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青く燃ゆる心_OF-ST6_潮音との邂逅
ロドス一行と共にシエスタに来たソーンズは、一日の休日を謳歌する。 日が沈みゆく中、エーギル人は異郷のビーチに佇んでいた。程なくして、未知の敵と遭遇する——
[エリジウム] もしもし? もしもーし! ねえ、頼むから出てよ! まさか、また通信拒否!?
[エリジウム] もしもし!? あ、オーケーオーケー! 聞こえた!
[エリジウム] まったく君って奴は、や~っと出てくれたね……。
[エリジウム] もうそっちに着いてるでしょ? で、どうなの? シエスタってところは。
[エリジウム] ドクターが言ってたけど、そっちは路上で倒れる人もいるくらい暑いんだって? しかも倒れた人は大量のビールシャワーで起こされるって話だけど……それって本当なの?
[エリジウム] いや、そんなことよりさ。今回のフェスにはどんなアーティストが来てる? もしかしてエンペラーとかもいるの?
[エリジウム] それとAUSのメンバーには会えた? 僕、いつも彼女たちの曲をBGM代わりにしてるんだよ!今流してる曲だって――
[ソーンズ] ……切るぞ。
[エリジウム] ちょっ……待って待って! そんなつれないこと言わないでよ~!
[エリジウム] 用ならちゃんとあるから。それに、まだ話の途中でしょ? だから切らないでよ、ブラザー!
[ソーンズ] はぁ……。
[ソーンズ] そんなに興味があるのなら、どうして来なかったんだ?
[エリジウム] ここを離れられないからに決まってるでしょ! 僕だって本当はすごく行きたかったよ!
[エリジウム] けど、君たちがそんな大所帯で行っちゃった以上、こっちに誰かしら残る必要があるわけで……まだ任務だって残ってるし……ガヴィルの件とかさ――
[ソーンズ] 任務の内容まで話さなくていい。
[エリジウム] 別に機密任務とかじゃないよ? でもさ、あの……一つだけ、アレなことがね……。
[ソーンズ] 要点だけ言え。三十文字以内でまとめろ。
[エリジウム] はぁ~、ブラザー?
[エリジウム] 君ってさ、よく付き合いにくいって言われたりしない?
[ソーンズ] ……。
[エリジウム] 可哀想に……君のためを思って、本当のことを言ってくれる人がいないんだね。
[ソーンズ] ……切るぞ。
[エリジウム] 待って! 待って! ちゃんと話すから!
[エリジウム] すぅ~……。
[エリジウム] 情報源は怪しいけどそのフェスで面倒事が起きるらしいよ! でも君なら何とかしちゃうだろうし心配してないよ! そんな事よりもしAUSのメンバーに会ったら僕の分のサインを貰っておいてよ!
[ソーンズ] ……それだけか?
[エリジウム] えっ? そうだけど。
[ソーンズ] 百とんで二文字だ。200%以上オーバーしている。
[ソーンズ] それと、俺からも忠告だ。もしその大音量のBGMをオフィスで流しているのなら、あと10秒もすれば隣のエンジニア連中がスピーカーを破壊しに来るだろう。
[エリジウム] えっ……?
[エリジウム] あれ? どうしたの? 僕に何か用でも……仕事に集中できない? えっと、それは……あの……ごめん……って、うわああ!? 今すぐ切るから、それ下ろして――
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] あいつ、どれだけあのバンドが好きなんだ?
[ソーンズ] 気が付けば、俺まで歌詞を覚えて……ん? あれは……。
[プロヴァンス] 景色は最高だけど、やっぱり暑いね! 尻尾を絞ったら汗が垂れてきそうだよ!
[プロヴァンス] それに今のシエスタの気温だけどさ、僕の予想よりも高いなんてどう考えてもおかしいよ……ねえ、スカイフレアもそう思うでしょ?
[スカイフレア] ……私たちの服装だと、暑いのは当然ではなくて?
[プロヴァンス] いや、それは……そうだけどさ……。
[プロヴァンス] ていうか、みんな厚着しすぎだよ……。このままだと熱中症になるかもだし、どっかで着替えない? 海があるって聞いてせっかく水着を持ってきたんだし……。
[スカイフレア] お待ちなさい! 今はまだいけませんわ! まずは火山の麓に行くのではなくて? だったら、着替えるのは戻ってからにしなさい!
[プロヴァンス] じゃあパパッと行ってパパッと戻ってこよう。僕もビーチで思う存分楽しみたいもん。それにこんな機会、なかなか無いしね!
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] ビーチ? 海?
[ソーンズ] ……海の匂いはしないが。
[Alty] ねえ、これで何曲目? 夜もステージがあるってのに、少し張り切り過ぎじゃない?
[Aya] わかんないけど、私は楽しいから全然構わないよ! Frostもそうでしょ?
[Frost] (弦を弾く)
[Dan] 別にいいっしょー、アタシら疲れ知らずなんだし。
[Alty] まっ、それもそうね。
[Alty] いいわ。それじゃあ、夜になる前に――
[Alty] さらにテンション上げていくわよ!!
[ソーンズ] (これがあいつが好きなバンドか? やはり騒がしい演奏だな。)
[ソーンズ] (だが……。)
[ソーンズ] (妙だ……何かがおかしい。)
[ソーンズ] (この懐かしさは一体……。今流れている曲のせいか?)
[護衛A] お嬢様は見つかったか!?
[護衛B] 早くしろ! 追え! まだ近くにいるはずだ!
[護衛A] こっちだ! 絶対にお嬢様を連れ戻すぞ!
[ファンA] ちょっと、なに押してんのよ! マナーくらい守ってよ!?
[ファンB] おい、今足踏んだの誰だよ!
[ファンC] そんなの放っときなさいよ。それよりも、次の曲が始まるわ! ……あっ、これ「Deep Color in the Sea」の一曲目よ!
[ソーンズ] ……ん?
[ソーンズ] (あいつら、何を探しているんだ?)
[ソーンズ] (それにあの格好、とても民間組織のようには見えないが……。)
[???] すみませーん! 通してくださーい!
[ヴィグナ] ふぅ、やっと出られた……。
[ソーンズ] 何をそんなに慌てている?
[ヴィグナ] きゃあ! 誰!?
[ヴィグナ] って……なんだ、ソーンズか。びっくりした……。ここにいるってことは、あなたもAUSのファンだったの?
[ヴィグナ] あっ、そういえば、あなたエーギル人よね? それならファンなのも頷けるわ。だって、AUSの歌う「海」はシエスタの波なんかよりもずっと綺麗で力強いもの!
[ソーンズ] ……。
[ヴィグナ] いけない! 今はこんなこと言ってる場合じゃなかったわ!
[ヴィグナ] 実はドクターのところで手助けが必要らしくてね、それで急いでたのよ! 人手が要ると思うし、あなたも一緒に――
[ソーンズ] 必要ない。
[ヴィグナ] えっ、なんで?
[ソーンズ] 今回はあのウルサス人の爺さんがついてる。別に何も起きやしないだろう。
[ソーンズ] ……いや、この場合はこう言うべきか――
[ソーンズ] 俺のところに連絡は来ていない。だから、その必要はない。
[ソーンズ] それに、ドクターならば周到に考えて行動するはずだ。不注意からオペレーターや自分自身を危険に晒すことはないだろう。
[ソーンズ] つまり、具体的な指示を受けるまでは、俺がお前たちの作戦に参加する必要はないということだ。
[ソーンズ] あまりドクターを見くびらない方が良い。勝手に動けば、逆に周到な計画を崩してしまうかもしれない。
[ソーンズ] 以上が俺の推測だ。まだ何かあるか?
[ヴィグナ] ……。
[ヴィグナ] ……ない。
[ヴィグナ] ないけど……一つ、わかったことがあるわ。
[ソーンズ] ?
[ヴィグナ] それは、あんたとあたしは絶対に合わないってことよ! ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃない!
[ヴィグナ] あーもういい! とにかく、あたしはドクターに呼ばれてるから、もう行くわ!
[ヴィグナ] それじゃあね! せいぜいライブを楽しんでるといいわ!
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] …………。
[ソーンズ] 理解不能だ。
[男性観光客] 聞いたか? ビーチのグルメエリアにバーベキューの屋台が出てるらしいぞ。しかもそこ、今なら半額らしくて大通りまで列になってるってよ!
[男性観光客] どうだ? 俺たちも行ってみようぜ!
[女性観光客] この天気でバーベキューって……暑すぎるし、やめとこうよ……。
[男性観光客] おいおい、何言ってんだよ。灼熱のビーチで、真っ赤に燃える炭火で焼いた肉を頬張るのがいいんだろ? フェスのアツさにピッタリじゃないか!
[男性観光客] それに大行列になってるってことは、不味いはずないだろ。食べないと損だって!
[男性観光客] せっかくフェスに来てるんだから、行ってみようぜ。お前の分も俺が奢ってやるからさ!
[女性観光客] なんか上手く言いくるめられた感じがして気に入らないけど……いいわ。そこまで言うなら、行ってみましょ。
[女性観光客] ん? あっちのほう、やけに騒がしいけど……なんだろ?
[AUS] なんだってー!?
[AUS] 聞こえなーい!!
[ファンA] ――コール――
[ファンB] アンコール――
[男性観光客] 臨時の仮設ステージが出てるみたいだな。どのバンドが演奏してんだろ?
[女性観光客] バーベキューなんかよりあっちに行きましょうよ。凄く盛り上がってるみたいだし、もしかすると有名な人が来てるのかも!
[女性観光客] 痛っ! 誰よ!? 今ぶつかったのは!
[ソーンズ] ……気をつけろ。
[女性観光客] ひゃっ……あ、ありがとうございます。
[男性観光客] カッコ良すぎんだろ!! あいつらマジでクールだぜ!!
[女性観光客] あのバンドの曲は初めて聴いたけど、思ってたよりもずっと良かったね!
[女性観光客] やっぱこっちにして良かった! バーベキューよりも、音楽を楽しんだ方がよっぽど得でしょ! 新しいアルバムはいつ出るのかな? 絶対買うし!
[男性観光客] ハナっからバーベキューにゃ興味なかったくせに。ったく……。
[女性観光客] あら? いまさら気付いたの?
[男性観光客] そんなことより、お前、バッグはどうしたんだ?
[女性観光客] ……えっ?
[女性観光客] あれ? おかしいな……。ずっと持ってたはずなんだけど……。
[ソーンズ] 探しているのはこれか?
[冴えない観光客] うわっ!
[冴えない観光客] 何すんだよ、いきなり暴力かよ! いたたた腕がもげるっつーの!
[ソーンズ] もげない。騒ぐな。
[ソーンズ] まだ騒ぐと言うのなら、他の方法で黙らせてもいいが?
[冴えない観光客] (喉が締め付けられたかのようなうめき声)
[ソーンズ] 探しているのは、これだな?
[女性観光客] そう、それ! 私のバッグ!
[ソーンズ] 時計が二つに、財布が四つ。それとブレスレットが一つ、か。
[ソーンズ] さぞ楽な仕事だったのだろう。そうでなければここまで大胆な事、何度もやるわけがない。
[冴えない観光客] な、何言ってんだよ! それは全部俺の……俺の私物だって……。
[ソーンズ] 不合理だ。
[ソーンズ] 悪いが、無駄な時間を過ごすつもりはない。
[女性観光客] このお兄さんの言う通りよ! それ、どう見ても私のバッグだわ!
[男性観光客] ってか、マジでスリなんていたのかよ。じゃあ、さっき走り回ってた黒服はこいつらコソ泥を追ってたってわけか!
[ソーンズ] 黒服……? あれはそんなお人よしじゃない。
[ソーンズ] とにかく自分のものを持っていけ。他に何もなければもう行くぞ。こいつを、他の被害者たちのところにも連れて行く必要があるからな。
[冴えない観光客] おいっ! ふっざけんなよ! 被害者なんていねぇっての!
[冴えない観光客] さっさと放さないと訴え――
[ソーンズ] 黙れ。
[冴えない観光客] いたたたた!!
[男性観光客] なあ兄ちゃん。確かにそいつはスリなんだろうけど、他の被害者たちの居場所なんてどうやって調べたんだ?
[男性観光客] つーか、なんでそんなことまで知ってんだ?
[ソーンズ] ……こいつらは人が集まる場所に息を潜めながら入り込み、観光客だけを狙ってスリを働いている。そして、成功したらすぐにその場を離れる。
[ソーンズ] こいつが二回目のスリに手を染めた時、常習犯だと確信した。
[ソーンズ] その後、五つのエリアに渡って尾行を行い、こいつらのアジトも見つけた。
[冴えない観光客] !?
[ソーンズ] そう驚くな。お前以外の連中は、既に警察の世話になっている。
[ソーンズ] そういえば、刀傷のある男がお前たちのリーダーか? 少し腕の立つ奴だったから、時間がかかった。
[冴えない観光客] ……。
[冴えない観光客] ……トムのおやっさんまで捕まえたのか? チッ、ならそれを早く言えよ。だったら降参だ。あんたの方が一枚上手ってことで負けを認めてやるよ。
[男性観光客] おいおい、捕まったってのに何だよその態度。
[冴えない観光客] シエスタは俺たちの街だ。お前らに何がわかる? 捕まったからどうした? しばらく臭い飯を食わされるだけだろ……。
[男性観光客] てめぇ……もういい、時間の無駄だ。ありがとな、兄ちゃん。今回は助かったぜ。
[ソーンズ] 大したことはしていない。
[女性観光客] あっ! ねえ、ちょっと待って!
[ソーンズ] ……?
[ソーンズ] 礼なら不要だ。
[ソーンズ] 仲間の面倒事のついでにやっただけだ。
[女性観光客] そんなこと言わずに、お礼させてよ!
[女性観光客] そうだ! お兄さん、一緒にバーベキューでも食べない?
[女性観光客] すっごく行列になってるって噂の屋台があるんだよ。きっと美味しいし、せっかくフェスに来てるんだから一緒に食べようよ! 私が奢るから!
[男性観光客] おいちょっと待てよ!! お前、さっきバーベキューに興味ないって言ってたよな!?
[女性観光客] さっきはさっき! 今は今!
[ソーンズ] ……。
[カッター] 向こうのお客さんの分はもう焼けたよ。次の分は間に合いそう? あと、火が弱くなってきたから、もう少し炭を足しておくね。
[イフリータ] 余裕だ! オレサマに任せとけ!
[ソーンズ] 例の屋台とは、これか? 確かに悪くはなさそうだ。
[ソーンズ] だが、今入れた炭は……。
[イフリータ] ああ? 誰だオマエ? 勝手にオレサマのもんに触るんじゃねー!
[イフリータ] いや待て……。お前の武器、見た気がするぞ。えーっと……いや言うなよ。絶対思い出してやるから! ヒントも出すなよ!
[イフリータ] ……わかった! いつもドクターの後ろにくっついてる奴だろ!? ……いや、違うな。あいつは黒いマントを羽織ってたし……そんな長い剣も持ってなかった気がする……。
[イフリータ] じゃあアレだ! デッキで叫びながら走り回ってた奴だろ! オレサマも見てたから間違いねえ! 確かあの後、炎国のねーちゃんが飛び出してきて、こっぴどく叱られてたよな?
[カッター] イフリータ。その走り回ってた人はエリジウムさんだよ。
[カッター] それと、たしかあの時のエリジウムさんは……「ミルクゼリーシェイクをこっそり飲んだのは僕だよ」って叫んでたね。
[カッター] あと、追いかけてたのは……そう! レイズさんだった! ものすごく怖い顔して大声で叱ってたから覚えてる。
[イフリータ] なーにやってんだか……いや、待て。こっそり悪いことしたのに、どうして自分からバラしてんだ?
[イフリータ] というか、デカ耳。なんでオマエがそのことを知ってんだ?
[ソーンズ] 次にドアの前を通り過ぎるオペレーターの性別を当てる、という賭けをあいつに持ちかけられた。それで、あいつが負けてあの騒ぎが起きた。
[カッター] その時、ドアの前を通ったのが私だったんだ。
[イフリータ] んだよそれ、ガキみてぇなことやってんな。
[ソーンズ] ……話の腰を折るようで悪いが、肉がこげるぞ。
[ソーンズ] もし36秒前に裏返していればミディアム・レアだった。今すぐ火を止めれば、まだギリギリ食べられるはずだ。
[ソーンズ] それと俺の見間違いでなければ、さっきお前たちが入れた炭は湿っていた。73%の確率で10秒以内に爆ぜるぞ。
[ソーンズ] ……いや、この煙と火花の勢いを見るに、確率を10%上方修正しよう。
[カッター] えっ。
[イフリータ] えっ。
[イフリータ] うえっ……ゴホゴホッ! ぺっ、ぺっぺっぺっ!
[イフリータ] クソッ! このオンボログリルめ、いきなり爆発しやがって! 少し温度を上げただけだろうが! そんくらい耐えやがれ!
[カッター] コホコホッ。ご、ごめんなさい……これ、私のせいだよね? 焼くのを手伝うだけなら大丈夫だと思ったんだけど……。……やっぱり私が手伝うのは、いけないことだったんだね……。
[イフリータ] ああ? オマエは全然悪くねえだろ。
[カッター] ううん……全部私が悪いの。イフリータ、ソーンズさん、そしてお客さんたち。本当にごめんなさい……。壊れたものはちゃんと弁償するから……。
[カッター] ……これ以上足は引っ張らないから。それじゃあ……。
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] つまり、諦めるのか?
[カッター] ち、違うよ。諦めるとかじゃなくて……ただ、いつもみんなに迷惑をかけてばかりだから……。
[カッター] それに、これが初めてじゃないんだ。ロドスにいる時もそう……。私がキッチンに入ると、必ずトラブルが起きるの。それも何度も……。
[ソーンズ] ならば、もう一度試してみるといい。
[カッター] ……えっ?
[ソーンズ] できないなら、学べばいい。一度失敗したなら二度、二度失敗したなら三度挑めばいい。失敗した原因がわかっているなら、次はそうならないよう注意すれば済む話だ。
[ソーンズ] それと弁償も不要だ。この程度の爆発は日常茶飯事だ。気にしていない。
[カッター] ……。
[カッター] イフリータ、えっと……。
[イフリータ] いつまでサボってんだよ?
[カッター] えっ……? ええっ?
[イフリータ] だーかーら! いつまでサボってるつもりだ!? さっさと手伝えよな。ほら、こいつを持ってくれ。オレサマはもう一回グリルを組み直さねーと!
[イフリータ] つーか、途中で逃げるなんて許さねえからな! 手伝うって言いだしたのはオマエなんだしよ。わかったら、ほら! さっさと働け!
[イフリータ] それとグリルを直したら、次の肉はオマエが焼いてくれよ。オレサマは炭を変えてくるから!
[カッター] わ、私がやっても……いいの?
[イフリータ] ああ? いいもクソもねーだろ! 誰かにダメって言われたのか? それとも単にやりたくねーだけか?
[イフリータ] あ~ぁ、砂に半分埋まって出てこねぇよ。めんどくせえなぁ、重くて全然抜けやしねぇ……。
[イフリータ] あれ? コショウは? コショウはどこ行った? ああもう……! まさかコショウまでなくなったのかよ!? めんどくせえ!
[???] すみません。この辺りに美味しいバーベキューの屋台があるそうなんですが、どこかわかり――
[???] ……あれ? もしかして、イフリータとカッター?
[ビーズワクス] えっと……なにしてるの?
[イフリータ] おお! いいところに来たな!
[イフリータ] こいつを引っ張り出すから手伝ってくれ!
[ビーズワクス] うん、わかった。
[イフリータ] よっしゃあ! 出てきた!
[イフリータ] オマエは砂遊びしかできねぇやつだと思ってたけどよぉ。意外とやるじゃねーか!
[カッター] い、イフリータ!
[カッター] もう! そんな言い方するから、いつも誤解されちゃうんだよ?
[イフリータ] ああ? 他の奴らがどう思うかなんて関係ねぇだろ。
[ビーズワクス] ……ん? イフリータは褒めてくれたんだよね?
[カッター] えっ?
[ビーズワクス] 違うの? イフリータは時々「バカ」って言うけど、それだって相手を褒めてるってこと、私は知ってるよ?
[イフリータ] バ、バカ! 何言ってんだよ! 適当なこと言ってんじゃねえ!
[ビーズワクス] あ、飛び上がった。
[ビーズワクス] そうだ、もし砂遊びがしたかったらガヴィル先生の里帰りに付いていくといいかも。たしか、先生のお家の近くに砂場があるはずだから。
[イフリータ] しねぇよ、んなもん! ガキじゃねーし!
[ビーズワクス] そう? 私はすごく行きたいけどなぁ。ちょっとだけお家が恋しいから、羨ましい。でも今回の遊学が終わるまでは帰れないし……。
[イフリータ] 家が恋しい? んだ、それ? よくわかんねぇな。オレサマは、サイレンスとサリアがいればそれで十分だけど……。ロドスじゃダメなのか?
[ビーズワクス] うーん……ロドスとお家は少し違うかな? でも、イフリータの気持ちはなんとなくわかるよ。
[イフリータ] んん? 何がどう違うんだ? わかるように説明しろよ!
[ビーズワクス] えぇっと……なんて言ったらいいかなぁ……
[ビーズワクス] 私はね、よく……お家の夢を見るの。揺れる金色のゆりかごと、乾燥してガサついたお母さんの手が私の頬をなでる夢を……。
[ビーズワクス] それは全部、本当は砂でできていて、そこに優しさなんてないのはわかってるんだけど……なぜか夢の中では、とても懐かしく思えるの。
[ビーズワクス] きっと、どこに行っても最後には帰る場所だから……そう思えてしまうのかもね。
[イフリータ] うむむむむ……。
[ビーズワクス] 今のでわかった?
[カッター] な、なんでこんな話になってるの……。
[カッター] えっと、ひとまずおしゃべりはここまでにしよう。私はグリルを直すから、イフリータは炭の調達よろしくね。
[カッター] ソーンズさんのおかげで、何に気を付けたらいいのかもわかったわけだし。だから、次はきっと大丈夫!
[イフリータ] だな。よっしゃあ! くだらねえこと考えてないで、仕事だ仕事!
[イフリータ] てか、あいつはソーンズって言うんだな? 覚えとくぜ。見かけによらず、なかなかいい奴だったしな。
[ビーズワクス] うん、ソーンズさんはすごく親切だよ。
[イフリータ] 親切? それは違う気がするぞ?
[ビーズワクス] 本当だよ! さっきだってドクターに迷惑をかけようとする人たちがいて、それを止めてたんだから。
[ビーズワクス] その人たちにはヴィグナたちも困ってたみたい……。まあ、相手は弱いから心配はいらないとは言ってたけど……。
[ビーズワクス] 一応私もお手伝いするつもりだったんだけど、どうやらそれも必要なくなったみたい。
[ビーズワクス] あ、そうそう! ソーンズさんと言えばね、さっき泥棒も捕まえたんだよ!
[イフリータ] へぇー。すましたツラで人を見下してる奴だと思ってたけど、んな正義の味方みてーなことしてんだな。ちょっと意外だぜ。
[カッター] 正直、付き合いにくそうな人だなって思ってたんだけど……でも、それって偏見だったのかも。
[イフリータ] ん……まあ、そうかもな……。
[ソーンズ] 人の噂話をするなら、本人の不在を確かめてからするべきだ。
[三人] うわっ!
[イフリータ] な、なんでまだいんだよ!?
[ソーンズ] 今戻ってきたばかりだ。ほら、コショウだ。
[イフリータ] あ……。
[ソーンズ] じゃあ行くぞ。礼ならいらない。
[イフリータ] べ、別に最初からお礼なんて考えてねえし!
[イフリータ] ちぇっ、変な奴……。
[ビーズワクス] 確かにちょっと変わってるけど……でも、いい人でしょ?
[ソーンズ] ……海? いや、違うな。海と比べて、人の温かみがありすぎる。確かに水は塩辛いが、それ以外は海とは全く異なる。
[ソーンズ] ……おい。
[ソーンズ] そこにいるんだろう?
[ソーンズ] 随分長いことつけ回していたようだが……俺に何か用か?
[Aya] うそ!? 気付かれた!? 私の気配を感じとるとは……君、なかなかやるね。
[Aya] いやぁ、それにしても……良い景色だよね。君もそう思うでしょ?
[ソーンズ] ……バンドの歌手か。こんなところで何をしている?
[Aya] あら、私のこと知ってるの? ということは、私のファン? サインいる?
[ソーンズ] ……話を逸らすな。
[Aya] な~んだ、違うのかぁ、ざーんねん。じゃあ、CDあげよっか?
[ソーンズ] ……。
[Aya] ま、CDはさすがに冗談だけどね。私だっていつも持ち歩いてるわけじゃないし。というか……君、周りから付き合いにくいって言われたりしない?
[ソーンズ] 否定はしない。
[Aya] アハハ! だよねー! ……でも、きっとそんなことないよ。君はただ、色んなものに興味がないだけだと思うし。
[ソーンズ] ……。
[Aya] さっきの質問の答えだけど……海を見に来たの。
彼女は穏やかな水面を眺める。その髪は潮風と共に、波のように揺らめいていた。
[Aya] だけど、これは海じゃない。
[Aya] たしかにシエスタのビーチは綺麗だよ。けど、その綺麗さがかえってまがい物っぽさを際立たせてるみたい。私たちの故郷とはちっとも似てないもん。
[Aya] 海が見たくてここに来た人は、騙されたって思うに決まってる。
[Aya] ねえ、君は家が恋しくなることはある?
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] お前は何を言ってるんだ?
[Aya] あれ? わからない? じゃあ、気にしなくていいよ。なんとなく聞いてみただけだから。私って思ったことはすぐ口に出しちゃう性格でさ、これがなかなか直らないんだよねー。
[ソーンズ] 話をはぐらかすな。お前はエーギル人だろう?
[Aya] うん、そうだよ。
[Aya] けど、違うとも言える。
[ソーンズ] 回りくどい話し方は嫌いだ。
[Aya] じゃあ、ストレートに聞けばいいんじゃない?
[ソーンズ] ……。
[Aya] あら、どうしたの? 質問してこないの? こんな機会は滅多にないよ?
[ソーンズ] ……時間の無駄だ。
[Aya] ここで時間を無駄にするのって、そんなに悪いことかなー? 気ままに時間の無駄遣いができる生活ほど良いものはないと思うけど?
[Aya] 生きることに血眼になってる人は、時間を無駄にする余裕すらないんだし。
[ソーンズ] その通りかもしれない。
[Aya] でしょ? あっ、やっぱサインいるよね?
[Aya] 遠慮しないで~! 今、紙とペンを用意するからちょっと待って……あ、これ、ポスターか……。
桃色の髪のエーギル人が、ポスターにペンを走らせる。
[Aya] はい、サイン!
[ソーンズ] おい……。
[Aya] 話し相手になってくれたお礼ってことで! 外で同郷の人に会うなんて、そうそうないからね。
[ソーンズ] いや、違う。
[ソーンズ] お前は俺と同族ではない。
ソーンズは身じろぎもせず、彼女を……彼女の瞳を見つめた。
彼女は瞬きをすると、ゆっくりと剣の柄に伸ばされていく手を見つめた。
――お前は隠そうとすらしていないだろう。
[Aya] 君さ……実は私たちの歌、そんなに好きじゃないでしょ? 知ってるよ。
[Aya] でも、サインはあげる。
[ソーンズ] 何を企んで……。
[Aya] だって、君……ダンスが好きなんでしょ? ダンス好きに悪い人はいないから。
[ソーンズ] ……馬鹿馬鹿しい。
[Aya] そんなこと言わないでよ。色んな人から学んできたことなんだし。それに私たちは大地に来てもう随分経つし、経験だってたくさん積んできた。
[Aya] 見たところ、君は海で育ったわけではなさそうだね? それでも、大地を気ままに跳ね回ってる生き物よりは、海のほうに親しみが湧くと思うんだけどなー。
[Aya] でも、まあ……海の優しい姿を見たことがないなら、故郷を恋しく思えたりはしないか。
[ソーンズ] 俺の故郷はイベリアだけだ。
[Aya] だから海は君の故郷じゃないし、何の感情も湧かないって?
[ソーンズ] 違う。
[ソーンズ] 俺は海の水を飲んだことがある。そして、湖では泳がない。俺の先祖はイベリアに至ってもなお、海から離れることはできなかった。
[ソーンズ] 感情ならある。恐怖と呼べる感情がな。
[Aya] ふーん、そうなんだ。
[Aya] 「こぼれ落ちる涙のさざなみが聴こえる♪ それは貴方の悪夢♪ 心臓が血の滴る花弁となって……♪」
[ソーンズ] 何を歌っている?
[Aya] 別に。適当に口ずさんでるだけ。
[Aya] でも、まあ、君の言うとおりね。きっと怖いはず。
[Aya] だけど、どっちにしろ……。
遠くから歌が響いてくる。メインステージの演目の再放送が、シエスタ市内のスピーカーから流れているようだ。どこか聞き慣れた旋律がソーンズの耳に入り込む。
ここ二週間、エリジウムが毎日のように口ずさんでいた曲だ。
この曲は目の前にいる歌手が所属しているバンドの、代表作の一つでもあったはずだ。
そう、この歌手が歌っている……。
「記憶を辿ると偽りの姿は剥がれ落ちる♪ 私に残された傷痕は、貴方が忘れてしまった痛み♪」
「貴方の昔の面影は掴めない♪ 彼らが立ち上がり貴方の名前を叫ぶ♪ 彼らが貴方の匂いに気付き、貴方の懺悔を求める♪」
[Aya] 君が恐怖しようがしまいが、きっと見つかっちゃうよ。
[Aya] ……来た。ほら、もう行って。そして振り返らないで。
......?
こいつは何を言っている? それに……あれは、何だ?
何かが……水面に立っている?
わずかに沈んだ夕日のぼんやりとした影が、灰色の波に映り、海水を汲み上げた。
最初に聞こえたのはため息、平静なため息、海のため息――あなたはそれの声を聞いた。話さない、歌わない、呼吸もしない。
一秒、二秒、数十年、百年の時が流れた。それは沈黙を続ける。
それはあなたを見た。
それの目が、あなたの目に重なった。渇望が、それの傷口からゆっくりと這い上がってくる。
あなたは警醒された。抱きしめられた。それの血や影、太陽に。沈んだあなたは、それの影を聞いた。それの影に、目は、声は、生命はない。それは――
恒星のように微動だにしない。
[Aya] 海に繋がってる水路でもあるのかな……それなら少しだけ海の匂いがしても不思議じゃないね。
[Aya] おーい。おーい、聞こえる? ねえ、起きてよ。それに取り込まれないで。
[Aya] あ~あ、私が歌ってもここまで魅了できないよ。ちょっと妬けちゃうなー。
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] ……お前の方こそ……立ち去る……べきだ。
[Aya] え? あー……嘘でしょ。まさか君、知って……。
[ソーンズ] あれは……ここに現れるべきもの……ではない。今、立ち去れば……死なずに済む……。
[Aya] いや、それはわかってるけど……でも、立ち去るべきなのは君のほうじゃない?
[ソーンズ] ……死にたいのか?
[Aya] ちゃんと話を聞いてよ……。
[???] ......
[???] エー、ギル。
[ソーンズ] !!
[Aya] いちいち驚かないでよ。海が私たちの名前を知ってても、別におかしくないでしょ。
[ソーンズ] ……いや。
[ソーンズ] 驚いてはいない。
[ソーンズ] ぐっ……!
[Aya] じゃあどうしたのよ……? あっ、もしかして息が苦しい?
[Aya] しっかりして、ねえ。
[Aya] (エーギル語)汝の呼吸を大地で剥ぎ取る権利を持つものなど、何一つない。
[Aya] (もがいて! そして、抜け出して! 早く……!)
[ソーンズ] ……。
俺は故郷を逃げ出し、郷土を捨てた。いつか聞かされた物語の内容は忘れたが、身体が感覚を憶えている。
それでも、周りから聞かされたあの秘められし伝説を、俺は未だに信じている。たとえ浅い夢の中であっても、手にした剣がそれらの体を切り裂く手応えを探し続けている。
俺は海そのものを傷つけられるだろうか?
......
故郷が恋しい。……いや違う。想像したことはあったが、俺は本当の故郷など見たことがない。
俺たちイベリア人は、とうの昔に海の深淵を離れた。
だが俺は逃げ切れない。俺たちは皆、あれからは逃げ切れないのだろう。
ならばいっそのこと……あれを……殺してやりたい。
[ソーンズ] これは……一種の幻覚か?
[Aya] 違うよ。でも、君なら対処できる。
[ソーンズ] これが何かわかるのか?
[Aya] そんなこと話してる暇なんてあるの? さっさと逃げた方がいいと思うけど?
[Aya] って、あれ? もしかして震えてる?
[ソーンズ] ……興奮、しているのかもしれない。
[ソーンズ] ……ダンス好きに悪人はいないと言っていたが、お前はどうだ?
[ソーンズ] お前、ダンスは好きか?
[???] R......thin......
[???] ゴキュッ……グチャッ……。
[???] ――――――。
[Aya] もちろん! 好き!
[Aya] それじゃあ、本当にここに残るつもりなんだね? 生き残る自信はあるの? エーギルさん。
[ソーンズ] ある。
[Aya] だったら、私はここで見物してていい? あなたのダンスと、赤く染まっていく海を!
[Aya] 剣を振りながら踊って、それからターンを決めて海水の中でステップを踏むの! さあ! 勝者は君か、それともそれか! そして君の物語は始まるのか、それとも終わるのか――
[ソーンズ] うるさい奴だ。自覚はないのか?
[Aya] うるさいって……そこまでじゃないでしょ!
[Aya] とにかく! 見てていいでしょ? エーギルさん! あげたサインは見物料ってことで!
[ソーンズ] ……。
[ソーンズ] ……好きにしろ。
[ソーンズ] それに……踊る以上、観客が居るに越したことはない。
[ソーンズ] ……いや、この場合は、こう言うべきか――
[ソーンズ] ――身に余る光栄だ。
[Aya] アハハ、なに馬鹿みたいなこと言ってるの!
[Aya] ……ねえ、エーギルさん。私にはわかるよ。君、気になって仕方ないんでしょ? だったら……絶対に死なないで。
[ソーンズ] 死ぬつもりなど毛頭ない。お前のサインを友人に持ち帰るという仕事も残っている。
[Aya] 帰るって……イベリアに?
[ソーンズ] 違う。俺にとっては、イベリアも、先祖たちが離れられなかった海も――
[ソーンズ] もはや故郷ではないだろうから。