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雪風が届ける声
氷原の救助活動にて、カニパラートは部族の者たちと、外からやって来た人々のわだかまりを解消した。
[生存者A]なあ……今日で何日くらい……経ったんだ?
[生存者B]……知らねぇよ……五日、とか?
[生存者A]……おい、何見てんだよ……?
[生存者B]あそこに……羽獣の巣が……ある……
[生存者A]んなの……気にしてる場合か……?
[生存者B]雛が……次々に飛び降りてる……
[生存者A]は……?
――ドサッ!
少し離れたところに、殻を破ったばかりの羽獣が立っていた。羽は凍える風のせいですっかり乾いている。雛が目を開くと、目の前には断崖絶壁が広がっていた。
羽獣の母親が飢えた野獣から己の卵を守るため、崖に巣穴を作ったのだ。
だがそれは、孵ったばかりの雛にひとつの難題を突き付けることとなる。まだ飛べぬ今、食べ物に在り付くには目の前の崖から飛び降りるしかない。
雛はヨタヨタと巣穴から這い出し、頼りない翼を目一杯広げ、風の力を借りて体を支えようとした。そして、ぴょんと崖から飛び降りたかと思うと――
ドンッ! 風に吹かれた雛は岩壁に叩きつけられた。
ズザザザ! そのまま崖を転がり落ちる。途中、鋭利な氷柱がその体を切り裂いた。
ドサッ! 雛は雪の上に打ち付けられた。硬く凍り付いた雪は衝撃を大して吸収してはくれなかった。雛はのろのろと首を振り、凍え死ぬ前に母の元へ行こうと立ち上がった。
雛は辺りに転がる兄弟たちの屍を越え進んでいく。その背後では、また別の雛が雪に打ち付けられ、立ち上がろうとしていた。
[カニパラート]……
[カニパラート](サーミ語)……自然に再び抱かれ、命を育み給え。
[カニパラート]……
[生存者A]……
[カニパラート]あなたたちも見たでしょう? 占いでは今回の救助は必ず成功すると結果が出てる……このまま歩いていれば、必ず正しい道を見つけられるはずだよ。
[カニパラート]だからもう少し頑張ろう、ね? 今は吹雪も収まってきたし……コホン、そろそろ出発しようか。このままずっとここにいても凍死しちゃうだけだ。
[生存者B]……
[カニパラート]こうしようか。もう動けない人は、一旦ここで休憩してて。まだ余力のある人だけぼくについてきて一緒に道を探そう。目印を残しておくから、体力が戻ったらそれを頼りに追いかけてきて。
[生存者A]……
[カニパラート]ぼくを信じて。占いの結果はもう出てるんだ……ゴホッ、だからぼくらはきっと大丈夫なはずだ!
[カニパラート]いつまでもここで壊れた位置測定器を眺めてたって仕方がないよ……お願いだから信じて。機械の修理なんかしてたら直る前に凍死してしまう。助かるには歩き続けるしかないんだ!
[生存者B]……
[氷原の住民A](サーミ語)お前たち、何をしている?
[氷原の住民B](サーミ語)止まれ! 主樹に触れてはならぬ! これ以上触れればただではおかんぞ!
[探検家A]なあ、あのサーミ人たちはなんて言ってるんだ?
[探検家B]「止まれ」って言葉だけは聞き取れたから……ここの水を飲むなってことか? それとも葉っぱを採っちゃだめなのか?
[探検家A]おい、明らかに怒ってるぞ。今にも襲ってきそうな勢いだ。
[探検家B]持ってる物を一旦置いとこう――
[氷原の住民A](サーミ語)占い道具をずさんに扱ってはならん!
[探検家A]ど、どうすればいいんだ? 地面に置いたのもダメだったのか?
[氷原の住民B](サーミ語)ここから立ち去れ!
[探検家B]すまない、何を言ってるのか分からな――
[カニパラート](サーミ語)待って! 一旦落ち着いて! 彼らに悪意はないはずだよ!
[氷原の住民A](サーミ語)余所者はますます増えてきている。そもそも最初から彼らがこの地に足を踏み入れるのを許すべきではなかったのだ。
[カニパラート](サーミ語)だけど、彼らが持ってきたもののおかげで助かったのも事実じゃないか……
[氷原の住民A](サーミ語)元を辿れば病魔も自然の一部であり、我々にも十分対応は可能であった……敬いの気持ちすら持たぬ余所者がもたらした面倒事と比べれば、取るに足らない助けだ。
[カニパラート](サーミ語)この人たちは主樹を尊重していないんじゃなくて、ただ占い道具に触っちゃいけないことを知らないだけなんだよ。教えていなかったぼくが悪いんだ……
[氷原の住民A](サーミ語)余所者はいつも自分勝手な行動ばかり。我らの尊重と助けがほしければ、まず我々を尊重すべきだと、彼らに教えやれ。
[カニパラート]……占い道具に触ってはいけないよ。これはぼくたちの主樹からできているからね。
[カニパラート]主樹はぼくたちの家なんだ。今度から何かをしたい時は、まずぼくに聞いてからにしてね。
[探検家A]……俺たち、もしかしてとんでもないことをやらかしたのか?
[カニパラート]部族じゃない人が主樹の葉っぱを地面に捨てる行為は、あなたたちの感覚に言い換えれば、知らない人が自分たちの家族の頭を踏みつけているのと同じだよ。
[カニパラート]そんなことを他人にされたら嫌に決まってるよね?
[探検家A]えっと、今この樹が家って言ったのか……?
[カニパラート]うん、主樹は部族を育んでくれる存在なんだ。ずっとここで暮らすぼくらに、食べ物と住む場所を与えてくれる。
[カニパラート]さらに主樹から落ちた枝は占い道具となり、ぼくたちに導きを与えてくれる。だから外からやってきた人間が勝手に主樹に触れることは許されないんだよ。
[探検家A](小声)マジかよ……占いなんてのは、道端で詐欺師がやるもんだろ……
[探検家B](小声)黙ってろって。来る前に予習したこと忘れたのか? 現地の人たちが明確にダメだって言ってることには素直に従えばいい。
[探検家A](小声)質問くらいしたっていいだろ! 理解を深めたほうが俺たちの研究にも役立つし……彼らの言う導きに科学的根拠があるかどうかも気になる……
[探検家B]ありがとう、えっと……
[探検家B](たどたどしいサーミ語)カニパラート?
[探検家B]俺たちは研究のためにここに来たんだ。現地の人たちとトラブルを起こすのは俺たちだって本望じゃない。
[探検家B]だから教えてくれてありがとう。もし他にも注意しなければいけないことがあるなら、先に共有してくれると助かるよ。
[カニパラート]うん……占い道具も部族にとっては特別な物だから勝手に触っちゃだめだよ。あと、狩りをするのなら、必要な数以上捕らないようにね。
[カニパラート]獣たちも自然の一部なんだ。求められれば自然は恵みを与えてくれるけど、求めすぎればその分はいつか必ず返さなければならなくなる。
[カニパラート]そして何よりも大切なのは……いかなる母親の命も奪ってはならないこと。
[探検家B]分かったよ。それと……君の仲間に俺たちからの謝罪の意を伝えてくれないか? 不必要なわだかまりは残したくないんだ。
[カニパラート](サーミ語)隊長、ここでの注意点は一通り伝えておいたよ。それと彼らもすごく反省していて、申し訳ないって言ってる。
[カニパラート](サーミ語)すぐにここを発つみたいだから、どっちの方角に進めばいいのか伝えておくね。
[氷原の住民B]……
[氷原の住民B](サーミ語)もし余所者が皆彼らのような人であれば、部族の皆もここまで激しく反発しなかっただろう。
[氷原の住民B](サーミ語)……彼らが約束を守ってくれればいいが。
[氷原の住民A](サーミ語)これを彼らに……雪風の中で方向を見失った時に打ち上げてくれれば、それを見た部族の者が助けに向かうだろう。
[カニパラート](サーミ語)分かった!
[カニパラート]そう落ち込まないで……占いではいい結果が出てるんだしね。ぼくがあなたたちを見つけたのだって、部族でもらった矢を打ち上げたからでしょう?
[カニパラート]それを打ち上げた時だって、本当にぼくたちが気付いてくれるかどうか疑ってたはずだ。でも実際にぼくはこうして駆け付けた。占いもそれと同じ。だからぼくを信じて、ね?
[生存者A]いくら占いでいい結果が出てるからって位置測定器はもう壊れてんだ……どうしようもないだろ……
[カニパラート]……そんなことない。占いは絶対だよ。
[生存者A]じゃあ占いでどっちに進めばいいのか分かるのか……?
[カニパラート]それは無理だけど……でもいつまでもここに立ってるだけじゃだめだよ! 歩き続けていれば必ず正しい方向を見つけられるはず!
[生存者B]……
[カニパラート]ぼくはあなたたちを助けに来たんだ。だからぼくとぼくの占い結果を信じてほしい。ぼくなら必ずあなたたちをここから連れ出せると――そうだ、みんなの手を貸して。
[生存者A]は……?
[カニパラート]ぼくたちの部族では、亡くなった人は雪の中に埋葬され自然へと還される……彼らは氷原の一部となり、自然と共にぼくらを守ってくれているんだ。
[生存者B]今そんな迷信を言われたところで……
[カニパラート]見ればきっと信じてくれると思うよ……
[カニパラート]ほら、ぼくの手を取って。そしたら雪の結晶を一欠片だけ見つめるんだ……集中して、目を閉じて……そうすれば――
低い囁き声がカニパラートの耳元で響き始める。彼はその声に耳を傾けた。
[カニパラート]……亡くなった人たちの囁き声が聞こえるはずだよ。彼らは自然へと還り、再びぼくたちの元へと戻って来てくれたんだ。
ポタッ! 水滴が一粒、突如空から降ってきた。カニパラートは目を開け、今にも倒れそうな人々を見つめる。
[カニパラート]ほら、ぼくの手を取って、同じようにしてみて。
[生存者A]……俺たちにも聞こえるのか?
[生存者B]聞こえたからどうだって言うんだよ……
[カニパラート]とりあえず試してみようよ。少しは気持ちが落ち着くはずだから。それにもしかしたら、この壊れた機械よりもぼくを信じる気になって、一緒に探索に来てくれるかもしれないでしょう?
[生存者A]……
生存者たちは力の入らない腕を持ち上げ、差し出されたカニパラートの手を掴んだ。そして疑わし気に目の前で舞い散る雪の結晶を見つめる。
[生存者A]分かったよ……それで? どの結晶を見ればいいんだ?
[カニパラート]どれでも構わないよ。選ばれた雪の結晶はすぐに溶けてしまう。
[カニパラート]だからちゃんと集中してね。ほんの数秒間しかないから。
[生存者B]……見えないぞ……
[カニパラート]心を落ち着かせて。きっと見えるはずだよ。
[カニパラート]息を吸って……吐いて……
[カニパラート]今だ!
サー……ザワ、ザワ……
獲物……逃げ……矢を……ザッ……
ハアハア……晶……を採集……
持ち帰るんだ……
ビシッ! ……今回は……ビシッ! 大成功だ……
[カニパラート]……聞こえた?
[カニパラート]ねえ、大丈夫? 声は聞こえたの?
[生存者A]……「採集」……
[生存者B]……「今回は、大成功だ」……?
[生存者A]どういうことだよ……あれは……ニックの声だった! あんたも聞こえたのか?
[生存者B]さっきの声はニックだったって言うのか? だけど彼はもう……
二人は信じられないといった表情で固まった。
[カニパラート]あっちだよ……
カニパラートは遠くの方、吹雪の間からのぞき見えるクレパスを指差した。
[カニパラート]聞こえたのは彼の声? ……それなら彼はもう氷原に受け入れられたんだね。
[カニパラート]……彼のことはよく覚えてる。とても優秀な研究者だった。
[カニパラート](サーミ語)……自然に再び抱かれ……命を育み給え。
生存者たちはしばし沈黙した後、目をそっと閉じ、カニパラートを真似て祈りの言葉をたどたどしく呟いた。
[生存者A](サーミ語)自然に再び抱かれ……
[生存者B](サーミ語)……命を育み給え。
[生存者A]その……
[生存者B]……
[生存者A]あんたの占いは……本当に俺たちが無事にここを抜け出せると言ってたのか?
[カニパラート]ほらみんな、ぼくの手に温かい息を吹きかけて。
[生存者A]今度はなんだよ……?
[カニパラート]正しい道を見つけるおまじないだよ。
[カニパラート]アーツユニットを使って、みんなが吐き出した温かい息で氷の球を作れば、それがぼくらに進むべき方向を示してくれる。
[カニパラート]アーツユニットについてる結縄は、ぼくが生まれた日に両親が編んでくれたものなんだ。これはぼくの部族の風習でね、どこにいてもこの結縄が守ってくれるんだよ。
[生存者B]息を吹きかけるだけでいいのか?
[カニパラート]ううん、それだけじゃない……
[カニパラート]信じるんだ。祈りが必ずぼくたちを正しい道に導いてくれると。
[カニパラート](サーミ語)……感謝を捧げます……
カニパラートは立ち上がると、吹雪を避けるために身を潜めていた洞窟から外に向かって氷球を転がした。
そして低い声で祈りの言葉を読み上げ、アーツを発動する。
氷球は何度か揺れると、独りでに転がり始めた。
[カニパラート]さあ、追いかけるよ。
[生存者A]もう歩けない……
[生存者B]装備もクレバスに落としてしまった。これ以上先に進むのは危険すぎる!
[生存者A]……俺は研究のためにここに来ただけだ。命まで賭けるつもりなんてなかったのに……
[カニパラート]氷球の案内はまだ終わっていない……あともう少しの辛抱だよ!
[カニパラート]今立ち止まったら、あっという間に雪に埋もれてしまう。ぼくを信じてついて来て……お願い。
[カニパラート]みんな、もっと固まって歩いて! 氷球が溶け始めてる……!
[カニパラート]お願いだからぼくを信じて。氷球が完全に溶ける前に道を見つけないと……
[生存者A]……道なんてどこにもないじゃないか!
[生存者B]同じところをクルクル回ってんのか……?
[生存者B]や、やっぱり、あんな氷の球で道を見つけるのなんて、無理だったんだよ……
[カニパラート]だめ……!
氷球が通った雪に濡れた跡のような線が見えたかと思うと、次の瞬間それは突如に溶け、氷原に積もる結晶の一部と化してしまった。
[カニパラート]失敗だ……
[カニパラート]氷球の導きは一人でも疑いを抱いてしまうと、すぐに壊れちゃうんだ……
[生存者A]俺たち……また道に迷ってしまったのか?
[生存者B]はあ……
[カニパラート]みんな、もっと固まって! ここは風が強すぎる! 立ち止まってはいけない!
[カニパラート]おしゃべりも控えて、全ての体力を移動のために温存しないと……
[カニパラート]くっ――しゃがんで!
[カニパラート]ロープを絶対に離さないで……しゃがんで、風の当たらない場所を見つけるんだ!
[カニパラート]ロープを離さないで!――
[カニパラート]……
......
[優しい声]あらあら……あの子たちったら、こんなに散らかして。誰もいないのに火も付けっぱなしじゃない。
[不満げな声]俺の弓と靴は?
[不満げな声]どこにも見当たらないぞ。まさか全部片づけてしまったのか?
[不満げな声]母さん、俺たちの結縄もなくなっている。屋根に結んであったはずなのに。
[優しい声]カニークが自分のアーツユニットに括りつけたのよ……ええ、ちゃんと感じるわ。
[優しい声]はあ……クシュークちゃんの足は良くなったのかしら? でもあの子たちのお母さんはどんどん私たちから離れていってるから、しばらくはこっちには来ないはずよ。
[不満げな声]決めた、やっぱり何か残していくことにする。俺が来たことがすぐに分かるようにな……
バサバサッと羽獣の群れが窓から部屋に飛び込んできた。
羽獣たちは椅子や机に止まると、棚をくちばしで突っついたり、爪で引っ掻いたりして跡を残していく。そして綺麗に整理された皿をひっくり返し、引き出しをめちゃくちゃにした。
部屋中には羽獣が大騒ぎする声が響き渡っており、羽がそこかしこに舞っている。
[満足げな声]うむうむ、これでいいだろう!
[生存者A]……ただいま……
[生存者A]……母さん、俺、母さんの作ったスープが飲みたいよ……
[生存者A]あぁ……なんでこんなに美味く感じるんだ……?
[生存者B]……ここは俺の家じゃないのか……?
[生存者B]帰らなきゃ……頼む、家まで連れてってくれ……
[生存者B]……家に……
[優しい声]あらあら、さらに散らかしちゃって……文句言われても知らないわよ……
[満足げな声]ははっ、さっきの俺が暮らしてた痕跡すらなかった部屋と比べれば……こっちのほうがずっといい!
[カニパラート]……うっ……話してるのは誰?
羽獣たちは突然の声に驚いて飛び上がり、窓から外へ飛んでいってしまった。何枚もの大きな羽がひらひらと舞い落ち、カニパラートの視線を遮った。
舞い散る羽越しに見える景色が、少しずつはっきりとしてくる。
チリン――ぽつんと氷原に立つ枯れ木に真っ赤な結縄が括りつけられていた。まだ編みかけの糸が垂れ下がり雪の上に広がっている。
積もった雪には足跡がいくつも連なり広がり、まるで横に生えたもう一本の大木のように見えた。そして結縄はその根っこのそばに生えているようだった。
[結縄]……
カニパラートは母が話してくれた物語を思い出した。
麻がどのようにして植物から縄になり、どのように染め上げられ、母と父によって編まれたのか。そして、どのようにして木に括りつけられ、最終的に雪風を越えて自分の元へ来たのか。
結縄はユラユラと揺れている。カニパラートは自身の手のひらを見下ろした。
[カニパラート]……ぼくのアーツユニットに結んであった結縄がどうしてこんなとこにあるんだろう?
彼はつま先立ちで背伸びし、枝から結縄を外すと再びアーツユニットに結びなおした。
雨が空から降り注がれ、葉を伝って沼に滑り落ちる。
晶石が一欠片、沼の中に眠っていた。カニパラートが覗き込むと、小さくさざめく水面が彼の顔を映し出し。その目は、柔らかな羽毛に覆われていた。
[晶石]……
[カニパラート]自分の目は見えないけど、ぼくにはわかるよ。あなたとぼくの目は……とてもよく似ているんだよね?
カニパラートが腕を伸ばし晶石をすくい上げると、それは二つに割れた。片方は再び沼の底へと沈み、もう片方は彼のアーツユニットに嵌め込まれた。
無数の羽が舞い上がる。視界は完全に遮られ、微かな声が聞こえてきた。
まるで祖母と父が家の中で、自分たちが暮らしていた頃の面影が部屋に残っていないことをぼやいているような小さな声。
[カニパラート]……二人とも帰ってきたの? それじゃあ、これからずっと一緒にいてくれるの? ぼくね、この数年間で外の色んな場所を見て回ったんだ。その話を聞かせたいとずっと思ってたんだよ……
[カニパラート]ぼくは今、大きな船の中で働いてて、そこには色んな国から集まったたくさんの人がいてね……そうだ、父さんがよく作ってくれた料理をみんなにも振る舞ってあげたんだよ!
[カニパラート]この服もその船の人たちが作ってくれたんだ!
[カニパラート]それとこのロープも、船で新しく作ってもらったものだよ。父さんたちが作ってくれた服はこの箱に入ってるんだ!
[カニパラート]大切にしまっておいて、一番大事な時にだけ着ようと思って……
カニパラートはやっとの思いで前へ向かって踏み出した。目を覆っている羽を抑え、ぼやける視界の中、枯れ枝や凍える雪、泥沼を踏み越え、手を伸ばす。
腕はむなしく空を切ったが、まるで温かな羽毛でも抱きしめたかのように、温もりが胸に広がるのを感じた。
結縄と晶石がキラキラと輝いている。アーツユニットが何か自分に語りかけようとしているかのようだった。
[優しい声]カニーク、アーツユニットの晶石はあなたの母さんが嵌め込んでくれたものなのよ。それはあなたの目なの。一番最初に私が教えたこと、まだ覚えてる?
[満足げな声]この目があれば、お前は吹雪を見透かせる。探し人も目的地も全部見つけられるのさ。
カニパラートはアーツユニットを強く握りしめた。父と祖母が吹雪の中に現れた。祖母は彼に向かってそっと優しく微笑んだ。
[優しい声]氷原で溶けることのない雪の結晶を見つけたら、それは私よ。永久に飛び続ける羽獣が空を横切るのを見たら、それも私。
[満足げな声]俺たちは永遠にお前のそばにいる。
[満足げな声]……自然に再び抱かれ、命を育み給え……感謝を捧げます。
[満足げな声]……感謝を捧げます。
カニパラートは何か言いたげに唇を動かした。
[カニパラート]……
[カニパラート]……おばあちゃんが昔作ってくれた枝の形をした飴の作り方を教えてよ。
[カニパラート]ぼく……あの飴をもう一度食べたいんだ……
凍えるような風が集落に吹き込み、結縄と木の葉がカサカサと音を立てる。
部族の者たちは動きを止め、じっと耳を傾けた。
[氷原の住民A]……雪風の音がいつもと違う。
[氷原の住民B]ああ、私も聞こえたよ。
[氷原の住民B]氷原から吹いてくる風には常に緩急がある。雪風には自分の考えがあるのだ。我々はただそれに従うだけ。
[氷原の住民A]余所者か?
[氷原の住民B]……まさか。雪風が余所者の声を届けることはない。
いくら見つめても、雪の結晶が溶けることはなかった。それはひらひらと舞い踊り、ふわりと地面に落ちる。
[雪の結晶]……
[氷原の住民A]……風の音がまた変わった。
[氷原の住民A]数日前に氷原へやって来たあのクルビア人たちのためなのか……?
[氷原の住民B]……こんなことは初めてだ。
[氷原の住民B]……氷原が彼らを受け入れたというのか?
[カニパラートの母]……あなたたちも雪風の声を聞いたのね?
[カニパラートの母]……私が息子に渡した晶石が「目を開いた」の!
[カニパラートの母]私たちはみんな救助隊の隊員でしょう? カニパラートたちが発ってから随分経つ……きっと何か起きたのよ。急いで向かわないと!
[カニパラート]ゴホッ……
[カニパラート]ゴホゴホッ……!
[カニパラート]……ハッ!?
[カニパラート](ぼく、雪の中に埋もれてしまったのか?)
[カニパラート](なんとしてでも地上まで這い出ないと……!)
[カニパラート]ゴホゴホッ……! 晶石が……光ってる?
[カニパラート](もうすぐ外に出られるはず……)
[カニパラート](腕も足も動かなくなってきた……)
[カニパラート]クッ……
[カニパラート]ゴホッ……もう力が……
[カニパラート]おばあちゃん……
ビシッ――
雪の層に亀裂が入る音がカニパラートの頭上で響いた。
ああ……もう本当に終わりなのかな? ……父さんみたいに、吹雪に埋もれてしまうなんて……だからさっき夢の中に二人が出て来たのか……
ビシビシッ――
きっと雪の塊がまもなく自分の頭上に圧し掛かってくるだろう。四肢は感覚を失い、鼻も口も雪で塞がる。そうやって氷原と一つになり、風と化し雪と化す。
カニパラートは遠のく意識の中、再びあの温かく柔らかな羽や、手をそっと差し伸べる祖母の姿を見た気がした。
[カニパラート]……まだ飴の作り方……聞けてないのに……
バキッ!
雪の層が砕けた。だがカニパラートはもう何も聞こえないし何も見えない。
[???]ほら! 手を伸ばして!
[???]カニーク? カニーク!
[???]聞こえる? 眠っちゃだめよ! ほら、早く起きて! こっちに手を伸ばして!
[カニパラート]……
[カニパラート]……おばあちゃん?
[カニパラートの母]目を開けて!
[カニパラートの母]――捕まえた!
[カニパラート]うっ……!
[カニパラート]ゴホッ……! 母さん……? どうしてここにいるの?
[カニパラートの母]あなたの目を感じ取ったから……
母は分厚い雪の中からカニパラートと彼のアーツユニットを引っ張り出した。アーツユニットの先端では、カニパラートの瞳とよく似た色の晶石がキラキラと輝いている。
[カニパラート]ゲホゲホッ……ぼくさっき……夢を見たんだ……おばあちゃんと父さんの夢を……
[カニパラート]母さん、母さんの具合は……
[カニパラートの母]雪風があなたたちの声を届けてくれたの。自分の子供……そしてあらゆる母親の子を救うためなら、私は自分がどうなろうと構わないわ。
[カニパラートの母]……他のみんなは?
[カニパラート]あっちだよ……
[生存者A]ゴホッ……ありがとう……
[生存者B]……これは夢じゃないよな……
[カニパラート]雪風は彼らの声も部族に届けてくれたの……?
[カニパラートの母]ええ、みんな聞こえたわ。雪風はあなたたち全員の言葉を届けてくれたのよ。
[カニパラートの母]……氷原があなたたちを救うことを選んだの。
小さな羽獣が現れ、さえずりながら彼らの頭上を旋回し、羽を一枚落とした。
部族の人々はそれを拾い上げると、目を閉じそっと呟く。
[氷原の住民A](サーミ語)……感謝を捧げます。
[氷原の住民B](サーミ語)……自然に再び抱かれ、命を育み給え……感謝を捧げます。
[生存者A]ゴホッ……
[生存者A]カニパラート、ありがとう。他のみんなも……助けてくれて本当にありがとう……
[生存者B]これが占いが言っていた……いい結果、なのか……?
[生存者B]まさか……生きてるなんて……
[生存者A]君たちの主樹は、その……俺たちの感謝も、受け入れてくれるのだろうか?
[カニパラート](サーミ語)この人たちも……主樹に感謝を捧げられるのかな?
[氷原の住民A](サーミ語)……ああ、氷原が彼らを救うことを選んだ。きっと受け入れてくれるのだろう。
[カニパラート]……主樹は全ての感謝を受け入れてくれるよ。
[生存者A]……
[生存者A](サーミ語)……自然に再び抱かれ、命を育み給え……
[生存者B](サーミ語)……感謝を捧げます。
[羽獣]ピューイ――
カニパラートは空を見上げた。太陽の光が氷原に降り注がれ眩しいほどに白く輝いている。雪は少しも降っておらず、ただ羽が一枚、宙に舞っていた。
それはひらひらと、カニパラートが広げた手のひらに落ちた。
[カニパラート]……
[カニパラート](サーミ語)感謝を……捧げます。
羽獣が翼を広げ、空へ向かって羽ばたいた。
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