北海帝国の歴史

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北海帝国の歴史


北海帝国の歴史の概要

北海帝国は長らく軍事強国として歴史に名を示してきた。

北海帝国の首都「オーヒロビ」は政治、経済、文化の中心地であるが、長らく帝国の皇帝が南部の首都であった「タールオ」に帝位があっため、商業の中心という印象が大きい。また、東方領土を持ち司法権の最高機関である「北海闘志団」の本部であるサッポウでは治外法権が認められている。

 

三権分立は行政=皇帝の宮廷、立法=諸侯の元老院、司法=北海闘志団。と別れており、国の最高決定権は北海闘志団の団長が所持している。(3年ごとに選挙で3つの中から選ぶ)

 

国家領土は皇帝率いる「宮廷」と重臣たち「元老院」の二重統治体制であり、時には2つの権力が争い内戦になってしまった事がある。特に南部の諸侯の力が大きく、南北での権力の闘争はいまだに大きい。

 

この国はDT歴4年建国と歴史は非常に長く、それ以前から諸侯は存在していたと思われる。

1.北海帝国建国

北海帝国は大陸北部の貧しい国土故に様々な蛮族達が南部の村々を襲っていた。幾度となく続く蛮族達の略奪に対して南部の諸侯達は集まり、一つの国へと統合された。

 

その人物は「始皇帝」と呼ばれ、彼の活躍と重臣達の支えにより瞬く間に大陸北部を統一した。その時はDT歴13年の初頭であったというのだから驚くべき偉業である。植民地国家はそのほとんどが「始皇帝」に忠誠を誓い、北海帝国は一つの国家としては最大版図を誇った。

 

しかし、その「始皇帝」は統一した後に苛烈な思想統制と急激な組織改革を行ったため、息子であった「ソウベツ」によって暗殺されてしまう。DT歴9年の夏の出来事であり、その衝撃さから今でも夏には「始皇帝のための黙祷」が行われている。

 

「始皇帝」という強権的な国家の支えを失った事によって、統一されたばかりの北海帝国は内乱の時代を迎える。

2.内乱の時代

「始皇帝」を失った北海帝国は有力諸侯たちによって分割された。それぞれの諸侯たちを「内乱の八人の覇者」と呼び、この時代を舞台にした様々な文献がのちの時代に創作された。

 

この時、南部諸侯たちは軍事力とともに文化にも金と力を入れたため、南部文化が発展した。その集大成は後にヤノサト王国の宮廷文化として広く伝わり、今現在でも博物館などで見ることができる。

 

それぞれの諸侯が一進一退の攻防を繰り広げ、諸侯同士が疲弊したDT歴14年、五年にわたる内乱の終止符を打つことになるきっかけが起こる。「八人の覇者」の一人であり、南部の最大領土を所有していた「セタナ家」が当時蛮族であった「オシャン族」を自らの領土へと移住させ、戦力の拡充に走った。それに反対して北部が一つの同盟「北方同盟」を組むことになる。

 

当時の南部は商業的に大きく発展し武器も自国で生産していたのに対して、北部は依然「始皇帝」の時代以前と同じ狩猟体制が多く残っている状態であった。しかし、北部の中心であった「オーヒロビ家」を中心として南部化政策がとられたことによって、北部は急激な発展を遂げる。

 

北部の諸侯たちの「北方同盟」は南部の諸侯たちを少しずつではあるが倒し続け、遂にはDT歴16年春「春のワッサム城の陣」によって内乱は終結した。「北方同盟」の中心であった「オーヒロビ家」を新皇帝として北海帝国は再統一された。

 

「オーヒロビ家」によって首都「オーヒロビ」が建設され、行政機関をすべてここに集めた。そして南部諸侯の力を奪うべく様々な条約を結び、法的、権利的に彼らを縛っていった。しかし、南部諸侯は完全に服従したわけではなく、虎視眈々と機会を伺っていた。

3.南北二皇帝時代

「北方同盟」によって統一された北海帝国では首都「オーヒロビ」の王宮で宮中政治を行っていた。同盟諸侯によって議論が開かれ、国家の方針が決められていった。だが、内戦の敗北者であった南部諸侯たちの権限は弱く、殆どの封土的権利をはく奪され、極めて困窮した立場に変わってしまった。

 

DT歴20年。「北方同盟」による支配に対し不満を爆発させたのは、当時南部のリーダー的存在であった「ラチソ家」の長男「バールハンニ」であった。彼は齢11であったが、古くから戦争の絶えない土地柄すでに成人していた。

しかし、すでに若くして内乱で父を亡くし、先祖代々続いてきた領土も取られ、さらに彼は父の戦争での活躍のために故郷である北海帝国内でさえ指名手配を受けていた。

彼には大きな能力があったのだ、子供である彼を警戒せねば程の力が。「ラチソ家」の権力はすでに無くなっていたとはいえ、家柄的には「始皇帝」の血脈であり、正当な南部のリーダーでもあった。

 

「バールハンニ」は多くの南部貴族たちを引き連れ首都「オーヒロビ」へ行進した。今も語り継がれる「雪の行進」である。北海帝国の山々をすべて軽装で歩き抜いただけでなく、民衆に対して演説しながら行進したのである。農民はもちろん、兵士、町人、商人、貴族までもが彼に付き従い行進をした。

「オーヒロビ」にたどり着いた時にはすでに、三百万を超えた人々が列を作っていたといわれている。

 

首都の人口をも軽く超え、常備軍を動員したとしても勝機はほとんどない相手に対し、「北方同盟」は事態の深刻さを受け止め、南部の支配を緩和させることを決定した。

DT歴21年の春のことである。

 

南部諸侯は「北方同盟」の支配を意趣返しするかの如く権利を取り戻し、緩和された年の秋には全ての立場が同等になっていた。それでも南部の勢いは止まることを知らなかったのであった。

 

4.「宮廷」と「元老院」の時代

北海帝国の統治機構は、都市国家であった紀元前からあったものであり、広大な領土を統治するのに相応しい物ではなかった。北海帝国の統治機構である皇帝の「宮廷」は、戦争が起こるたびに顔触れが変わり、それまでの制度をないがしろにしてきた。さらに「雪の行進」などの大きな問題も起きたことによって、諸問題が浮き彫りになってきたのである。

 

大本が小規模の国家を統治するシステムであったため、根本的な改革を行うことができなかったのである。それゆえ北海帝国領内において様々な歪が生じ始め、結果として内戦が始まることを恐れた「宮廷」は、長く続いて硬直化する前に新たな行政機関の設置を決めた。重臣たちによる「元老院」である。

 

結果として、これまでの軍隊を動員しての反乱の抑圧という短絡的な手段ではなく、話し合いによっての利害の一致をし、外への拡張を推し進めることになる。北海帝国における「宮廷」と「元老院」の二重体制はこの時点で完成されたのであった。

 

DT歴21年~29年までは南部、北部ともに協調路線をとり、内政を特化させた。これによって農業生産量は「始皇帝」時代の約2.7倍、人口は約2.4倍、商業生産量に至っては約3.1倍と国力の拡充が達成された。

当時の造船技術において、北海帝国は世界でも最も高い技術を所持してあり、その技術の優位性から、河川での商業、海岸貿易、海外貿易を行うことができたのであった。

 

資金は潤沢に集まり、経済は繁栄の一途をたどる一方、増えすぎた人口はあぶれていき、次第に対外拡張の論争へとつながっていった。

そして、DT歴35年ついに南部諸侯が増えすぎた人口を東部開拓地へ移住させ「北海闘志団」の原型となる組織ができ始めるのであった。

5.内政干渉と戦争の始まりの時代

DT歴36年「ヤノサト王国」へ領土的野心を持っていた南部諸侯らによって、当時独立の気運の高まっていた「ベーコック国」に対し支援を行った。それはベーコック国の現在の領土の三分の一でしかない小さな独立組織であった。しかし、北海帝国の傭兵と資金、武器の支援によって瞬く間に西海岸一帯をヤノサト王国から奪った。

6.大寒波

戦争による疲弊と大寒波による農作物の被害によって大陸の7割を支配せしめんとした大帝國はその版図をひどく縮小させてしまった。

すでに若年層は兵役へと動員されていたため、農業従事者が少なくなっていたことも原因の1つであった。

 

大寒波の時代と呼ばれるこの時代には、多くの北海帝国難民が少しでも豊かな土地を求めて海外へと進出するきっかけとなった。

そして、難民達と諸侯は多くの未知の島々と大陸を発見する事になる。

 

7.ノー大陸

大寒波に政府が追われている難民が海へ出たことによってたどり着いた新大陸。

荒廃した土地に、旧文明の遺産が多く眠っていた。発見当時に人が誰もいなかったために、ノー大陸と呼ばれることになる。

 

8.改革と雪中農業

諸侯たちは大寒波での反省を活かし、雪中農業を発達させることになった。魔法による地面の保温と、かまくらのように保温。そして光源の設置を行うことによってコストがかかるが、冬の間も農業が行えるようになった。

 

これによって再び大寒波以前の人工水準にもどりつつある。

それは恐らく、魔王討伐後に起きるであろう戦乱の時代の幕開けとなるだろう。

世界中の内乱に支援を行い、少しずつではあるが戦力が戻って来ている。

国力も雪の下で気づかれずに蓄え、兵士の練度は他国に差をつけている。

9.現在

そして時代は現代に続く。北海帝国は岐路に立っている。

更なる戦争か平和か。

 

さて、この帝国は周りの国にとって「腐った納屋」に見えるだろうか?

否、見えているのだ。

 

北海帝国は更なる戦争を選んだ。

 

大祖国戦争を遂行する。そのために、納屋はそう見せているのだから。

 

+書いた感想-

熱が冷めたので投げやりになってしまった。

mooさんとかを絡めたかったが、もう時間もないので、wikiにはしばらくは来ません。

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