見たよ!
[客A] 58チャンネルも金かけてるんだろうなあ。だけどあんなに上手い俳優なんか、どこで見つけてきたんだろう? これまでも別の作品に出たりしてたのかな?
[客B] どうだろうなあ。これはモキュメンタリーのリアルっぽさが売りの番組だから、俳優の名前を出してねえんだよ。
[客B] ま、多分演劇学校を出たばっかの新卒とかじゃないか? いやあ、あいつの未来は明るいな! はははっ!
[客A] まったくだ! あの俳優の未来に乾杯!
[客B] 未来に乾杯。
[客B] ん~、この酒うまいな。
[客A] おお、ほんとだ。
[客A] でもさ、ちょっと思ったんだが……
[客A] もしあの人が役者じゃなくて、本物の囚人だったら――どう思う?
[客B] ……
[客B] ははっ、面白いジョークだな。
[客A] いや、俺は――
[客B] かなり笑えるぞ、それ……ははっ。
[客B] わっははは!
[客A] は、はははっ……
[テレビの音声] ~♪
[テレビの音声] ――この番組はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
[テレビの音声] それでは、また来週お会いいたしましょう。
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