セントラル大陸思索行

ページ名:セントラル大陸思索行

セントラル大陸思索行 著.春本康

 

序文 旅の決意

 

 私がセントラル大陸をぐるりと巡る大旅行の決心をしたのはD.T.154年末のことである。ちょうど、あの忌まわしい魔王が勇敢な8人の英雄に打ちのめされた年であった。

 

 英雄たちが一所懸命に世界を救う旅をして、戦ったり、訓練したり、果ては時まで超えるほどの活劇道中を送ってた頃、私はニューサウスキタ自治領内陸のとある小村でわなわな震えていた。魔物出現が頻発し始めのとき、ヤノサト王国のとある街に住んでいたのであるが、わずかな研究材料を持って、とっとと逃げ出してしまったのである。

 

 そんな経緯で何をするでもなく日々を過ごしながら、いつか魔物に食い殺されてしまうんじゃあるまいかと恐れおののいて、情けなくも、すっかり心は死仕度。葬式の妄想までしていた。

 

 そんな折に、巨悪敗れりの快報である。打って変わって身も心も踊らんばかり。毎晩独酌の哀しい酒盛りも、今度ばかりは祝杯であった。読者諸氏もこの気持ちの解らん人はいまい。おおかた、世界中こんなのであったと思う。

 

 そうしてひと月過ぎ、私の逃避根性に、再び学者としての勇気が顔を出した。故郷セントラル大陸一円を巡る決心をしたのである。

 

 この世界史的大災害に際した人々の苦難と再生の記録を残すこと、これは単なる学問上のもののみならず、この世すべての人間にとっての大事なのではないか、そういう使命を負うたのだ、こうしちゃおれない、さあ行こう。などと、ぶつぶつ言ってるうちに、荷造りは済んでしまった。やはり少ない荷物だが、心持はヤノサトを出た時の真逆である。

 

一章.南オリエントブルー

一.ニューサウスキタ市

 トナン大陸からセントラル大陸へ渡るには、どうあっても海を渡らねばならない。最近は古代文明の解明も進んできて、いろんな便利な乗り物もあるらしいが、私のような一庶民には、たいてい船がふさわしいだろう。もっとも、これだってあまり安上がりでもないが、こればっかりは仕方がない。

 

 そういうわけで、村に泊まっていた行商の家族がニューサウスキタ市(サウスキタの町ともいう)まで行くと言うので、頼みこんで、いっしょに連れて行ってもらった。ニューサウスキタ市には、大きな港があるのだ。寡黙な夫と明るい婦人、10歳そこそこの賢そうな息子の三人の一家で、ニューサウスキタ市で輸入の雑貨などを買い付けては、馬車に乗って、自治領やアイモクの各地を売り歩いてるのだそうだ。到着まで丸3日かかったが、みんな優しく、他人の私にも家族のように接してくれた。2日目の夜は野営となったが、ありあわせしかないはずなのに、夕食に出た奥さん手製の干し兎肉のスープは、どんな高級料理より格別であった。たとえ王侯であろうとも、こんなうまいスープは飲まなかったであろう。

 

 ニューサウスキタに到着して一家と別れると、所狭しと屋台や露店の立つ市街をぶらぶら歩いた。売られている品々を見ると、環オリエントブルーの産地さまざまの食品、木材、鉱物、雑貨。こう見るとやはり、ここは文化の集積地というにふさわしいところと思う。

 

 この街は有史以来、オリエント海貿易におけるトナン大陸の窓口として非常に重要な役割を担ってきた。DT歴より前の歴史資料の少ないころは、正確にいえば、一般に旧サウスキタの町といわれる旧市街がそうであったが、あるとき当時の山賊の群れに襲われ、ほとんどつぶれ、結局再び栄えることはなかった。当時は都市も貿易も未発達であったために、復興する体力がなかったのだ。そして、そう遠いわけでもないが違った町、つまり、現在のニューサウスキタ市がその役割をある種うばった形で繫栄して、今に至るというわけである。

 

 それにしてもニューサウスキタ自治領は、あくまでアイモク共和国という国家に所属しつつ、高度な自治を確立し、さらに本国との関係もおおむね良好という、実に、世界平和の希望といえるような、不思議な地域だと思う。

 

 自治領民と共和国民の民族の違い、自治領が多額の税金を共和国に支払っていることなど、これに関してさまざまな見方がなされている。私はこの謎の答えを解けないけれども、市街の様子を見てると、その理由の一端は垣間見ることができた。つまり、ひったくりや万引きなどの込み入ったところでよく起こるチャチな犯罪が全然見られないのだ。私は一度ニュヤックで職人に特別で作らせた真皮の煙草入れをすられたことがあるが、こういうことが起こっても、悪いのはスリに気づかなかった自分のほうで、せいぜい諦めろというのが世の習わしである。だけどもここニューサウスキタではその習わしは不適用らしい。治安がすこぶるいいのだ。ちなみにこの考察について、昼食に立ち寄ったレストランで相席になった20歳くらいの女性と、その晩に泊まった宿のメイド及びコック2人-年取ったのと若いのーが同意してくれた。

 

 明朝宿を出た時、まだ夜が明けきらぬ様子だった。ちらほらせっかちな店が開いているのは見えたが、どちらにせよ同じことであった。波止場に着くと、さすがに旅行者のための食糧やら生活物資の売っている店が2、3軒あったが、乏しい品揃えである。これは先の厄災のためであろうか。それとも朝早い船出のためであろうか。いづれにしても、天下の港市たるこの街に似つかぬ有様である。

 

ニ.オリエントブルーの船旅

 

 侘しい気持ちを胸に抱えて船に乗り込んだ。マレネオ国の西島、それからファイブセンチネルの社会人剣士の街と言われてるところに寄港して、ヤノサト王国ノア王国のアニヒレート海軍基地に向かう。始発の旅船であるから乗る人も少ないと思ったが、そんなことはなく、むしろ満載の状態であった。幾人かの客々に事情を聞くと、各人それぞれ差異あるものの、おおかた魔族勃興のために土地を追われた人の帰還というようなのが大勢を占めた。彼らの中でも一番多く話をしたのはノア王国のトミールという村に住んでいたという老婆であった。彼女はそこで息子夫婦と木こりして暮らしていたのだが、その息子はれいの災害のために兵隊に取られて間もなく死に、義娘は家業の穴を埋めようと昼夜なく働き、病した。老婆は親類を頼って病の義娘を連れてニューサウスキタへ渡ったのだが、そこで義娘は死んでしまった。そんな有様でそれでも帰るのか問うと、彼女は私に腰につけていたものを見せた。2つの骨壺であった。埋めるのだと言った。私がこの記録を無名の人のための記録として綴ることを心に決めたのはこの時であった。

 

 ニューサウスキタ市からマレネオ国の西島にあるブゥンコ塔近くの港町イガカァに至る日数は